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ある日、子どもが不登校になりまして  作者: 千東風子


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13 中学三年生の十月

 

 中学三年生の十月

 進路



 娘には同じ部活で仲の良い友達がいる。残念ながら三年生でクラスが離れてしまったけれど、放課後たまに二人で過ごしているようだ。その友達も体調を崩して登校がまばらだ。

 そんな二人は高校についての情報交換をずっとしていたらしいが、その友達が公立でも私立でも全日制の高校は無理だと判断し、サポート校のある通信制の高校を志望する意志を固めた。


 もうそんな時期。そう、来月早々の三者面談では進路の意志確認が行われるのだ。


 娘自身も全日制は無理だと思っているが、ではどこなら行けるか? という段階で思考が停止しているようだった。一応、私が取り寄せたたくさんの資料やネットで検索をして調べてはいたが、未来がまるで想像できないようで、娘はただ立ち尽くしていた。


 自分の体調や都合で勉強時間に融通がきくのが通信制の良いところだと思う。一方で、家で寝転んでいるところを自分で「さあ学校の時間だ」と切り替えるのは非常に難しいことだとも思う。

 午前中に体調不良であることを踏まえて、定時制の公立高校はどうだろうかと私は考えていた。午後の部や夜間の部があるので、朝から通学しなくていい。定期的に学校に行くという習慣は、体調を整える上でも精神的なものでも必要だと考えていた。

 通信制の高校でも、動画や教科書で自己学習してレポートを提出し、決められた日数のスクーリングに出席してテストを受ける従来の形や、通信制だけど週に何日か通学するコースなど、多種多様な学校が存在していた。

 探すだけでも一苦労、調べるのはもっと大変、決め手を考えるのはもっともっとしんどい。


 資料を何度も読み、いくつか実際に見学に行ったが、娘はいまいちピンとこないようだった。

 私がすすめた定時制は、「制服がちょっと……」と弾かれた。思春期め。

 ……私自身うん十年前、セーラー服が着たいと高校を選んだので何も言えず。


 あーでもない、こーでもないとは言うけれど、娘から「ここに行きたい」という言葉は出ず。「この中ならここかなぁ」止まりで、話し合っては保留の日々。三者面談前にはある程度しぼらなければならない。見学も予約制でホイホイ行けるわけでもなく、決断のリミットは迫っていた。


 だが、物事というものは動き始めるとあっという間に転がることがあるもので。


 娘の友達が志望校を決めて、申し込んだのだ。

 サポート校のある私立の通信制高校。とても特色のある学校で、どちらかというとサポート校での学習がメインで、専門学校のように調理やメイク、ゲームやアニメーターやまんがなどの多種多様なコースがある。毎日サポート校の方へ通学し、平行して高校の授業を通信で受ける形だ。サポート校と高校が連携しているので、高校の授業のサポートももちろんある。

 何より、そのサポート校に合格すると、通信制の高校も同時に合格となるのだ。


「ここを受けたい」


 ようやっと娘からその一言が出た。

 友達とは学ぶコースが違うが、娘が自分で選んだコース。

 一歩、踏み出した。


 私が取り寄せた資料には、その通信制高校はあったけれどサポート校の資料はなかったので、超特急で資料を請求し、Zoomの遠隔ガイダンスの空き枠を直近で申し込んだ。入試は既に段階的に始まっており、AO入試では国語などの一般科目の試験はなく、小論文かコース独自の課題を提出して面接を受けて合否が決まる。


 友達は既に面接日も決まり、課題の小論文も提出したようだった。それが娘の背中を押してくれたようだ。


 ガイダンスを受けた時に、受験が終了するまでの窓口としてサポート校の人が担当についてくれたので、娘の気が変わらないうちに、できる限りの最速で面接までの日程を組んでもらうようお願いした。

 進路希望はここ一本です! というこちらの勢いに押されたのか、AO入試の合格者枠は人数が決まっていて先着順で埋まっていくので、担当さんが面接官の時間をやりくりして娘の予定を入れてくれた。

 なんと友達と同じ日だった。


 トントン拍子に話が進んだが、突発的にネガティブキャンペーンが始まる娘のことだから、もう少ししたら怖じ気づいて「やっぱやめるぅ」と言い出しかねない。そう思って、大きな仕事に取り組む時のような勢いで手続きしていたのだが、案の定、受験の申し込みの段階で「やっぱやめようかな。受からなかったら病むし」と娘が言い出した。


 うん、言うと思ったよ。

 でもね、娘よ。

 受けなきゃ受かるものも受からねぇんだわ。


 さあ、面接日が決まったから受験申し込みに必要な証明写真を撮りに近所のボックス写真機まで夜の散歩をしに行こう。私が部屋の壁を背景に撮ってあげるって言ったのに、秒で断りやがって。私がそうやって撮ったマイナンバーカードの写真に未だに文句言っているもんな。

 あとは証明写真のデータさえあれば申し込めるんだから行くぞ、と連れ出した。


 おまえの退路に立ちはだかる母に勝てるくらいの気概を持って「やめる」ならそれもまた良しだ。でも、そこまでじゃないなら、前に進んでほしい。

 十五年前、腕の中にすっぽりおさまっていた赤ちゃんがもう高校生になる。義務教育が終了して、これからは自分の足で進んでいくことを意識しなければならない。親は不老不死じゃないから。


 証明写真がうまく撮れたのもあって(思春期め)、カウンセリングの先生仕込みのポジティブワードを駆使した私の説得に、あっさりと「じゃあ受ける」となった娘……チョロくてかわいいな。


 中学校の担任に進路と受験の報告をとりあえず電話で行い、別室に登校しながら面接指導を受け、AO入試の課題を提出し、あっという間に十月下旬の面接の日を迎えた。


 保護者と一緒にサポート校の校舎に来るように指定され、娘のみ別室に連れて行かれて私は待合室で待機。

 ただ着いてきただけの私の手と足と脇の汗が止まらない。面接を受けている娘はどれほどの気持ちか。


 二十分ほどで戻った娘は疲労困憊だったが、とりあえずホッとした顔をしていた。もう、この経験だけでも受けて良かったと思った。


 担当さんから今後の流れの説明を娘と一緒に受ける。保護者はこのためだけに同行したようなものだ。

 合否は約一週間後に郵送されるとのこと。(はっや)

 合格したら行う手続きの説明と、AO入試が不合格だった場合、年明けの一般入試に申し込むことができることなど、細かく説明を受けた。

 もし今回が不合格でも、次のチャンスがある。娘はその話を聞きながら、今更ながら自分の進路について実感が湧いてきていたようだった。遅くね? とは言わないでおいた。


 そわそわしながら一週間後を待つ。

 面接を受けたのは日曜日。土日は郵便の配達がないから、早くても翌週の月曜日以降になるだろうと思っていた。

 土曜日は用事があって、私は朝から出かけていたのだが、娘からメールで「なんか受けた学校から来たんだけど……」と写真が送られてきた。


 レターパック! 土日も届くやつ! そう来たか!

 家には娘が一人。今開けてもいいし、私が帰ってから一緒に開けてもいいよと伝えると、一分後に写真が送られてきた。


 合格通知書だった。

 不覚にも出先で泣きそうになった。


 三者面談を控えて、進路を考えあぐねていた今月初め。

 友達の志望校を聞いて、調べて自分も受けると言い、うだうだ言いながらも入試の課題をつくり、面接に向け取り組んで受験し、合格をもらった今月終わり。


 怒濤のようなこの一月で、こうして娘の進路は決まったのだった。







 進路は何も子どものことだけではない。

 娘の進学先が決まったことで、私は今年度での退職を決断した。

 ようやく未来を思い描けるようになった娘に何をしてやれるだろうかと考えた時、今までは仕事で家にいない母だったけれど、朝も夕も夜も家にいる存在になろうと思った。高校生活は娘の人生の転機となるだろうし、上の娘も就職するので、できる限りサポートしたい。

 家にいることが子どたちにとってプラスになるかは分からないけれど、春からはただ家にいて、そばにいようと思う。


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