まさかのアルバム収録
アルペッ女のプロデューサーでもある戸方風雅は、急に忙しくなった。
いきなり30曲もの新曲が出来上がったのだ。
それをどうにか処理しないとならない。
とりあえず15曲ずつに分割し、2枚組アルバム曲として収録する。
まだアルバムになっていないアルペッ女のシングル曲が2曲、そのカップリングが4曲あるから、それを含めた36曲構成としよう。
ベスト盤でもない限り、それくらいが限度だろう。
聞き馴染んだ曲なら100曲くらいでも良いが、新曲ばかりだと、情報過多になり過ぎて良くない。
戸方Pは基本的に、物凄い才能を前に嫉妬しない。
自分の下でアイドルをしていた八橋けいこ、天出優子がここまで曲を作れる事を、むしろ
「良い才能を発掘出来ていたんだなあ」
と嬉しく思っていたくらいだ。
だが、プロデューサーとしての仕事はしなければならない。
曲として完成しても、そのままでは使えないのだ。
歌割りをどうする?
振付をどうする?
収録順をどうする?
リリース時期をどうする?
プロモーションをどうする?
ライブでの公開をどうする?
様々な事を考えなければならない。
それでも彼は楽しそうだ。
「天出さんが言っていた、アルペッ女の全国ツアー、これなら出来るな。
曲に困る事はない。
アルバム販売のイベントも含めて、忙しくなるぞ!」
だが、楽しいのは彼だけである。
彼は、自分でも仕事はするが、ある程度の形になったら他の専門家に丸投げする。
故に降って湧いた30曲もの新曲の振り付けやら、歌割りやらを考えるスタッフは頭を抱えた。
アルペッ女のスタッフは、南雲支配人というエリアマネージャーを筆頭に、歌唱、ダンス、宣伝、現場担当者たちがいる。
これに複数のマネージャーがいて、山口チーフマネージャーが統括していた。
彼等も無能な事はないのだが、いきなり30曲も新曲がやって来た事はない。
「普通、アルバムが出来る時は、アルバム出すよっていう連絡があり、完成した順に送られて来て、収録しながら、他の曲も作っていきますよね?
なんでいきなり全曲揃ってるんですかね?
いつから作り始めたんでしょう?
兼任の子が来てますけど、その子が来るのに合わせたんですかね」
「そうじゃないかな。
でも、アルバム出すなら、そう言って欲しかったですよね」
「まあ、そういう連絡不足は有り得ますが……。
でも、ほとんど完成してから渡されても、一気に全部は対応出来ませんよね」
「文句言っていても始まらない。
1曲ずつどうにかしましょう」
「ですが、戸方総合Pは、アルバム発売を来春、その後に全国ツアーって言ってますよ」
「え? もう余り時間が無いじゃないですか」
「天出優子って子が正式に兼任発表されるのがその時期。
やっぱり、それに合わせてアルバム作っていたんですね」
「その天出優子さんだけど、ここだけの話です。
特に一緒に活動するメンバーの耳には入れないで下さいね。
アルバムのほぼ全ての作曲者・木之実狼路って人。
これが、天出さんです」
「え?
現役のアイドルなのに、作曲もしてるんですか?」
「アルペッ女の曲、何曲か編曲もしてますよね」
「それで、全国ツアーっていうのも、この子の発案なんです」
「…………」
「なるほど、分かりました。
この子のアルペッ女派遣は大分前に決まっていて、書き溜めていたんでしょう。
それで、完成した時点でアルバム発売と全国ツアーが決まった。
これだけの曲があるんだし、全国ツアーやれる目途が最初から戸方さんには立っていたんでしょうね」
「ちょっと、兼任の天出優子ありきのプロデュースになってますね」
「でも、正直アルペッ女のメンバーだけだと全国ツアーやるには弱いですからね。
スケル女正規メンバーが兼任なら、その子が目立ってしまうのは仕方がない。
我々としては、天出優子という目立つ子を上手く利用して、アルペッ女のメンバーも売り出すようにしないと」
「そうですね。
我々の力足らずで、アルペッ女を大ブレイクはさせられていない」
「全国ツアーともなれば、メンバーも気合い入るでしょう。
まして、こんなお土産まであるんなら」
「いやいや、メンバーだけじゃないですよ。
我々も気合い入れないと」
「メンバーに負けていられませんな」
やれやれといった感じで打ち合わせを終えた広島のスタッフたち。
しかし、彼等は分かっていない事がある。
アルバム発売は、全く予定にはなかったのだ。
優子が曲を書き溜めていたなんて事もない。
数日前に30曲余りを、乗りと勢いで一気に作ったのだ。
作詞家の事も話題に挙がっていないが、これも元スケル女の八橋けいこのペンネームである。
アルバム発売予定があり、曲を書き溜め、仕上がる見込みがあったから全国ツアーを言い出したのは順番が全部逆だ。
全国ツアーというアイデアが先にあり、インスピレーションの暴走で曲が大量に出来たから、プロデューサーが「アルバムでも作るか」となり、それを全国ツアーに結びつけたという流れである。
戸方Pが用意周到に準備したものとして、なんとか納得した彼等である。
まさか、乗りと勢いの結果がこれだなんて、知ったなら複雑な気持ちになるか、戸方Pの冗談だろうと思うかだろう。
作詞に1時間、それを読んでの作曲が約30分で、90分で1曲出来たなんて、信じ難い事なのだから。
その週末の全体レッスン日、スタッフからアルペッ女メンバーに連絡がされる。
「今から音源CDと、歌詞カードを渡します。
これを来週までに覚えて来て下さい」
ざわめくメンバーたち。
「何曲あるんですか?」
「30曲ちょいありますね」
「無理ですよ!
一日4曲以上のペースで覚えろって言うんですか?」
「無理でもやって下さい。
でないと、アルバム収録に間に合いません」
「え?
アルバム出すんですか?
え? え?」
「最後まで説明しますので、聞いて下さい。
そことそこ、いっつも話を最後まで聞かないから、ちゃんと聞きましょう。
そこ! 走り回るな!
あと、落ち着け。
えー、君たちは全国ツアーをする方向で話が進んでいます」
聞いた瞬間、キャーという歓声が爆発した。
一人冷静なリーダーは
「いつからですか?」
と質問し、
「来年度の5月からです」
という答えを聞き、一瞬にして戦慄する。
曲があればすぐにツアーなんて出来るわけじゃない。
レッスン期間が必要だ。
逆算すると、4月いっぱいはツアーの為のレッスンに充てなければならない。
リーダー陸奥清華には、30曲覚えろという話から、色々と繋がって来た。
「全国ツアーに先駆けて、アルバムを発売します。
ツアーはアルバムを引っ提げてのものとなります。
そのアルバム収録があるので、まずは歌をしっかり覚えて来て下さい」
スケル女グループは、歌により選抜メンバーが決められる。
大人数グループだけに、出演するメンバーは絞られるのだ。
メインはダメでも、カップリングには参加等の救済措置はある。
その判断は、まず一人が通しで1曲を歌い、プロデューサー判断でメンバーと歌割りが決められる。
そして、全員の収録したデータを繋ぎ合わせて、マスターデータが作られる。
それを元に全体練習をして、最終調整後にリリースという流れだ。
1曲出すだけでもこれだけの手間がかかる。
急遽決まったアルバムなんて、その30倍もの手間がかかるのだ。
その辺を分かっている人と、分からずに
「全国ツアーだ!
アルバムだ!」
と浮かれているメンバーとの間にテンションの差が出来ていた。
まあ、どれだけ大変でも、全国ツアーという夢はあるから頑張るだけだ。
広島でスタッフが時には徹夜で作業し、メンバーは寝る間も惜しんで曲を覚え、振付師が自分でも体を動かしながら試行錯誤をしている時、当の製作者たちは
「ところで、八橋さん、こんな曲作ったんですけど」
「おお、これは中々熱い感じの曲じゃないか!
これ、大阪のアダー女向けだね。
よし、歌詞をつけるぞ!
それと天出、こういう歌詞書いたんだけど」
「これはまた綺麗な言葉ですね。
なんか曲書きたくなって来ました」
と、暴走状態のまま突っ走っていた。
間も無く、一旦落ち着けという指示が入るのだが、それまでに完成する曲は10曲を超えるのであった。
おまけ:
最初、一週間で10曲覚えろって書いてました。
しかし、本物のアイドルにヒアリングしたら
「一週間あったら、6日は遊んで、最後の1日で覚える」
「楽勝ではない、泣きながらになるけど、3日あれば全部覚えられる」
って言われました。
いや、あの人たち凄いわ。
てなわけで、ちょっと無理目な曲数設定にしました。
(レコーディングから製品化までは流石に時間掛かるでしょうが……これも聞いたら案外あっさりだったりして)




