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35話 恋


「なあ」

俺の態度のせいでまた機嫌を損ねてしまったと反省はしていたので、最初のうちは神妙に正座して呼びかけていたが、何度呼んでも反応しない。だんだん面倒になり、こっちの姿勢も態度もどんどん崩れてきている。

「いい加減こっち向け」

葉月の入った布団の塊を足で蹴る。多分尻あたりだろう。

何度呼びかけても身動きもしなかった塊が、一瞬揺れた気がした。どんどんどんと同じ場所を続けざまに蹴ると、布団の塊が大きく持ち上がり、髪をぼさぼさにした葉月が勢いよく顔を出した。

「ちょっと!何すんのよ!」

布団に頭まで突っ込んでいて暑かったのか蹴られて腹を立てているためか、頬が鮮やかなピンク色に染まっている。

「なんで笑ってるんですか!?」

俺の顔を見て更に気色ばむ。一応、さっきの情けない自分の振る舞いを詫びようとして葉月を呼んでいたことは覚えていたので、懸命に笑いを堪えようとしたが難しかった。

「いや、頭ぐちゃぐちゃだし、顔赤いし、怒ってるし」

目が座り、赤く染まった艶やかな頬が膨れていく。

「おもしれえし」

葉月が手元にあった枕を振りかぶり、俺の頭に打ちおろしてきた。予想できる動きだったので腕で遮るが、しつこい。

「止めろ。お前んちの枕中身が固いから痛いって、何が入ってんだよ」

枕を掴んで取り上げると、枕に引っ張られて葉月がついて来た。

葉月は慌てて枕を放したが、勢い余って俺の身体の上に倒れ込んできた。

すぐに離れて行こうとする葉月の両腕を捕まえると、睨まれた。その顔は本当に真っ赤で、色白で艶やかな肌の質感が際立ってとても綺麗だ。

「放してください」

「嫌だね」

即座に答えると葉月がもう一度頬を膨らませ、腕を掴まれたまま思い切りそっぽを向いた。

「こっち向けって」

しばらく間があった。

「・・・嫌だね」

不貞腐れた低い声で呟かれた台詞に、思い切り吹き出してしまった。

「真似するとこかよ。今笑わせんなよ、謝ろうとしてるんだから」

葉月がようやく、ゆっくりと面白くなさそうな顔をこっちに向けた。ほっとして、我知らずとても恥ずかしい顔をしていたのかも知れない。葉月が俺を見て一瞬目を見開いた。

唇を引きむすんで神妙な顔を作ると、葉月も短く息を吐いて、また面白くなさそうな顔をした。


「もう分かりましたから、謝らなくても良いですよ。帰ってください」

「あ?」

眉を寄せると、葉月も俺以上に顔をしかめて憎たらしい顔をした。

「私が女に見えないんでしょ?あんな綺麗な先輩とじゃ比べ物になりませんもんね。合意の上でも無理ですよね。謝られるとよけい腹立つからさっさと帰ってください」

「待て」

反論の隙もなく、余所を向いた葉月に続きをまくし立てられた。

「弟達とは今後も仲良くしてやってください。特に聡には、頼れる年上の男の人が必要だと思うから」

「何言ってんだよ。ちょっと待て」

「でも私を通さずに直接連絡取ってください」

「家に電話もないくせにどうやって聡と直接連絡取れっていうんだよ。ちょっと待てって」

滅茶苦茶睨まれた。

「藤堂さんが携帯買ってやればいいでしょ!買ってやるんなら月々の支払も責任持ってくださいね!進学用の貯金が減るのは困りますから!」

掴んでいた腕に力を込めると、俺を睨んでいた葉月の目から涙が零れた。

「落ち着け。俺の話を先に聞け」

葉月の目を覗き込んでそう言い聞かせようとするが、俺の目を避けぎゅっと瞼を閉じ俯いてしまった。

「聞きたくないんです。放してください。帰って。もう来ないで。もう、」

口を閉じてしまった葉月の腕をもう一度握りなおし、促した。

「もう、何だ」


俯いた葉月は、気持ちを落ち着けるように深く静かに息を吐くと、口を開いた。

「もう、私に優しくしないでください」

そして、顔を上げ、俺の目を見てまっすぐに微笑んだ。

「また、勘違いしちゃいますから」

濡れた頬に、ふれたくて堪らなかった。




「馬鹿か、お前」

「は、はあ!?」

引き攣った笑顔が、憤怒の表情に変化する様はものすごく面白かった。

「なんでまた笑ってるんですか!?笑う様な話じゃなかったでしょ!放せ、藤堂の馬鹿!あほ!まぬけ!あっち行け!」

立ち上がろうと中腰になり、俺に掴まれたままの両腕を振りほどこうと頑張っているが非力すぎる。

「ガキの喧嘩かよ」

「放してってば!」

足をめちゃくちゃに踏みつけ始めたので、腕を引っ張ると簡単に腕の中に倒れ込んできた。

「な!?」

葉月が変な声を出して俺の腕の中で固まった。

「先に俺の話聞けって言ったろ?」

「聞きたくないって言いました!」

間髪入れず叫ばれた。

「聞け。お前が考えてる話とは違う」

ここでまた葉月が喚き出したら同じことの繰り返しだ。もがき出した葉月を腕と脚で押さえながら矢継ぎ早に続けた。

「お前話聞かないから要点から言うぞ。好きだ」

葉月の動きが止まり、ようやく静かになった。


「うそ、だって」

「だって何だよ。嘘じゃない。好きでもないのにこんなに構う訳ないだろ」

「構ってくれてたのは、深江さんに頼まれたからでしょ?あと」

葉月がなぜか言いにくそうに言葉を切った。

「あと?」

「・・・優しいから」

布団にもぐっていたせいでもつれたままだったフワフワの髪をちょっと手で梳いてみた。これは簡単には元に戻らないぞ。両手を使って解き始めたが、腕が解かれても葉月は逃げなかった。

「ふうん、優しいから俺のことが好きなんだな?」

葉月が真っ赤な顔を上げて俺を睨んだ。

「勘違いしただけです。もう好きじゃないから気にしないでください。ちょっと、大変だったから寄りかかっちゃいましたけど、これからはもう、藤堂さんなしでも大丈夫ですから」

強がる様子が可愛くて笑っていると、苦い顔をされた。

「まあ、なしでも大丈夫だろうけど、俺がいた方が嬉しいだろ?」

仏頂面で目を逸らし沈黙だ。

「お前こそ、何で俺のこと好きなのに、兄貴みたいだなんて言ったんだよ。あれあからさまに牽制だっただろ?あれのせいで、俺はお前が何考えてんのか分からなくなったんだぞ」

責める俺の口調に、葉月が目を逸らしたまま唇を尖らせた。

「だって、藤堂さん優しいからどんどん聡たちに絆されてきてるみたいだったし、深江さんに頼まれただけなのに、うちの事情に巻きこんじゃ気の毒だと思って。このままじゃ藤堂さんの休みもお給料も、私達が全部食べちゃいそうだったでしょ」

くだらない、葉月らしい理由だ。

「お前はそれで良かったのか?あの時はまだ、俺のことどうでも良かった訳?」

まだ赤かった葉月が一層赤くなった。

「いいえ?大好きでしたけど?悪い?」

膨れる真っ赤な頬を両手で挟んで潰した。

「いや?全然悪くないな。可愛いよ」

歯が浮く。しかし恥ずかしさに耐えた甲斐あって、手の間から葉月が気まずげに俺を見上げた。






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