安心出来る場所
天出優子と武藤愛照は、職員室で偶然同じ事をしていた。
「これ、広島のお土産です。
皆さんで食べて下さい」
「これ、千葉のお土産です。
皆さんで食べて下さい」
そしてお互いの顔を見て
「なんか、凄い疲れた表情だけど、大丈夫?」
と言い合っていた。
休憩時間、教室で話す2人。
「えーっと……それって大丈夫なの?」
と、またも2人が同じ感想を言い合っていた。
片や想像を超える変人たちの百鬼夜行、片や想像を超える人外のトレーニング。
聞き耳を立てていたヨーロッパ在住経験がある若手ピアニストが
「日本のアイドルって、一体何なんだ……」
と衝撃を受けて立ち尽くしている。
やはり盗み聞きしていた伝統芸能のドラ息子も、あえて話に入って来なかった。
芸能の世界は大概の事を知っている彼すらも、知らない世界があるようだ。
……知りたくもなかった世界だが。
授業中、堂々と爆睡する愛照と、逆に目が冴えてしまって頭が痛い優子。
どちらも回復が必要な状態である。
昼食時間、優子は食欲がなく、ただ甘い飲み物だけをがぶ飲みしている。
「食べないんなら、頂戴」
と優子の弁当まで奪って食いまくる愛照。
そして学校が終わる頃、やっと2人とも日常生活に復帰出来たようだ。
「あー、なんか疲れた~。
今日一日、精神が自分の精神じゃないような感じだった~」
「状況は違うけど、私もやっと頭が回り始めた。
なんというか、目の前に靄がかかりまくって酷かった」
「精神と肉体、どっちがより疲れやすいんだろう?」
「そんなのどっちもよ!
貴女の苦労を私は分からないけど、私の苦痛も貴女は絶対に分からない。
どっちが酷いって優劣つけられない」
「なあ、これが華やかなアイドルなんだろうか?」
「堀井……絶対違うから。
こんなおかしいのは、芸能界でもあの2つだけだから」
「だよね。
だよねー。
僕、日本の芸能界が怖くなるところだったよ」
「いやまあ、芸能界は芸能界で色々と闇深い場所だけど、あいつらのアレとは全然違うから。
どう聞いても、あいつらのはおかし過ぎる」
「なにを盗み聞きしたのかなぁ~?」
「女子の話を勝手に聞いて、好き放題言ってくれるじゃないの」
「よお、ちんちくりんとあざと女。
元気になったようで……良かったよな?」
「これが元気に見える?」
「やっと通常の疲労困憊状態になっただけだよ。
さっきまでは、自分の魂が外に出て、自分の身体を外から動かしてるような感じだった」
「……それってどういう状態????」
「堀井君は知らない方が良いと思うよ。
普通の音楽家がそんな経験する事は、絶対に無いから!」
「まあ、いいや。
今日は帰って寝る。
貴女もそうでしょ?」
「いや、私は逆に頭の中のモヤモヤを、全部吐き出さないと気が済まない。
帰ったら、曲を5つか6つ作るわ」
「……貴女も大概変人よねえ。
まあ、そんな貴女をここまで疲弊させるとか、アルペッ女ってのは侮れないグループね」
「……慣れたくはないけど、いずれ慣れると思う。
じゃあ、お大事に」
「お大事に」
そう言って帰宅するアイドル2人を見ながら、本来はスクールカーストで対立するはずの2人の男子は
「お大事にって、ここ病院じゃねえんだぞ」
「あの2人、重症だね。
明日までに元気になれば良いんだけど」
と肩を竦め合っていた。
さて、帰宅した優子は、弟の突進をかわす気力もなく、直撃を食らって倒れる。
「こら、お姉ちゃん疲れてるんだから、そういう事しないの!」
「ずりいじゃん。
一人だけ広島に行ってさあ。
帰って来たらずっと部屋に閉じこもってたしさあ」
「精神的に相当な疲労をしたから、大事にしてあげてと、長門さんが言ってたよ」
「ママ……」
「ん?」
「なんで長門さんと普通にメール友達になってんの?」
「別にいいでしょ?
良い人なんだし」
「え?」
「たまに山口の瓦そばだっけ、贈ってくれてるのよ。
あと瀬戸内のレモンケーキとか」
「たまにおやつに出てたアレは、長門さんからだったのか……」
「あんたもちょっとは、誰から貰ったとか、誰にお土産買ってくるとか、そういうのに気を使いなさいね」
前世から、甘いものはそこにあるのが普通だったから、贈り主とかを気にしていなかった。
(そういう部分だけ見ると、凄い常識人なんだよねえ、長門さんって……)
欲求不満な弟の相手を軽くして、長門理加からの贈り物と、自分のお土産のもみじ饅頭を食べて、自室に入る。
今日は一日中、甘い物を摂取しまくっていた。
血糖値的にはヤバくなってそうだが、脳の疲労にはとりあえず効果的だったようで
「さて、曲を作ろう!」
と、鍵盤をタブレットに接続して、演奏を始める。
誰かの為の曲ではなく、頭の中に溜まっているモヤっとしたものを振り払う為の、単なるはけ口である。
それでメヌエット3曲、回旋曲2曲、円舞曲1曲に、行進曲1曲を立ちどころに作るのだから、凡百の音楽家はたまったものじゃないだろう。
「はあ~。
やっと頭がスッキリして来た。
やっぱり東京は落ち着くなあ」
ルンルン言いながら部屋から出て来る優子を見ながら
「なんか今日は、凄い勢いで曲作ってたよなあ」
「あれで発散になるって、私の娘ながら信じられないわぁ」
「姉ちゃん、凄いんだけど、普通に変だよね」
「お姉ちゃんを変とか言わないの。
ちょっと普通の女の子とは違うだけだから」
と母子で呟くのだった。
翌日、すっかり回復した2人は、いつも通りの生活に戻る。
そして奇しくも2人とも職場に顔を出す日で、放課後はそれぞれのグループの元に向かった。
「あーっ、ゆっちょだ。
お疲れ様~。
ギュッしちゃう」
「ああ、ミハミハさん、お疲れ様です。
なんか、ミハミハさん見てると和みます」
「え~、ゆっちょがそんな事言ってくれるなんて嬉しい~。
もっとギュッしちゃうよぉ」
「あははは……」
照地美春くらいの行動は、実に可愛いものだ。
普段なら結構うざいのだが、今日はこのスキンシップが妙に懐かしいように思えた。
「あ、優子来てたんだ。
どう、アルペッ女は?」
「灰戸さん、お疲れ様です。
いやあ、疲れましたよ……」
「そりゃ兼任はそうなるよ。
後でゆっくり話そうね。
あと、戸方さん来てるよ。
来たらすぐ顔を出してって言ってた」
「あ、分かりました。
すみません、ミハミハさん、また後にして下さい」
「うん分かった!
予約ね」
「あはは……」
応接室に入った優子は、戸方プロデューサーに報告をする。
「南雲さんから聞きました。
今のアルペッ女の楽曲イメージはそのままで、ライブや演劇を増やして、仕事と知名度を高めるという方針ですね。
僕の考えと一緒です。
行ってもらった甲斐がありました」
そう言っていると、ノックする音が聞こえて来た。
「失礼します」
「あ、八橋さん、お久しぶりです」
スケル女卒業生の八橋けいこが部屋に入って来た。
「八橋、お疲れ〜。
さて、天出さんは知ってると思いますが、こちらは作詞家の梅枝雲井先生です。
八橋は知ってると思いますが、こちらは作曲家の木之実狼路さんです」
戸方Pはそう言って、悪戯っぽく笑う。
優子と八橋は、そのペンネームで歌詞の添削や編曲を行っていたのだ。
こんな紹介のされ方では、思惑も透けて見える。
「アルペッ女の楽曲作成、君たち二人がタッグを組んでやってみてよ。
君たちの歌詞と曲が、あのグループのイメージには合っている。
僕も一枚噛むけど、しばらくは君たち二人に任せたい。
どうかな、やってくれるよね」
お互い、既にその気である。
「いつだったか、私が作詞で天出が作曲でやりたいね、って言ったよね」
「こんなに早く実現するとは思っていませんでした。
ですが、望むところです」
そう言ってハグをする。
「アルペッ女は清楚系だから、和風の私の歌詞が合うって戸方さんに言われました。
天出もイメージに合った曲をお願いね」
優子の中では、アルペッ女のイメージはすっかり清楚ではないものに置き換わっていたので、
「あはは……」
と、乾いた笑いで誤魔化す他なかった。
おまけ:
火曜日の学校にて。
優子「堀井君、お土産あげる」
堀井「あれ?
もみじ饅頭なら昨日貰ったけど」
優子「違うよ。
はい、これ」
堀井「なにこの楽譜……」
優子「昨日、広島でのモヤモヤを吹き飛ばす為に書いたんだ。
で、この曲、ピアノ協奏曲に変えられそうだったから、あげるわ」
堀井「昨日って……。
前から作ってた曲を昨日完成させたの?」
優子「違うよ、30分くらいでパパっと作った」
ドラ息子「おい、天出、お前堀井に何をした?」
優子「曲をあげただけだよ」
ドラ息子「堀井が昨日のお前と同じようになってるぞ。
おーい、意識飛ばすな、戻って来い!!」
堀井「30分って……。
僕なんか、一日悩んで楽譜一枚書けたら上々なのに……」
愛照「天出さん!
また悪い癖出てるわよ!
あんたの当たり前は、全然当たり前じゃないから!
平然と『また私、なんかやっちゃいました?』って感じの事されると、時々人間壊れるから!」
中々、凄い技をただ凄いと褒めるだけってのは、才能がある程難しいようで……。




