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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第三章 王宮魔導士篇
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第33話 貴公子の怒り




何が起きたのか、一瞬分からなかった。

戦闘訓練をしていただけだ。

なのに、何故マナの腹部に剣が刺さっている?

剣――


「っ!? マナ!!」


刺さっている部分からマナの血が流れている。


マナが刺された。


そう理解した瞬間、無意識に魔法を放っていた。

マナを刺した女に向かって。

走り寄りマナを支える。

その瞬間マナの体の力が抜けた。


グッタリと寄りかかってくる体。


床に落ちていく血。


真っ青になっていく顔色。


徐々に冷えていく体温。


俺の思考が怒りに支配されるのには充分だった。

女の周りは闇魔法で真っ暗だ。

先程マナがかけた水の渦が闇の渦に変わっただけと思うな。


ゴリッ


「ぎゃあぁああああ!!」


女の耳障りな声が響く。

どこかの骨が折れたのだろう。

自業自得だ。

楽に死ねると思うな。

俺の宝を傷つけた。

そんなお前に生きる価値はない。

マナを傷つけるならたとえ王だとしても容赦はしない俺だ。

あんな女一人消す事など簡単だ。

マナがお前に何をした。

訓練以外で何をした。

何もしていない。

俺はマナの行動をすべて把握している。

女に接触したことなど一度もない。

恨みなどあるはずがない。

話したこともない女が、何故マナを狙った。

マナの実父のせいか?

いや、こいつは推薦組だ。

関係がない。

ならば、なんだ?

何も理由など考えられない。

マナの能力による羨みか?

いや、こいつは四年。

マナの学園生活を学年も違うこいつが知る事はないはずだ。

………まぁいい。

いくら考えても考えつかない事ならば、考えるだけ無駄だ。

今はこいつを消す事だけ考える。


「アシュトラル!!」


急に目の前にヘンリーが出てきた。

邪魔だ。

どけ。

魔法に集中できないだろうが。


「アシュトラルちゃんを治療する方が先でしょ!!」


………アシュトラルちゃんって、誰だ。

アシュトラル……アシュトラル……

マナの事か。

ああ、そうだ。

もうマナは俺のモノだ。

俺はマナを手に入れた。

なのに奪う者がいる。

排除しなければ。

杖を振ろうとすると、ヘンリーが杖を取り上げた。

返せ。

杖を返せ。

あいつを殺さなければならない。

マナの敵は俺が全て排除する。

でないとマナがまた俺から離れていく。

消えてしまう。

それはダメだ。

マナは俺のモノだ。

俺のモノなんだ。

俺が守る。

守ると約束したんだ。

消させるものか。

愛しているんだ。

俺がマナの隣にいるんだ。

誰にも渡さん。


「アシュトラル!!」


バシッと頬に痛みが走った。

痛み…

スッと視線を向ける。


「気づいた? アシュトラルちゃんを女王の元へ早くつれてって! 死んじゃう!!」


死ぬ…?

誰が?

………マナ、が?

ハッと自分の腕の中を見る。

俺の腕の中には意識がないマナがいる。

その腹部から未だに止まらない血が流れ落ちている。


「マナ!」

「アシュトラル早く!」

「ああ!」


俺はマナの体を抱え、走った。


「死ぬな、マナ!」


そうだ。

俺は何をしている。

大事なのはマナを傷つけた奴を殺す事ではなく、マナを救う事ではないか。

王宮内の通路は人の行き来が多く、思うように走れない。


「女王の元に繋げ!! 時空間魔法モーメントムーブ!!」


難易度SSSトリプルエス魔法だろうが何だろうが、マナを助ける為ならなんだって使ってやる。

詠唱破棄で魔法を使う。

女王の魔力なら知っている。

飛べるはずだ。

魔法は無事に発動する。

女王の私室に移動した。


「………キリュウ?」

「! マナ!」


私室には女王と父上がいた。

女王はすぐに俺の腕の中のマナに気付き、走り寄ってくる。

ソファーにそっとマナを横たえる。


「この世界に存在する光の力よ。光の形を司り、彼の者の傷を癒せ。光回復魔法リカバリー!」


女王の魔力がマナの体を包み込む。

流れていた血が徐々に止まっていく。


「キリュウ何があったの」

「………マナが推薦組の一人の女に戦闘訓練終了後の隙をついて刺された」

「殿下が油断を?」

「俺達も油断していた。訓練の間にそんな事をするとは思わなかったからな」


話している間も、俺はマナから視線を外せなかった。

目を離したらマナの息が止まっていそうで。


「その者は?」

「ヘンリーが捕らえているだろう」

「兆候はなかったの?」

「………分からん」


マナは何も言っていなかった。

ヘンリーも。

だから何もなかったはずだ。

………そう思うのに、なんだこの胸のざわつきは。

違和感があるとでもいうのか。


「傷は塞いだけど、出血が多すぎるわ。意識が戻るか分からない」

「なんだと? 国一番の回復魔法の使い手だろ! 何とかしろ!」


女王相手だろうが構わない。

マナが生きることが重要だ。


「私の、この国の魔法は、血を増やすことは出来ないのよキリュウ。知っているでしょ」

「だが!」

「大丈夫よ。マナがキリュウを置いてどこかに行くことは無いわよ」

「行かせるものか。マナの居場所は俺だ」

「だったら、信じて待ってなさいな」


女王が笑う。

何故だ。

心配ではないのか。

自分の娘だろうが。


「ホウメイ、そろそろ」

「ええ。キリュウ、マナを自室へ。私はこれから来客を迎えないといけないから」

「娘が危篤の時にも仕事か」

「危篤って言っても出血は止まってるし、体の中まで傷は塞いだわ。意識が戻るかどうかの問題で、命の危機は脱したわ。待つだけなら誰でも出来る。でも私は女王よ。マナだけを優先できる立場じゃ無い」

「キリュウが無理なら僕が運ぼうか」

「触るな」


キリュウはシュウの手を振り払い、マナを抱き上げた。

そしてそのまま無言で部屋を出て行った。




「………」

「ホウメイ、手から血が出てしまうよ」

「………ぁ…」


そっとシュウに手を取られ、固く握りしめていた手を開かれる。


「ダメね、私。マナを見て動揺するなんて」

「それが普通さ。子供が重傷を負っていたらそうなる」

「女王としては失格よ。しっかりしなきゃ」

「今は仕事を優先したら良いさ。終わったらマナを見舞えば良い」

「………ぇぇ。………シュウ、訓練場へ行ってきて。マナを傷つけた人間を、絶対に自害させないで」

「わかった」


シュウがホウメイの肩を叩き出て行った。


「………アルシェイラ……」


扉を閉める前にポツリと呟かれたホウメイの言葉に、少し悲しそうな顔をして。




俺はマナをベッドに寝かせ、優しく頭を撫でる。


「マナ……」


目覚めないマナを眺め、瞳を閉じる。

あの時、訓練ということで油断していた自分に腹が立つ。

マナや俺が居るからといっても不慮の事故があるかもしれない。

訓練が終わったとき、誰か一人でも近くに居れば。

俺が傍に居れば、マナが傷つくこともなかったはずだ。


「すまない」


俺はマナの手を取り、額に付ける。

マナが傷ついたのは俺のせいだ。

俺が近くに居たのに。

守れなかった。

最初の時に誓った。

俺が守ると。

近くに居れば守れると。

だが、また俺は守れなかった。

最初の課外授業の時、目の前で庇われ傷ついたマナを思い出す。

あの時も血がマナの体を染めた。

今日もかなり血が出ていた。

先程まで冷えていたマナの体が少し温かくなっていて安堵する。

今すぐ容態が悪化することはなさそうだ。

俺が光属性も持っていれば回復魔法をかけてやれるのに。

一番得意な闇魔法には唯一回復魔法がない属性。

他の属性では下級回復魔法しか扱えない。

課外授業の時は幸運だった。

ヘンリーと二人がかりだったのも大きい。

これからもこういう事が起こるかもしれない。

この先、本当に俺はマナを守れるのか。

守ると言ったのにマナは二度も傷ついた。

これ以上傷つけたくない。

傷ついて欲しくない。

だがどうすれば良い。

マナは他人に恨みをもたれるようなことは何もしていないはずだ。

なのに令嬢やらあの推薦組の女やらがマナに絡んでくる。

………いっそ、マナを何処かに閉じ込めていられれば。

グッとマナの手を思わず力一杯握ってしまい、慌てて手を離す。


「………俺は、どうすればいい」


眠っているマナに問いかけるように呟いてしまう。

こんなこと、マナに会わなければなかっただろうな。

何をすれば良いのか、など今まで思ったことがなかった。

自分の考えに迷う。

良くも悪くもマナを愛したからか。

マナに出会わなければ、など思わない。

会って良かったのだ。

昔より魔法習得の速度が上がった。

マナを守れる強さが欲しかったから。

昔より視野が広くなった。

マナが俺を外に連れ出すから。

昔より余裕が出来た。

マナが俺に色々なことを教えてくれるから。

だがらこそ…


「………あいつを消さなければ」


俺はマナの顔を眺めた後、ゆっくりと立ち上がる。


あいつが生きている限り、またマナが傷つく。


消さなければ。


ヘンリーから杖を取り返し。


消さなければ。


一番苦しむ魔法をかけ。


消さなければ。


マナは絶対に誰にも渡さない。


障害は全て排除する。


マナの唇に口づけ、俺は部屋を後にした。


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