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152話 相変わらずの迷探偵さん


「なるほど、なるほど。こちらがローラ・ハミルカル嬢。私の依頼相手――になる筈だった女性ですか。どうかその魂が、主たる神の御許で安らかになりますように」


 眠るように目を閉じた亡骸の前で跪き、ラウルが聖句を唱える。その様子を眺めながら、マリーベルは黒髪のメイドへ視線を移した。髪の色がそうなのは、アーノルドやディックも一緒であるが、彼女の場合はその瞳までもが黒々と輝いている。まだ年若い、少女めいた容貌と相まって、何処か神秘的な雰囲気さえ感じられた。

 

 瑠璃というらしい彼女は、背を屈めて傍らの少年を慰めているようだった。間に合わなかった事を悔いているのか。肩を落とし、リットは暗い表情をしている。


 そんな彼に対し丁寧に言葉を掛け、目元をハンカチで拭うその仕草は、驚くほどに優しく思いやりに溢れていた。

 

「……主に対する態度と、随分違うんだな」


 それを見ていたアーノルドが、驚いたように目を見開く。

 マリーベルは、瑠璃との面識が殆ど無い。夫から人となりを耳にしただけだ。

 彼の様子から察せられるように、普段は使用人とは思えない言動をしているようだが――

 

「彼女はね、時と場合を良く心得ているのさ。慈悲を傾けるべき対象ならば、ちゃんと優しくするさ」

「アンタはその対象じゃねえの?」

「いや、多分それはだね、恐らくは愛情の裏返しだと信じたいのだよ」

「断言しろや」


 どうしてこうも、旦那様が絡むお相手は一癖も二癖もある人ばかりなのか。

 自分の事を棚に上げ、マリーベルはやれやれと首を振った。

 

「サラ姐さん、騒がしくてごめんなさい。埋葬のお手伝いでしたら、私も……」

「いや、気にしないでおくれ。寂しがりやの子だったからね。こうやって人に囲まれ、賑わってくれているのが、何よりの手向けさ」


 見た所、二十の半ばくらいだろうか。青白い肌は痩せて細っており、病との苦闘の跡がありありと感じられた。

 その様子が、何処となく母の最期と重なり、マリーベルはやるせない気持ちになる。


「サリアを思い出したかい? アンタの母さんは頑張り屋だったからねえ。この子と違って、色んな奴から愛されていたし」


 それを何となく察したか。サラがマリーベルの肩に手を置いた。

 子供に語り掛けるような、優しい眼差し。マリーベルは、彼女のこの表情が大好きだった事を思い出す。

 

「ローラはね、流行病で両親を亡くし、それからずっと一人で生きて来たらしいよ。どこか皮肉屋の癖に甘えたがりでさ、仲間ともあまり上手くはやっていけなかったんだが、何だかその様子がいじらしくてね」


 放っておけなかったのさ、と。サラが笑う。

 

「昔からのお友だちだったのですか?」

「うんにゃ。会ったのは半年くらい前かねえ。ここを住居と定めた時に、同居人として一緒になったんだよ。それからの付き合いさ」


 遺体に近付き、サラはその頬をそっと撫でた。

 

「ねえ、探偵さん。この娘が会いたがっていたお相手、探すことは出来ないかい?」

「ふむ。貴女が依頼を代行する、と?」

「元から金を払うのはアタシのつもりだったからねえ。どんなお貴族様だったか、一応の話は聞いている。手がかりは少ないけど、受けちゃくんないかね」


 サラの願いを、どう思ったか。ラウルは己の顎先を撫でながら、口元を緩ませた。

 

「もう、彼女は天へ旅立ったのに?」

「それでも、死んだことくらいは伝えられるだろうよ。あっちにとっちゃ迷惑な話かもしれないけどね」

「つまり、貴女の自己満足というわけだ」


 辛辣な物の言い方に、マリーベルが肩を怒らせるが、こちらが何かを言い放つ前に、サラが口を開いた。


「別にね、噂を広める気も、身内に詳細を告げるつもりもないよ。それを聞いたからって何が変わるとも思えないしね。ただ、事実を本人に伝えたいだけさ。覚えていなくても、忘れていても、それだってどうでもいい」

「では、何故?」

「だからアンタの言う通り、自己満足さ。この仕事が立派な物だと胸を張るわけでも無い。ただ、娼婦だって女さ。恋い焦がれた想いを告げれぬまま、惨めにくたばるなんざ、つまらないじゃないか」


 その答えは、あまりにもあっけらかんとしていて、この場に居る全員が目を瞬かせてしまう。

 

「つ、つまらない……ですか?」

「だって面白くないだろ、そんなの。ありきたりが過ぎる。せっかくこっちが色々と骨を折って世話もしてやったのに、何の慰めにもならずに死にました、ってんじゃねえ」


 それじゃ、こっちが一方的に損じゃないかと。サラはあっさりと言ってのける。

 

「一度面倒を見ると決めたんだ、最期まで見届けさせて貰いたいね。ほら、あれだ。演劇の途中で帰るの、勿体無いだろ?」

「え。末期の願いを、興行呼ばわりするんです?」

「どっちも、感動も悲劇もあるだろう。同じだよ、同じ。こちとら、お貴族様と違って貧乏人なんだ。金をねん出するのだって一苦労なのさ。もうお代は支払ったんだから、おしまいまで観させとくれ」


 そうだ。サラはこういう人だった。

 娼婦になった理由も、『そっちの方が楽しそうだから』『金が稼げるから』以外の何でもないと豪語する女傑だ。

 今が愉しければそれでいい、気楽に生きて、太く短く生きればそれで良い。

 幼かったマリーベルに、そう言い聞かせてくれた記憶が蘇る。

 

 アーノルドから送られる、無言の視線から目を反らし、マリーベルはそっと頭を押さえた。

 そんな、微妙な沈黙を破ったのは、場違いに響く愉快そうな哄笑だった。

 

「なるほど、道理だね! 貴女は面白い人だな! 是非とも受けさせてもらいたい!」

「お、いいのかい?」

「ああ、興味深い話ではあるしね! それに何より、そろそろお金を稼がなきゃ、瑠璃に見放されてしまうし」


 後ろの理由の方が切実であるかのように、ラウルは満面の笑みで両手を広げた。

 

「察するところ、相手探しは僕が。実際に渡りを付けるのはアーノルドに頼もうとしていたのだろう? よし、それで行こう。そうしよう」

「待て、待て待て!」


 楽しげに肩ポンしてくる手を振り払い、アーノルドがやっとの事で声を張り上げる。

 

「こっちはまだ、受けると決まったわけじゃねえ!」

「おや、見捨てるのかね? 奥方の友人の頼みを? 哀れな女性の最期の望みを無碍に踏みにじると? その強面と同様に人でなしだな、君は」

「ちょっと表に出ろ。久しぶりに拳闘の練習をしたくなった」


 顔を間近に合わせ、朗らかに微笑み合う二人の紳士。

 流石にこれでは話が進まない。子供の喧嘩めいたそれを止める為、淑女達が動く。

 ほぼ同時にマリーベルが夫の手を引き、瑠璃が主の横腹を手刀で突いた。


 ――え、手刀で突いた?


 犬のような悲鳴を上げるラウルを冷ややかな目で見下しながら、黒髪のメイドが頭を下げた。


「大変失礼いたしました。ご不快な思いをさせたなら、申し訳ございません」

「い、いや。こっちも大人げなかった気がする」


 声を震わせ、旦那様が詫びる。

 微妙にマリーベルへ縋り付くように腰を引かせているのが何とも情けなく、可愛らしい。

 

「では報酬やその他の事に付いて、お話しを詰めましょう。他に同居の方もいらっしゃるのですよね?」

「あぁ、いるとも。今日は部屋を出ているけどね」

「お仕事ですか?」

「うんにゃ、薬草を探しに出てる。親が薬師だったらしくてね。そっちの知識が豊富でさ、助かってるよ。自作の風邪薬や、気分をそそり立てるお香なんかも調合してくれてねえ……」


 蹲るラウルと、淡々と仕事をこなしていく瑠璃。

 どっちが探偵か分からない光景を前に、マリーベルは夫と顔を見合わせた。

 

「……どうします、旦那様?」

「まあ、とりあえず話は聞こうか。確かにお前の姐気分が言う通り、ただ働きっつうのも何だしな」


 商人らしい思考を見せる夫に、同意しようとしたその時。


(……あれ?)


 微かに、胸がざわつく。

 マリーベルの脳の奥、本能めいた直感が、ぞろり、と蠢いた。


「どうした?」

「いえ……」


 マリーベルは一つの予感に背を押されるように、遺体を見下ろし、軽く息を吸った。

 思えば、彼女を一目見た時から、奇妙な違和感があったのだ。


 五感を強化し、感覚を細く鋭敏に研ぎ澄ます。

 しばしの間の後、マリーベルは横目でラウルを見た。

 相当に良い所を抉ったのか。未だに横腹をさすり、痛そうにしながら彼の瞳はこちらに向いていた。

 その目元が緩み、口元に笑みが浮かんでいるのを見た瞬間。


「……ああ、なるほど」


 マリーベルは、己の予想が当たった事を確信する。


「ラウル・ルスバーグ卿。やはり、彼女はそういう事ですか。あぁ、だから姐さんをああやって遠ざけたのですね」

「なんだと?」


 その言葉に、反応したのは旦那様。

 困惑気味にマリーベルとラウルを見比べている。


「気配がしたんです、旦那様。私達には馴染み深い感覚が。外部から効果を受けたんじゃない、これは彼女の内に在る残り香のようなもの」

「僕はゲルンボルク夫人ほどに感覚が鋭くはないからね。まぁ、経験から来る憶測のようなものだったけど、どうやらその説は補強されたみたいだ」


 二人の言葉に、アーノルドは僅かに眉根を顰め――そうして、ハッと血相を変えた。


「待て! お前達がそう言うって事は――まさか!」

「ええ、そうです」


 祈るように目を閉じた遺体は、目元に苦悶の色が色濃く残っている。

 それは闘病の証なのか、それとも心残りが表情に現れたのか。

 もはやそれは、誰にも分からないだろう。


「ローラ・ハミルカル。彼女は私達と同じ、祝福の担い手――『選定者』です」


 

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