第23話 出来損ない少女と学友
キリュウ・アシュトラルがキリュウ・リョウランになって三月。
キリュウの同級生が今日学園を卒業する。
そしてキリュウが珍しく出かけると言い、マナに同行しないかと尋ねマナは一緒について行った。
王宮の門へ近づくと、懐かしい人物が手を振っていた。
「………ヘンリー先輩?」
「リョウランちゃん、僕はもう君に先輩と呼ばれちゃマズイ立場なんだけどなぁ?」
苦笑しながら言われ、マナはあっ…と気づく。
ヘンリーは真新しい服を着ていた。
「問題なく入れたようだな」
「うん、念願の王宮魔導士の試験に受かったよ」
ニコッと笑うヘンリー。
ヘンリーが着ている服は、王宮魔導士の制服。
赤を主体としたブレザーに、中のシャツは少し桃色がかっている。
ズボンも同じく赤で緑のチェック。
胸元には杖の刺繍が入っている。
ブレザーの肩の部分には階級を現す星が付いており、一つあるのが新人の証。
一年ごとに昇級試験があり、それによって二つ三つと増えていく。
星が五つつくと、魔導士長の証となる。
昇級試験に合格していく毎に給金も上がっていくシステムになっている。
ちなみにキリュウもマナと行動を共にしてはいるが、ヘンリーが着ているのと同じ服を持っている。
女王が内通者を炙り出せるまで、特例でマナの傍にいる魔導士としてキリュウを配属、という形を取っていたに過ぎない。
内通者が捕まった以上、春からキリュウも王宮魔導士として、魔導士達と共に訓練をすることになる。
「また一緒だねアシュトラル」
「ああ」
「僕以外にも何人か同学年が採用になったよ。最近の採用は厳しいからどうなるかと思ったけど、意外と多かった…」
王宮魔導士はエリートたちの象徴で、魔力の高いものが優先されるのが常だ。
勿論王宮剣闘士もエリート。
「何人だ?」
「僕を含めて十人だね」
「………多いな」
「でしょ? 例年二・三人くらいだったのに。逆に剣闘士の方が少ないみたい。剣闘士は例年五・六人なのに、今年は二人だって」
「そうか」
二人で話している間、マナは居場所がないような気がしてそわそわしていた。
それに気づいてマナを温かい目で見ながら話している二人の視線には気づかずに。
「あれ? アシュトラル、ピアスなんかつけてたっけ?」
「マナからもらった。誕生日だったからな」
「あ、そっか。ゴメン、何も用意してないや」
「いらん」
「あはは。アシュトラルは何も物欲ないもんね? リョウランちゃん以外は」
「ああ。………ところでもうアシュトラルではないのだがな」
「僕がリョウランなんて呼び捨てで呼べるわけないでしょ。そんな事言ったら殺される」
「………そうだな」
王族ならまだしも王の家名を呼び捨てで呼べるはずもない。
それにまだマナのお披露目はされていない。
当然キリュウをマナの婿として公表できるはずもなく。
「………いいな…」
突然ポツリと言われた言葉に、キリュウもヘンリーもマナを見た。
「どうしたの?」
「………私も王宮魔導士に入りたいって言ったら入れるかな…」
「「………」」
それは無理だろ、とは言えなかった。
あまりにも寂しそうに言われたから。
「………うん、お母様に頼んでみよう!」
「え!?」
「………」
ムンッと両腕で意気込みを見せるマナに、キリュウとヘンリーが唖然としている。
それに気づかず、すぐさま踵を返して女王に突撃しようとしているマナを慌ててキリュウが止める。
「マナ、女王は療養中だろう。そんな中頼んでもいい返事はもらえないだろ」
「………え~……」
ガックリと肩を落とすマナに二人は苦笑する。
「リョウランちゃんは殿下としての仕事があるでしょ?」
「え? でも、魔導士の修行はしてるよ? 日の半分はキリュウと一緒に」
「え?」
「え?」
ヘンリーが首を傾げ、マナも同じように首を傾げる。
「どうして?」
「どうしてって……魔法の練習は欠かせないでしょ? 魔導士として」
「いや、そうじゃなくて、女王の子としての教養があるでしょ?」
「教養と言っても、フィフティ家で勉強はしてたし、淑女としての勉強もしてたし。殿下としてやらないといけない事って王の身内としての立ち振る舞いの修行だけだし、それは午前中だけ授業があるだけで午後は暇だから」
「………そ、そう…」
あまりにも想像とかけ離れていたマナの生活に、ヘンリーは苦笑するしかなかった。
「もし許可が出たらアシュトラルと一緒にずっといられるね」
「うん」
嬉しそうに頷いたマナに、二人は固まりキリュウはそのままマナを抱きしめた。
ヘンリーはからかう為に言ったのだが、あまりにも素直に言われ固まってしまったのだった。
「相変わらず仲良さそうでいいね」
「そういうヘンリーは出来たのか?」
「僕? なんで? 僕にはアシュトラルとリョウランちゃんという観察対象がいるんだよ? 彼女なんか作ったら彼女に時間を割かれるじゃない」
「「………」」
二人は何とも言えない顔をヘンリーに向ける。
「まぁ、飽きたら作るかもしれないけど、二人に飽きるって事無さそうだからなぁ…」
「そんな、真剣に考えられても困るんだけど…」
「ああ、大丈夫だよ? 二人のイチャイチャを邪魔するつもりはないし。こういう何気ない会話の中にいられるだけでいいんだ」
中々に良い性格をしていると改めて思ってしまうマナ。
キリュウは慣れているのか、何も言わなかった。
「あ、そうだ。リョウランちゃん」
「………?」
ヘンリーがポケットから紙を取り出してマナに差し出した。
それを不思議に思いながら受け取る。
何か用事ならこの国の者なら手紙を飛ばしてくるはずなのだが。
マナはその場で四つ折りにされている紙を開いた。
『マグダリア・フィフティ様。
お元気ですか?
こういう手紙は、直接送った方が良いのでしょうが、
突然私から手紙が来ると、不審がって読んでくれないかもしれないと思い、
課外授業で一緒だったヘンリー先輩に頼んで、手紙を渡してもらおうと思いました。
フィフティさんが、すでにご卒業されていた事をこの間知りました。
課外授業で、最初は私は貴女を蔑んでいました。
でも、二度目の課外授業でフィフティさんはこんな私を助けてくれた。
私はお礼も言えずに別れてしまった事を、ずっと後悔していました。
すぐにお礼を言えない自分が、恥ずかしいです。
あの時は、ありがとう。
魔法を使えるようになって、自分はどこか特別な人間なんだって思うようになって、
フィフティさんが魔法を使えないのを悩んでいる事を知っていたのに、
私は何も手助けをすることなく、さらに蔑んでいたのに、
フィフティさんは何事もなかったように私を助けてくれて。
自分はなんて心の狭い人間なんだろうと思いました。
フィフティさんは優秀だから、きっと王宮魔導士になったんじゃないかと思います。
ヘンリー先輩に聞いても何も教えてくれなかったけれど、私はそう思ってます。
だから私も王宮魔導士を目指して頑張ろうと思っています。
貴女に直接お礼が言いたいから。
本当に自分勝手でごめんなさい。
でも今度貴女に会ったら友達になって欲しいから、私頑張るわ。
最初から最後まで自分勝手に思いを綴ってしまって、迷惑だとは思うけれど、
私の思いを知って欲しくて、ヘンリー先輩に頼みました。
最後まで読んでくれてありがとう。
また会える時を願ってます。
アンナ・ヤギョウ』
「………ヤギョウに言ったの? 私が卒業したって」
「ううん。僕じゃないよ。でも噂はどこから出るか分からないからね」
「そう」
「ま、ヤギョウちゃんは本当にリョウランちゃんの事気にしてたし、今度会ったら話してあげてもいいんじゃない?」
「………そう、ね」
正直マナは学園のクラスメイトに対して良い思い出はない。
手紙を読んでも心動かす言葉は何一つなかった。
だが、話さないという理由もない。
彼女はマナに対して危害を加えたことは無い。
蔑むと言っても、言葉で責められた事もない。
それは何もされてない事と同じ。
良く言えばその他大勢の一人。
マナの心にも残っていなかった。
手紙を読むまでヤギョウの存在すら思い出しもしなかった。
まだ、ローランドの方が思い出す対象としてはあった。
取り敢えず、返事は書こうかとマナは思った。
卒業したとして学園との縁は切ったつもりだ。
同級生とも。
だが、学園という場所があったからキリュウやヘンリーにも会い、こうして話している。
縁を切るのは簡単だ。
一切関わらなければいいだけ。
だが、逆に縁を繋げていくのは大変な事を良く知っている。
これから国を支える女王の子として生きていく上で、関わりは何より大切なのだと。
女王の手足となる人物は多いほうが良い。
その足掛かりを切る事は、致命的と言っていい。
ゆっくりと手紙をポケットにしまったマナに、ヘンリーは微笑む。
キリュウは相変わらずマナ以外の人物に対しては関心がなく、無表情だった。
「あ、ヘンリーはこれから王宮の魔導士寮に住むんだよね?」
「そうだよ」
「じゃあ、キリュウも…」
「俺は自室から行く」
「え…」
「女王の許可は貰っているし、父上も了承している。夫婦なのだから当然だろう」
「当然って……アシュトラル、普通は妻子持ちでも寮に住むのが決まりだからね。一応…」
言っても無駄だと分かっていてもヘンリーは言った。
「決まりがどうした。俺はマナと共にいる」
「………だろうね」
キリュウの言葉にヘンリーは苦笑する。
溺愛は相変わらずのようだ。
「あ、アシュトラル」
「なんだ」
「子供はまだなの?」
「ぶっ!」
ヘンリーの言葉に吹いたのはマナだった。
「ちょっ!?」
「え? アシュトラルがリョウランちゃんを名実共に物にして、手を出さないとは思わなかったんだけど、もしかしてまだ清いまま?」
「何を言う。毎日だ「わーーー!!」
マナが慌ててキリュウの口を手で塞ぐ。
何を暴露しようとしているのか容易に分かってしまう。
キリュウは無表情でとんでもない言葉を口にするのが常だ。
「ちょっとキリュウ!」
「もご……」
「あはは」
マナは真っ赤になってキリュウに怒鳴り、キリュウは眉を潜めてマナに口を塞がれたまま抗議の目を向け、ヘンリーは声を上げて笑う。
「そっか。じゃあすぐだろうね」
「ヘンリーも変な事キリュウに聞かないで!」
「変なことじゃないよ? だって子供出来たら多分君達のような面白い子が出来ると思うし、そうなれば僕の恋人にしても退屈し無さそうだし?」
「………ヘンリーってロリコン?」
「否定したいけど、面白い子は好きだよ。年齢関係なく」
「………」
ヘンリーと話していると疲れるマナ。
自分の常識が通用しない人間は扱いに困る。
けれどヘンリーは操りやすい人物でもある。
面白い事をやらせようとすれば、意気揚々とやってくれるだろう。
ため息をつきながらマナはキリュウの口から手を離す。
「………何をする」
「何をするじゃないわよ……何を言おうとしてるのよ…」
「聞かれたから答えようとしただけだろう」
「ああいう事は言わなくていいの! 恥ずかしい事なんだから!」
「………そうか」
素直にマナの言う事を聞くキリュウに、ヘンリーはまた楽しそうな顔をしている。
「まったく……」
マナはまたため息をついてヘンリーに体を向けた。
そろそろヘンリーも立ち去らないといけない時間。
随分長い事門の近い場所で話をしていて、そろそろ門番がこちらを気にし始めたのだ。
マナが襲われたこともあり、まだ長い間外にいられると困るという事だろう。
ヘンリーも正式に王宮魔導士の授与を女王から頂く前に、注意を受ける事は悪印象を与えることになる。
ヘンリーも門番の視線に気づき、顔を引き締める。
「取り敢えず、ヘンリー。おめでとう。これからよろしく」
「はい。マナ殿下。誠心誠意、お仕えさせていただきます」
マナがドレスのスカートを摘み膝を少し落とすと、ヘンリーもまた臣下のする礼をしながら答えた。
それからヘンリーは去って行った。
寮へと移る為、荷物を自宅から持ってこなくてはならない。
明日の授与式はマナは参加出来ないが、女王に頼んで王宮魔導士の許可を貰えると、また訓練で会えるだろう。
ヘンリーの姿を見送り、マナはキリュウと共に自室へ戻って行った。
第二章 王宮篇は短いですが、これで完結になります。
次は王宮魔導士篇になります。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
沢山の方に読んでいただけているようで、大変嬉しいです!
ブックマークもありがとうございます!
第三章も読んで下されば、嬉しく思います。
今後もよろしくお願いいたします。
また、1~2日に1話UPになると思いますが、お付き合いいただけると幸いです。
2019.07.03 神野 響




