変人とて悩みはある
「どうしてこうなった?」
ここは世界的若手ピアニスト、堀井真樹夫の家の練習室。
制服姿のままカラオケは色々問題があったから、一回着替えようとなった。
その過程で
「そんな相手の都合も理解出来なかった私の首を絞めて……」
とかひと騒動あり、変人3人と連れ立って繁華街を歩きたいとは絶対に思わなかった為、近場で手頃な場所を探した結果、ここになったのである。
「堀井、お前の家も結構ゴツいよな」
「君の家程じゃないだろ」
「うちは面積あるし、家が家だから稽古するのが普通だからああいう造りになってるけど、設備で見ればお前ん家の方が金かかってるじゃん」
「まあ、君の家と違って敷地は狭いから、隣近所に迷惑かけないよう、防音はしっかりしてもらったんだ」
「堀井君、だから隔離場所に丁度良かったんだ」
「天出さん……うちの練習室をそんな用途で使うのは、もうこれっきりにしてね」
「約束する。
今日は本当にイレギュラーで、仕方なかったんだ。
私もここまで酷いとは思わなかったし。
次は、何かあっても自分で解決するわ」
「そうしてね、アイドル兼プロデューサーさん。
小学校の時から常識外れな貴女を見ていて、胃が痛くなるくらい緊張感があるグループに所属する私ですら、こんなに気疲れする人って初めてよ。
それも3人も……。
毒をもって毒を制すってのを期待してるよ」
同級生4人は、部屋のあちこちを勝手に見て回って、中には勝手に撮影までしている変人たちを横目で見つつ、既に疲れ切って話をしていた。
「あー!」
アルペッ女のナンバー1歌唱力を持つが、性格が難儀な女子大生・筑摩紗耶が素っ頓狂な声を挙げる。
「明日ドイツ語のテストだった。
どうしよう……」
ドイツ語の楽譜を勝手に読んで、思い出したようだ。
「じゃあ、さっさと歌で勝負か何か分からないけど、終わらせて家に帰りましょう!」
「ヤダヤダ!
ここで勉強する〜」
「お客様の中で、ドイツ語が分かる方はいませんか?」
「お客様って……、ここ僕の家なんだけど。
で、ドイツ語?
専門的なのでなければ」
「これが大学のドイツ語?
随分簡単な単語ばかりですね?」
いつしか、カラオケで勝負なのか親睦を深めるかなのかをする筈が、中学生が大学生にドイツ語を教える姿に変わる。
「……なんであいつら、ドイツ語とか分かるんだよ」
「堀井君はあっちで生活した事あるからだけど、天出さんは謎よね。
聞いても、前世がどうとか言って誤魔化されるし」
「前世がドイツ人とか?
無くも無いように思えるんだよな、あいつの場合」
チート中学生たちを、普通の中学生が遠巻きに眺めていた。
「ありがとう。
これで小テストなんとかなりそう!
貴方たちは私の師匠です!」
「そんなのどうでも良いから、用事済ませて、帰って下さい。
結構迷惑かけてると思うんで。
あと、長門さんと秋津洲さん、出されたからって遠慮なくお菓子食べ過ぎです!
少しは遠慮して下さい!」
「聞いたか、あざと女。
あのちんちくりんが常識人みたいな事言ってるぞ」
「天出さんは常識外れなだけで、常識知らずじゃないわよ……」
結局、一息ついたらアルペッ女メンバーは帰る事になった。
中学生たちはホッと安堵の溜め息を漏らす。
見ているだけで疲れてしまった。
「だけど、アイドルも大学とかで勉強する時代なんですねえ」
何気ない武藤愛照の発言。
そこから、変人たちの本音が漏れ出て来る。
「なにか特技が無いとやっていけないから……」
「他と一緒なら、使いやすい東京の子に仕事がいくしね」
「アイドルやって人生終わりじゃないから。
その先の事も考えないとならないから……」
本音を言えば、大学に行くとか、撮り鉄をするとか、そんな暇が無いくらい仕事が欲しい。
スケジュールがパンパンで、休みの日が無いと嘆くような日々を夢見ていた。
しかし、蓋を開けてみれば、実に長閑なものだった。
暇を持て余す時がある。
曲リリースの谷間で、3ヶ月くらい配信と握手会くらいしか仕事がない時期がある。
芸能スクールを出て、一定のスキルに達した後は、どれだけ場数を踏んだかで成長に差がつく。
東京や大阪に進出したスクール生たちに比べ、広島組は人数は多いが、それ故に少ない仕事を似たような面々で奪い合う状態となる。
仕事にありつけないと、成長は鈍化する。
場数が少ない。
だから、同じ芸能スクール卒業生と見比べて、段々辛くなって来る。
そうして暗くならないよう、無意識にハッチャケてしまうのだ。
変人化して精神を守りながら、癖の強い個性を持つ。
何か一芸を身につけたり、興味をひく趣味を極める。
そうすれば、単発でもテレビ仕事に呼ばれたりして、自分が芸能人だと再認識出来る。
そうやってニッチな分野を開拓していた。
そういった類の愚痴を聞いていて、ドラ息子は
(これは、行き場の無いやる気が迷走してるんだな)
と理解出来てしまった。
彼も同じような境遇だからだ。
末っ子の彼は、先祖代々の伝統芸能の道に進む意思は強いが、一方で兄が後継ぎとなるから、自分の立場が無い事も知っている。
兄がボンクラなら自分が代わりになれたのだが、生憎兄は優秀な役者となった。
何か人と違った存在にならないと。
それで、豪快で傲慢だが癖のある演技は代えが効かないとか、親分肌で宵越しの金は持たないとか、やる事なす事破天荒だとか、そんな遠い親戚たちのように振舞っている。
そんな彼の目には、アルペッ女の変人たちは、袋小路の中でもがき苦しんだ結果、得体の知れないモンスターに変化した、もしかしたら自分もそうなっていたかもしれないモノに見えていた。
「天出……」
「なに?
真面目な表情になって……」
「この連中を日本全国ライブで引っ張り回すって話してたよな?」
「あー、学校でね。
まだ本決まりじゃないけど」
「それ、やりたいか、今聞いてみたらどうだ?
ここには3人も居るんだし」
なんで?と言い掛けて、優子は言葉を呑んだ。
何か意図があって、そう言ってるのだろう。
「長門さんにはチラッと話したけど、アルペッ女で全国ツアーするって話は知ってる?」
「なにそれ!」
「本当の話?」
「まだ企画段階みたいだけど(まあ、私が発案したんだが、それは黙っておこう)。
支配人さんが、メンバーの意思を確認しないと分からないとか言ってて……」
「いいに決まってるよ!」
「それ、夢だったんだ!」
「最高だよね!」
「えーっと、そんな楽しいものじゃないかもしれませんよ。
知名度足りないから、客が入らない事を想定して、ライブハウスで歌う事になる県も……」
「会場があるだけマシだよ!」
「ライブ出来るなら、路上でだって歌う!」
「もう拙者たち、怖いものとかないから」
想像以上に食いついて来た。
彼女たちは、停滞した活動にウンザリしていた。
一年に一度させてもらう東名阪プラス数ヶ所のコンサートだけでも嬉しい。
北海道から沖縄まで行ける、それで多忙になる、こんな嬉しい事はない!
「じゃあ、チーフマネージャーさんを通じて、意気込みを伝えておくね。
本決まりになれば良いですね」
(鍵を握ってるのは私なんだけどね。
なんか、急に責任重大に感じて来た)
喜び、はしゃいで帰っていった変人たち。
疲れた表情で彼女たちを見送った後、改めてドラ息子が優子に話しかけた。
「あんな変人たちの棲家に出向とか、流石の俺もお前がかわいそうだから、やめとけって最初は思った。
でもな、あれは歌いたい、踊りたい、もっとキツい仕事がしたい、っていう思いが発散されず、便秘となって詰まって自家発酵したようなもんだ。
上手くお前が浣腸して、糞詰まり状態から抜け出してやってくれ」
下品な例えが天出優子のツボに入ったらしく、彼女は腹を抱えて爆笑した。
そして
「もう変人ぶる余裕が無くなるくらい、歌わせてやろうと思ってるよ!」
と言って、ドラ息子と拳を合わせた。
心底疲れたけど、最後に本音を聞けた事が収穫だったろう。
……散らかった練習室を片付けながら、4人ともそんな感じの事を思うのだった。
おまけ:
あの世にて。
パガニーニ「どうだ! 足に釘が刺さったままだろう? 見てて痛いだろう?」
ブラームス「天国よりも地獄が良いなあ。
上にあるって事は、いつ墜落するか分からないからなあ。
自分はアメリカの仕事だって断ってた、船が沈むのが怖いから」
ブルックナー「ところで、こちらの世界には10代前半の少女はおらんのか?
二十歳過ぎたら用なしだ!
女は精々16歳までだよ!」
サティ「よし、『犬のためのぶよぶよとした前奏曲』『犬のためのぶよぶよした本物の前奏曲』の続編が出来たぞ。
『犬のためのぶよぶよとした間奏曲』『犬のためのぶよぶよした交響曲』『犬のためのぶよぶよとした前奏曲』『犬のためのぶよぶよした本物の後奏曲』だ。
まだ何か足りない気がする。
『犬のためのぶよぶよとした』シリーズはまだ続けるぞな!」
神の使い「おーい、モーツァルトよ。
こっちには本物の変人がいるからなあ。
こっちに来れば、その程度の変人なんか気にならなくなるぞー」
(明らかに逆効果)




