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94話 後始末は大変なのです


「まさか、俺が王宮の庭園を歩けるようになるとはねえ。人生、何があるかわかんねえな、ほんと」

「ふふふ、有能かつ容姿端麗な妻を得た事に感謝すると良いですよ! さあ、思う存分褒め称えてくださいな!」

「おうおう、えらいえらい。マリーベル様々でございますよ、っと」


 労うように肩を叩かれ、マリーベルはふふんと胸を張る。

 この雑な手つき。いかにもくたびれたような仕草。これぞ旦那様であると、奇妙な満足感が胸に染み込んでゆく。


「というか、その右腕。大丈夫なんですか? 背中の火傷もそうですけど、旦那様は無茶をし過ぎです!」

「お前に言われたくねえんだけどさ、それ! 騎士人形と真正面から殴り合いをした挙句、あの熱線に突っ込んでこうとした嫁を見た、俺の気持ちが分かるか? あん時、どんだけ肝を冷やしたと思う!」


 それを持ち出されると分が悪い。この話題に関しては、二人の問答は平行線をたどりそうだった。実際、マリーベルとしても二度とあんな真似はしたくないので、大人しく口先をひっこめる事にする。

 まぁ、夫の体が心配な事だけは譲れないのであるが。

 

「女官長とやらから支給された、傷薬の効きが良かったからな。というか、効きすぎじゃね、あれ? あんだけの火傷の痕が、もう治りかかってんだが。あれから三日しか経ってねえんだぞ」

「多分、『祝福』絡みの何かなんでしょうねぇ」


 病とか毒とか、そういった体の芯に作用するモノには効きにくいらしいが、外的な傷には効果覿面だとかなんとか。

 これはミュウに聞いた話だが、彼女も実際の所は良く分かってはいないようだ。

 情報源であるランドールが、その辺を雑に理解していたせいだから、だとか。

 誤魔化しかどうか、真実の所は不明だが、まぁ効果はあったのでよしとしたい。

 

 夫と二人、他愛も無い話を交わしながら、庭園内を歩いてゆく。

 やがて、段々と景色が面変わりする。整然と並ぶ美しい木立が、ある地点からへし折れ焼け焦げ、雑多に破壊されていた。


「改めて思うが、良く生き残ったな、俺……」


 騎士人形との戦いによる周囲への影響・被害。実際の所、それは相当な物ではあった。

 何せ、王家が誇る庭園の一角が、完全に崩壊してしまった。

 木々がなぎ倒され、地面は抉り取られ、それはそれは無残な光景が広がっていた。

 

「本当ですよぉ。さっきも言いましたが、無茶は慎んでくださいね。旦那様がもし、アレにひょいと撫でられていたら、弾けた果実みたいにグチャッとなってましたし」

「やめろ、連想させんな! まぁ、お互いにこうして五体満足、無事に夜明けを迎えることが出来たんだ。良かったと喜ぼうじゃねえか」

「もう、適当なんですから! 大体、旦那様は――」


 収めた憤懣が首をもたげはじめる。

 お説教を始めようとした気配を察したか、アーノルドが露骨に目を逸らし、懐から時計を取り出した。

 

「おい、マリーベル。そろそろ時間じゃねえか?」

「むぅ……」


 懐中時計の鎖を揺らしながら、アーノルドが愛想笑いをする。

 誤魔化されまいと睨み付けるが、逆にその背をそっと押されて前へと進まされた。

 頬を膨らませながら後ろを振り返るが、そこに在る、優しげな夫の眼差しに黙り込まされてしまう。

 

 この目で見つめられるのが、どうにも苦手だ。未だに落ち着かなくて、ソワソワする。

 仕方ない。思う所はあるが、まぁ良しとするか。

 マリーベルはため息を吐きながら、夫の腕を取った。

 

「今日が最後のお務めなんだろ? しっかりな」


 胸に染み入るような言葉に、マリーベルは頷く。

 そう、そうなのだ。王宮に出仕し、フローラの傍付きとなった『仮』の侍女生活。

 それは今日――終わりを迎えるのである。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 騎士人形と、それを操るレモーネ・ウィンダリアとの死闘から一夜明け、マリーベル達を待っていたのは予想通りの大混乱であった。

 特に騒ぎだしたのは、庭園内に配置された衛兵さん達。レモ-ネの最後の嫌がらせか何かか、霧が晴れ、夜が明けたとたんに彼らは眠りから覚め、そして大声を上げてわめきだした。何せ、朝を迎えたらまぁビックリ。エルドナークの至宝と謳われた庭園が滅茶苦茶になっていただけでなく、フローラやランドールといった王室関係者がやつれ果て、ボロボロの姿で現れる。おまけに、ここに居るはずの無い不法侵入者が何人も居て、とどめは昏睡状態に陥った王太子様のご登場である。


 これは何だ、何があったと、上から下まで宮殿中は大騒ぎ。

 事態は大いに紛糾した――かに見えたが、ひょんなところから救いの手が差し伸べられた。

 

 それは、精も根も尽き果てかけた妻を抱き、アーノルドが何とか釈明をしようとした矢先の事であった。


「やぁやぁ、皆様。そう興奮なされず。ところで朝の食事はまだですか? 今晩は動きに動き回って疲れてしまいまして。ちょちょちょいっと用意してくれます? 焼きたてのパンとかあればなお良いなあ」


 状況にそぐわぬ、能天気な声。発言したのは、夫が連れて来たあの少年。

 フェイルと名乗った、シュトラウス老の孫であった。

 

 ポカンとするお歴々の前で、ペラペラとフェイルは言葉を紡ぐ。

 予め決まっていた台詞を述べるように、その口はよどみなく動き、居並んだ重鎮たちを圧してしまった。

 まだ十代前半、社交の場にすら姿を見せないであろう子供が、妙に場馴れしたように身振り手振りで話を進めてゆく。

 

「うちの爺様が、間もなく説明に訪れますよ。多分、首相閣下も連れて、ね」


 その言葉は違えられることなく、程なくしてシュトラウス伯爵が姿を現した。フェイルの予見通り、首相を伴って、である。


 どうやら、ふたりとも無事であったらしい。心配していた首相閣下も、その身に怪我は見当たらない。

 そうして、二人のとりなしもあり、何とか無事に事態は収束を迎えた。


 ――後から聞いた話ではあるが、どうもこのフェイルという少年は、祖父に連れられて度々と王宮に出仕しているらしい。それもなんと、女王陛下の話相手として、である。


 両者の間に何があったかは分からないが、彼の存在は『上』の立場にあるものほど、有名であるようだった。偉大なる女王陛下のお気に入り。孫のように可愛がっている相手とあっては、無下に出来ない。

 しかもその祖父は御三家の一人で、何やら不可思議な力も有しているらしいとあれば、尚更であった。

 

『なるほど。爺様は、これを見越して付いていかせたな』


 苦笑するアーノルドに、事情の良く分からぬマリーベルは何とも言えなかった。

 というか、その辺が限界だった。

 その後の事は夫に任せ、マリーベルは夢の世界へと旅立ったのである。

 

 丸一日を寝て過ごし、起きてからは栄養補給。

 どういうわけか、王宮への滞在を許されたアーノルドと共に、マリーベルは体の復調とお腹を満たすことにまい進する。喰っちゃ寝、喰っちゃ寝のぐうたら令嬢生活を送りながら、ようやく元通りに復帰したのが昨日のことであった。


 その間に、アルファード王太子が目を覚まし、傷付き疲れ果てた者達も何とか回復を果たした。

 それはすなわち、マリーベルの役割が済んだ事を示している。

 

 本来、七日間であった傍仕えの仮期間。

 体調の不良という名目の元、日数を伸ばし――そうして、延長された今日。

 本日の務めを持って、マリーベルは王宮を去る事になる。

 


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 衛兵や他の侍女。彼等と共に迎えに出たミュウと合流し、フローラの元へと向かう。

 教えられた所作通りに、しずしずと歩きながら、マリーベルは内心で首を傾げた。

 何故だか、護衛の皆さんの目がいつもと違う気がする。

 何処となく、畏敬の念が込められているというか、何というか。

 侍女たちの目も、何処かきらきらと輝いているように思えた。

 

 悪い気はしないが、どうにもいたたまれない。

 こういった目で見られることに、慣れていないのだ。

 一体全体、彼らが誰に何を吹き込まれたのか。

 

 その疑問は、程なくして明かされた。

 部屋に着くなり、フローラが労いの言葉と共にくすりと微笑んだのである。

 

「人気者に、なった、わね……マリーベル……」

「何せ、女王陛下からのお達しがありましたからね。ゲルンボルク夫妻の功を労い、厚く遇するべし、と」


 そこまでじっと黙りこくっていたミュウが、そんな事をしれっとのたまった。

 何だそれは、聞いていない。

 思わずマリーベルが目を見開くと、フローラが弁解をするようにその手を取った。

 

「つい、先ほどに出された御言葉、よ……詳細は伏せられたけれど、三日前に起こった奇怪な騒動に、関して。()()()()()()の命を救ったとして、貴女達へ褒賞が出される事に、きまった、の……」

「ええ!?」

 

 そういえば、と思い出す。先ほど、夫と共に庭園を散策した時の事だ。

 夫と二人きりの時間を作ることを許され、かつ庭園内を自由に動けることまで可とされた。

 それだけならまだしも、護衛とばかりに兵たちが遠巻きにこちらを見守っていたのである。

 あれは、そういうことであったのか。大分大きくなった話に、根が小市民なマリーベルは引き気味になってしまう。

 

「勲章の授与も、考えられている、そう、よ……全てが終わったときには、ね……」


 フローラの言葉に、成るほどとマリーベルは頷いた。

 

「レーベンガルド卿は、やはり捕らえられませんか」

「え、え……この可能性もを予期していたの、でしょうね……証拠を、徹底的に消して、いる……」


 正直に言って、何だそれは、と思いもした。

 王太子をかどわかし、王宮内を大混乱に陥れ、あまつさえランドールやフローラまで害しようとした。

 国家転覆を疑われても仕方のない状況。レモーネの裏に控えていたのが、レーベンガルド侯爵で在ることは間違いないだろうに。

 

「クレア・レーベンガルドも、あの状況では、ね……」


 氷室から救出されたクレアは、息を吹き返しはしたものの、殆ど受け答えが出来ない状態であった。

 心身の、何か大事なものが喪われてしまったかのように。日常的な動作は出来るものの、そこに意志の光が見えない。

 フローラの『読心』を持ってしても、何も読み取れない。いや、何も考えていないのだ。

 

 レーベンガルドはこれを、逆に王家による不始末だと糾弾したらしい。

 大事な愛娘が何者かにかどわかされ、未来を失った。心が引き裂かれそうに痛ましい、と。

 

(何をいけしゃあしゃあと! 自分の娘でさえも切り捨てたのか、あんにゃろめ!)


「かのレモーネは、レーベンガルドが傍付きとして寄越した侍女の一人に化けていたようですね」


 二人の会話が一旦途切れた所を見計らい、ミュウがそう告げた。

 

「それによる不始末を言及し、宮廷への出仕は当面、禁止。後々、()()()()()()()()()()()()処罰も下されるでしょう。この数日で噂も広まっております。レーベンガルド侯爵家の威信は地に堕ちたと言って間違いは無いでしょう」


 淡々とミュウは語る。その内容だけを読み取れば、レーベンガルド家は貴族として傾いたも同然。

 社交の場でも嘲笑を持って迎えられるだろう。これにより、彼の息がかかった一派も同様の憂き目に遭うはず。

 

 蛇のようにうすら寒い目をした侯爵夫人の姿を思い返し、マリーベルは眉根を寄せた。

 

「……それで終わったとは思えませんね」

「ええ。何を企んでいるか分かりません。今後も、動向には注意せねばならないでしょう」


 ミュウもまた、同意見であったようだ。

 ふうっ、と。マリーベルが軽く息を吐く。

 考えるべき事は未だに多く、為すべき事は少なくない。

 

 しかし、その気持ちもまた、同じであったらしい。

 三つの吐息が、一つに重なる。

 

 思わず三人は顔を見合せ――そうして、微笑んだ。

 

 ほんの十日ばかり一緒に過ごした間柄。決して長くは無い。

 けれど、そこに在った時間は濃密であった。

 まるで、戦友が出来たようだとマリーベルは錯覚する。

 

 思えば、自分もフローラもミュウも、願い、思う所は共通している。

 すなわち、それは大切な男性のため。彼との未来のため。

 己が持てる力と智慧の全てを、そうして振り絞ったのだ。

 

(……結局、最後までその鉄仮面は崩せなかったけど)


 先ほど顔を見合わせた時も、ミュウだけは微かに口元を緩めただけ。

 仕方ないかと、マリーベルはそう思う。

 そもそも、半ば脅しめいたやり取りで彼女を味方に付けたのである。

 

 そう思ったマリーベルに、何かを察したのか。

 ミュウがじっとこちらを見つめ、次いで腰を落とした。

 見惚れるほどに綺麗な、淑女の礼。彼女らしい完璧な所作である。

 

「貴女方には、心から感謝しております。まさか、私のような女があの方の傍に居る事を許されるとは思わなかった」

「レディ・イーラアイム……」

「……ランドール様のお傍で、共に未来を歩めるとは思わなかった」


 ミュウの言葉に、フローラが笑む。

 そう、彼女はこの後、八大侯爵家の一つ――グレーベル侯爵家へ養女として迎えられることが決まったのだ。

 デュクセン侯爵家に養女入りさせても良かったらしいが、それでは王家へ嫁ぐ娘が一家門に集中してしまう。

 それは、あまりよろしくない。フローラの進言を受け、侯爵家同士での話合いが持たれた結果、首相閣下がミュウを引き受ける事となったのである。

 

『イーラアイム嬢と姉妹になるというのも、面白かったのだけれ、ど……』


 クスクスと悪戯っぽく笑うフローラの姿は、記憶に新しい。

 なお、ザッハドルン・グレーベル首相閣下は大いに張り切った。何だかんだで幼いころから可愛がっていた第二王子、彼が見初めた女性なのだ。一層薄くなった髪の毛をなびかせ、彼は公務に嫁入りにと忙しい。だが、フローラによれば、グレーベル閣下はとても楽しそうであると言う。

 

 苦労性の首相閣下。彼も報われて欲しいと、マリーベルは強く思った。

 

「……レディ・ゲルンボルク。あの時、貴女の手を取って良かったと、心から思います」

「そんな、私は何も。それより、これからが大変なのでは? その、色々と……」


 この話を聞いたランドール王子は狂喜乱舞し、ミュウを傍から離したがらなかったというから相当なものだ。

 首相閣下が叱り付けても効果が薄く、ミュウが『めっ!』をして、ようやく納得したとかなんとか。

 

 第二王子もまた、三日前の決戦で恐ろしく消耗し、見る影もなく痩せ細ったらしいというに。

 愛ゆえの執念、執着というものだろうか。本人たちが良いならいいのだが、せめて体は大事にして欲しいとそう思う。

 

「覚悟をしていたことです。私はあの方の妻として、為すべき事を為す。それだけです」


 その声色には、恋が叶ったことに浮かれ、王子妃に夢を見るような熱は無い。

 あるのは、重く強い想いだけ。

 これから先にある労苦の、その全てを理解したうえで、彼女は決意を固めているのだ。

 恐ろしく頼もしい。流石の鋼鉄令嬢である。

 

 思わず、マリーベルの背筋がピンと伸びてしまう。彼女はこの宮廷内において、自身の先達であり厳しい教師であった。

 揺らめくように醸し出す雰囲気。これなら大丈夫だと、マリーベルは強く強く実感する。

 傷付いたものは多く、二度と戻らないものもあったが、きっと未来は明るい。

 

 マリーベルが、安堵に胸を安らがせた、その時だった。

 

「え……?」


 ミュウが、少女の手を取り、そっと握りしめた。

 優しく、穏やかな手つき。温もりが、そこから伝わって来る。

 

「貴女の未来に、幸福を。調和の神の祝福があらんことを。心からそう願っています。いつかどこかで、また会える日を――」


 そうして、ミュウ・イーラアイムは。

 鉄の如く強くお堅い令嬢は、花咲くように微笑んだ。

 

「――楽しみにしているわ、マリーベル」


 息が、詰まった。

 鼻の奥が、ツンとする。

 

 あぁ、これは納得だ。

 あのキワモノ王子が執着するわけである。

 マリーベルは心の奥底から彼に同意した。

 目の前で可憐に笑う彼女は、匂い立つ薔薇のように艶やかで、本当に美しい。


「は、はい……っ! ミュウさん!」

 

 全身を震わすような喜びに震えながら、マリーベルもまた、そう言って笑顔を返した。

 

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