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味方が弱すぎて補助魔法に徹していた宮廷魔法師、追放されて最強を目指す  作者: アルト/遥月@【アニメ】補助魔法 10/4配信スタート!
三章

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七十五話 〝人形師〟

 そして、俺とシュガムの戦いが本格化する────そう、思われた時。

 星が照らす光より更に眩く、乱立する轟雷を強引にシュガムへ向けて降らす直前に、声がやって来た。

 それは、研ぎ澄ました感覚器全てをシュガムに向けていて尚、鼓膜を確かに揺らした。

 「異様」と称して差し支えない程に、よく通る声音であった。



「お二人共、人形劇(、、、)はお好きかな?」



 そこで、俺とシュガムの動きが一時停止した。その理由は、俺達以外の声が聞こえて来たからではない。

 俺達を囲うように、周囲一帯から一斉に殺気と気配がぶわりと膨らんだから。


「────〝幕、上ガレ(オン・ステージ)〟────」


 そして、俺はその声の主の正体を看破した。

 かつて、王立魔法学院で、〝人形師〟の異名で呼ばれた一人の人間がいた。

 俺にとって先輩にあたる人物。


 名をライナ・アスヴェルド。


「そこのアレク君は僕の後輩なんだよ。あんまり虐めてあげないで欲しいなあ?」


 ────〝絡繰人形劇(マリオネット)〟────。


 そう小さく呟きながら、ライナは不敵に笑うと同時、一瞬にして降って湧いた膨大な殺気の正体が判明する。

 気付けば周囲一帯に能面の人形が此方に焦点を合わし、宙に浮かんでいた。


「……成る程なあ。新手っつーわけか。だが、妙だな。おどれ、どこから湧いて出やがった?」


 ライナの登場により、警戒心を向けているのか。

 攻めの姿勢を貫いていた筈のシュガムは動きを止め、ライナに向かって怪訝そうに問い掛ける。


 確かに周囲にそれらしき気配は一切なかった。気配を完全に殺す手段をライナが持っているとは聞いていないし、何よりその場合なら、ローザがいた時に既にライナは姿を現していただろう。


「二年近く前に意気投合した魔法師から運良く便利な魔法を教えて貰ってね。それを使ったのさ。秘匿魔法ではあるみたいだけど、そいつ曰くバレなきゃ問題ないらしい」


 くくく、と面白おかしそうにライナは喉を震わせる。

 ちょうどその時。

 俺の脳内で唐突に、お調子もので、終始ぎゃははは!!と笑いながら人を食ったような態度を貫くマッシュヘアの補助魔法師が、「いぇい」と、ピースサインをしながら笑う図が浮かんだ。


「…………。ちょっ、それロキだろ! その魔法師ロキだろ! ライナさん!!」


 とすると、ライナが使った魔法は〝転移魔法(テレポート)〟か。

 ……いや、でも、〝転移魔法(テレポート)〟は、目印のある場所に転移出来る魔法。

 偶然、こんな場所に目印を付けていたのだろうか?


「やっぱり分かっちゃう? あぁ、あと、転移についてはローザちゃんに言われてアレク君の側に人形をつけてたんだよ。人形そのものに陣を組み込んでたってわけ。まぁ、本当はもっと早くに助けに向かいたかったんだけど、」


 そこで言葉が切れる。

 水気の感じられる髪を手で押さえながら、


「あの爆発アフロヘアをどうにかするのに、意外と時間掛かっちゃってさあ。あっはっはっはっは!!」

「…………」


 何か深刻な事情でもあったのかと一瞬、悩んだ時間を返して欲しくなる返事だった。


「とはいえ、相性がアレでも時間稼ぎくらいなら一人でもそれなりに出来たでしょ。君ならさ」


 そういう事情ならば、もっと早くに駆け付けてきて欲しかった。

 視線で訴え掛ける俺の内心を見透かしてか。

 返ってくるその言葉は、信頼の表れのようなものであった。


「それと、レガスにはオーネスト君を呼びに行かせてる」


 嗚呼、そうか。

 俺の側に人形を付けていたのなら、オーネストが今どこにいるのかも把握しているのか。

 流石に、ローザからダンジョンの管理を任されるだけの事はあった。


「という訳で、僕らはあのおっかなサングラスをどうにかする事に集中していいってわけだ」


 シュガムは、ライナの手の内を知らないからなのだろう。

 一瞬にして展開された能面顔の人形達を警戒しつつも、此方の出方を窺っているようであった。


「ところでさ、君。一つ質問していいかな」

「なんだあ?」

「ちょっと前にあったダンジョンの爆破。あれ、仕掛けたのが誰かとか教えて貰う事出来ないかなあ? 僕、そいつを同じ目に合わせなきゃ腹の虫が収まらなくてねえ」


 何を聞くのかと思えば、私怨百パーセントの質問だった。

 ぴくぴくと片眉を痙攣させながら青筋を浮かばせるライナは、あのアフロ頭になった出来事に対して相当根に持っているらしい。

 ただ、見るからに戦士タイプのシュガムは違うと判断して除外した上で、疑問を投げ掛けていた。


「それを知ってどうすんだ?」

「アフロ頭にしてやるだけさ。緑に染めてブロッコリーの刑だよ。それだけは譲れないね。それを邪魔する奴は、誰であろうと容赦はしない」


 直後。

 いつになく真剣な表情でそう告げるライナは、物言いからして、シュガムがその下手人を知っていると踏んでか。

 パチン、と指を鳴らす。


「それがたとえ、〝伝承遺物保持者(ゴッズホルダー)〟だとしても」


 程なく、複雑に幾重にも絡み合った歯車にも見える糸車が、横向きに頭上へ顕現し、姿を晒した。

 がちり、がちりと噛み合うようにゆっくり旋回し、動くそれこそが、ライナが〝人形師〟と呼ばれる所以でもある〝古代遺物(アーティファクト)〟。

 その本体であった。


「〝絡繰る糸車(シェルルール)〟」


 魔法学院時代に聞いた話では、一定距離に限り、人形を十体ほど使役出来る〝古代遺物(アーティファクト)〟と教えて貰っていた。

 だが、俺の目の前に広がる人形の数は、少なく見積もっても、百近い数がいるようにも見える。

 しかも、ダンジョンから、今のこの場所までかなりの距離がある。

 とてもじゃないが、〝絡繰る糸車(シェルルール)〟の効果圏内とは思いもしていなかった。


「なにも、成長してるのは君らだけじゃないって事だよ」


 驚愕する俺に伝えるように、ライナは呟く。


「ほら、ぼーっとしてるから、もう縛った(、、、、、)


 天に座す糸車。

 そこから垂れる不可視の糸によって、気付けばシュガムの身体は雁字搦めに拘束されていた。

 ぼーっとしてるも何も、あの糸は〝絡繰る糸車(シェルルール)〟から無拍子かつ、無音で垂らされるもの。

 故に、気配などある訳もなく、知覚は困難を極める上、術者であるライナを注視していようと全く挙動は分からない。いわば、初見殺し。

 人形を操る能力を誤認させられた上で仕掛けられれば、殆ど成す術は残っていない。

 ならばこれで、終い────。


「いや、違う!! ライナさん、あいつの得物は!?」

「得物……?」


 そう思われた時、俺とライナは雁字搦めになっていたシュガムの手から忽然と、〝狂華月(グリコラカス)〟と呼ばれた一対の得物が消え失せている事に漸く気付く。


 身体の自由を奪われているにもかかわらず、飄々と笑うシュガムには余裕があった。

 その理由こそが、彼の手から離れた得物の存在にあったのだろう。


 そして、ク、と頬を歪め、愉悦を唇に刻むシュガムの口が一つの言葉を形取る。


 ────(つらぬ)け。


 直後、冷え乾いた黄昏の空気に、鼻につくような鉄錆の鮮血の臭いが入り混じった。


「ッ、」


 遅れて両腕が、鋭い痛みに襲われる。

 加えて、生まれた裂傷の傷口から何かを吸われるような奇妙な感覚に見舞われた。

 けれど今はそれに構う暇もなく、突如として俺の足下から生えた(、、、)刃の存在に顔を歪ませながら、叫ぶ。


「援、護頼むライナさんッ!!」

「あいよ、頼まれた!!」


 どうして地面から刃が生えたのか。

 そのカラクリは分からない。

 分からないが、得物を手放したのであれば突き進むのみ。

 一歩踏み出し、接近戦でどうにかすべく俺はそのまま駆け出す。


 雷霆、招雷。


 旋風すらも引き起こす怒涛の雷撃は、さながら雷神の怒りのようでもあった。


「無手と見るや、近接でケリをつけにきたか。潔いじゃねえか!」


 遠くからひたすらに魔法を撃ち込めばいい。

 その考えは頭の中にあった。

 あったのだが、何故かそれではダメな気がした。それではシュガムは止められないと感じてしまった。

 鋼糸と呼ばれる鉄以上の強度を誇る糸に縛られて尚、それでは仕留められないと思った。

 そんな理屈もクソもない戦闘勘。


 だが、こと戦闘においては、己の中で培われた戦闘勘が理屈よりも頼りになってしまう事を俺は知っている。


「魔法じゃ無理だと踏んだおどれの勘は、間違ってねえぜ────」


 不敵に笑うシュガムの口は、続け様に言葉を紡ぐ。

 そしてもう一度、今度はシュガムの目の前に刃が生え、それによって彼を縛っていた筈の鋼糸が寸断され、ぱらぱらと地面に落ちてゆく。


 次の瞬間、彼の手に再度得物が出現し握られ、そのまま、シュガムは己に降り注がんとする雷光の尽くに向かって一振り一閃。

 直後、彼に直撃する寸前で雷は霧散し、その残滓が微細な光となって大地に散らされた。


 特別、力を込めた様子もない。

 だから、恐らくシュガムの〝伝承遺物(アーティファクト)〟の能力なのだろうと判断するが、やはりそのタネは分からない。


「当たってやる気も無かったが、なにせそもそも、〝狂華月(グリコラカス)〟は、魔力を喰らう〝伝承遺物(アーティファクト)〟だ。ついでに言やぁ、魔力で動いてるモンは全て、バターみてえに斬れちまう」

「おいおい、まじかよ……ッ」


 背後からライナの驚く声が聞こえた。

 流石に彼も、鋼糸がいとも容易く寸断される経験はなかったのだろう。

 しかし、驚愕に喉を震わせながらもライナの次の動きは迅速を極めていた。


 見えない糸で操られた人形達。

 それらが一斉にシュガムへと牙を剥き、俺を援護する。


「意外だな。退かねえのか」


 魔法師殺し。

 そう称すべき能力を目の当たりにして尚、魔法師である俺は退かないのかと。

 それでも前へ進むのかと問われる。


「退いたら見逃してくれるのか」

「試してみる価値はあっただろうよぉ~!?」


 ニヤニヤと、サングラス越しでも分かるくらいに意地の悪い笑みが向けられる。


 肯定しないあたり、逃す気は無かったのだろう。だが、俺自身も逃げる気は更々なかった。

 元より、逃げる理由が今に限りなかった。

 

「その物言いは見逃す気ないだろっ!!」


 殺到する人形を、地面から刃を生えさせる事でシュガムは固定してみせ、移動を阻む。

 そしてそのまま、もがく人形に対して旋回一閃。徹底的に無駄を削ぎ落とした動き。

 その間、僅か2秒足らず。


「コイっ、ツ、バケモンかよッ!?」


 宙に飛ぶ頭部が視界に映り込んだ瞬間に、ライナの悲鳴のような声が聞こえてきた。


 正直俺も、ライナと同じ気持ちだった。

 でも、それでもと、重心を前に、肉薄を続ける。


 筋肉の収縮。細部の変化。

 サングラス越しの視線の位置。

 それら全てを考慮した上で、出方を考える。

 だが、それでも勝ち筋はどう足掻いても見えてこない。魔法が一切通じない相手であるならば、万が一の勝ち筋も見えてこない。


「剣の勝負じゃあ、おどれが俺相手に勝ちを拾える可能性は皆無だろ。それは、おどれ自身も言ってたような気がするんだがなぁ!?」


 一旦、退く。

 この選択肢を掴み取っていれば、その過程で多少の傷は負ったかもしれないが、どうにか態勢を整える事くらいは出来ただろう。


 そんな事は分かっていた。


「……仕方ねえ。なら、俺はあん時の槍使いの方に期待するか。おどれをぶっ殺したと伝えりゃ、ちっとは楽しめるだろ」


 そして研ぎ澄まされた殺意が俺の身体を覆う。やがて、未だカラクリの分からない地面から生える刃。いつの間にやらシュガムの手に収まっていた一対の剣。一瞬で腰を落とし、俺の懐に入り込んだシュガムの剣が身体を両断せんと横薙ぎの軌道を描き────。


「じゃあな、アレク・ユグレット」


 迫る凶刃をどうにかいなして防ぎ、回避した後に反撃を。

 それらの行動を迷わず取ったであろう己の思考、その行く末を鮮明に思い浮かべながら、己の死を予感して。


 落胆の感情が込められた別れの言葉を聞きながら────俺は死んだ。






 本来であれば(、、、、、、)、間違いなく死んでいた。

 

「────あ?」


 鮮明に感じられる迫った死の気配。

 僅かに残されたその寿命を、更に縮める自殺志願者のように、もう一歩と踏み出した俺を両断する筈だったシュガムの刃は空を切っていた。


 俺がいた場所には小さな設置型の魔法陣がひとつ。その設置魔法に俺が気付けた理由は、魔法学院時代から6年も行動を共にした友の癖を知り尽くしていたからこそ。


 目印代わりに、目の錯覚程度の微細の光を設置する場所に浮かべるクラシア・アンネローゼの癖を俺が熟知していたからこそ。


「あの雷にはそもそも、あんたの目を誤魔化す程度にしか期待してなかったよ」


 あの癖が万が一にも露見しない為の派手な誤魔化し程度にしか。


 すっかり慣れ親しんだ酩酊感。

 移り変わる景色。

 眼前には迫る凶刃はなく、無防備に晒されたシュガムの背中がそこにあった。


「さっきの言葉をそのまま返すよ」


 転移した事で、虚空に身を躍らせる俺は、剣に全体重を乗せながら既に振るうモーションに入っていた。

 同時、キン、キン、キン、と甲高い金属音が連続して響き渡る。

 纏わりつくように、俺の身体に魔法陣が複数出現。身体は軽くなり、万能感に満たされる。


「やるじゃねえかッ!!! だがッ、」


 それは最早、本能的。

 咄嗟に背後に転移した俺の存在に反応するように、常人にはあり得ぬ獣染みた挙動で対応を試みる。だがしかし。


「だがもクソもないんだよねえっ!!」


 ライナが叫ぶ。

 不可視の糸が彼の咄嗟の行動を盛大に阻害し、一瞬の硬直を生み出した。

 それは、あまりに致命的過ぎる隙だった。


「じゃあな、シュガム────」


 そして俺の剣は、シュガムを斬り裂き、鮮やかな鮮紅色が眼前に飛び散った。

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