第66話 出来損ない少女の疑惑
調査を頼んでいたキリュウ、オラクルの二人がマナに通信機で現状を報告してきた。
キリュウの方は、疑わしい人間は今のところ見つかっていないということ。
王都に戻るまで後半領。
もう少し時間はかかるだろう。
怪しい痕跡も見当たらないそうだ。
オラクルの方は、少し気になる書物を見つけたそうだ。
夫婦の部屋で疑わしいものはそれしか無かったらしい。
他は掃除をしたのか、綺麗さっぱりに夫婦の生活がなかったような部屋になっていたらしい。
………その行動に違和感を覚えた。
殺されたのだから、調査が入ることは分かっていたはず。
なのに、部屋をそのままにせず、掃除をするとは。
当主の命なのか使用人の独断なのか分からないが、疑ってかかる必要がありそうだ。
オラクルに帰還するように言い、マナはヘンリーと共に執務室にて待機していた。
暫くすると、執務室の床が光りオラクルが姿を現した。
「ただいま戻りました」
「おかえり。ご苦労様。早速だけど」
「はい、こちらです」
手渡されたのは、くたびれた書物だった。
「机の裏側に滑り落ちていたのを見つけました。使用人もそこまでは手をかけなかったようで、少し埃が積もっておりました」
「滑り落ちた際にこの傷らがついたのかしら?」
「そう思われます」
表紙にはいくつかの傷がついていた。
それをスッとなぞりながら観察するけれど、ごく自然についたものと考えられるもの。
マナはそれを横目に、書物を開いた。
「………」
パラパラと捲り、書かれてある内容を読む。
「………これは、ターギンス領の不正の資料の写しじゃない。なんで貴方のお兄様夫婦がこんな事を……」
「そうなんです。それに、ここまで詳しく調べているのなら、女王に進言するように当主へ言わなかったのが気になります」
以前ラインバーク当主がターギンスの不正資料として定例会議に持ってきていた物とほぼ同じ内容。
これがいつ判明し、記載されたことかは分からないけれど、亡くなる前には記されていた。
これをもっと早く報告してくれていれば、オラクルの兄夫婦は今も生きていたかもしれない。
「………もしかすれば、兄夫婦も関わっていたのかもしれません。………不正に」
「………」
オラクルに言うのを躊躇していたマナの言葉は、そっくりそのままオラクルに先に言われてしまった。
「………で? 口封じのために殺されたと?」
「ターギンスは自分の欲求に忠実でした。兄夫婦と揉めたとしたら魔法を使えるターギンスに殺され、リョウフウ領に埋めたのかもしれません」
「ターギンスとリョウフウは接点はなかったはずだけど……フキョウの方と密かに通じてたら分からないわね…」
「いずれにせよ、ラインバーク様の兄夫婦とターギンス、フキョウ・リョウフウのいずれも死んでしまっている以上、拷問して吐かせることが出来ないね」
「でも、宰相が心を読んだはず。その疑惑があったのなら、宰相が人を送らない訳がないもの」
「聞いてくる」
マナの言葉にヘンリーがすぐに出て行った。
「………兄が不正をしていたなら、俺はマグダリアと夫婦でいる資格はないな…」
聞こえないように言ったのだろう。
が、マナの耳には届いた。
「大丈夫よ」
「………ぇ」
「兄が犯罪を犯したとしても、オラクル自身は私の臣下。私の評価を落とすような真似をオラクル自身がしない限り」
「殿下……」
「気にしている暇があるなら、さっさと解決するのに協力して欲しいわ。ゆっくり妊婦の時間を作りたいから」
「………はい。今のところ問題は無いですか? お体に異変などは」
「ないわ。漸く安定期って感じね。長かった気がする」
妊娠してから約半年。
漸く一安心出来る。
後は攻撃を受けない限り無事に出産できるだろう。
「後四月でキリュウの子に会えるわね……」
マナの言葉にオラクルが執務机に手を置き、マナの顔を覗き込んでくる。
「っ………な、何………?」
「キリュウの子じゃないだろ」
「………ぁ、ご、めん」
「ん。他で言わないように」
いきなり素で来られ、マナは気を抜いていたために慌ててしまう。
そんなマナを尻目に、オラクルは頷いて離れていく。
今はマナだからそれ以上踏み込んでこない。
ふと思う。
マナはオラクルの気持ちを聞いていない。
オラクル自身がマナ――マグダリア自身に愛を語ったことなど芝居以外ではない。
この結婚をどう思っているのだろうか。
臣下として納得できても、オラクル個人は嫌がっているかもしれない。
彼が好きな女を選んで影武者にしたいところだけれど、彼に好きな人はいない。
――はず…。
ヘンリーもマナとオラクルを応援すると言っていた。
距離感が分からず、マナは考え込みそうになり、慌てて首を横に振る。
それはマグダリアの時に考えることであり、マナであり王女の時の時間に考える事ではない。
「どうかしましたか?」
首を傾げるオラクル。
その切り替えの早さを見習いたいものだ。
「なんでもない。それより、当主の方は疑いはなかったの?」
「はい。キリュウが密かにあの応接室で心を読んだようで、疑いはなかったそうです」
「………いつの間に…」
「殿下のアイデアで私達だけの通信機を作ったじゃないですか。あれで密かにキリュウにお願いしたのですよ」
その通信機は今も皆の胸元に付けられている。
マナのイニシャルであるMの文字を囲うように杖と剣が描かれ、更に鎖状になったチェーンが全てを包むように絡みついている。
「いつの間に! みんなで私を仲間はずれにして!」
「その時はキリュウと私だけでやり取りしてましたから、仲間はずれにはしてませんよ」
むぅっと頬を膨らませると、オラクルが慌てる。
「で、ですから、当主の疑いははれています」
「………あ、そ」
ぷいっと思わず顔を背けるマナに、オラクルは困ったように笑う。
その時ヘンリーが帰ってきた。
「ただいま~ってどうしたの?」
「何でも無い」
「ダメですよラインバーク様、僕のいない時にリョウランちゃんの面白い顔引き出しちゃ」
「ちょっとヘンリー!」
「あはは。冗談は置いておいて、宰相に話聞いてきたよ。リョウランちゃんが推測したとおり、ターギンス当主とラインバーク様の兄は繋がってたって。それが分かってラインバーク邸を探ろうとした矢先に、当の本人が死んでいたとわかり、フィフティ家にそのまま探ってもらってたようだよ。ターギンスが殺したのではないみたい」
「………そう」
そのフィフティ家がマナに報告を上げてこないと言うことは、ラインバーク邸にはこれ以上何もないのだろう。
ターギンスとリョウフウの両邸を探る方が早いかもしれないな…。
「あ、それとリョウランちゃん。宰相からこれ以上動かないようにって」
「………え、何故…」
「話を聞いてくるのが女王の命令。探るのは王女の仕事じゃないってさ」
「今更何を!?」
「今、緊急事態?」
「………ぇ……ちがう、けど……」
真相を探るのはマナが探るよりフィフティ家が動く方が早い。
一分一秒惜しい状況ではない。
「じゃあ、宰相経由の女王の命に従わないとね」
「………こんな中途半端で…」
ため息をつきながらマナは椅子に深く腰掛けた。
「ちゃんと責任もって調べて報告するから、リョウランちゃんはちゃんと療養するように、ってさ。どうせならフィフティ家に里帰りする? って」
ヘンリーの言葉にビクッと体が震える。
まさかこんなに早くマグダリアとしての時間が来るとは思わなかった。
「き、キリュウとイグニスが戻ってくるまで動けないわ」
「戻ってきたら僕から話すよ?」
「い、いい! 私の命令で出てるんだもの! 帰ってくるまで待つわ!」
マナの言葉にヘンリーは首を傾げ、オラクルはクスリと笑う。
そんなオラクルの後頭部にクッションを投げつけたのだった。




