第15話 出来損ない少女と出自
「………え」
両親の言葉に、マグダリアは言葉を失った。
課外授業ではあれからキリュウに会うことはなく、喧嘩したままになっていた。
気落ちしたままマグダリアは帰宅。
屋敷に着くと問答無用で執事に談話室に連れてこられた。
そして両親の言葉に、思考が途切れ何も考えられなくなってしまった。
「私たちも驚いたよ。まさかマグダリアが、って。でも、疑う余地はないそうだ。マグダリアに対して、この所通常ではあり得ないことが起こっていたとすれば……」
「………確かに、あったけど……それは……キリュウ様に対してって思ってたから…」
「本当はマグダリアがどう対処するかって事だったらしい」
「………」
なら、自分のせいでキリュウを危険に巻き込んだということ。
「っ……」
泣いてはいけない。
それは自分のためでもあるし、キリュウのためでもある。
「………変えられることではないんですね……」
「………こればかりはね……マグダリアには悪いけど」
「分かっています。………分かりたくないですけど……」
「うん。早急に退学の手続きをするよ。課外授業直後で疲れただろう? ゆっくりお休み」
「………はい」
マグダリアは両親に頭を下げて退室した。
「………あなた……」
「………アシュトラル家にも、手紙を出さないとね……」
そう言ってソファーから立ち上がる夫の裾を握る。
「でもマグダリアは…」
「マグダリアの立場なら、キリュウ君と今後会ってはいけない。彼も、諦めてくれるよ。マグダリアが急死したとでも言えば」
「そんな!? あの子から愛する人も奪うんですか!!」
「仕方ないだろう!? 彼女は今後、フィフティの家名も名乗れなくなる! マグダリア・フィフティは明日にでもいなくなるんだ。本名で生きていくことになる」
手を振り払われるが、夫の目に涙を見つけ言葉を失う。
「私たちが出来ることは、キリュウ君に直接別れを告げられないだろうマグダリアの代わりに、別れを言ってあげることだよ」
「………でもせめて、選ばせてあげて……別れ方を………あの子の思うままに……」
「………そう、だな……」
両親は執事を呼んだ。
バタン
マグダリアは途中から侍女を撒いて、後ろ手に扉を閉めた。
これで誰もいない。
一人だ。
「ふっ……」
そう思った瞬間、止めようとしていた涙があふれて止まらなくなる。
「喧嘩、したままなのにっ!」
マグダリアは分かっていた。
今後、キリュウと居られないと。
別れなくてはならない、と。
「………どうして!!」
平民の自分は付き合えていたのに。
両親から伝えられた言葉は、余りにも無情で、淡々と話す両親に怒りさえ覚えて……
課外授業など、いけないままでよかった。
そうすればこんなことにならなかったのに。
今更何故自分の出自が明らかになるのだ。
なぜ出自が分かった時点でここに居られなくなるのか。
「キリュウ様っ! いや……嫌だっ!」
マグダリアはその場に蹲って頭を両手で抱え泣きじゃくった。
「ごめんなさっ……私が怒ったから……キリュウ様の言うこと聞かなかったから…っ」
泣きじゃくるマグダリアの背にあるドアの向こう側には、マグダリアの言葉を聞きながらジッと立っている侍女が居る。
その侍女の顔は苦痛に歪み、主であるマグダリアの言葉を受け止めていた。
帰ってきたとき、酷く衰弱していたことを知っている。
そしてキリュウと喧嘩した事を今知った。
本当は一緒に居て抱きしめてあげたいのに、侍女としての立場では出来ない。
さらに執事がやってきて、無心に努めドアをノックする。
「お嬢様。旦那様から、アシュトラル様に送る手紙をしたためるのを、お嬢様自身でおやりになるか、旦那様がお嬢様が死んだという手紙を送るか、お嬢様に決めていただくようにとのことです」
中で息を飲んだ気配がする。
そんな事を今のマグダリアに言うことではないと侍女は思うが、立場上言うことが出来ない。
侍女より執事の方が上だ。
それに、グッと奥歯をかみしめる執事を見れば、執事も本当はマグダリアをそっとしておきたかったのだと分かる。
だがマグダリアに雇われているわけではない。
この屋敷の主はマグダリアの両親。
命令を執行しないわけにはいかない。
『………自分で書きます。ちゃんと、理由は誤魔化します』
「かしこまりました」
余りに弱いその声に侍女は足を踏みだそうとしたが、執事に止められ共にその場を後にした。
数時間後、部屋に呼ばれた執事はマグダリアのしたためた手紙を持ち、談話室に。
マグダリアが文面に問題ないか確認してきて欲しいと頼んだからだ。
「お嬢様……なんと書かれたのですか?」
涙が枯れ、何故かスッキリしたような顔をしてゆったりと窓の外を眺めているマグダリアが侍女は怖かった。
「………普通に。この間の課外授業で、キリュウ様と意見が違え、考えが違うことを改めて知ったから、終わりにしましょうと。いくら何でも、急死した、の方が嘘に見えるし」
「それはそうですが…」
「………元々、キリュウ様に婚約者が出来たら別れようと思ってたの。だから、後悔しないように、やりたいことは出来た。初めて好いた相手に初めての口づけも交わせた。………最後の望みが叶わなかったのだけが心残りだけど…」
「最後の望み、ですか?」
「うん。キリュウ様のお子を」
ハッと侍女はマグダリアを見る。
「………キリュウ様が後、半年もしないうちにご卒業だったのにな………」
自分の初めての相手がキリュウで無くなったことに寂しくなった。
キリュウと付き合え、結婚の約束も出来た。
初めては疑うことなくキリュウだと。
夢を見ていたのだ。
平民でも幸せになれると。
………全部…
両親が居るだろう方向から、白い鳥が飛び立っていった。
自分の手紙が問題なく、両親が飛ばしたのだと分かる。
『………さようなら……キリュウ…いや………アシュトラル様……どうか……どうか…お幸せに…』
もう、マグダリアの口からキリュウの名が呼ばれることはないのだろう。
マグダリアは膝の上で両手を堅く握りしめたが、顔はもう何もかも諦めた様子で微笑を作っていた。
そんな痛ましい主の姿に、侍女は自分が何も出来ないことを悔やんだ。
キリュウの元にマグダリアの手紙が着いたのは、キリュウが就寝しようとした時だった。
手の中で手紙になったそれを読み、寝そべっていた体を起こす。
「………な、に……?」
手紙の内容が信じられなく、何度も読んだ。
だが、文字はその場で変化することなく、最初の文字のまま。
それは何度も見たマグダリアの字だったし、最後の署名もマグダリアの名。
グシャッと手紙を握りつぶした。
「………っふざ、けるな!」
『キリュウ・アシュトラル様
先日は、失礼な物言いをしてしまい、
大変申し訳ございませんでした。
魔物を倒すときにご助力いただきましたのに、
まるで自分だけの力で倒したような物言い。
後で思い返し、反省しております。
ですが、やはり魔導師を目指している故、
任務優先をしてしまうことは今後もあるでしょう。
その度に、アシュトラル様を突き放してしまいそうで、
いたたまれません。
アシュトラル様は私のお命を優先させてくださっていたのに、
私はアシュトラル様を優先させることは今後も出来ないでしょう。
ですので、お別れを勝手ながらお手紙で差し上げてしまうのをお許しください。
意見が合わない者が共にあっても、二人の利にならないと思います。
ですので、一方的になって大変申し訳ございませんが、
私と関係を絶つことをご了承くださいませ。
今後もアシュトラル様の元に私の姿が見えないよう配慮いたします。
今まで、私を愛してくださって、ありがとうございます。
将来の所属がどこになるかは分かりませんが、
アシュトラル様のご武運をお祈りしております。
マグダリア・フィフティ』
キリュウは即マグダリアの元へ行こうとしたが、現在は夜。
今から行っても会わせてはもらえないだろう。
グッと堪え、明日にでも赴こうと思った。
けれど、翌日フィフティ家に行っても会えなかった。
屋敷にいないと言われ、待つと言っても帰らないからと追い返された。
学園で会おうとするしかないと、更に翌日マグダリアの教室に行くがマグダリアは居なかった。
仲裁役として来てもらったヘンリーと顔を見合わせる。
ヤギョウを呼んで貰い、訳を聞くが分からないという。
「あ、でも、少し変なんです」
「変?」
「はい、いつもはフィフティさんの名前はFなので、私の前に呼ばれるんですが、今日教師が出席をとるとき、フィフティさんの名前が呼ばれなかったんです」
「………それ、変じゃない? 病欠とか聞いていても一応呼ぶのに」
「そうなんです。だから、私も可笑しいと思っていて……」
「アシュトラル、教師のところ行ってみる?」
「………ああ」
ヤギョウに礼を言って職員室に向かい、マグダリアの担任に話を聞くが担任の話もおかしかった。
「ああ、フィフティか。俺も変だと思ったんだが……」
担任が出席簿を取る。
「誤印刷だと思って理事長に確認を取ったら、合っていると言われてな」
「………え…」
見せられた出席簿に、マグダリアの名前がどこにも記載されていなかった。
「もしかしたら、特例で飛び級したのかと思ったんだがそれも違うようでな……三年にも四年にも名前が無かった。だから、可能性としては退学になったのかと」
「退学!?」
「しっ、声が大きい!」
「あ、すみません……」
「………マグダリアが何か問題を起こしたわけでも無いだろう。問題があるとすればマグダリアを虐めていた奴だ。課外授業では上級魔物を倒し、成績ではSのはずだ」
「間違いなくS評価は取っている。詳しくは俺も調べているんだが……」
「アシュトラル、ヘンリー」
話している途中で呼ばれ、二人は後ろを振り返る。
そこには二人の担任かつ生徒指導を請け負っている教師が手招きしていた。
話を遮ってまで介入してきたということは何かを知っているかもしれないと、話の途中だがその場を離れた。
二人の担任は生徒指導室まで二人を連れて行き、扉を閉めた後防音結界を張った。
「はぁ……半信半疑だったが、フィフティが言ったとおり、探し回っているとはな……」
「! 先生、フィフティちゃんの居場所ご存じなんですか!?」
「いや、俺も今どこに居るかは知らない。ただ、昨日の休みの時にフィフティが学園に来て退学届を出しに来たとき俺もいたから知っているだけだ」
「どうして……」
「………フィフティは、フィフティ家にいられなくなったそうだ」
「「え………」」
「フィフティ家から除名され、今後は本当の名前で暮らさなくてはならなくなったそうだ」
「本当の名前って……」
「それは分からないが、フィフティが最後に“マグダリア・フィフティは死にました”と。それだけ言い残して去って行った。理事長はフィフティの能力をかって、退学届では無く特例で飛び級の卒業としたそうだ。学園を卒業しなければ、どんな職につくにせよ難航するのは目に見えているからな……」
教師の言葉に、キリュウはギュッと手を握りしめる。
「………なら、平民として街に……」
「それはどうかな?」
「え……」
「平民なら、そのままフィフティ家にいても問題は無いだろう? 平民の親だったとしても王族にはどうやっても負ける。フィフティがフィフティで居られないなら、フィフティ家以上かあるいは……」
「!! 敵国の人間……?」
「しか、考えられねぇな」
キリュウとヘンリーは頭が真っ白になった。
もし、マグダリアが自国民だったとすれば何も問題は無い。
が、敵国が残した異国民なら当然、マグダリアは強制送還。
ヘンリーはキリュウを見る。
キリュウは目を見開いたまま、固まってしまっていた。
キリュウの中で繋がってしまう。
突然切り出された別れ。
マグダリアの出自。
本当に敵国の者ならば、別れて当然。
「強制送還ならまだ優しい方だろう。だが、フィフティはこの国の魔法を知ってしまった」
ハッとヘンリーは教師の顔を見る。
「敵国に流出させてはいけない魔法まで覚えてしまっていれば、一生軟禁状態、あるいは死罪になるかもしれん」
「っ!」
キリュウが息を呑む。
マグダリアが居なくなる。
何処かで生きているならまだしも………死……
「………守ると約束した…」
「………アシュトラル…」
「………喧嘩をした……マグダリアの気持ちも考えずに……」
「………」
「だが、次に会えば話せると思っていたっ……また抱きしめられると…」
グッと奥歯を噛み締め、感情を出すのを堪えているのを見、ヘンリーも顔を俯かせる。
「………そうか、お前達は付き合っていたのか……」
「フィフティちゃんが、アシュトラルを変えてくれたんです。アシュトラルが他人を気にし、人間のように感情を出せるようになったのも、全て……」
「………会いたいか」
「当たり前だ!」
キリュウは俯いたまま声を荒げた。
「………なら、やってみるか?」
「? 何をですか?」
「秋から始める予定の魔法、時空間魔法。決めた人物の魔力を特定しその者の所に移動する魔法だ。だが、時空間魔法は危険がつきものだ。失敗すれば時空の狭間に飛ばされるか、別の場所に飛ばされるか。更に相手の魔力、もしくは相手を特定する何かを所持していないと飛べない」
「! そ、れは」
「そう。卒業試験の一つ。難易度SSSの魔法だ。ただの空間移動とは違う。毎年卒業試験を受けた四年が、半数以上失踪するという希望者のみに与えられる試験だ。授業もなし。呪文だけ教えてあとは自分で習得するしかない魔法」
「………っ」
「………」
ヘンリーは息を呑んだが、キリュウは迷わず教師に向かって手を出した。
「魔導書を寄越してもらおう」
「アシュトラル!?」
「………俺はマグダリアに会わなければならない。俺はまだ、マグダリアに謝れてもいない。離れた本当の理由を聞いていない。聞くまでは俺はマグダリアとは別れない」
「………分かった。付き合うよ。大事なアシュトラルとフィフティちゃんのためだからね」
「………すまない」
キリュウとヘンリーは教師から魔導書を貰い、その場を後にした。
「フィフティちゃんの魔力はどこにも感じない。だから、特定の物を探さないと……」
「探さなくともある」
「え?」
「俺とマグダリアの揃いのペンダントとブレスレット。これはオーダーした物だ。俺とマグダリアを繋ぐ物」
「あ、なるほど……って、それ僕使えないじゃないか……」
「俺が飛んだ後、俺の魔力をたどればいいだろ」
「その手があったか。じゃ、特訓だね!」
「………ああ」
巨大なドアの前にマグダリアは立っていた。
厳重すぎる警備、両サイドの壁にズラッと並んだ剣闘士と魔導士の間を居心地悪く通り、現在に至る。
思いっきりため息をつきたい。
でもそんな事をすれば、すぐにお縄だ。
こんな所、自分には一生来ることが出来ないと思っていた。
なのに何故…
「マグダリア・フィフティ様がご到着しました」
『………どうぞ』
中から女性の声がし、ドアを開けていく兵士。
マグダリア一人が入れるくらいになり、視線で促されたので恐る恐る入る。
ドアの敷居を跨いだところで、背後からドアを閉められた。
無性に帰りたい。
心の中でそう思った瞬間、何かに飛びつかれガンッとドアに後頭部をぶつけたマグダリア。
「ぃっ……」
「あ、ご、ごめんなさい!」
慌てて離れていくぬくもりに、マグダリアは涙目で追う。
「大丈夫?」
「全く、そそっかしいなホウメイは」
「シュウに言われたくないわよ!」
キョトンとするマグダリアの前で、ホウメイと呼ばれた女性とシュウと呼ばれた男性が話している。
置いてきぼりにされているマグダリアは、本気で帰りたくなった。
「あ、ごめんね。マナ……さ、ソファーに座って」
マグダリアは一瞬誰のことを指しているのか分からなかった。
だがマグダリアの本名だと数秒経って思い出す。
マグダリア・フィフティ。
それは、フィフティ家の両親が付けた名前。
マグダリアの本名は、
マナ・リョウラン。
ホウメイ・リョウランの第一子。
そう。
マグダリア・フィフティことマナ・リョウランは、王族の血筋と呼ばれる者ではなく、ましてや平民などではなかった。
王の血筋だったのだ。
だから、フィフティ家には居られなくなっていた。
フィフティ家に女王の印がある正式な文書が届けられたから。
フィフティの両親は、母がダリアの花が好きでマグダリアと名付けた。
ホウメイは王の血筋であり、自分の子にこの国の要になって欲しくて、魔力がマナと呼ばれているため、子の名前をマナとしたそうだ。
「………今更何で呼び戻したの……一度は捨てたくせに…」
「違うのよ、マナ、聞いて」
女王の言葉に耳を貸さず、ソファーにも座らず、顔を横に振った。
「………どうして私の本当の父親が………キリュウ様のお父様なの!!」
マグダリア……いや、マナは顔を両手で覆ってその場にしゃがみ込んだ。
ホウメイの隣に立っているシュウ・アシュトラルは現在の宰相であり、キリュウ・アシュトラルの実父であり、ホウメイとシュウは恋仲で愛人関係だと噂されている。
ホウメイは独身であり、シュウは妻子持ち。
ということは、ホウメイとシュウは愛人関係で、マナはキリュウと腹違いの兄妹だということで……
ホウメイの実子と聞いて、マナはその可能性に気づいた。
説明はされていないが、可能性は高い。
自分はキリュウと決して結ばれない………いや結ばれてはいけないんだと。
「違うの、マナ!」
「女王の子になんか生まれたくなかった! キリュウ様との恋を返してよ! キリュウ様との未来を返して………っ」
マナはキリュウを嫌いになれない。
好きなのに離れなければいけない。
キリュウに理由を知られたくない。
キリュウに他の者と一緒になるところを見られたくない。
キリュウの隣に別の誰かが立っているのを見続けるしかなくなってしまった。
そこにマグダリアの――マナの居場所は、ない。
折角キリュウが自分だけを愛してくれると言ってくれていたのに。
そのキリュウを手放さなければならないなんて。
「どうして……呼び戻すなら、キリュウ様と出会う前に呼び戻してよ! そうすれば……そうすれば……」
………恋を知らずに済んだのに……
第一章 魔導科学園篇 ここで完結になります。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
第二章の文章は、書き溜めてはいませんので、1日~2日に1話UPになるかと思います。
第二章も、読んでいただければ嬉しく思います。
2019.06.28 神野 響




