兼任は、どちらかに偏ってはいけない
広島のアルペッ女がアルバム収録、振付入れとバタバタしている頃、東京のスケル女では、前リーダー馬場陽羽卒業コンサートに向けて、レッスンが始まっていた。
天出優子も、これからはスケル女の活動に重点を置かないとならない。
それでも、作曲家「木之実狼路」としては、アルペッ女スタッフの方からの問い合わせにも答えなければならず、注意が分散してしまう。
前世から天出優子は落ち着きがない。
普段から
「天出、ちょっと落ち着け」
と注意されていた。
その反面、超集中状態というのがあり、それに入ると雑音は一切耳に入らなくなり、音楽を覚え、解釈する速度が超人的となる。
だから彼女の様子は、いつもと何ら変わらないように見えた。
「優子、ちょっと今晩付き合ってくれない?」
これも近い内の卒業を決めている、グループ最年長の灰戸洋子が声をかけて来た。
断る理由はない。
それに、前世の妻に似ていて、ちょっと気押される感じはあるが、一方で極めて有益な助言をしてくれるこの女性を優子は好んでいる。
何故か他のメンバーに対するように、セクハラをする気にはならないが。
「兼任どう?」
レストランで食事を注文し、待っている時間に灰戸が聞いて来た。
「どうって、まだ本格的な活動は始まっていませんので、分からないんですが。
でも、今の段階での話ですが、正直疲れます」
「え?
優子の事だから『余裕余裕、全然大丈夫です』とか言うと思ってた。
やっぱり……アレ?」
「アレが、変人揃いの事を指しているなら、そうです」
「もっとオブラートに包みましょうよ。
でも、その通りなんだけどね。
私も何回も、素の状態のあの子たちと会った事あるけど……」
灰戸が言葉を濁す。
どうやら、その時もぐったりするような経験をしたようだ。
しばし気まずい沈黙が流れる。
その空気を変えたのは灰戸だった。
「実はさ、私も兼任経験あるんだ。
大阪のアダー女と広島のアルペッ女、両方立ち上げの時期にね」
「あれ?
アダー女の方は覚えてましたが、アルペッ女もでしたっけ?」
「そうだよ~。
ちゃんと先輩の経歴、覚えてよ」
「すみません」
「アダー女は、初の姉妹グループだったから、その立ち上げに協力したんだ。
知名度あるメンバーの兼任で人気を得たいって事で。
だから、私、物凄い気合い入れて臨んだのよ」
初のスケル女の姉妹グループは、最初はスケル女の完全コピーの形で始まった。
そして、案の定人気は伸び悩む。
同じコンセプトなら、本店の方を見た方が良いのだ。
立ち上げ時期、まだ素人に毛が生えた程度の女の子に、ただ一人スケル女の正規メンバーがいるだけだから、人気は灰戸に集中する事になる。
「それじゃダメだと思って、私は積極的に関わったの」
自身が重度のアイドルオタクである灰戸は、アダー女のグループイメージを変えた方が良いと考えた。
彼女の基準は、推しグループである「フロイライン!」である。
だが、スケル女の二番煎じで人気伸び悩みのアイドルを、フロイライン!の二番煎じにしたところで結果は同じだ。
だから、フロイライン!のエッセンスを注入する。
つまり「とんでもない身体能力」と「負けん気」である。
まだ若かった灰戸は、自身も含めてメンバー全員の体力強化や、パフォーマンス向上を訴えた。
そして、その強い身体を活かした仕事を取って来るよう、スタッフにも頭を下げる。
コンサートだけが仕事じゃない。
関西ならお笑いもあるだろう。
体を張った仕事というのがある。
ここ関西では、大人しく仕事を待つだけのアイドルではウケない。
なんでもやるという気概が必要だ。
気概だけでなく、それをこなす身体も。
そして本業は歌なのだから、バラエティー仕事で体と心を壊してはいけない。
あらゆる面でタフであるべき。
かなり熱く語った。
それにメンバーもスタッフも応える。
そしてアダー女は、次第に大阪風のアイドルグループに変わっていき、芸人との共演も増え、自分たちだけの仕事でも「お笑い」的な演出を取り入れるようになった。
そうして関西での人気は上がり、やがて全国でも通用する子たちが現れる。
関西発だが、全国でも使えるアイドル。
テレビ番組にも呼ばれ、ソロで活動する子、スポーツ番組にも呼ばれる子が活躍し始める。
その頃には灰戸は兼任を解除された。
アダー女はもう大丈夫だった。
経験値、場数は芸能人を成長させる。
卒業・加入を繰り返しながら、アダー女は次第に「体育会系アイドル」として、「なんでもしまっせ」な芸風と、熱い魂のコンサートで個性と人気を確立させていった。
「アダー女はそれで良かった。
問題は私の方」
灰戸は溜息を吐く。
スケル女の仕事よりもアダー女のプロデュースのような仕事を優先させていた。
その結果、スケル女専念となった時、自分が後列の仕事しか与えられていない事にふと気づく。
当時はまだ何人もいた灰戸の同期たち。
同期たちは、派生ユニットで歌ったり、センターで人気を博したりしていた。
「私の本業はこっちなんだ、って今更気づいたのよ。
それで、遅れを取り戻すべく、必死で努力した」
その甲斐あって灰戸は、スケル女内での地位を得ていく。
選抜メンバーに選ばれ、歌唱力が評価されてソロコンサートも開かれるようになっていた。
「そんな頃、今度はアルペッ女兼任の話が出たの。
正直、『また私の居場所を奪う気?』って思っちゃったよ」
折角確立したスケル女内での居場所。
二十代中盤の彼女は、同期が次々の卒業し、若い子たちから年齢いじりをされながらも、当時の「7女神」の一人として最盛期に突入していたのだ。
「だから、アルペッ女兼任の時は余り熱心じゃなかった。
東京の仕事の方が充実していたし。
コンサートの助っ人程度の仕事しかしていなかった。
優子が、私もアルペッ女兼任していた事を覚えていないのは、あんたの性格もあるだろうけど、兼任活動自体が地味だった事もあるからだろうね」
優子は黙って聞いている。
アダー女に熱を入れ過ぎ、プロデューサーじみた行動までした。
それは、まんま自分がこれからやる事に重なっていた。
そして、その結果……。
では、アルペッ女兼任の時はどうだったのか?
「正直、アルペッ女の皆には悪かったなあ、って思う。
私には、アルペッ女をこうしたいってビジョンがあった。
あそこは昔のスケル女に似ている。
それを活かして……とか思ったけど、一切口に出さなかった。
私の居場所はスケル女。
彼女たちだって、アダー女のメンバーみたいに独り立ち出来る。
私の協力なんて不要だ。
そう思っていたんだ」
しかし、アルペッ女は伸び悩んだ。
地理的な問題があり、灰戸がプロデューサー目線で提言しても結果は同じだったかもしれない。
だが、灰戸には悔いが残った。
「あの子たち、本当に良い子たちなの。
全然関わりが小さくて、コンサートの助っ人くらいしかしていない私にも、会う度に挨拶してくれるし、遊ぼうって言ってくるのよ。
私、あんな良い子たちに、何の手助けもしてやらなかった……。
そして、良いなんだけど……良い子たちなんだけど……会う度のその……」
「分かります」
優子には心当たりが十分過ぎる程ある。
気を許すと、変人さを見せてくるのだ。
灰戸の場合、年々酷くなっていくのをタイムラプス的に見ていたから
(あの時、ちゃんとアイドルとして飛躍させてやれたら、こんな風にはならなかったのかも)
という後悔となった。
「私以外でも兼任したメンバーはいた。
一番頑張ったのが、卒コンする(馬場)陽羽ね。
彼女はアダー女、アルペッ女に背中で頑張る姿を見せた。
だから、両方とも影響を受けて、レッスンの時から全力を出し、一切の手は抜かないでしょ。
元々そうだったかもしれないけど、陽羽の頑張りに全員『感動した』って言ってるし、影響は大きかったと思う」
その他、アダー女兼任した品地レオナは彼女たちの「特技を持つ」意識を鍛え、短期間だがアルペッ女兼任した帯広修子の歌声は、今も続くアルペッ女の清楚な歌声に磨きをかけた。
「私は、戸方さんから、優子に求められている事を聞いている。
過去の兼任メンバーよりも随分難しい事を求められているよね。
でも、忘れないでね。
貴女の本籍はこっちだから。
全力でアルペッ女を盛り上げては欲しい。
私が出来なかった分まで。
でも、絶対にスケル女の活動もおざなりにはしないでね。
私は、プロデューサーとか作曲家じゃなく、アイドルとしての天出優子に、まだまだ伸びしろがあって、もっと素敵なアイドルになれると思っているんだから」
灰戸洋子との会食は実に有意義な時間となった。
確かにアルペッ女に入れ込み過ぎてもいけない。
スケル女の活動だって、全力で取り組むべきものなのだ。
灰戸は最後にこうも言った。
「一番は、兼任先のメンバーを信じる事だね。
手を貸し過ぎなくても、きっと伸びていく。
自分はきっかけを与えてやれば良い、それを機会に伸びていったら、それはもうその子の実力なんだ、とね」
優子の心にその言葉は強く刻まれたのだった。
おまけ:
この前、知ってるアイドルは
「アンチよ来い!
私の言動をまとめサイトにして叩けよ!
なんで無風状態なんだ!」
と荒ぶってたので、何も無いと変な方向に突っ走るのは現実問題だと、改めて実感しました。
(ちなみに全国ツアーするくらいのメジャーなグループ所属)




