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味方が弱すぎて補助魔法に徹していた宮廷魔法師、追放されて最強を目指す  作者: アルト/遥月@【アニメ】補助魔法 10/4配信スタート!
四章

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百十一話 〝贄〟の一族 ノステレジア

* * * *



「────気がついたか? ロキ(、、)シルベリア(、、、、、)


 和装の女性。

 カルラ・アンナベルは、偶然にも裏街と呼ばれる場所に足を踏み入れ、倒れ伏すロキを見つけた。

 殆ど瀕死の状態に等しかったものの、どうにか息は残っていた。


 故に手を尽くし、その結果、一命を取り留め今に至る。

 ただ、治療を行った張本人たるカルラには思うところがあった。


 まるで、命を失わないギリギリのラインまで「半殺し」にされていたロキの容態に。


 少なくとも、意味もなくこんな痛めつけ方はしないだろう。

 だから、不信感を隠せずこうしてロキが目を覚ますまで待っていた。


「……カルラ、アンナベル」


 横たわったまま、薄らと開かれた瞳がカルラを視認すると同時、声が聞こえる。


「なんで、あんたが」


 誰にも、裏街に向かった事は告げていない筈。なのにどうして、己の目の前にカルラがいるのだ。

 現実を疑うような様子に、しかしカルラは時間の無駄だと切り捨てる。


「その話は後よ。一体、何があった?」


 チェスターの事を、言おうか言うまいか。

 ロキは逡巡する。


 あのバカの事は、僕が責任を持って何とかしなくちゃいけない。

 そう思ってはいるものの、現実、ロキは止められなかった。

 どころか、あの戦闘は一方的に近かった。


 身体も回復しつつあるが、まだ碌に動いてくれない。

 ロキ自身、自分ではどうしようもないと分かっているのだろう。


 やや躊躇った後、震える唇で言葉を紡ぐ。


「……チェスターにやられたよ」

「チェスター・アナスタシアか。知り合いではなかったのか?」

「……そんな事は一言も話してなかった気がするんだけど」

「話の流れでそのくらいは理解出来よう? それで、何故、こうなった」


 少なくともソレは、知人に対する仕打ちではないと思うのだが。


 じっ、と射抜くカルラの瞳は、言葉はなくともそう告げている。


 その瞳を前に、思い起こされる先の出来事。

 ずきり、と頭にはしる鈍痛に若干、眉間に皺を寄せながら、ロキは観念するように答えた。


「あいつは、自分が〝嫉妬(ブックメーカー)〟だと言ってた」

「ふむ」


 別段、驚いた様子はなかった。

 「続けて」と言うように、目配せを一度。


「……それと、譲れないって」


 チェスターの事だ。

 嘘はついていない(、、、、、、、、)


 だから尚更、分からなかった。

 彼が〝闇ギルド〟に身を寄せてまで、行おうとしている事について、が。


 たったひとつ。

 殆ど何も語ろうとしなかったチェスターが、残した言葉が頭の中で繰り返される。


 それは、戦いの最中。

 まるで懇願のように言い放たれたチェスターの言葉。


 ────ロキは、ローゼンクロイツ・ノステレジアを知ってるか。


 人の名前。

 しかし、記憶を漁っても該当する人物は思い当たらない。

 そもそも、女か男かすらも分からない名前だ。


 家名も、聞いたことが無い。

 だからロキが首を横に振ると、どうしようもなく悲しげな表情をチェスターは浮かべていた。

 そして、それが決定打だったのだろう。


 ────俺チャンはアイツの為に、アイツのような奴がこれ以上生まれない為に、俺チャンはぶっ壊してやるって決めたんだ。決めてたんだよ。悪ぃが、止まってやる訳にはいかねえ。


 そこからは一瞬だった。

 襲い来る痛獄の嵐に意識を刈り取られ、それ以降の記憶は欠けている。


「『大陸十強』カルラ・アンナベル」


 もし。

 もしかすれば、『大陸十強』と呼ばれるカルラであれば、心当たりがあるのではないか。


 チェスターが、何をしようとしているのか。

 何がしたいのか。

 己と別れた後に、何があったのか。


 一縷の希望を胸に、尋ねる事にしていた。


「……貴女は、ローゼンクロイツ・ノステレジアの名前を知ってるかい」

「そんな名前の人間に、心当たりなどない」


 間髪いれずに、返事がやって来た。

 無情にもそれは、「知らない」の一言。


 カルラまでもが知らないともなれば、もしかすればこれは人の名前ではないのか。

 そんな考えすら浮かんだ直後、「早合点するな」と言わんばかりに言葉が続けられた。


「が、ノステレジアの名前は知っておる」


 ロキは、これでも世界を回った人間だ。

 知識の量は常人のそれを遥かに超えているという自負がある。

 だからこそ、ダメ元であったのだが、カルラのその一言にロキは大きく目を見開いた。


「都市国家メイヤードが生まれる以前、ここには小さな国があった。名前を、ノステレジア王国。当時は有名であったぞ。〝祈りの王国〟などと、大層な名前で呼ばれておったからな」

「……じゃあ、ローゼンクロイツ・ノステレジアは」

「妾の想像が合っているならば、十中八九、ノステレジア王国の王族の名であろうな」


 淡々とカルラは答える。

 ただ、そんな彼女の表情はどこか曇りを帯びていた。


「とはいえ、それはあり得ない(、、、、)話よ。土台あり得ぬ。恐らく、偶然の一致か。もしくは、騙っておるか。そうでなければ、説明がつかぬ」


 既に滅びた王国の、王族とはいえ、遠い縁戚が生き残っていた。

 そういう線は考えられないのか。


 なぜ、僅かな可能性も否定するように「あり得ない」と言ってしまうのか。


「どう、して」

「簡単な話よ。ノステレジアが、〝祈りの国〟と呼ばれていた理由こそが、ノステレジア王家にあった。そして、その〝力〟を利用しようとした人間に、ノステレジア王家は、縁戚含め、道具の「素材(、、)」として皆殺しにされておる」


 ロキの顔から、ぞっと血の気がひいた。


 魔眼の一族。

 聖女の一族。

 呪師の一族。


 この世界には、特異とも言える能力を有した一族が時折現れる。

 しかし、その殆どが悲惨な末路を辿っている。その能力故に、誰かに利用され、平穏とは程遠い生を強いられてきた。

 歴史がそれを雄弁に語っている。


「本当にノステレジアの一員であるならば、間違ってもその家名は名乗らぬであろうよ。故に、あり得ぬのだ。ロキ・シルベリア。しかし、この地でその名前を聞いた事実が偶然とは思えん」


 縁のある地で聞いたその名前が、偶然の可能性は極めて低いだろう。

 そして、かれこれ百年以上昔に、文字通り歴史から名前を消されたノステレジアの名前を知っている人間がいるとも思えない。


「……ああ。そうだと思う。チェスター・アナスタシアは、何があっても嘘だけは吐かない。間違いなく、チェスターはローゼンクロイツ・ノステレジアと名乗った人間と会ってる」


 会って、一体何があったのか。

 そこまでは分からない。


 だが、チェスターはノステレジアという手掛かりを残して消えた。

 幾ら、敵に回り、〝闇ギルド〟に身を寄せ、半殺しにされたとて、ロキにとってチェスターは「親友」なのだ。


 故にこそ、包帯を巻かれ、見ると痛々しい身体に鞭を打ってどうにか立ち上がる。


「だったら、調べる他ない……ね。治療をしてくれた事には感謝するよ、カルラ・アンナベル。あいつが何を抱えてるのかは知らないけど、あいつは僕が止める。何が何でも止める。それが、親友である僕の役目だろうから」


 碌に戦えなかった自分が言える言葉じゃないけれど。

 呆気なく風にさらわれてしまいそうな呟きを最後に漏らしながら、ロキは上着を羽織り、歩を進める。



「────話はまだ終わっておらんぞ」



 意地で身体を動かすロキに、声が掛かる。


「ノステレジア王国は、大多数の人間からは〝祈りの王国〟と呼ばれておったが、一部の人間は違う言い方をしておった。ソヤツらは、〝贄の王国〟と侮蔑しておった」

「……〝贄の王国〟?」

「文字通りよ。ノステレジア王国は、ノステレジア王家の人間が〝贄〟となる事で存続しておった呪われた国であった────妾は、そう聞いておる」

「王族が、〝贄〟だって……?」


 ────そんな歪な国が。

 そんな、狂った在り方の国が、


「あったからこそ、ノステレジア王国は滅んだ。〝賢者の石〟の件もある。故に時間はあまり残されてなかろうが……だが、調べてみる価値はあるやもしれん」


 ノステレジアについて。


 そこが紐解けたならば、見えてくるものもあるかもしれない。

 少なくとも、それが今回の一件に加担しているであろう〝嫉妬(ブックメーカー)〟と呼ばれる男の根底にあるものならば。


「だから、妾も手伝ってや────」


 ひとまず、〝賢者の石〟についてはヨハネスに任せる事になってしまうが。


 そんな事を思った刹那、言葉が止まる。

 理由は、不意にぐらりと地面が揺れたから。

 大きな地震。


 次いで、如何とも形容し難い威圧感が、突如として広がった。

 その原因は、あまりに呆気なく見つかった。


 空に描かれた特大の魔法陣。


 カルラと同様、『大陸十強』と呼ばれ、罪人達を閉じ込める監獄────通称、〝獄〟を作り上げた人間が好んで使っていた独特の見覚えしかない魔法陣がそこには浮かんでいた。



* * * *


 チェスター・アナスタシアにとって、親友と呼ぶ人間はロキのみだが、親友と呼べる人間は、もう一人だけいた。


 その者の名を、ローゼンクロイツ・ノステレジア。共に過ごした期間は二年足らずだが、それでもチェスターにとって掛け替えの無い人間であった。


 出会いこそ普通とはかけ離れていたものの、二人の間にあった友情は、紛れもなく本物だった。



 だから────狂った。狂うしかなかった。



 理不尽という言葉すら生温い運命を生まれたその時より義務付けられていながら。

 あと一歩手を伸ばせば、「自由」が手の届くところにあったにもかかわらず、チェスターの為にと命を捨てた大バカ。

 元々、弱虫で、軟弱で、人身御供が嫌で逃げ出してきた一風変わった王子様。


 なのに結局、最後はノステレジアとして「贄」の運命に身を委ねた人間。

 誰よりも臆病だった筈の男は、たった一人の友人であり、恩人の為に何の躊躇もなく命を捨てた。


 だから、譲れなかったのだ。


 だから、止まる訳にはいかなかったのだ。


 彼の死に報いる為にも。

 生かされたこの命が、あいつの命が、決して無駄ではなかったのだと証明する為にも。

 少なくともチェスターは、ローゼンクロイツ・ノステレジアの犠牲の上で成り立っているこの都市国家メイヤードを。そして、そんな運命を生み出し強要した塵共を許してやる(、、、、、)気は微塵もなかった。


 それが、彼の唯一の『友』である己に出来るただ一つの恩返しなのだと信じて疑わなかった。

 たとえそうする事で、何か致命的なものを失う事になろうとも。





『──── 理不尽な不幸は、人生には付きものダ。どれだけの程度であれ、それはどうやってもついて回ル。……と、分かっているガ。分かっているガ……!!』


 クセのある特徴的な口調。


 それは、今から十年ほど前の記憶。

 セピア色に染まってしまった、チェスター・アナスタシアにかつて向けられた言葉だった。


 貴族然とした質の高いであろう、服に身を包みながらも、両腕両足。加えて、片目が隠れるよう斜めに包帯をぐるぐる巻きにした一風変わった男がチェスターに言葉を投げ掛ける。


『……その、チェスの駒みてえな呼び方、いい加減なんとかなんねーのか。つぅか、昼飯を床に落とした程度でいつまでも悔しそうな顔してんじゃねー。そもそも、俺チャンはもう、坊とか呼ばれる歳じゃねーと思うんだが』

『ならン。もうこれでしっくりきてんダ。諦めろヨ。その方が楽だゼ?』

『…………はあ』


 どう考えても、あんたが呼び方を直してくれる方が手っ取り早くて楽ちんだろ。

 これまで幾度となく告げてきた言葉を飲み込んで、チェスターは呆れた。

 殊更、盛大に。


 しかし、男の態度は何も変わる事なく、面白おかしそうに笑うだけ。

 それでも、強く言えず、結局いつもなあなあで終わらせてしまう理由は、その笑みに嫌味ったらしさが感じられないからだろう。


『それで。あんたはいつまでここにいるんだ。あんたの居場所は、間違ってもこんなドブ臭え場所じゃねーだろ。王子様(、、、)


 ロキと共に過ごしていた頃から変わらない、ボロく錆だらけのおんぼろ古屋の中で、綿の飛び出したソファに腰掛けながら吐き捨てる。


『そうかネ? おれぁ、この場所、結構好きだけどナ。ちょいと臭うのが難点だが、命を狙われる心配も殆どなければ、毒入りの飯を食わされる心配もなイ。おまけに自由ダ。おれとしては、ここでこれからずっと過ごしたいくらいだがナ』

『……一体、どういう人生を送ってきたんだか』

『どういうって、見たまんまだロ。おれを助けてくれた(、、、、、、)お前が知ってる通りだと思うゼ』

『嘘をつくんなら、もっと現実味のある嘘をつけ。訳ありなのは見りゃ分かるが、隠すにしてももっとちゃんとした隠し方があるだろ』


 彼の名前は、ローゼンクロイツ・ノステレジア。


 ここ、都市国家メイヤードが、メイヤードと呼ばれる以前の原型であった小国。

 その王族に連なる人物────であるらしい。


 名前が長ったらしいから、王子様とチェスターは呼ぶこの男は少なくともそう言っていた。


 曰く────逃げてきたらしい。

 事実、追手のようなものから逃げていたし、だからこそチェスターは手を差し伸べた。


 とはいえ、その時点でもう怪しさ満点なのだが、偶然とはいえ助けてしまった手前、チェスターは彼に付き合う羽目になっていた。

 この独特のイントネーションというか。

 発音の可笑しさも、これまで生きてきた中で人と会話した事が片手で事足りるほどしかないからというのだから、怪しさを通り越して謎の生命体でしかない。


 勿論、こうして世話を焼いている事もあり、ローゼンクロイツ────ロゼからチェスターは、事情を大方聞き及んでいた。


 しかし、その事情の内容があまりに現実離れをしており、端的に言って酷すぎた。

 子供でももっとマトモな嘘をつけるぞと言いたくなるレベルであった。

 というか、言った。

 正面から容赦なく、チェスターは幾度も言った。けれど、ロゼにその嘘を撤回する気はこれっぽっちも見受けられなかった。


 純粋無垢な子供のように、不思議そうに首を傾げて嘘など吐いていないガ? と伝えてくる。お陰で、先ほどからずっとこの繰り返し。


 嘘を嫌うチェスターとしても、内容は明らかに嘘としか思えないのに、当の本人は嘘を言っていないと本当に(、、、)言っている。


 チェスターから言わせれば、なんとも不思議でやり辛く、意味の分からない相手だった。


『……つぅか、俺チャンは忙しいんだ。悪ぃがあんたに構ってる暇はねえ。気の迷いとはいえ、助けただけでもありがてえと思ってくれ』


 だから、此処からそろそろ出て行ってくれ。

 言外にそう告げるチェスターだったが、返ってきた言葉は疑問符のついたものであった。


『忙しイ? どこガ?』

『……喧嘩売ってんだろてめえ』


 かれこれ、チェスターの側に数日ほど居座っていたロゼは、チェスターの行動を物珍しそうにずっと観察していた。

 だから、知っている。


 この男がこの数日、何もしていない事を。


『俺チャンにも色々あんだよ。おめえさんには分かんねーだろうがな』


 チェスターは投げやりに頭を掻く。


 端的に言って、チェスターは悩んでいた。

 どうしようもない己のこの現状に。


 ────この国を変えたい。


 数年前に国を出た親友、ロキに大層な夢を語っておきながら、チェスターは未だ何も出来ないでいた。

 国を変えようと試みても、決まって壁にぶつかる。


 それは、人脈であり。己の出自であり。能力であり。タイミングであり。


 兎に角、だめだった。


 だが、そんな事で諦めてはいられないと意地を張り続けた。けれど、どうにか繋ぎ止めていた糸もとうとう切れかけ寸前だった時、チェスターは偶然にもロゼと出会った。


 何もかも、心が折れかけていたチェスターに、行動に移せというのは事情を知る人間がもしいたならば、それは酷であると告げてくれた事だろう。

 しかし、現実、そんな人間はいなかった。


 否、本来ならば(、、、、、)、いなかった。ロゼが、ノステレジアの人間でなければ。

 だが、ロゼは間違っても慰めの言葉を掛けるだけの優しい男ではなかった。

 全てを理解した上で(、、、、、、)、あえて現実を突きつける。

 己の意見を叩きつける。


 嫌がらせでもなく、ただ単純にチェスターの事を思って。

 己の恩人の為であるからと、取り繕う事なく告げる。


『確かに、分からんナ。まだ、「絶対」に無理と決まった訳でないのに、諦めようとするチェス坊の気持ちは分からン』

『……あ゛?』


 恐ろしく低い声が出ていた。


 きっとその理由は、ロゼがお世辞にも強いとは言えない弱虫に近い人間で、怪しさしかない過去こそあれど、限りなくその点においてチェスターに近い人間だったからだろう。

 ロキのように、力や才能のある人間であれば、まだ納得出来ていたかもしれない。


 しかし、己と大差のないように思える人間が、何も知ずにただただ理想論を語ったが故に余計に腹が立ってしまった。


 ────どうせ、あんたが俺チャンの立場でも、変わんねえ癖に。


 だから彼の言葉に、チェスターは反射的に苛立ちをあらわにしていた。


 だが、ロゼはチェスターの声に構う事なく言葉を続ける。


『言っただろウ。理不尽な不幸は、人生には付きものダ。どれだけの程度であれ、それはどうやってもついて回ル。だから、それを覆したいなら足掻くしかなイ。何度打ちのめされても、足掻くしかなイ。如何に先が見えなかろうと、諦めなければいつか報われル。人生とはそういうものだとおれは信じてル。こうして、チェス坊と出会えたのがその証左だろウ?』

『……俺チャンと出会えた事が?』

『殺される運命だった筈のおれは、諦めなかっタ。醜くも足掻いタ。結果、こうしてチェス坊と出会えテ。こうして生きてル』


 チェスターは、ロゼのこれまでの生きて来た道程を全く知らない。

 聞かされはしたが、半信半疑といったレベルだ。分かるのはただ一つ。

 目の前のロゼが、本気でそう言っているという事実だけ。


 脳内が沸騰でもしたかのように湧き上がっていた筈の怒りは、毒気を抜かれたように鎮静してゆく。


 やがて、「真面に聞いてらんねーな」とやけくそにチェスターは話を打ち切った。


 頭が冷えて来ると冷静に物事を考えられるようになる。

 先程のあれは、殆ど八つ当たりに近かった。

 思うように何一つ進まない現実を前に、溜まりに溜まった鬱憤が爆発していた。

 ロゼに当たったところで、何もならないというのに。


『だから、諦めなければ人生何とかなるもんサ。でも、そうは言えど一人じゃどうにもならない事も多イ』


 胡散臭くて、適当で。

 碌に魔法の才がないチェスターよりも更に弱そうで。見た目こそチェスターよりも歳を食っているがそれだけ。

 しかし、彼の言葉には筆舌に尽くし難い説得力のような、不思議なものが備わっていた。


『だから、手伝ってやル。チェス坊の願う、誰も不幸せにならずに済ム────そんな国を作る為の計画ヲ』

『……誰が』

『おれがダ。なに、助けてくれたお礼のようなものダ。気にするナ』


 そこで、俺チャンはいつ、ロゼにその事を話したっけかとチェスターは疑問を抱く。

 彼にはそんなこと、一切話してなかった(、、、、、、、)筈なのだが。と思いつつも、それより先に、とても頼りになるとは思えないロゼへ指摘を飛ばす事を優先した。


『旅は道連れ世は情けって言うだロ? 一人では無理でも、二人なら何とかなるかもしれなイ』

『……それ、ただ単に帰る場所がねーだけだろ』

『そうとも言ウ』

『くっだらねえ』


 吐き捨てるチェスターであったが、己の利益の為でなく、本気で彼はチェスターの為に言っていた。

 叶えられる力があるかは兎も角、彼は本気で力になろうとしていた。

 この無法地帯とも言える裏街に、そんな人間はあまりに珍しくて、笑わずにはいられなかった。


 きっとこの場にロキがいたならば、救えねえ大馬鹿だ。世渡りが下手な奴の典型だ。などとこき下ろしていたかもしれない。

 事実、チェスター自身もそう思った。


 だが、彼の言う通りでもあった。


『……まぁ、認めたかねーが、お前の言う通りでもある。それに、こんなところで立ち止まってちゃ、ロキに笑われちまう』

『ロキ?』

『俺チャンの親友だ。嘘ばっか吐く碌でなしなんだけどな。約束したんだよ。このふざけた国を俺チャンが変えてやるんだって。俺チャンは、嘘が嫌いなんだ』


 だから、約束を嘘のものとしないように現実のものにしなければならない。


『なのに、嘘吐きが親友なのカ』

『あいつは特別なんだよ。それに、嘘は嫌いだが、ロキの嘘は見え見えだ。俺チャンからすりゃ、あれは嘘というよりただの悪戯だ』

『成る程ナ。良いナ、そういうノ』


 瞳の奥には憧憬の念が。

 優しげに見開かれた瞳から感情を読み取ってしまったチェスターは、少しだけ居心地が悪くなる。

 その瞳は、何かを喪った人間が浮かべるソレであったから。


『じゃあ、折角ダ。おれも目標を作ってみるかネ。ほら、ここでお互いの目標を語り合えば、ロキとチェスターのような『親友』におれ達もなれるかもしれないだろウ?』

『んなわけあるか。俺チャンの親友は、後にも先にもロキ一人だ』

『おれは……そうだナ。「自由」に生きル。何にも束縛される事なく、「自由」に、自分の生を謳歌して、誰に強要される事なく生き抜ク。それがおれの目標ダ』

『……人の話を聞けよ。つか、それ目標じゃねーだろ。仮に目標だとしても、ハードル低すぎねーか?』

『どんな目標を立てようが、おれの「自由」だろウ?』

『まあ別に、おめえさんと親友になる気はねーし、どんな目標を立てようが俺チャンには関係ねーがな』


 返事代わりに、ロゼはくひひ、と口角を吊り上げしゃっくりのような笑い声を響かせる。

 違和感しか感じられない独特の笑い方は、どこか不気味で、近寄り難いオーラを纏っていた。


『……何だその笑い方、キメえ』

『こうやって笑うのが普通だと本には書いてたんだガ』

『急に真顔に戻んな!? クソ怖えからソレやめろ!?』


 やはり、こいつは謎の生命体だ。

 認識を深めながらも、チェスターは先のロゼの言葉を振り返る。


 ハードルが低過ぎると言ってはみたものの、


『……ま、悪くねえんじゃねーか。俺チャンは魅力を感じねーが、嫌いじゃねーぜ。そういう目標はよ』


 存外、チェスターはこれが嫌いじゃなかった。


 弱虫で、軟弱で、創作のような過去しか話してくれず、怪しさしかない人間。

 追手から逃げている変わり者な王子との付き合いは、一年ほど続くこととなった。


 人の悪意に晒され、どうしようもなくなってしまったチェスターを助ける為に、ロゼが命を投げ捨ててしまったあの瞬間まで。





「────嗚呼、嫉妬(、、)しちまうなあ。俺チャンにも、てめえみてえな力があれば喪わずに済んだんだろうによ。まあ、そんな力があっても、この状況は最早どうにもならねーが」


 かつて、己の無力のせいで犠牲になる事を選んでしまった────選ばせてしまった友の顔を思い浮かべながら、チェスターは言う。


「もう手遅れなんだよ。歯車は回り出した。此処から先は、破滅の未来しかねー」


 傍にいたメアは、己の父の凄惨な姿を前にして、瞳孔が開いてゆく。

 そして、ツゥ、と目から赤黒い涙がこぼれ落ちた。

 一滴から始まり────それは滂沱となる。


「……なに、を」


 ────した。


 俺が言葉を続けるより先に変化が表面化する。

 時間制限をかされた〝リミットブレイク〟の効果中でありながらも、手を止めずにはいられない異様な光景。


 続け様に聞こえる軋む音。

 明らかに普通ではない変化。


 囚われたメアは、虚ろな表情で「あ、あ、あ」と言葉にならない声をもらす。


 どうしたらいい。

 俺は、どうすればいい。


「────ッ、」


 魔法の行使。

 しかし防がれる。


 共に戦っていた外套の男も満身創痍。

 ガネーシャがかろうじて戦えるレベルだが、消費魔力があまりに多すぎた。

 駆け付けてくれたレガスはそもそも、戦闘に向いている人じゃない。


 ロンを逃すか。

 外套の男を逃すか。

 メアを取り返すか。

 チェスターを、どうにかして倒すか。


 やるべき事は決まっている。

 だが、それら全てが叶えられない事を俺自身が理解してしまっている。


 そしてチェスターを倒す事が不可能である事も、また。




「────〝魔女〟に無理言って引き返してみたが、こりゃ正解だったな」




 ピンチに駆けつけるヒーローのように、その声は聞こえてきた。

 気怠げな様子で、採掘員のような作業服姿。

 頼りになるとは言い難い身なりをしていたが、俺はその声の主をよく知っていた。


「親父……?」

「今すぐにでもぶっ殺してえ面もあるが、今は置いといてやるよ。コイツは俺が食い止めてやる。あの子についても、俺がどうにかしてやる。だから、今はお前ら、先に行け。無性に嫌な予感がする」

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