第77話 出来損ない少女と貴公子の絆③
「………貴方がいて、何故マナがこんな事になってるの」
女王に睨みつけられるように見られた。
その通りなので何も言えない。
俺のせいでマナがこんな状態になった。
傷だらけの体は、女王の回復魔法で消えた。
跡にならなくて良かった。
女王は子のダメージもなくし、マナの状態は俺を助ける前と変わらない姿に戻った。
――目覚めぬ眠りについた以外は。
「………申し訳ございません」
恐らくこれが初めてだった。
他人に対して頭を下げることなど。
形式的ではなく、自分の意思で他者に謝罪として頭を下げたのは。
「………」
女王は俺の姿を見ても何も言わなかった。
スッと隣を通り過ぎていく。
それでも俺は、頭を下げ続けた。
「………キリュウ、座りなさい」
女王に言われ頭を上げて振り向くと、女王が背を向けたままソファーを指していた。
「………はい」
俺は言われるままに座った。
女王が対面側に座る。
………父は何も言わずにずっと窓際に立ったまま。
「経緯を説明なさい」
「………はい」
俺はウォール領に行ったところから、現在まで包み隠さず全て報告した。
その間、女王は無表情のままだった。
「………で? そのマナを攻撃した者は?」
「現在、フィフティ家当主が拘束し、尋問をしているところだと思います」
「シュウ、ちょっと行ってきて。影に任せられるようだったらユーゴとヘンリーも連れてきて」
「はい」
父が部屋から出て行った。
「………戻ってくるまで待っていて」
「はい」
「………先程、マナと子を助けてくれと言ったわね」
「………はい」
「………貴方は子をどう思っているのかしら」
「………マナと同じぐらい大切な者。俺が二人とも守らなければならない。マナが守ってきた者だから、今度は俺が守る者、と思っています」
俺は上手く説明できなかった。
そんな俺の言葉を、女王は何も言わずに聞いていた。
「………私が何故、オラクル・ラインバークとマグダリア・フィフティを結婚させたか、その意味は?」
「理解しています」
「それでも貴方は、子を守るの?」
「俺とマナの子です。俺以外に守る者などいない。俺が守り、愛しまなければならない者です」
女王は手で顔を覆った。
「………それが何故、最初に出てこなかったわけ? 私が命令したときに」
「………あの時は自分だけの意見をマナに押しつけていました。夫の意味も、臣下の意味も、理解せずに」
「そうね。だから私は貴方を見捨てた」
「………っ」
女王にハッキリと言われ、俺は息を飲んだ。
唇を噛み締める。
「本当は、臣下も止めさせようとしたわ。でも、それでは今後マナが立っていられなくなると思った。………貴方は、マナに守られていた自覚はあるのかしら」
「………!?」
俺が唖然と女王を見ると、女王が目を細めた。
言葉だけではなく、視線でも責められている。
それを感じられるようになったのは、やはり視野が広がったからだろうか。
「………貴方が臣下としての仕事が出来なかった時、夜中に仕事をしているマナに会いに行った。私はマナに貴方を臣下から外すように言った」
「!!」
「でもマナは、『キリュウとは離れられない。かけがえのない人だから』それだけ言って仕事に戻ったわ」
「………マナ……」
「そんなマナを、マナの心を貴方は踏みにじっていた。そしてマナとの子を愛せなかった。私の怒りは、貴方に伝わっているかしら」
「………正直自信はありません。………けれど、少しは理解している、と思います。申し訳ございませんでした」
俺はまた深く頭を下げた。
女王の許しを得るまで、下げ続けるつもりだ。
「………まぁ、貴方が頭を下げられ、謝罪が出来、敬語を使うようになった点は褒めましょう。良くそこまで変われたものです。………貴方がここ最近態度が変わっていることも影から報告を受けています。過去の仕事も調べたのでしょう」
「………はい」
「自分の怠慢が、傲慢が、分かりましたか?」
「………はい」
「学生ならとやかく言いません。王宮魔導士でも国を守る力があれば何をしても咎めません。けれど、貴方は『王女の夫』『王女の臣下』という立場。今まで通りで良いということではない。王家は民のためにいます。自分勝手に振る舞う者を、私や私の臣下は許しません」
「はい」
俺は容赦ない女王の言葉を頭を下げたまま聞いていた。
今の俺は女王の言葉をすんなり受け入れられた。
現状を知り、自分の態度を顧みたことで、良く理解できた。
「民のためにならない者は、王家に要りません。だから、マグダリアをオラクルと結婚させ、更にこのまま貴方が変わる兆候がなければ、別れさせてました」
「………っ」
「マナにも原因はあります。けれど、マナの時間を削り、王女の言葉にも耳を貸さない臣下失格の貴方の方がずっと罪深い。分かりますね?」
「はい」
「………頭を上げなさい」
女王から許しが出、もう一度下げてから頭を上げた。
「………良く気づきました。嬉しく思います」
「………女王…」
「けれど、まだ試練がありますよ。分かってますね」
「はい。俺は今、夫としての姿しか見せていません」
俺の言葉に女王は頷いた。
「殿下の第Ⅰとして、殿下を傷つけた者達の処分を、俺に任せて頂きたいです」
俺の言葉に女王はゆっくりと口角を上げた。
「いいでしょう。貴方の采配を見せて頂きます。今一度、第Ⅰの役割を述べなさい」
「第Ⅰは、主の腹心の部下であり、一番主の信頼ある者。主の意向を汲み取り、主の一番のサポートであり、右腕。主が動けないときには他の臣下を指揮する立場である。主の代理人ゆえそれ相応の責任を負う者である」
「………次にそれを忘れれば、貴方の首は飛びます。肝に銘じておきなさい」
「御意」
俺は魔導士の礼を取った。
臣下の礼は、主に対してのみ取っていいものとされている。
「ユーゴとヘンリーが来るまで、ゆっくりしてらっしゃい」
「はい」
女王が立ち上がり、執務机の方に体を向けた。
「………マナと子が命を失う前に連れてきてくれて……愛してくれてありがとう」
囁かれた言葉に俺は目を見開き、立ち上がって女王の背に頭を下げた。
………俺は、女王と義父の信頼を裏切ってしまった。
もう、認められることはないかもしれないと、心の何処かで思っていたと思う。
でも、マナの傍にいたい。
それだけは、変わらない。
その為の努力を、これからもしていかなければならない。
女王の言葉が、胸に染みていく。
………出来るだけのことはやろう。
マナと子を、取り戻すためにも。




