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67話 女の戦いです!



 慌ただしくもきっちりと準備を終え、マリーベル達は廊下をしずしずと歩く。

 先頭に衛兵たち。続いてフローラ、そのすぐ後ろにマリーベルと、更に侍女が数名。そうして最後尾に、またまた衛兵たち。一つの矢の如く、ずらずらつらつらとひたすら歩く。まるで、蟻の行進の如き光景だ。

 

 鏡のように磨かれた床は、顔が映り込むかと思うほど、美麗そのもの。

 それに加えて、等間隔で壁に掛けられた銀色のベルがまた、涼やかな空気を醸し出す。

 それらは窓から差し込む陽の光に照らされ、えも知れぬ輝きを放っていた。

 


 常のマリーベルであれば、その掃除の極みぷりに感心しただろうが、今はとてもそんな余裕は無い。

 

 フローラの背を見つめながら、周囲にそれとなく気を配る。

 衛兵に守られているとはいえ、相手は超常の力を振るう『選定者』だ。

 警戒を怠らぬに越した事は無かった。


 

 

 張り詰めた空気の中、一行は光の道を進んでゆく。

 長い、長い廊下。いくら歩こうとも変わり映えのない景色。地味に精神力が削られそうであった。

 しかも、歩く時は一定の速度を保たねばならない。幾つも幾つも存在する、王宮のしきたりとかいう奴の一つだ。

 音を立てず、口を利かず。ただひたすらに足を前へと動かすのみ。のろのろ、のろのろと。

 

 そんな苦行をどれほど続けたろうか。

 いい加減、マリーベルが焦れはじめたその時、空気が一変した。

 

 前方の衛兵が立ち止る。

 廊下の向こう、三つに分かれた道のひとつから、その中心に向かって進む一団の姿が目に入った。

 

(……ちょっとちょっと、どういうこと!? 何で、移動時間が被るのさ!?)


 突然にねじ込んだ事とはいえ、マリーベル達は指定された時刻に部屋を出発したのだ。

 だというのに、こうやって『向こう』と合流するような事態はあり得ない。

 

「……これはこれは、ご機嫌麗しゅう存じます。デュクセン卿令嬢(レディ・デュクセン)


 こちらの存在に気付いたのだろう、道の中心――マリーベル達の進行方向で、彼女はぴたりと立ち止まり、皮肉気に唇を吊り上げた。

 

レーベンガルド(レディ・クレア・)卿令嬢(レーベンガルド)――」


 フローラが、感情の失せた声でそう呟く。

 か細いその響きを敏感に聞きわけたのか。くすんだ銀の髪をなびかせ、クレア・レーベンガルド侯爵令嬢は艶やかに嗤った。

 

「ふふふ、これは奇遇にございますね。まさか『道行き』の時が被ろうとは。何処かで、行き違いでもありましたかしら?」 

 

 厚いドレスの中にあっても隠しきれぬ豊満な肢体を揺らし、クレア嬢はいかにもおかしげに肩を震わせた。

 

 しかしマリーベルの目は、その羨まけしからん光景よりも何よりも、気に掛かる事があった。

 彼女の胸元を飾る宝石。真紅に輝くそれは、大ぶりの紅玉石であった。

 その周囲を彩る装飾に、見覚えがある。

 

(……確か、そう。贈り物にあった。紅玉石の特産地はイズリガル伯爵の領地。その最上級品は、独特の意匠を施されている――)


 その細部も大きさも、フローラに贈られたものよりも、あからさまに精巧かつ一回り大きい。

 これは、偶然なのだろうか。彼女が買い求めたものと思えば、納得はいく。

 けれど、この行進被りといい、マリーベルはそこに邪推を抱いてしまう。

 

(単なる洒落比べ、では無いよね。成るほど、闘いは既に始まってるってわけだ)


 挑むような目でこちらを見るレーベンガルド侯爵令嬢。親に似て陰険な娘だ。

 この令嬢も、破滅嗜好の持ち主なのだろうか。だとしたら厄介極まりない。

 そも――この娘が昨日逢い引きしていた『王太子』は、本人か人形か、どっちだったのだろう。

 

 既にあの時に入れ替わっていたとすれば、真昼間から人形相手にじゃれ付いていた事になる。

 ひとつ、何かを間違えて発覚すれば只では済まない。

 それに加えて、恐らく昨夜のマリーベル達の行動も知っているだろうに、この態度だ。豪胆な娘である。

 

(彼女もまた、『祝福』を使うであろう『選定者』。この無駄にデカい態度と自信は、そこから来てるっていうの?)


 困惑するマリーベルを余所に、フローラは凛とした姿勢を崩さず、ただひたすらにクレア嬢を視線で制する。

 その背には、微塵の動揺も浮かんでいない。震え一つ見せず、デュクセン侯爵令嬢は宿敵ライバルたる女と対峙している。

 

「道をお譲りなさい、レディ・レーベンガルド。この時間は私の『道行き』の筈です」

「まぁ、それは心外というもの。私もこの時間を指定されておりますのよ。控えるのはそちらではなくって?」


 せせら笑う彼女の声に応じ、クレアの傍に控える侍女や衛兵たちまでもが含み笑いを漏らす。

 

「――無礼な!」

 

 しかし、その態度を許容する王太子妃候補では無い。

 際立った叫びではない。短き一言。しかしそれは空気を震わせるほどの響きを持ち、慮外者共を一喝する。


(おぉぉぉ! フローラ様、格好良い!)


 思わず、マリーベルも心の内で拍手喝采、口笛まで吹きそうになる。

 気のせいか、周囲に控えた『こちら側の』衛兵や侍女たちも誇らしげに胸を反らしているように見えた。

 

「貴女は、兵や傍仕え達にどんな教育をしているのか。示しも付けられぬようでは、この王宮を歩く資格は無いと知れ」


 淡々と、感情を込めずに紡がれる叱責の言葉。それはディック曰くの『堂に入って』おり、侍女や衛兵たちを狼狽えさせるには十二分な効果を見せた。蒼い顔で震え出し、たちまちのうちに跪こうとする傍仕え達。

 

 それを制したのは、レーベンガルド侯爵令嬢であった。

 何がそんなに可笑しいのか、唇を歪めたままに目を細め、低い笑い声を零している。

 

「おぉ、怖い怖い。流石は王太子妃の『元』第一候補。貫録がありますわ」

「名すら上らなかった貴女がようも吠えること。それ以上に囀りたいのであれば、庭園に出て鳥と戯れておいでなさい」


 しかし、フローラは怯まない。ぴしゃりぴしゃりと言い返し、それ以上の反論を封じてゆく。


「まぁ、達者に回るお口だこと。そんなのだから、殿下に愛想を尽かされるのではなくて?」


 その言葉が出た瞬間、フローラの背にゆらりと怒気が膨れ上がるのが見えた。

 愛する人を侮辱された憤り。彼を失う不安と畏れ。それらがない交ぜになり、侯爵令嬢の神経を逆なでてゆく。

 

「……お言葉を差し込む事をお許しくださいませ」


 それを見て取り、マリーベルは声を上げた。

 

「なあに? 傍仕え風情が、それこそ無礼ではなくて?」

「許します、述べなさい」


 マリーベルに向けられた正反対の二つの言葉。

 当然、採用するのは後者である。

 

「お時間が迫っております。『交代式』に遅れる事は不名誉と聞いておりますが、如何か?」


 マリーベルの瞳は、主の背を通り越し、レーベンガルド侯爵令嬢に向けられている。

 

「……ふぅん、そう。お前が『あの』成り上がりの夫人か。平民出身だとか聞いたけれど、意外と物を知っているようね」

「主と、夫の教育が良いものですから」


 旦那様を揶揄される言葉に、怒りの火がぽうっと灯りかけるが、我慢の子である。

 社交界でそう皮肉られるのはこれが初めてでは無い。いい加減に耐性が付くというものだ。

 無論、慣れると許せるは別問題だが。

 

「まぁ良いわ。ミセス・ゲルンボルク――だったかしら。今回はお前に免じ、引いてあげましょう。サッサと行くが良いわ」


 貴族の令嬢とも思えぬ言葉遣い。

 それに眉を顰めたのは、フローラであった。

 

「レディをお付けなさい、レディ・レーベンガルド。彼女の出自は男爵令嬢。侮る行為は許しませんよ」

「……あぁ、そうでしたわね。ふふ、それは失礼。謝罪いたしますわ」


 一瞬、間が空いたのち、レーベンガルド侯爵令嬢はそう言って儀礼的挨拶の姿勢を取る。

 ふてぶてしささえ感じる動作だ。

 他国ならいざ知らず、この国に於いては、男爵以上の令嬢には『レディ』の称号が付くことをまさか知らぬ筈もあるまい。

 

 クレア一行は大仰な動作で後ろに引き、道を開ける。

 意外にもあっさりとした態度。マリーベルは気味の悪ささえ感じてしまう。

 しかしフローラはそれ以上は何も言わず、兵を促して行進を再開した。

 

 一歩、また一歩と距離が近付く。

 向こうの一団、その真横を通り過ぎるその最中、神経を集中していたマリーベルの鼻に、微かに匂うものがあった。

 

(……香水?)


 複雑極まりない香り。昨日感じたものともまた違う。

 それを全身に纏わせ、クレアはこちらを見下すように嗤うのみ。

 咄嗟に息を止め、マリーベルは鼻に意識を集中させた。

 

(……ある。確かに、ある! この香り、嗅いだ覚えが――ある!)


 雑多に入り混じった匂いの中、『それ』はマリーベルの記憶に閃くものがあった。

 

(――やはり。クレア・レーベンガルドが……『人形』の使い手!?)

 

 ということは、あの記者会見の時。

 工場長の偽物を操って、夫と自分を襲わせたのも――


 背筋に流れる嫌悪と不快感。

 それは『祝福』が興された証。あるいは、残り香か。

 

 咄嗟に『祝福』の意識を耳にと移す。

 途端、周囲の鼓動がドクドクと音を立ててマリーベルの耳朶を打った。

 

(『人形』は混じっていない、か……?)


 横目で見たクレアの顔、その唇は更に三日月状に裂けはじめていた。



『――今ごろ、気付いたの?』



 まるで、そう嘲笑っているかのようだ。

 かつてない程に沸きあがる警戒心と共に、幾つかの疑問がマリーベルの頭に浮かぶ。

 

 それらを表面に出さぬように苦心しながら、少女はただひたすらに足を前へと動かすのだった。

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