顔合わせだ!
天出優子はこの日、マネージャーと一緒に新幹線に乗っていた。
広島の姉妹グループ「アルペッ女」との兼任、実際の活動は先になるが、顔合わせと、合同レッスンをする為の移動であった。
なお、平日は東京在住の長門理加と筑摩紗耶は一緒の移動……ではない。
最初は一緒に移動するはずだったが、
「交通費貰ったけど、安く移動して差額は小遣いにするけえ」
「私のような咎人には、新幹線なんてもったいない。
高速バスで苦しみながら移動します」
と言って、前日夜に既に移動していた。
……噂では、サイコロを振って、乗るバスを決めたらしい。
「広島は初めてかい?」
マネージャーが問う。
「初めてです。
カプリッ女で活動していた時は、一気に飛び越えて福岡まで行ってましたので」
ちなみに、夏限定のユニット「カプリッ女」では優子の同期3人が活動し、安藤紗里、斗仁尾恵里の2人は広島でPR活動をしたのだが
「別に変な人たちじゃなかったよ」
「一生懸命、ライブをしてた姿しか見ていない」
と伝えている。
夏場は瀬戸内でも音楽イベントが多く、充実している為、奇行が影を潜めていただけなのだが。
「あ、優子ちゃんや!
お久しぶりやね~」
そのカプリッ女で一緒に活動し、アルペッ女に移籍した同期の盆野樹里が広島駅で出迎えた。
「樹里ちゃん、久しぶり!
……で、あの……その……」
「あー、肥えたって言いたいんやろ。
気にしてるけど、別に言ってもええで。
今はこうやけど、直に身体絞るから」
東京で活動していた時は、むしろ瘦せぎすであった。
しかし、広島に移籍した後の盆野は、あと少しで「むっちり」と言えるくらいに肉がついている。
辛うじてアイドルとして許される限界を攻めている体型だ。
「もしかして、ストレスでいっぱい食べた?」
「…………言いたい事は分かったけど、ちゃうわ。
逆に東京いた時程過酷じゃないし、東よりも西の方が味が合うからか、よく食べてまう」
そして、左右を見渡しながら
「優子ちゃん、お好み焼きを『広島焼き』言うたらあかんよ。
私も思うところはあるけど、とりあえずお好み焼きて認めな。
優子ちゃんかて、もんじゃ焼きを吐瀉物扱いされたら嫌やろ」
「いや、別に……」
優子は江戸っ子ではなく、前世からすればザルツブルクっ子であり、味覚はウィーンである。
大阪のお好み焼きに該当する料理としては、キッシュが近いかもしれない。
もんじゃ焼きのような料理は無いので、馴染みが薄い。
なお、広島のお好み焼きのような重ね焼き料理に近いのは、ガレットであろう。
一通り広島市内を観光してから、合流場所に向かう。
前世において、天出優子が生きていた時期に起きた大きな戦争は、海の向こうのアメリカ独立戦争が有名だ。
死後にはフランス革命から始まり、ナポレオン戦争に到る動乱がヨーロッパを席捲する。
モーツァルトが生まれた辺りで終了した七年戦争と、死後のフランス革命戦争。
モーツァルトは平和な時代を生きたと言える。
モーツァルトに直接関係したのは、オーストリアの対トルコ戦争で、「ドイツ軍歌」K.539 を作曲した。
この時期の戦争は、大砲と小銃程度が大量破壊兵器であり、貴族の戦争である為、残酷さは現代の戦争とは比べ物にならない。
だから広島の原爆関連の資料を見て、感受性が高い天才音楽家は思わず泣いてしまった。
これは精神が身体に引っ張られて女性化してるとかは関係なく、前世のモーツァルトであっても涙したものだろう。
その後、アルペッ女に合流したのだが……
「…………」
無言で出迎える、天狗の面をつけた女性。
(樹里ちゃん?)
「なんや?」
(この女、ボケでこんな事してるの?
それとも本気なの?)
「ああ、気にしたら負けやで。
ツッコミせな」
何か言おうとした瞬間
「ツッコミが遅い!
今の私に間髪入れずツッコめなかったのはなぜか?
お前の覚悟が甘いからだ!」
と怒鳴られてしまった。
「アニメの見過ぎだから、言ってる事流してええで。
さあ、行くで」
「えーと、この人、コーチとか指導する人なんですか?
設定的に……」
「いや、アルペッ女のメンバーで駒橋杏ちゃんだよ。
一応二十歳超えてんねん」
「はあ……」
毎度の事、度を越えた変人と、心の準備なくエンカウントすると一気に疲れる。
だが、変人でなくても心臓に悪い出会いもあった。
レッスン場に入り、既に変人たちのサファリパーク状態なのを覚悟して人と接する。
確かに変なのばかりだ。
なんかティラノザウルスの着ぐるみで走り回ってるのがいたり。
しかし、衝撃はそんな変人からではなかった。
優子は一瞬、背筋に冷たい汗が流れた気がした。
人殺し……とまでは言わないまでも、軍人が纏っている何か得体の知れない空気。
前世で一度会った、「ドイツ軍歌」提供の礼を言って来たフォン・ラウドン将軍から感じたような「気」。
思わず振り返ると、そこに居たのはタレ目の可愛らしい女の子だった。
「初めまして。
私、陸奥清華ですぅ。
長門理加から話は聞いてました。
なんか、音楽の天才って言ってたけど、可愛い〜」
さっきの殺気は何だったのか?
(照地美春さん系の女性?)
そう思うくらいに、喋り方が甘ったるく、可愛い可愛いを連呼しながら握手する手を撫で回すような、ちょっと面倒臭い感じの女性である。
現在、アルペッ女の旗艦を勤めている。
もしスケル女で照地美春がリーダーになるなら
(大丈夫か? この人で……)
と不安になるところだが、この変人揃いのグループでは一番常識人に見える。
「天出優子さんですか?
会えて嬉しいです。
私は大淀望美です、初めまして」
常識人が他にも居た!
ホッとして握手をする優子。
「天出さん、何歳ですか?」
「今14歳です」
「若い〜!
私、今高一でグループで一番年下なんですけど、私より年下が出来て嬉しい〜」
「だったら、敬語無しで話して下さいよ」
「え、いいの?
じゃあ遠慮なく。
広島は初めて?」
「はい」
そして声をひそめて
(アルペッ女、変な人ばかりで困ってるでしょ?)
と聞いて来た。
あはは……と優子は笑って誤魔化す。
(なんか、最初は皆さん真面目だったけど、段々変になってしまって。
でも、私含む年下メンバーはまともだから、何かあったら声をかけてね)
と言って、手を強く握り、それで一回分かれた。
時間が来て、レッスン開始。
その前に優子が皆に挨拶をする。
何人かとは既に会話しているが、全体練習の前にはこういう儀式も必要だろう。
そしてリーダーの横に立って話そうとするが、メンバーは落ち着かない。
ギャーギャー騒いで、集合と言っても来ない人すらいる。
その時、優子はまた殺気のようなものを感じた。
リーダー陸奥清華は笑顔のままである。
だが、纏う空気が変わっていた。
そしてうるさくしているメンバー二人の肩を掴むと
「聞こえてないんですかぁ?
それとも、聞く気が無いんですかぁ?」
と優しく声を掛けていたが、明らかに指が相手の肉体に深くめり込んでいた。
「が……う……痛い……痛い……。
すみません、並びます、集合します」
「うん、分かってくれて嬉しい〜」
呆気に取られていた優子に、大淀が説明する。
「陸奥さん、なんか一子相伝の格闘技の家に生まれたとかで、名を継げなかったと言ってますが、アルペッ女で一番の武闘派なんです」
ああ、なるほど。
ぶりっ子で頼りない感じの子が、変人集団を束ねられるのは理由があったわけだ。
殺気にも合点がいった。
そして改めて挨拶しようとした所に、
「遅れてすみません!
やっと着いたけえ」
「罪深き私たちは、サイコロの目に従い、14時間のバス旅を終えました。
『はかた号』普通席で身も心もズタボロになりながらも、そこから広島まで折り返して来ました……」
「なんであそこで『6』を出すかなぁ?」
「ああ、リーダー、どうか私の頭を蹴り砕いて、昇天させて下さい」
と、昨晩東京を発った長門理加と筑摩紗耶が遅刻して入って来た。
レッスン前の挨拶すらすんなり始まらない。
先が思いやられる優子であった。
おまけ:
エルンスト・ギデオン・フォン・ラウドンは、ハプスブルク家に仕えた軍人で、ハイドンが交響曲第69番(別名「ラウドン将軍」)を彼に捧げています。
記録には一切ありませんが、全く同じ時期にウィーンに居たので、一回くらいはヨーゼフ2世の元でモーツァルトに会ってるんじゃないかな?




