八十二話 誰かの正義と誰かの悪と
* * * *
その昔、神に創造された始まりの人間がいた。名を、アダムとイヴ。
彼らは、完全な人間として〝楽園〟に生まれ落ちた存在だった。
ある時、〝楽園〟とは異なる場所で、多くの人間が生まれた。
アダムとイヴは彼らを慈しんだ。
己らと同じ人間として。
同胞として。
家族として。
しかし、彼らは始まりの人間であったアダム達とは違った。
彼らは、不完全な存在だった。
次第に彼らの中で育まれる負の感情。
憎悪と嫌悪。
他者を貶め、己の欲を叶える事を是とする。
欲に流れる人間が多く生まれる事となった。
アダムとイヴは嘆いた。
己らの同胞であり、家族でもある彼らが陥れ合う行為は見ていられなかった。
だから、イヴは考えた。
己が、彼らの負の感情を引き取れば、誰も不幸にならないで済むのではと。
そうすれば、誰もが幸せになれる素敵な世界が訪れるのだと。
しかし、それが破滅の始まりだった。
完全な人間であったイヴの力を以てしても、彼らの負の感情の全てを引き受ける事は出来なかった。
そして彼女は、引き受けた負の感情に苛まれ、蝕まれ、苦しめられ、果てに、地上に災厄を撒き散らす蚕食者となった。
アダムは後悔した。
何故あの時、己は止めなかったのか。
ひたすらに。ひたすらに。
やがて彼は選択を迫られた。
悪神と化したイヴを止められるのはアダムただ一人。放っておく訳にはいかない。
しかし、多くの負の感情を引き受けたイヴを正気に戻す方法を模索したものの、アダムにはその方法が見つけられなかった。
だから、止めたくばイヴを殺すしかなかった。
けれど、アダムは出来なかった。
かつての面影を失ったとはいえ、誰もが幸せになれる世界を願ったイヴを殺すなどという事は出来なかった。
だから彼は、己の力を使い尽くしてでも、イヴを助けられる可能性が僅かであっても残っている道を選んだ。
気が遠くなる程の時間、〝楽園〟に閉じ籠る事しか出来ない身体になろうと、イヴを救えるのなら。
そう思い、彼は世界にダンジョンを創り、光の届かない奥底の深淵にイヴを封じる形で閉じ込めた。
人々を苦しめた悪神と呼ばれるイヴを、いつか助ける為に。
易きに流れない確固たる信念と願いを抱いた強き人間が訪れる事を、待ち望んで。
* * * *
「だからもし、ローザ・アルハティア。お前の言葉が本当であるならば、ここは限りなく〝死地〟に近いだろう」
顔を歪め、退路を確認するベスケット。
しかし、悲壮な面持ちで紡がれた言葉に同調する声はやって来ない。
それどころか、全く逆の感情を孕んだ声音が彼女の鼓膜を揺らす。
「ンなもん、今更だな」
オーネストの声だった。
「何より、『絶対に勝てる』戦い程、つまんねえもンもねえだろ。負けるかもしれない。そのぐれえで丁度いいンだよ。じゃねえと楽しくねえだろ。じゃねえと、なんでオレさま達が〝最強〟を目指してンのか。その意味すらもなくなっちまう」
きっとその戦闘狂のような想いを抱いているのは、オーネストただ一人だろう。
事実、お前と一緒にすんなと言わんばかりに、冷ややかな視線をクラシアとヨルハはオーネストに向けていた。
ただ、決して死を望んでいる訳ではないが、オーネストの言うようにそれでは確かに、目指す価値のないもののように思えるのもまた事実。
「それに、折角Sランクになったってのに【アルカナ】じゃなくてこっち押し付けられたンだ。尻尾巻いて逃げ出したとあれば、〝ロキ〟を始めとした連中に笑われちまう。だから────ぶっ潰す。なぁに心配すんな、俺らに出来ねえ事はねえよ。今までも。そして、これからも。そうだろ? アレク」
「……。まぁな」
こんな状況にあって尚、嬉々とした笑みを獰猛に浮かべるオーネストの言葉に俺は、溜息を挟みながらも同調した。
そうだ。
俺ら四人が揃ってる限り、負けはない。
「それに、ヨルハは気にしてないと言ってたけど、家族の事を探していたのは俺も知ってる」
学院時代に、そういった素振りはあえて見せないようにしていたヨルハの様子が思い起こされる。
だから。
「ヨルハの兄の事を知ってるリクに、洗いざらい吐いて貰わないといけないしな」
「はぁん。なら尚更、ぶっ潰してやらねえと」
────兄は死んだ。
殆ど面識のない人間とはいえ、そう聞かされてから目に見えて気落ちした様子で口数が減っていたヨルハが、俺の言葉を前にして慌て出す。
「ボクはそんな」
などと口にしているが側にいたクラシアに、結構分かりやすかったわよ? と指摘を受けて地味にショックを受けていた。
本人としては、綺麗に隠せているつもりだったのだろう。
「あぁ、それとアレク」
「ん?」
「これ。エルダスって奴から預かってンぜ」
誰からと聞くまでもなく名前をバラしながら、オーネストがブレスレットを俺に手渡してきた。
確認をするまでもなく、これは〝古代遺物〟。
でも、俺にとってその〝古代遺物〟は他の物とは異なる意味を持ったものだった。
故に、動揺を隠し切れなかった。
「……なんでこれを、エルダスが」
これは────形見だ。
親父が後生大事に持っていた母の形見。
俺はそう聞いていた。
故に、どうしてこれをエルダスが持っているのかと、疑問に苛まれる。
だけど。
「質問は全部、エルダスってやつに投げつけちまえ。全てが終わったら、捕まえるのは手伝ってやっからよ」
エルダスが逃げる事を前提に話を続けるオーネストの言葉に、「そうだな」と同意して疑問を頭の隅へと追いやる。
渡されたブレスレットを俺は無くさないようにと手首に嵌めた。
「取り敢えず、あれをどうにかしちまおうぜ」
視線の先には、シュガムと戦った際に乱入してきた〝異形〟の化物。
彼が〝人工魔人〟と呼んだ化物が数えるのが馬鹿らしくなるほど存在していた。
見た事のない触手のような化物までもが、彼方此方から姿を覗かせ、蠢いている。
そして、俺達が視線を向けた直後、唐突に声が聞こえてきた。
「────酷いじゃないか。私の折角の忠告を無視するだなんて」
おどろおどろしく響くそれは、まるで怨霊が発する怨嗟の声のように思えた。
声が聞こえてきた先には、見た事のない面貌の男がいた。
痛々しいまでの火傷痕が刻まれた、男性。
俺の目から見て判別出来るのはそれだけ。
身体中が闇色の靄に侵蝕されており、顔の大部分も得体の知れない闇に犯されている。
あまりに悍ましく、異様に過ぎた。
さながらそれは、呪われ人のよう。
だが、顔貌は違えど、声から判断出来る。
何より彼は、オウィディの耳飾りを身に付けていた。とすれば、彼こそがリクの本来の姿なのだろう。
だけど、俺達の姿を見て愚かであるとばかりに浅ましく嘲笑うその声音は、俺にはリクのものとは思えなかった。
下品に歪む面貌は、物語に出てくる悪魔を想起させた。
「案の定と言うべきか。あいつ、呑まれかけているな」
「……呑まれるって、どういう事。ベスケットさん」
「儀式の本質は、別の神を引き摺り下ろす事。過程とはいえ、紛れもなくその身に神を降ろすんだ。ノーリスクで降ろした神の力を使える訳がない」
ヨルハの問いに、ベスケットは答える。
仮にも神と呼ばれている存在だ。
膨大過ぎる力に呑まれて自我を失う。
そのくらいのリスクは当然、あるだろう。
そしてリクはその狭間にいると指摘がされた。
事実、今のリクにかつて言葉を交わした時の理知的さや、温厚さは何処にも見当たらない。
「……生憎、自分の意思でやって来た訳じゃない。ただ、だからといって引き返すつもりもないんだけどな」
俺の意思とは関係なしに、ダンジョンにたどり着いてしまった。
それは、紛れもない事実だ。
「しかし、こいつか。こいつが今回の一件の元凶で、僕の頭をアフロにしてくれやがった奴か。僕は人間と聞いていたけど、随分と化物染みたナリをしてるんだねえ」
青筋を浮かべながら、ライナが割り込んだ。
リクに唯一私怨を持つライナとしては、目にしたからには恨言の一つや二つ、言わなければ気が済まなかったのだろう。
「とはいえ、僕はもう少し君が真面な人間だと思ってたんだけどね。少なくとも、そこらの〝闇ギルド連中〟とは違う人種だと」
だが、叫び散らすのかと思えばライナはそうはしなかった。
どころか、本来あった筈の怒りは何故か萎えているようにも見えた。
「悪人の中には、偶にそういう奴がいる。信念の為に己の全てを徹底的に使い潰すようなばかな悪人ってやつが。ローザちゃんから話を聞いて、僕は君がそっちの人間だと思ってた。だから、腹は立ってたけど、一発ぶん殴るくらいに留めようと考えてたけど……どうやら違ったみたいだ」
その理由が、語られる。
「守ろうとしていた筈の人間にさえも殺意を向けて。力に呑まれて醜悪に笑って。結局、君は何がしたかったんだよ。神を殺すと宣って、何がしたかったんだよ。〝闇ギルド〟の連中みたく、無秩序な自由勝手出来る世界を? それとも、君自身が神に成り────」
成り代わりでもしたかったのか。
恐らく、ライナはそう言おうとした。
けれど、それを口にされる事はなかった。
その理由は強引に遮られたから。
「ふざけるなよ」
「が、っ、ぁッ!?」
遠くにいた筈のリクの姿が、すぐ側に。
いつの間にか伸びた手はライナの首を捉え、片手で軽々と持ち上げながら容赦なく締め付けていた。
無拍子かつ、無音の移動。
その人間を辞めたような挙動を前に、ぶわりと汗腺が一瞬にして開いた。
そして、生まれた硬直を利用してリクはここぞとばかりに言葉を吐き散らす。
「私が、神に成り代わるだと? そんな訳が、あるか。あるものか……ッ!! 私の全てを奪い尽くしたアレと私を一緒くたにするな……ッ!! そもそもあれは神でもなんでもない。ただ、人の生を弄び、狂わせるだけの害でしかない!! あのクソどもによって〝望む者〟に仕立て上げられた者の末路をお前らは知っているのか!? そして、その〝望む者〟というクソどもが作り上げたシステムに狂わされた人間をお前らは何人知っている!? あれは悪であり、害だ!! その苦しみに囚われ続けた私が、憎しみの対象でしかない神に成り代わるだと……!?」
それは、魂の慟哭のように思えた。
ライナの言葉はリクにとっての逆鱗に触れるものであったのだろう。
先程とは異なって無感情だった筈の瞳は限界まで見開かれ、確かな憤怒の色がその奥に湛えられていた。
捲し立てるように紡がれるその言葉ひとつ一つに、どうしようもなく感情が込められていた。
「オー、ネストっ……!!」
「分かってらぁな!!」
オーネストが応じる。
俺は〝魔力剣〟を。
オーネストは槍を手に、ライナを助けるべく飛び掛かかった。
「……お前達は、何も分かっていない」
怒りと悲壮と。
綯い交ぜになった感情は混濁となり、それらを湛えた瞳が俺達を強く見据える。
だが、ライナへの興味はすぐに無くなったのか。
刃がリクの肌を掠めるところで、リクは乱暴にライナから手を離して距離を取った。
「……この世界が腐り切っている事実に、何故気付かない。まるで無関係な人間であるならば、仕方がないだろう。その無知を、私は羨みこそすれど責めはしない。だが、お前や、グランの妹は違う筈だ。なのに何故、私の邪魔をする……ッ!!!」
ライナへの怒りが、俺への怒りに塗り替わる。
「お前の母が死んだ理由は、〝望む者〟というシステムが存在しているからだ!! お前の兄が死んだ理由は、〝望む者〟というシステムを悪用する連中に、利用されたからだ!! 私が全てを失った理由は、〝望む者〟という存在があったからだ!!」
取り繕いをせず、言葉で訴えてくるそれは、心が張り上げる悲鳴のようであった。
「……その元凶を作ったのが、神と呼ばれる存在だ。それが罷り通っているのが、この世界だ。それでも尚、お前達は私を止めるか」
それが最終通告の言葉のように思えたのは、きっと俺の勘違いではないのだろう。
「────だから、僕は会わなくちゃいけない。そのシステムを作り上げた存在に、会わなくてはいけない」
らしくない口調で紡がれるソレは、ローザの声。
まるでエルダスが言ったかのような物言いだった。
「漸く、その言葉の意味が分かった。あの問題児は、だからそう言っていたのか。だから、平民と貴族の仲を取り持とうとしたのか。第二の己が生まれない為に。その為に、ダンジョンを一刻も早く攻略して元を断つ為に」
全く以てあいつらしい。
言葉はそう締め括られる。
「ふはっ、ははは!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
だが、ローザの代弁に対する返事は、割れんばかりの哄笑。
腹を抱え、肩を揺すり、おかしくて仕方がないとばかりにリクは哂う。
「……は、ははっ。会ってどうする。会ってどうなる。謝罪をされれば全てを水に流すつもりか? 人智を超えた力で生き返らせて貰い、それで許すつもりか? 言い包められに向かうつもりか? ならば、エルダス・ミヘイラは聖人だ。もっとも、〝どがつく程の馬鹿〟という意味での聖人であるがな」
長い長い哄笑。
やがて迎えた終わりと同時、先程までの高揚とした感情はなりを潜め、静かな怒りと共に言葉が紡がれる。
「……もしかすれば、神が〝望む者〟と呼ばれるシステムを創造したソコに、真っ当な理由があったのかもしれない。だが、私にそれは最早関係がない。たとえどのような理由があっても、どのような大義があり、正義があり、仕方なく、避けられない事であったとしても、私はこの考えを曲げる事は最早出来ない。世界を壊し、神を殺す。そしてそれを利用したクソどもを殺す。何を犠牲にしてでも、成し遂げる。これは、絶対だ」
説得は不可能。
それは考えるまでもなくその場にいた人間、全員が理解させられる。
埋められない決定的な差異があった。
彼にとっての譲れない大義は、生い立ちを考えれば「最悪」の結果を齎すものと理解して尚、僅かながら仕方がないと思えてしまう。
ある意味で、正しいものであった。
己のような人間を生み出さない為。
もう二度と、同じ事が繰り返されないようにその元を断つ。
だから、この世界そのものを。神を殺す。
少なくとも、共感は出来ずとも、理解は出来る程には真っ当な動機で、理由であった。
「……だから、殺すのか」
打ちのめされて。絶望に叩き落とされて。また、打ちのめされて。失って。嘆いて。喘いで。また、打ちのめされて。
最後には、何もかもを犠牲にしてでも元凶を殺すという選択肢しか掴めなかった人間。
それが、リクという人間だった。
「だから、関係のない人間さえもを殺すのかよ」
「そうするしかなかった」
浮遊する〝人工魔人〟を見遣りながら告げる俺の言葉に、逡巡なくリクは言葉を返した。
誰かの為に。
己と同じ境遇の人間をこれ以上、生み出さない為に。
そんな真っ当な理由から始まった狂行に、俺は悲嘆の感情が隠し切れなかった。
己の死を顧みていない事は明らか。
それすらも押し通し、貫かんとする目的は突き詰めれば誰かの為に──そこに帰結する。
人倫に反した行為を肯定してしまえるだけの理由が彼の中にはあった。
「私が私である限り、のうのうと生きる事はあり得ない。生かされた私は、家族の無念を晴らす〝義務〟がある。そのせいで、何を失う事になろうとも、私は果たさねばならないんだ」
それが、最後だった。
語るべき事は全て語った。
そう言わんばかりに、リクは閉口。
────何かが、来る。
その場の誰もが同じ感想を抱いたと認識した瞬間だった。
「ベスケット・イアリッッ!!!」
ローザが叫ぶ。
「……分かってる。言われずとも、既にもう〝視た〟後だ。あぁ、クソ。これだから〝天才〟どもの頭を覗くのは嫌なんだ……!!」
ツゥ、とベスケットの頬を赤い液体が伝う。
両の目から垂れ出るそれは、鮮血だった。
思考を覗き見た代償、といったところだろうか。
「いいか!! そいつは、まだ完全じゃない!! まだ〝神降ろし〟は成ってない!! それだけは止めろ!! そうなると、本当に打つ手がなくなる!!! だから、止めるなら核を壊すしかない!! 依代はあの火傷男だが、核はもっと奥に隠されてある!!」
大声で叫ぶ。
何を〝視た〟のか。
詳細な説明は省かれる。
けれど、その尋常でない様子から、それだけは何があっても避けなければならない事は伝わった。
「……面倒だな」
ベスケットを知らなかったのか。
はたまた、顔と名前が一致しなかったのか。
この状況に首を突っ込んでくる人間とは思っておらず、ハナから選択肢から除外してたのか。
真偽の程は分からないが、リクの殺意がベスケットへと向けられた。
「レガス、ライナ」
「んぉ?」
「うん?」
「……その核とやらまで、ベスケットを護衛しろ。核の場所が分かるのは恐らくベスケット一人だけだ」
そこにローザが入っていない理由は明らか。
リクを止める人間が必要だから。
そしてその役目は、失敗する訳にはいかない。だから、ローザも。という事なのだろう。
瞬時に理解したレガスとライナは、それ以上の言葉を紡ぐ事なく首肯。
そして、血を拭うベスケットの護衛を務めようとして。
「おいおい、おどれら、俺の楽しみを奪わねえでくれよ。神様とやらと、戦ってみてえ。その為にこちとら身体に鞭打ってやって来たってのによぉ~~!!!」
平な靴底と、地面を擦り鳴らす独特な音。
まるでサンダルのような足音と、忘れもしない好戦的過ぎる男の声。
ベスケットの行先を遮るように、どこからともなく現れたその男の名を、
「シュガム……ッ!!!」
サングラスはひび割れ、辛うじて原型を留めている。ただ、最後に見た時よりも随分と傷が増えていた。応急処置はなされているが、こうして立って歩いている事自体が異様だった。
だが、平然とした彼のその表情は、決して強がりとは思えない。
「……やはり仕留め損なっていたか」
ベスケットが舌打ちを一つ。
どうする、と頭の中で思考を巡らせているのか。渋面を浮かべる彼女だったが、そこに更に立ち塞がる影が一つ。
「先行けよ、ビスケット。こいつはオレさまが貰っといてやっからよ」
シュガムに相対する形で割り込んだオーネストが、槍を構えながら破顔した。
「あの時のケリをつける良い機会だ。何より、オレさまは元々、こいつを相手にする役割だったろうが」
消化不良で終わった〝武闘宴〟での一件。
それを持ち出しつつ、本来の役目をこなすだけであるとオーネストは言う。
「……おい、オーネスト。そいつは」
「アレクはあの火傷野郎に集中しとけや。魔法師の相手はお前で、近接はオレさま。だろ? 心配すンな。近接なら、オレさまは負けねえよ。何があろうと、負けはしねえ。それはてめえが一番、分かってンだろ」
「ああなったバカは、なにを言っても聞きやしないわ」
真っ先にクラシアが諦めの言葉をもらす。
オーネストの性格は俺達のよく知るところでもあるし、それがもっともである事も分かる。
だけど、シュガムは俺達が四人がかりでやっとだった人間。
せめて、俺達が引き出した情報の共有くらいは────。
「……随分と威勢がいいなぁ~~!? だが、邪魔をするってんなら仕方ねえ。障害として退かせて貰うぜぇ……今度は、容赦なくな」
それが始動の合図。
枯れろよ────〝狂華月〟。
声にならなかった言葉。
読唇で、その言葉を判断。
刃を突き立てるという行為すら省いて、それは行使される。
同時、思い起こされるかつてのやり取り。
シュガムは戦闘の際、己の〝アーティファクト〟は、血に関係したものと口にしていた。
今のシュガムは、血だらけの状態。
だから、まずいと思って援護に入ろうとして。
「〝竜戰────」
ぶぉん、とひと薙ぎを挟み、戦闘態勢へ。
大気に走った紫の軌跡が薄れ消えゆくと同時、這い出てくる屍兵。
その数はやはり、あの時よりもずっと多かった。だがその懸念は。
「────『竜閃華』〟────!」
オーネストが槍を突き出した直後に消え失せた。
まるで竜の咆哮を思わせるような颶風が吹き荒れたと知覚した時には既に、姿を覗かせていた屍兵は軒並み、首と身体が分断されていた。
華の花弁のような攻撃が無数に打ち出され、それが一瞬で場を席巻した筈の屍兵、全ての首を刈り取った。
流石にローザが教えて貰えと言うだけあって、とんでもない技だった。
それでもおそらく、まだ一部なのだろう。
「容赦なくっつー割には随分と生ぬりぃ攻撃じゃねえか。ええ!? 〝伝承遺物保持者〟の名が泣くぜ? それじゃあよぉ?」
槍を背負い、余裕をこれでもかと言わんばかりに見せつけながらオーネストは煽る。
言葉はなかったが、こっちの事を心配する暇があったら、とっとと終わらせろ。
そう言われているようであって。
否、事実そうなのだろう。
「……無駄話は終わったか? なら、早く私の方を手伝え。正直、かなりキツい」
俺がオーネストに心配を向けている間、リクの動きを止めてくれていたローザがらしくない弱音を漏らす。
直後、「〝五色爆弾〟!!!!」というけたたましい叫び声と共に、色とりどりの爆発があちこちで生まれた。轟音は、これでもかとばかりに鳴り響き始めていた。
「それと、向こうの心配もいらん。レガスの能は、姿を変える事だけじゃない。あの変な化物程度なら、ライナ抜きでも問題はない筈だ」
「……となると、リクの足止めか。今日は時間稼ぎをしてばっかだな」
シュガムの足止めも生きた心地がしなかったが、リクもリクで大差はない。
「だけどまあ、今は文句を言ってる場合じゃないか」
戦士には戦士を。
魔法師には魔法師を。
役割分担をするならば、俺とローザがリクの相手をする事は決定事項だった。
その上で時間稼ぎをするならば、サポートに特化したヨルハとクラシアが必要。
結局、この振り分けがベストである事は俺も理解出来るところであった。
だから、文句を言ってる場合じゃないと、邪念を頭の隅に追いやる。
「そういう事だ。文句があるなら後で存分に聞いてやる────お前らのパーティーリーダーがな」
「そこでボクに振るっ!? あぁもうっ、取り敢えず魔法掛けるよッ、付与魔法!!!」
他人任せ気質は相変わらず。
張り詰めた空気が、その一言で緩和させられる。
「取り敢えず、魔法を展開しておけ。後は私が適当に合わせておく」
「適当って……」
この状況にあって、適当などと気の抜けた発言をするローザにクラシアは呆れる。
だけど、この魔法学院の元教師が、とんでもない規格外である事を俺達は知ってる。
というより、思い知らされている。
俺に魔法の基礎を教えたのは、エルダス。
才能は、恐らく母。
親父は魔法なんてもんは殆ど使えねえよと言っていたから。
そして、魔法の適性が殆どなかったオーネストを除いて、俺達に魔法を教えてくれたのは他でもないこのローザ・アルハティアだ。
言われるがまま、リクの動きを止める為にずらりと俺が魔法陣を展開するや否や、合わせるようにローザも魔法を展開。
そして。
「〝多段術式──複合魔法〟」
調整が僅かでも狂えば暴発する多段術式に、こちらもズレが生じれば魔法陣ごと霧散する複合魔法術。
それらを同時に。
ローザは成功させ行使した。









