アルバム最後の歌収録
馬場陽羽卒業コンサートも終わり、天出優子のアルペッ女兼任と、新アルバム発売、そして全国ツアーに向けての活動が本格化し始めた。
ベスト盤でもないのに、2枚組40曲も収録されたアルバムは、値段的には1枚組と変わらない。
しかし、売り方がエゲツない方式だった。
「最初聞いていたのは36曲収録だったのに、4曲増えた理由がこれか……。
なんと言うか……こういうやり方もあるのか……」
前世も今も、ビジネスセンスは無い天出優子は、戸方風雅総合プロデューサーに感心するや、呆れるやらしていた。
増えた4曲であるが、1曲はアルペッ女デビューシングルの再収録だから良いだろう。
2曲は戸方P書き下ろしの新曲追加である。
自分プロデュースのアイドル2人が30曲も作った事に刺激を受け、負けじと彼も曲を作った。
天出優子・八橋けいこコンビがチート級なだけで、戸方Pも他に比べれば遥かに作曲速度が高いのだ。
最後の一曲、これが曲者と言える。
兼任の優子が歌う曲である。
歌は、先日の馬場陽羽卒業コンサートで歌ったデュオ曲、「伝説」となったあの曲だ。
優子と共に歌うアルペッ女のメンバーだが、8人が選抜された。
この曲を優子プラス8人で歌うわけではない。
天出優子と長門理加パターン、天出優子と陸奥清華パターン、天出優子と筑摩紗耶パターン……といった感じで八種類のCDとなるのだ。
これに加えて、初回限定A、初回限定B、初回限定Cと封入特典が違うものが用意される。
全パターンコンプリートするには、11種類買う必要があるのだ。
なお、シングルCDならば個別握手券とセット売りに出来たが、値段が大きく違うアルバムでは流石にそこまで阿漕な事は出来ず、初回限定盤にのみ封入されている「アルバム発売記念イベント」、「アルバム発売記念大握手会」、そして「シークレットライブ」のいずれかへの参加応募券に換えられていた。
……これも全部コンプリートするには、昼夜2回分で6枚買わねばならないから、「一回の注文は最大30枚まで」という売り方に比べればマシなだけで、十分阿漕な商売であろう。
戸方Pの売り方はこれに留まらない。
アルバムで優子と歌うメンバーの選抜、これはカラオケ大会で機械審査した得点が高い8人になるのだが、その様子をアルペッ女チャンネルにおいて動画配信する。
何も知らなければ、清楚なお嬢様たちがイチャイチャしながらカラオケでワイワイ騒いでいるのを眺めている、女子校に潜り込んだかのような動画。
これを観て、アルバムに興味を持った人も出たくらいである。
そんなこんなで、アルペッ女のアルバムは発売前から予約殺到し、売り上げ予測は過去最高額となった。
音楽的才能では天出優子の足元にも及ばないが、女子アイドルのプロデュース能力は遥かに上回る戸方風雅の面目躍如と言ったところであろう。
久々に広島に行き、レッスン場に赴く優子。
そんな彼女を、変なのが出迎えた。
「素晴らしい提案をしよう。
お前もアルペッ女にならないか?」
フェイスペイントとカラコンをした女性が、またアニメの台詞を言って来る。
もう慣れて来て、衝撃は受けないが、困っている事には変わりない優子。
そんな優子を困らせている相手の首を、華奢な手がガシッと掴んだ。
「杏ちゃん?
天出さん、困ってるよぉ〜。
あまりそういう事しない方が素敵よお〜」
「ギ……ギブ……ギブアップ……。
リーダー!
握撃、ヤバい……。
首……折れます……」
「あれあれぇ?
杏ちゃんは太陽の光以外弱点が無いんじゃなかった?」
陸奥清華は別に特殊な業を使ってはいないが、駒橋杏の首を片手で握り潰そうとしている。
駒橋の顔色が白く、血の気が失せて来た辺りで
「うふふ……冗談よぉ。
じゃあ、いつまでもふざけていないで、フェイスペイント落として、レッスンしましょうねえ」
と手を離して微笑んだ。
そのままの表情で
「天出さん、収録よろしくお願いしますねえ」
と振り向いたが、
(思い出した!
前世の幼い時、シェーンブルン宮殿で演奏をした時だ!
可愛い皇女殿下を従えていた女帝陛下。
私は何故か、穏やかに微笑むあの女性に恐怖みたいな感じを持ったんだった。
今なら分かる。
あれは、怒らせたら下手な軍人よりも余程恐ろしい人が醸し出す、威圧感というか、覇王色の覇気というか、そういう奴だ。
この陸奥清華が纏っているのと同じで……)
優子は内心そんな事を考えてしまった。
少し垂れ気味な三日月目だが、そこから覗く瞳の奥は、全く笑っていない感じがする。
そんなリーダーと、最後のアルバム曲の収録を行う。
陸奥清華のソロ歌唱は、綺麗なソプラノで軽やかなものだ。
だが、体幹と腹筋が恐ろしく鍛えられているようで、声がブレたり震えたりしないし、声量もかなり有る。
故に、陸奥清華とのデュオ用に、例の曲はオクターブを高めに調整し、ピッチも軽やかな感じにアレンジにした。
イメージとしては「魔笛」K.620 の「パ・パ・パの二重奏」である。
「なんか歌ってて楽しかった。
天出さんって、やっぱり凄いんだね。
アレンジした戸方先生にもお礼を言わないと!」
陸奥はそう言っていたが、単に戸方風雅の名前を使わせてもらっただけで、実際に編曲した人は目の前にいる。
求めた握手に、ちょっと腰が退けながら応じるこの中学生アイドルの発案であると、どうやら気付いていないようだ。
「次は私ね!」
「理加っち……、遅刻だよ。
なんでまた遅れたの?」
リーダーがまた、笑顔のまま殺気を放ったが、同期の長門理加は平気で受け流す。
「ちょっと走り込んでたら、遅れちゃった。
私も気合い入ってるのよ」
謝罪の言葉もなく、ヌケヌケと言ってのける同期だが、リーダーは殺気を収めると
「サボってたんじゃないし、まあいいかな?
良い歌にしてね!」
と、ぶりっ子なハートのオーラを放ち、不問に付す事にしたようだ。
長門理加の歌は、上手いというより、楽しい。
リズム感が良く、滑舌良く、笑顔で観客を巻き込んで楽しむ。
若干音を外したり、高音部でふらつく事もあるが、それを気にさせない勢いがある。
それを夏限定ユニットでの活動を共にして知っていた優子は、「ドン・ジョバンニ」K.524 の「シャンパンの歌」ような、早口で音が転がるようなアレンジをしてみた。
「流石戸方先生よね。
いや、実は木ノ実先生なのかな?」
楽しく歌い終えた後、勘が異常に良い長門は優子を見ながら、そう言ってニヤリとした。
彼女はペンネーム「木ノ実狼路」の正体を、アルペッ女内では唯一知っている。
「じゃあ師匠!
よろしくお願いします!」
アルペッ女内で最も歌が上手い筑摩紗耶とのデュオ収録。
歌声がアルトな彼女には、「別離の歌」K.519 のように珍しい調性と、ピアノ伴奏だけで歌を引き立てるアレンジにした。
「なんか、ルーベンスの絵を見ていたら、なんだかとっても眠くなり、天からお迎えが来たような感じで歌えたよぉ!」
独特な言い回しで優子は意味を理解しかねたが、とりあえず喜んでいたのは伝わった。
こんな感じで8人全員に合わせたアレンジにした為、
「これ、コンプリート必須!」
「8人だけでなく、全員分欲しい!」
「アルペッ女だけ優遇され過ぎだ。
アダー女にもこういうのくれ!」
「スケル女版も!」
とファンが求め出す。
「今回は間に合わないけど、いつか各グループの10人分くらいは追加してみませんか?
この曲だけのCD出すのも面白いですよね。
私も君も儲けられそうです」
と、東京で戸方Pから言われ、仕事が増えた事を苦にもせず
(それもアリだな)
と思う優子であった。
おまけ:
この、歌い手ごとのアレンジというのを知ったフロイライン!では
「歌で遅れを取るのは誇りが許さない!」
と、メンバーがプロデューサーに圧をかけ始めた。
「ああいうのを作れ!」
と。
現プロデューサーは頭を抱え、ビジネスセンスは乏しいが音楽センスは豊富な前プロデューサーと相談し、
「同じではダメだ。
我々のやり方で行こう!」
と、新しい挑戦を始める。
天出優子の同級生、武藤愛照も当然ながら、この挑戦に巻き込まれるのであった。
(続く)




