第36話 出来損ない少女と貴公子の再会と動き出す情勢
溜まっていた書類を片付けていると、寝室からガタンッという音がした。
キリュウが起きたのだろうと、マナは顔を上げる。
バンッと派手な音を立てながらキリュウが現れた。
焦った顔をしているところを見ると、マナが隣に寝ていなくて消えたと思ったのだろう。
仕事をするため座っているマナを見て息をつく。
もうすぐ目覚めると分かっていたのだから、近くに居てあげてたら良かったと思いながら、マナは立ち上がってキリュウの元に行こうとした。
その前にキリュウに勢いよく抱きしめられたのだが。
「き、キリュウ…」
こんなキリュウは初めてで、心臓がドキドキする。
痛いぐらいに抱きしめられ、不謹慎だが愛されていると実感できる。
キリュウは今までマナを行為の上で抱きしめることはあっても、普段の生活では滅多にマナに触れない。
腰に手を添えることはあっても、手は繋がない。
肩を抱くことはあるが。
ソファーに座っているとき膝に座らされて後ろから抱きしめられることもあるが、前から抱きしめるなんてここ最近なかった。
恋人だった時の方がまだ多かったと思う。
魔導士訓練に参加するようになってから、スキンシップなどなかった。
「マナ……良かった…」
心底安心したような声で言い、マナの唇を塞いでくる。
息苦しくなるまでキリュウの口づけは終わらなかった。
やっと解放された時にはマナの足腰は立たなくなり、キリュウに抱き上げられソファーに共に座る。
「痛いところはないか?」
最初に聞くべき言葉じゃないかとマナは苦笑するが頷く。
「大丈夫。ずっと寝ていて体が固まっている以外は問題ないよ」
「そうか」
キリュウは息を吐いてマナの肩に額を付けてくる。
さらさらした髪が頬を掠めてくすぐったい。
「………マナを刺した女、殺そうとしたら女王と父上に止められた」
「そっか。良かった」
「っ良かった、だと!?」
グイッと肩を痛いぐらいに掴まれて至近距離で睨まれる。
マナはこんな時でも嬉しいと思ってしまった。
キリュウが自分のために怒ってくれることを。
愛されていると分かるから。
「殺されかけたんだぞ!」
「だけど、相手を殺してしまったら、目的が何だったのか聞けないし」
「父上が吐かせていた! 目的はくだらなかった! 二度とマナを傷つけないように消すべきだ!」
「キリュウ、ダメよ」
マナはキリュウの腕に触れ、困ったように笑う。
キリュウの気持ちは嬉しいのだ。
叶えてあげたいと思う。
でも、マナは王女なのだ。
「何故だ!」
「………私が、女王の娘だから」
「だから相応の処罰を!」
「いいえ。私が処分して良い者は、女王や国を裏切った者のみ。それ以外は宰相であるシュウの領域であり、私が口出しできることではないの」
「………っ」
見せている姿が王宮魔道士でも、マナの立場は王女であり、ただの貴族でも平民でもない。
女王や王女は、私欲で権力を振り翳してはいけない。
私欲で処分してしまえば、そのまま国の運営方針なのだと捉えられかねない。
マナとキリュウだけが見ていたのなら、国が関与することはない。
けれどあの場には、マナの立場を知っている魔導士長達が居たのだ。
処分次第で彼らの忠誠心が揺らいではならない。
只でさえ粛清して人数が減ってしまったのだ。
これ以上減るのは得策ではない。
キリュウに辛抱強く説き伏せると、キリュウの感情が治まっていく。
それで怒りがなくなったとは思わないが、取りあえずは落ち着いてくれるだろう。
「………それでも、許すことは出来ない」
「誰も許せだなんて言ってないわ。ただ、感情的に処分できないのは理解して欲しいの」
キリュウにお願いすると、渋々だが頷いてくれる。
「ありがと」
「………俺はマナがいれば良い。いなくならないでくれ…」
「分かった。キリュウもいなくならないでくれる…?」
ふっと笑みを浮かべたキリュウはマナに口づける。
当たり前だという風に。
「はい、イチャつくのはそこまでね」
「!」
「………邪魔するな」
突如割り込んだ声に、マナは慌てて身を引きキリュウは相手を睨みつける。
「いつまでもそうしてたら二人とも食事できないし、打ち合わせも出来ないでしょ」
割り込んだのはヘンリーで、後ろにはスズランと魔導士長もいた。
スズランは食事を持って来るように言っていたので分かる。
が、二人は何故こんな時間にここにいるのか。
ヘンリーはズカズカと我が物顔でマナ達の向かいのソファーに座り、スズランは机に食事を並べる。
「………魔導士長もどうぞ座って」
所在なさげに視線を動かす魔導士長にはマナがソファーへ促す。
「まずはアシュトラルちゃん、回復して良かった」
「ありがと。ごめんね心配かけて」
「いいよ。楽しいアシュトラルを見られたから」
あのキリュウの姿を楽しいと言えるのはヘンリーだけだろう。
心配していたのに終わったら楽しかったと思えるのだから、やはり良い性格をしている。
「マナ様、やはりもう魔導士訓練に混じるのは……」
「混じるよ。今回のは私の立場をどうこうしようとする人の仕業じゃなかったんでしょ」
王女と分かっていて害したのなら、理由が判明した時点でシュウが消しているだろう。
けれどキリュウが殺したいと言っていた。
女は生きている。
ということは生かしておいて問題ないと判断されたと理解して良いのだとマナは思った。
「ですが…」
「もう油断しないよ。キリュウが大事だから」
自分に何かあれば、キリュウがどうにかなる。
今回は大事ないようだったけれど、もしマナが死ねばキリュウは世界をも滅ぼしてしまうんじゃないか。
先程のキリュウの瞳に込められた怒りを見て、マナはそんな考えを持った。
「では何があっても結界魔法を解かれないようにお願いしますよ!」
「分かった」
念押しされ、マナは苦笑しながら頷いた。
「食事をしながらでいいよ。聞いてくれる?」
ヘンリーが言う前にキリュウは既に食べ始めており、マナも口を付け始める。
落ちていたキリュウの食欲は、マナが起きた事で戻ったようだ。
普通に食べるキリュウに、ヘンリーもスズランも安堵する。
「アシュトラルちゃんが床についていた時、ホウライ国に動きがあったんだ」
「………え?」
「本格的に戦を仕掛けようと、兵糧を集めてる。進軍してくるのも時間の問題なんだよ」
「………」
ヘンリーの言葉にマナは考える。
「じゃあ、もう訓練を続ける時間はないのね」
「うん。ある程度訓練で皆戦で戦力になるだろうけど…」
「数が心許ないと思います。向こうが戦士だけで魔道士がいないとはいえ、もう少し欲しいと思います」
「………女王と話さなければならないと思うけど、学生も参加させるように進言しましょう」
「戦力、とは言えないでしょうが…」
魔導士長の言葉も分かるが、人数の問題なら数を揃える。
戦力ならマナとキリュウとヘンリーがいればある程度敵を討てるだろう。
「魔導士長は進軍編成を頼むわ。先遣隊で数を減らせれば戦を切り上げるかもしれない」
「畏まりました」
「その先遣隊に私とキリュウとヘンリーは入れておいて」
「それは……」
「国民を戦で傷つけるわけにはいかない。早めに終わらせられるならそれに越したことはないわ」
「………分かりました」
魔導士長は出て行った。
「キリュウもヘンリーも準備しておいて」
「それは良いけど、アシュトラルちゃんは病み上がりでしょ」
「そんな事は言ってられないわ。戦までになんとか体力を回復させるから協力して」
マナの真剣な表情に、ヘンリーはそれ以上何も言えなかった。
第三章 王宮魔導士篇、これで完結になります。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
ブックマークも増えていて、感謝いたします!
第四章も読んで下されば、嬉しく思います。
今後もよろしくお願いいたします。
また、1~2日に1話UPになると思いますが、お付き合いいただけると幸いです。
2019.07.16 神野 響




