六十五話 武闘宴
* * * *
「————んで。俺達はなんで呑気にこんな事をしてるんだ。明らかに昨日の流れはロケットペンダントの持ち主を探す流れだっただろ」
レガス達との話から一夜明けた次の日。
俺達は、レガスと共にレッドローグの街を歩いていた。
それも、偶然開催されていた祭り————『炎夜祭』と呼ばれる催しを覗くという形で。
立ち並ぶ屋台。飛び交う声。
そこは雑踏を極めていた。
「それに、ダンジョンはいいのかよ」
その為に俺達を呼び寄せたのではないのか。そう問うと、そりゃもっともな疑問だわな。と言いながらも、俺の側を歩いていたレガスは特別問題にはしていなかった。
「ダンジョンの方はライナの奴が見張ってっから問題ねえ。だから、問題があるとすりゃ、『炎夜祭』なのさ」
「……ぁン? そりゃどういう」
「可笑しいと思わねえかぁ? 三年に一度開催されるこの『炎夜祭』の時期をまるで狙ったかのように、【アルカナダンジョン】が出来上がりやがった。頭の固え連中は偶々だとか、ガルダナのダンジョンに合わせたとか言いやがるが、それはあり得ねえだろ?」
『炎夜祭』。
それは、夜が存在しないレッドローグ特有のお祭りであり、レッドローグを象徴する夜の光景が、まるで炎を思わせる黄昏色をしている事から、付けられた名前が『炎夜祭』。
開催が三年に一度という事もあり、その規模はとんでもなく大きなものであった。
「なにせ、【アルカナダンジョン】は、この『炎夜祭』と違って、一年に一度って部分をのけちまえば、いつ出現するかなんざ、一切分からねえんだからよ」
レガスのその言葉に俺は閉口する。
理由は、彼の言葉がもっともだと思ってしまったから。
ローザの言葉を信ずるならば、今回のレッドローグに出現した【アルカナダンジョン】は正規の物ではない。
だとすれば、考えられるのは単なる偶然か。
はたまた、意図的に造り出されたものかの二択。
仮に後者だとしても、一年に一度、どこかしらのタイミングで出現する正規の【アルカナダンジョン】の出現時期を判断する方法は未だ見つかっていない。
だとすれば、【アルカナダンジョン】に重ねてきたという可能性は殆ど考えられない。考えられるとすれば、それは、
「……この『炎夜祭』に重ねてきた可能性が一番高くなるのか」
「そーいうこった。つーわけで、俺がこうして楽しんでいる風に見えるこれも、実は仕事のうちってわけよ。あー! 忙しい忙しい!!」
祭り装束に身を包み、綿飴なるものを片手に食し、どこからどう見ても楽しんでいるとしか思えないその様子は、仕事ゆえに仕方なーくやっている事なのだと微塵も信用ならない言葉がやって来た。
「あほらし」
そう言うくらいなら、もう少し取り繕っとけ。と言わんばかりに、言葉を吐き捨てるオーネストの発言に、今回ばかりは俺も同意せずにはいられなかった。
「それで、それで? その探してる人はどうやって探す事に決まったの?」
後ろからひょこっとヨルハが顔を出す。
手にはこちらも食べ物が握られており、レガスと同様に楽しんでいるようであった。
「さてな。あいつは、綿飴食べてりゃいつか見つかると思ってンじゃねえの」
卓を囲み、酒場にて四人で言葉を交わしたあの時の事について、俺とオーネストはヨルハ達にはまだ話さないという選択をした。
だから、ヨルハとクラシアには話をぼかして伝えてある。
最近、ダンジョンに勝手に出入りしていた不審な輩を探す事になった、と。
————今はまだ、黙ってた方がいい。
言葉はぶっきらぼう。
愛想は殆どないに等しい。
でも、仲間意識だけは人一倍ある。
それは、そんなオーネストからの提案だった。
————これは、仲間外れにしたいからとかじゃねえ。あいつは責任感が強過ぎンだ。
よく知ってる。
だから、否定出来るわけもなくて。
————これを聞けば、まず間違いなく行動を起こす。そして、あいつの性格からして、オレ達に迷惑は掛けられねえからとか言って、一人で行動をする可能性は、きっと高い。あのセンセーもそれを分かってたんだろうよ。
レガス達が知っているという事は、ローザも間違いなく知っているのだろう。
全員が集まっていたあの場であえてそれを言わなかったという事は、そうするだけの理由があったという事。
————だから、言わねえし、話さねえ。今はまだ、オレらの中でだけ把握できてりゃいい。それなら最低限、対処出来るしな。こいつらも、だからオレらにだけ話したンだろうよ。
俺らにとっての優先順位を、履き違える訳にはいかない。
ローザには悪いが、今回の事態の収束と、ヨルハを天秤に掛けるならば、迷わずヨルハを取る。
だから、俺もオーネストの意見に賛同した。
たとえそれで、二人はボクを信用していないのかと罵倒される事になろうとも。
でも、自分達の選択とはいえ、やはり気持ちの良いものではなかった。
特に、ヨルハのような、自分の家族が今何をしているのか一切知らないとかつて口にしていた者の前ともなると、特に。
「……家族、ねえ」
「ぅん? 何か言った、アレク?」
ぐるぐると巡る思考回路。
その中で浮かんだ「家族」という単語に反応し、無意識のうちに出てしまっていた呟きに、ヨルハが反応した。
「そう言えば、あの時、メレア・ディアルが言っていた言葉って何だったんだろうなって思ってさ」
ヨルハとクラシアは知らない話。
とはいえ、別に隠す程の事でもなし、話題を逸らす事も兼ねて、言葉を続ける。
「はぁん。てめ、あんなクソッタレな奴の言葉を真に受けてンのか」
横から全てを聞いていたオーネストが、にまにまと意地の悪そうな笑みを浮かべながら割り込んでくる。
「気にする事ぁねえだろ。少なくとも、オレさまの目から見て、アレクの親父さんは良い人だったぜ。仮に、親父さんが隠していたとして。それにゃ、それなりの理由があるんだろうさ。やましい理由じゃなく、てめえの為って大事な理由がよ」
「……驚いた。ばかの癖に、偶には良い事言うのね」
「……言葉だけじゃなくて、本気で驚いてるところが腹立つなオイ」
本心から、オーネストの言葉に驚いていたのか。俺達の後ろで歩いていたクラシアへと肩越しに振り返ると、彼の言う通り、瞠目して驚いていた。
それから、これも仕事のうちだから仕方がないと口にするレガスが、次は何を食べっかな。
などと言葉にした直後。
俺達の視界に、大きなクマのぬいぐるみを抱えた少女が映り込んだ。
一瞬、一人だったから迷子か何かかと思ったが、続くように鼓膜を揺らす言葉によってそれは間違いであったと理解する。
「……屋台の店主から、可愛いお嬢ちゃんにはこれをあげようと言われて押し付けられた。フザケンナ」
明らかに不機嫌と分かる声音で紡がれたソレは、ローザのものであった。
「ぶっ! く、くくくく、や、やべえ、面白え。餓鬼に間違われてぬいぐるみ貰ったのかよ、だ、だめだ、腹が痛え」
「よぅし、そこで笑ってるクソ野郎は歯を食いしばれ。私が特別にフィーゼルまで殴り飛ばしてやろう」
半眼でオーネストを見据えながら、ローザは淡々とした様子で口にする。
だが、握り締められた右の拳は、わなわなと震えており、その怒りは目に見えて明らか。
遠くない未来にオーネストに目潰し以上の鉄槌が下る事は最早避けられないだろう。
「ところで、ローザちゃんは何してるんだ?」
「……お前達を探してたんだ」
「俺達を?」
すると、ローザは服から番号が書かれたネームプレートのようなものを二つ取り出して俺達に差し出してくる。
「ほーん。武闘宴か。って、あれって新規の参加の受付は締め切って無かったか?」
「ギルドマスター権限でもぎ取ってきた。今はやる事がないとはいえ、こいつらを放置してると碌な事がないのは私が誰よりも知ってるからな」
レガスの口から出てきた『武闘宴』という言葉。その存在は知らなかったが、言葉の雰囲気からして、それが何であるのかの大体の見当はつく。
ただ、まるで俺達が問題児であるかのような物言いには物申さずにはいられない。
「それは失礼だろ。ローザちゃん。問題児はどう考えてもオーネストひと」
「全員の度肝を抜いてやろう。とか提案して、卒業最後の日を狙って68層の踏破を試みたクソ餓鬼は誰だったかな」
「…………」
オーネスト一人だろ。
と、指摘しようとしたが、遮るローザの一言に、俺は口籠る。
そういえば、散々説教されたんだった。
「ま、まあまあ、そこはボクがいるからさ。ちゃんと今回こそ二人を止めるから、」
「ダンジョンに取り残された同級生を助ける為に、戦う手段も殆どない癖にいの一番にダンジョンに潜ろうとした奴にそう言われてもな」
「…………」
そして、「大丈夫」と、宥めようとするヨルハまでもが見事に撃沈していた。
頼みの綱はクラシアのみとなったが、事勿れ主義の彼女の言葉に耳を傾けるローザではないだろう。
つまり、反論の余地はどうにも無かったらしい。オーネストは自覚があるのか。
面倒臭そうに話を聞き流していた。
「というわけで、面倒事を起こされないように私が特別に暇潰しを用意した。もっとも、ダンジョンに異常が見られるなり、招集をかけた連中が全員集まり次第、そっちは切り上げて貰う事にはなるがな」
あくまで、繋ぎ。
その部分を強調してローザは言う。
ただ。
「『武闘宴』、ねえ」
一番楽しめそうなオーネストが、まるで胡散臭いものでも見るかのような声音で、呟く。
でも、その気持ちは分からないでもなかった。
冒険者関係者であれば、上位に位置する人間達の大部分に今回の【アルカナダンジョン】に関する通達が行われている筈。
だから、その上で「武闘宴」に参加する者達というのは言わば、残り物に該当するのではないのか。
オーネストがそう考えているのだとすれば、その反応にも納得がいく。
「まぁ、確かに強い冒険者は殆どいないだろうが、その心配は無用だと思うがな」
「……というと?」
「まあ、参加すればいやでも分かるさ」
それは、どういう事なのだろうか。
「おいおい、三年に一度の国をあげての祭りだぜえ? そりゃ、優勝賞品もえげつねえくらい価値がたけえもんが据えられてる。という事は、だ。それに釣られてくる連中もいるってこった」
冒険者だけが全てじゃねえだろ?
と、レガスが補足してくれたお陰で、成る程と理解する。
でも、その発言のせいで新たな疑問が生まれた。であるならば、今回の一件。
その景品が関係している可能性は高いのではないだろうか。
「ただ、その景品の内容は『武闘宴』が始まるまで公表はされねえんだ。だから、てめーらが望む景品かどうかの保証は出来んがな。とはいえ、売れば金になる景品である事に間違いはねーだろうよ」
などと思いはしたが、続くレガスの言葉のお陰でそれが違うと理解する。
「でも、ま、楽に勝てる試合じゃねえとは思うぜ。前回大会は確か、Sランクの冒険者が何人か出てた筈だが、優勝者は冒険者ですらねえ奴だった筈だしな」
「へえ?」
片眉をオーネストは跳ねさせる。
冒険者は、基本的にダンジョン攻略に特化した人が多い。だから、パーティーとしては恐ろしく優秀でも、一人だけの場合は、まずまずだった。とかはよくある話。
何より、大半の人間は勘違いをしているが、対人戦であれば、ダンジョン攻略に用いている技に然程の意味はない。
何故ならば、人は魔物と異なり、首を落とせば死ぬし、ひと突きであっても、当たりどころが悪ければそれだけで死ぬ。
魔物のように硬い外皮はないし、魔法でなければ当たらない。なんて制限もない。
だから、対魔物の為にほぼ全ての時間を注ぎ込んでいる人間が、対人戦を極めた連中に負けるという話はそこまで珍しい話でもなかった。
「なら、ここいらで対人戦を磨くのも悪くはねえな」
余興もそうだが、ついこの前、〝剣聖〟と呼ばれる剣士メレア・ディアルに辛酸を嘗めさせられた思い出がありありと蘇る。
一見、派手に見える戦いをしてはいたが、人体の弱点を的確に攻めたり、此方にあえて疲れる戦いを強要したりと、一言で言い表すならば、かなり慣れていた。
何より、あの時出くわした『闇ギルド』所属であった二重人格っぽい男の発言も気掛かり。
これから先もあんな事がないとは言い切れない。
なら、オーネストの言う通り、ここいらで対人戦を磨いておくのは有りだった。
「それで、ローザちゃん。その『武闘宴』ってのは、いつから始まるんだ?」
「ん? ああ、えっと……あと十分後に出場締切だな。エントリーのねじ込み自体は昨日の時点で終わってたんだが、つい、話すのを忘れていてな。ちなみに、場所の地図はここに」
————ある。
と、ローザが言い終わるより先に俺とオーネストはその地図をぶんどり、場所を確認。
指定の場所は、歩いて向かえば一時間くらい掛かりそうな場所に位置していた。
……全然呑気に話してる場合じゃなかったろ、これ!?
「…………。補助くれ、ヨルハ!!!」
いやあ、半ば諦めかけてたんだが、ギリギリ見つかって良かった。良かった。
などと口にするローザの言葉を右から左へ素通りさせながら、俺とオーネストは一瞬の沈黙の間に顔を見合わせたのち、叫び散らす。
名を呼ばれたヨルハはヨルハで、ローザちゃんもそういう抜けてるところ、学院の頃から何も変わってないなあ。
と、懐古しつつも、補助の魔法を付与してくれる。
そのまま俺とオーネストは補助魔法の効果が切れる前にと、慌ててダッシュで会場まで向かう羽目となった。









