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57話 味方を増やしましょう!



「――取り急ぎ、必要となるのは、こっちの立ち位置を確立すること。そして、戦力を増すことだ」


 あの旦那様口付け騒動の直後、何とか落ち着いた妻に対し、アーノルドはそう言った。


 『祝福』の担い手。その多寡は戦局を左右しうる。

 

 マリーベル側の『選定者』は二人。

 その内、アンは専守防衛に偏っているため、屋敷外では敵に対抗する手段に乏しい。精々、相手の接近を周知するくらいが関の山なのだ。それも重要ではあるが、いざ真っ向から勝負――となると、やはり分が悪い。

 

 対してマリーベルは一見、白兵戦に関しては万能のように思える。その気になれば、銃弾さえ弾くことも可能な、鋼の肉体を得る事も出来るのだ。

 

 が、その代償と発動条件は、連続して長時間使い続けるには不向き。複数を相手取るには心もとないのである。

 

「レーベンガルドの立ち位置はまだ不明だが、敵には違い無い。口ぶりからして、ラウルと繋がってる――『同盟』に入っている可能性は否めねぇがな。ともあれ、そう考えると、相手の『選定者』は最低で三人」


 アーノルドは己の指を三本立てた。

 

 正体不明の『霧使い』

 高速移動を使いこなすラウル・ルスバーグ。

 そして、他人に化ける『変化』の担い手。

 

「前に少し話したっけな。『人形』を使う奴が別に居たと仮定し、更にレーベンガルドも別能力者とするなら、これで5人だ。しかも、未だ誰一人として能力の正確な概要を掴み切れていない」


 これでは不利を否めない、と夫は続ける。

 

「お前の能力は、観察してれば分かり易いだろうからな。そこを逆手に取る対策も考えちゃあいるが――過信はするな。決して一人で奴等に挑もうなんて考えんなよ。お前は案外、向こう見ずだからな」


 それは旦那様だってそうだろうと思うが、黙って置く。

 口を開けば、先の怒りがまたぶり返しそうだからだ。

 妻の悋気を感じ取ったか、アーノルドはやや腰を引かせつつ、『本題』に入る。

 

「最も注意すべきは『変化』だ。俺らの姿に化けられて、悪さでもされたら終わりだからな。これはもう、防ぎようがねえ。だから、いざという時に『言い訳』をする土壌を作っておく」


 その一つが、『祝福』の周知だ。

 

「あからさまに言わなくてもいい。そう言う力が現代にも存在すると、それとなく知らしめておけば、多少の枷になる。これには、更にもう一つの利点があるぞ」


 それは、人々に今もなお残る、信心深さだと、夫は言う。

 

「この屋敷の迷信を聞いて、誰も彼もが近付かねえのを見て分かるだろ? この国の大多数の連中にとって、そういった目に見えない『何か』は畏れ敬うべき対象なのさ。そこに、伝説上の存在である『祝福』の担い手が現れれば、そいつの言う言葉は神の代言――なんて思う奴も出てくるさ」


 使い方を誤れば諸刃の剣。けれども、上手くやれば世論を動かすには十分だ。

 

「それを旗印に掲げたい奴は必ず居る。特に、相手側にも『そういった』相手が存在する場合は、特に――だ」


 『上』に駆け上がる道筋として、マリーベルが選択したもの。

 レーベンガルド侯爵を相手取るのは、ある意味では定められた未来だったのかもしれない。

 

「俺達は、デュクセン侯爵を後押しする。情報が確かなら、卿の人柄も、清廉潔白とまではいかねえようだが、レーベンガルドよりは、よほどマシだ。王太子妃には、このままフローラ嬢になって頂こう」


 ――その後援として、自分達もまた王太子のグループと関わりを持つ。

 

「天秤はどう傾くか。調和の神様の思し召しとやらを期待していられねえ。代理戦争めいても来たが、こっからが正念場だ」


 そう言って、妻を見るアーノルドの目は、酷く疲れているように見えた。

 

 ――また、余計な事を考えているな。

 

 マリーベルは心配性の夫の手を、勇気づけるように撫でるのだった。

 

  

  

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 デュクセン侯爵の家庭招待会から一週間ほど経った、ある夜。

 アーノルドとマリーベルは、演劇を鑑賞すべく、劇場を訪れていた。

 

 場所はロイヤル・ボックス席。

 そこまで人気の無い演目という事もあり、そこに居座る者の数は、さほどに多くは無く、まばらだ。

 

 今夜のマリーベルの服装は、肩や腕を部分的に覆う『半正装デミ・トワレット』。

 これならば、襟元をそれほどに開くことも無い。胸の傷を曝け出す必要も無いので、奥様としては一安心である。

 

「お前の言う通りだな。こうして見ると、上流階級層か中流階級の上澄みアッパーか、丸わかりだぜ」


 怖ぇ怖ぇと、アーノルドは身を縮めて見せた。

 

「『正装フルドレス』の着飾りが求められるのは、『オペラの』一階席かボックスだけ。それ以外の演目で、正装なんか着込んで来たら、『上』の連中に一発で場違いだと見抜かれ、嘲笑われます。それを知らないで来ているという事は、あの方々は、私のグループに属してませんね」

「どこも縁が物を言うってか。全く、世知辛いもんだ」


 パンフレットを広げつつ、アーノルドがぼやく。

 

「ほんと、お前が妻で心から良かったと思うぜ。こういった振る舞いを完璧に履修して、こなしてくれるんだもんな。マリーベル様様だぜ」

「それ、褒めてます?」

「あぁ、褒めてる褒めてる。心からありがてぇと思ってるさ」


 夫の手が頭を撫でようとして思いとどまり、迷った挙句に、マリーベルの手の甲へと滑り込んだ。

 

「おぉ、学習しましたね」

「流石に、こういった場所で頭を撫でるのもな。その辺は、二人きりになった時にしてやるさ」


 優しい眼差しで、妻の手を握るアーノルド。

 労わるような指先の温もりに、そわそわと気持ちが沸き立ってくる。

 

 そういうのを言う事こそ、止めてくれと言いたい。

 むず痒くて、頬が熱くてしょうがなくなるのだ。

 

「……時々、旦那様は凄い事を言いますよね。手だって、ほら。自然にこんな事をしますし」

「ん、そっか? この前、俺の手を撫でてくれたろ? そのお返しみてぇなもんだが……嫌ならやめとくぞ」

「誰も、嫌なんて言ってませんし」


 マリーベルは視線を落とす。

 白い手袋に包まれた夫の指先が、自分のそれを這う様は、何とも言い難い光景だ。

 恥ずかしいのに、何処か嬉しい。良く分からない感覚である。

 逃げ場がないからだろうか。下手な惚気話をされるより、ずっともどかしくて、胸が切なくなってしまう。

 

 やがて、開幕のベルが鳴る。

 舞台に演者が上がり、大仰な仕草で朗々と語り始めた。

 

 

「――夫婦仲が良くて何よりだね、ミスター」


 

 アーノルドの隣に、その紳士が腰掛けたのは、それから程なくした頃であった。

 レーベンガルドとは対照的な、小柄で細身の体躯。

 金の髪をなびかせた様は貴公子然としていて、さぞ若い頃は浮名を流したように思える。

 彼は妻子を伴い、こちらに向けてにこやかな視線を向けた。

 

「これは、デュクセン閣下。お会いできて光栄でございます。このような姿勢で失礼を」


 夫が席に腰掛けたまま、恭しく頭を下げると、紳士――デュクセン卿は鷹揚に頷いた。

 そうしてマリーベルもまた、夫に習って卿へと挨拶を交わす。

 

「先日は、面白い物を見せてくれたようじゃぁないか。まさか、『授かり者』が我が娘以外にも居るとは思わなかったよ」

「あなた……!」

「隠しても仕方あるまい。もう、このお嬢さんには見抜かれておるのだろう。だったら、こちらの相談に乗ってもらうが良いというもの」


 夫人の抗議に、デュクセンは惚けたように笑った。

 

「改めて紹介しよう。娘のフローラだ。物静かで口数の少ない娘であるが、あまり気にしないで欲しい」

「……フローラ・デュクセンでございます」


 夫人の隣に控えていた娘が、控えめに名乗りをあげる。

 何処か無機質な、生気の無い表情。

 社交の場に出る令嬢は、目付けシャベロンである母親の言いなりになり、必要最低限の事以外を話さない娘も少なくないという。しかし、この娘のそれは、やや度が過ぎるようにも思えた。

 

 先日、侯爵家で会った時は、もう少しそつのない笑みを浮かべていたと思うのだが――

 

「――それ、は。演技、ですから。必要なら、やり、ます……やれ、ます……」

「――え?」

「……レディ・ゲルンボルクの、は、なぜか、よみにくい、けど……それくらいなら、わかり、ますから――」


 ぼそぼそと話すフローラ嬢の言葉に、マリーベルの背がソワリと震える。

 彼女が告げた言葉もそうだが、本能的に身構えそうになったのは、令嬢の身から放たれる、その『気配』。

 

(まさか! フローラ嬢の持つ『祝福』というのは――)


「ミスター、化かし合いは無しだ。勿体ぶった言い方が、私は嫌いでね。簡潔に聞きたい。君は、君たちは私らの味方に付いてくれると、そういう事なんだね?」


 侯爵は、懐から手紙を取り出す。

 それは、あの侯爵家での一件後、アーノルドが自身の名を添えて出したもの。

 

「ええ、閣下。彼の侯爵を女王陛下のお近くに寄らせるわけには参りますまい。血が近い、というだけではない。あの御方にこれ以上の力を握らせれば、大勢の人々が不幸となりましょう。それを阻止するために、『我々』は力を合わせるべきかと」


 熱の籠ったようなアーノルドの言葉を、しかし侯爵は笑って流した。

 

「勿体ぶるなと言ったろう。綺麗ごとを吐かんでもよろしい。我が娘を王家に嫁がせるは、侯爵家の悲願。レーベンガルドめに邪魔をさせるものか。御三家、何するものぞ!」


 侯爵は肩を怒らせ、腕を組むと、大儀そうに座席へともたれかかった。

 

「どうかね。そちらの賢いお嬢さんのことだ。我が娘の力、もう察したであろう?」


 手札を惜しみなく晒すその度量に、流石のマリーベルも面食らってしまう。しかし、夫は逆に、どうやらそんな侯爵を気に入ってしまったようだった。

 

「ええ。これでは公表できませんね。誤魔化しも利かない。少しでも噂が漏れれば最後。良からぬ疑心を生み、人を遠ざけるでしょう。なるほど、旗印には向きませんな」


 いつにない上機嫌で、アーノルドは饒舌に語り始める。


「ふむ、正直に言うものだ。その通り、我々には分かり易い象徴が要る。相手に対抗できる『力』がな」


 その口ぶりからして、侯爵はレーベンガルド卿が『祝福』を持つことを知っているのだろうか。


「では、我々は手を組めますね。互いの持つ情報を交換し、よりよい未来を目指そうではありませんか」

「商売人というのは、本当に胡散臭い話しぶりが得意だな。どうせ、こちらの事情も把握しているのであろう?」


 デュクセン侯爵は、大仰な仕草でため息を吐く。


「……王太子殿下と娘の仲が、冷え始めている。レーベンガルドめが、何らかの手を打ったのか。彼の侯爵家の娘と接近しているようなのだ」

「あなた! そのようなこと――」

「良い。事実だ。フローラ、何か申し開きはあるか?」


 夫人の抗議を退け、侯爵が娘へと水を向ける。

 しかし、少女は俯いたまま、背を震わせるだけだ。

 

「万事がこの調子でな。私も困り果てた。何せ、普通とは異なる娘だ。どう扱って良いかも分からん」

 

 眉根を寄せ、侯爵は首を振った。


「お嬢さん――奥方は年も近く、同じ神の御力を授かった者同士だ。相談に乗ってはくれぬか? 事が成った暁には、君の目論みにも一票を投じようじゃないか」


 魅力的な話だ。

 上手く事を運べば、デュクセン侯爵家が丸ごと後ろ盾となるだろう。

 勿論――しくじれば、共に沈む泥の船である、が。


「……よろしく、おねがい。します」 


 生まれたての小鹿のようにプルプルと震える令嬢を見ながら、マリーベルは頭を捻り始めた。

 

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