36話 実る
「ほんとに好きなんですか?私を?」
「好きだよ。やっと理解したか?いって!」
葉月が俺の手を振り落とし、胸を拳で殴り始めた。
「じゃあ何でさっき!私がどんなに勇気出してあんな恥ずかしいことしたと思ってるんですか!好きならさっさとやれば良いじゃん!ヘタレ!」
確かに、好きな女に誘われて何も出来ないヘタレだったのは確かなので、反論はしないことにした。
「いてえって。蹴るな!悪かったよ。やった後でまた兄貴にしか思えないとか言われたら立ち直れないし、取り返しがつかなくなりそうで手え出せなかったんだよ。最後は、可愛すぎて息苦しかっただけだ」
正直にそう言うと、一応葉月の手足は止まった。
「う、う、嘘ばっかり!だいたい、分かりにくいんですよ。くっついても無視しても何ともない顔してるし。ムカつくことばっかり言うし!」
どうやら俺を凹ませたり狼狽えさせたりしていた本人には、平然としている様に見えていた様だ。
「目え悪いのかお前。俺がどんだけお前に傷付けられたと思ってんだ。おぼえてろよ。で、一度は遠ざけようとして、どうして今になってやる気だしたんだ。好き過ぎて抑えきれなくなったのか?」
葉月が目を据わらせた。
「違います。あんな酷いこと言う人には気を遣う必要なんかないと思って。藤堂さんなんか貧乏に巻き込まれてしまえば良いのよ」
なるほどな。葉月の理屈が面白くて可愛かった。
「どんな呪いだよ。まあでも、俺の暴言もはいた甲斐があったってことだな」
引き続き睨まれた。
「反省してるの?」
「してるしてる。お前のこと好きだから、前の男と会ってるってことと、兄貴みたいだって言われたことにムカついて酷いこと言いました。ごめん、許して」
俺を睨んでいる目をまっすぐ覗き込んでそう言うと、再び赤く染まった頬をふくらませて目を逸らされた。
「許した?」
葉月の小さい両手を握り、指を絡めながらそう問うと、握られた自分の手を見下ろし確認した視線が揺れながら俺に戻って来た。
「しょ、しょうがない、な」
俺を意識している様子がとんでもなく可愛いので、許されたということにしよう。
「さっき、布団に立てこもる前何か言いかけてたろ?もう一回言え。今度はちゃんと聞く。ほら」
手の平を無理矢理広げさせ、さっき葉月がした様に俺の顔を挟ませた。葉月の両手を上からおさえたまま顔を思い切り寄せる。
葉月がたじろいで少し下がったが、目は揺れながら、でも俺を見ている。
さっきは近さに耐え切れず俺の方が逃げてしまったが、我慢する必要はないと確実になった今はもうどれだけ近くても問題ない。
「何て言おうとしてた?」
葉月が可愛らしい唇をきゅっと結んだ。
「なんだよお前。この期に及んで言わない気か。好きな男布団に誘って拒否られて、恥は晒し済みだろ。もう今更何言っても、あれ以上に恥ずかしいことはないから安心して言え」
「う、うるさい!」
相変わらず真っ赤な顔で俺を睨む葉月の異様な可愛さに、にやつきながら見つめていると、耐え切れなくなったのか葉月が吹き出した。
「汚いな。唾かかったぞ」
笑いながらそう言うと、葉月もちゃんと笑った。泣いてても膨れていても可愛いが、楽しそうに笑う顔は本当に可愛い。
「観念して言えよ」
葉月が、仕方ないなと言うように息を吐いた。自分の手を降ろし葉月の腰にそえたが、小さな両手の平は俺の頬を挟んだままだ。この小さな手で、懸命に弟達を支えてきたのだと思うと愛おしさが増す。
もう一度、鼻がくっつきそうなほど近くに引き寄せられる。伏せられていた瞼が、ゆっくりと開かれ、俺の目を捕らえた。
薄く透き通る柔らかい茶色の瞳が、俺の頭の中まで見たいとでも言うように覗き込んでくる。やっぱり近いときつい。顎を少し突き出せばその唇に届くなどと考え始めると、この位置のまま欲求に抗うのは非常にきつい。だがもう少しの辛抱だ。
「藤堂さん」
可愛く呼ばれ、息が唇にかかる。もう少し。
「はい」
俺のかしこまった返事に、葉月が目を細める。
「大好きです。最初あんなに意地悪だったのに、挽回できて良かったですね」
詰めていた息を吐きだす。
「ほんと、挽回できて良かったよ。ありがとう」
やっと我慢から解放される。
すぐそこにある唇を目指して顔を傾けようとすると、葉月の手の平に動きを阻まれていた。格好がつかない俺を笑う葉月の両手が、滑るように首に添えられた。
わずかに開かれた唇が、ゆっくりと近づいて来る。
惹かれてやまなかった、艶やかな肌も色の薄い清潔な唇も、全て俺のものになる。
自分からふれて、すぐに離れていこうとする葉月の唇を追う。
こちらから押し付けると、今度は啄ばむ様にしてまた離れて行く。
しっとりと柔らかな唇に奪われていた視線を上げると、恥ずかしそうにしながらも、意外に色気のある女の顔で楽しそうに笑う葉月が居た。行為中も振り回されそうな嫌な予感が若干するが、からかってやればそれに対する反応は死ぬほど可愛いに違いない。
また、葉月の唇が軽く俺のそれを食む様にする。返してやると、嬉しそうに笑い、首に腕を回しながらまた吸い付いて来る。懐いて来る可愛すぎる姿に頭が湧きそうだ。どうしてやろうかこの女。今すぐに髪に指を差し入れ、このもどかしい様な口付けを深めようか。その艶やかな肌を真っ赤に茹で上げ、息を荒げるまで、口内をむさぼってやろうか。
いや、どうせ俺は、葉月の繰り返すこの可愛らしいキスにいつまでも応え続けるのだろう。
耐え切れなくなった葉月が羞恥に頬を染めながら、どうして先に進まないんですか!と、ふくれっ面で文句を言う姿も見なければ勿体ない。
興奮と冷静さの狭間で心地好い幸せを感じながら、細くしなやかな腰を引き寄せた。
お終い
不定期な更新に長期間お付き合いいただき本当にありがとうございました。特に、連載当初から読んでくださっていた方々には感謝でいっぱいです。最終話がお気に召しますよう祈っています。後日談は今後もアップする予定です。
ブログで別の連載を開始しました。不定期更新になりますが、宜しければ読んでみてください。現代もの、女主人公、社会人、20代後半の恋愛です。
「栗栄太恋愛小説部(仮)」
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