273 ちょっとした体裁
シロウはすぐにキャロルの承諾を貰えると思っており、余裕の笑顔で返事を待っていた。
しかしその返事が来ない。シロウの表情が少しずつ怪訝なものに変わっていく。そして徐々に焦りまで加わっていく。
「……返事を聞きたいんだけど」
そう促してもキャロルは口を閉ざしたままだ。硬い表情で胸中の迷いを露わにしている。
「……何が不満なんだ? それとも何かの駆け引きか? 何にしろ、何か言ってくれないと譲歩も出来ないぞ?」
それでもキャロルは黙っていた。
「……おい、何とか言ったらどうなんだ」
黙り続けるキャロルの焦りと緊張がいつの間にかシロウにまで伝わる。二人分の焦りと緊張が空気に溶け出し、場には緊迫感が漂い始めていた。
キャロルが返答を迷っているのは、アキラが旧領域接続者であると知ってしまったからだ。以前からその可能性を疑ってはいたのだが、今回の出来事で確定となった。
旧領域接続者同士、取引をしたい。そうシロウが告げた相手は自分ではなくアキラだ。あの時のキャロルは過剰に反応してしまった所為で気付けなかったが、冷静に考えればすぐに分かることだった。
そしてアキラに自身の過去を話した後の遣り取りなどでよく考えずに流してしまった懸念事項に、キャロルはこの場で漸く気が付いた。自分はアキラが旧領域接続者であることを知っていると、アキラに知られているということだ。
それが本来どれだけ知られたくないことであるかは身に染みている。それを自分に知られていることをアキラは許容するだろうか。それに気付いて一度疑ってしまえば、振り払えなかった。
(もしかして、この承諾の話、アキラに試されてるの?)
アキラは自分を置いて車外に出た。その時に迷彩機能を使うようなことを言っていたが、少なくとも車内では使っていなかった。念を入れるのであれば、車内にいる時から使うのが正しい。
(あれは私を車に残す為の方便だった? 考えすぎ?)
アキラはシロウを普通に車内に入れた。既にアキラとシロウの間で自分の知らない交渉が終わっているのは確実だ。少なくとも、金額面の調整は済んでいると考える。
(アキラにとっても500億オーラムは流石に大金のはず。それを、気にしなくて良いと言っていた。承諾する理由から500億オーラムという要素を消す為? それを言い訳にさせない為? そもそも500億オーラムって本当なの? 二人で話を合わせているだけだとしたら?)
事前に話を合わせているのであれば、シロウの話にもアキラの作為が含まれている恐れがある。
(旧領域接続者であることを隠したい人の隣で、その探し方や見極め方を貪欲に求めたら、敵対したと見做される? それを確認しようとしてる? 態々私への報酬と言ったのもその為?)
疑えば切りが無いと分かっている。反論も自分で思い付く。だがその反論を信じられるかは別だ。アキラを敵にはしたくない。自分の過去を教えた者を失いたくない。しかし、承諾すると敵になるのか、承諾しないと敵になるのかは、分からなかった。
キャロルは焦り、迷っていた。
シロウも焦り、迷っていた。
アキラが妙な条件を出してきた時には少し怪訝に思ったが、それだけだった。軽く説得すれば済むだけの簡単な話だと思っていた。だがそれが頓挫している。態度に出すのは抑えているが動揺は大きかった。
シロウには目的達成の為にどうしても戦力が必要だ。現状でアキラ以外の戦力を探す余裕は無い。何よりも、依頼を断るのであれば自分を捕まえて坂下に渡す恐れがある。そうさせない為に人を選び、500億オーラムも出そうとしているのだ。失敗は許されなかった。
(何で迷う? 断る理由がどこにある? ……まて、そもそも500億オーラムの賞金首を護衛に雇うなんて無理がある。……アキラと組んでる? こいつは現地のサポート役か? もしかして、こいつも月定層建のエージェント? アキラの上司? だから判断を投げた? ……いや、あの時の驚きは演技じゃない。そんな訳が……、待てよ、もしかして別人か? 入れ替わった……)
焦りの所為で少々冷静さを失った頭が突拍子も無い疑念を生み出していく。普段は情報収集や調査などが仕事であり、交渉事そのものにはそこまで慣れていない所為もあって、シロウはどつぼに嵌まりつつあった。
シロウとキャロルが思考を巡らせ焦りと緊張を募らせる中、アキラが口を挟む。
「なあシロウ。その旧領域接続者の情報なんだけどさ、キャロルの報酬なんだろうけど、俺も聞いて良いか? 俺も旧領域接続者だから興味があるんだ」
月定層建のエージェントなら聞くまでもなく知っているだろうと、シロウがアキラを訝しむ。
「……良いけど、興味って、お前がか? 知らないのか?」
「他所の会社の判断や考え方までは知らない」
「似たり寄ったりだと思うけどな。おっと、話しても良いが、それはキャロルさんが承諾した後だ」
アキラとシロウの視線がキャロルに集まる。
キャロルは少し意外そうな顔をした後、笑顔を浮かべた。
「良いわ。承諾する。それじゃあ、アキラ。一緒に聞きましょうか」
シロウが安堵の息を吐いてから小声で愚痴を零す。
「……ったく、何を悩んでたんだよ」
そして全員の気を切り替えるように少し声を大きくする。
「よし。取引は成立だな。……すぐに話せって言うなら、飲み物ぐらい出してくれ。喉が渇いた」
「ああ、取ってくる」
アキラがそう言い残して飲み物を取りにいく。キャロルに手伝うと言われたが、断って一人でリビングルームから出ていった。
残されたシロウとキャロルは、強い焦りと緊張から解放されたこともあり、疲れと安堵で息を吐いていた。そしてどちらも考えすぎだったと思っていた。
キャロルの懸念はアキラが自分から自分が旧領域接続者だと教えたことで消え去った。シロウの懸念はその後のキャロルの態度で消え去った。懸念が消えた二人は自身のつい先程までの懸念を思い返し、馬鹿な考えをしていたと苦笑していた。
一方、アキラは冷蔵庫から飲み物を取り出しながらアルファに不満そうな顔を向けていた。
『アルファ。あそこまで疑わないと駄目だったのか?』
アルファが真面目な顔で答える。
『念には念を入れないと駄目よ。アキラが旧領域接続者だと露見したのは許容できても、私との繋がりを知られるのは許容できないわ。あの様子ならキャロルもこれ以上は下手に裏を探ろうとはしないと思うし、シロウの勘違いも継続するでしょう。それを確認する為にも必要なことだったわ』
『……、そうか。分かった』
アキラには少々遣り過ぎに思えた。だがアルファにも事情と考えがあるのだろうと思い直し、それ以上は気にせずに飲み物を取って戻っていった。
翌日、不貞寝のような睡眠から目覚めたキャロルは、何度も溜め息を吐きながらゆっくりと食事を摂っていた。その様子を見てシロウが同じものを食べながら調子良く笑う。
「そんなに落ち込まなくても良いじゃん。別に全部無駄だった訳でもないんだし、杞憂に近いことだったとしても、低い確率の事態に備えるのは良いことだと思うよ?」
馬鹿にされている訳ではないと分かっていても、キャロルは少しいらだってしまい、強めの視線をシロウに向けた。だがシロウは気にせずに食事を続けている。
「これ、結構美味いけど、言っちゃ悪いがこんなもんだよな。これも贅沢って檻に慣れた弊害だねぇ。そこから脱走した身で言うのも何だけど、収監されたいなら口を利いてやるぞ? 俺の仕事が終わった後の話だけどな」
キャロルは再び深い溜め息を吐いた。
昨日シロウがアキラ達に話した旧領域接続者に関する情報は、旧領域接続者の扱いに関するキャロルの認識を大幅に書き換えた。大企業が大軍を率いて旧領域接続者を武力で確保するなど、今はもう無いという話が含まれていたのだ。
確かにかつてはキャロルが恐れていたような事態もあった。旧領域接続者にはそれだけの価値があった。しかし技術の進歩はその価値を相対的に低下させていた。
昔は余りに費用が掛かりすぎて都市間通信基幹網ぐらいでなければ使用できなかった旧領域経由の通信回線機能も、今ではまだまだ高額ではあるが情報端末の最上位製品程度の物にも搭載されるぐらいに安価になっている。情報収集機器の拡張現実対応機能にも、遺跡の拡張現実を使用できる機器が増えている。
高額な機器であっても旧領域への接続を現代製の機械で代用できるのであれば、個人の資質に依存する旧領域接続者を介するよりも、企業も機械の活用を進めていく。一昔前の基準では所謂旧領域接続者とは見做されなかった者を、凡庸な旧領域接続者ぐらいにはする接続補助器具も徐々に開発されている。
それらの技術発展により、莫大な人と資金を注ぎ込める大企業は、既に凡庸な旧領域接続者程度を武力で確保するなど止めていた。資金的にも評判的にも割に合わないからだ。
勿論これは五大企業やそれに比類する大企業などでの話であり、中小企業はまだまだ旧領域接続者を求めている。武力での確保を続けているところもある。
しかし中小企業では用意する武力にも限度がある。仮にハンターランク50相当の戦闘力を持つ旧領域接続者がいて、その者を力尽くで捉えようとして成功したとしても、旧領域接続者としての実力が凡庸であれば、間違いなく割に合わない結果に終わる。よって武力での交渉ではなく、利益で釣る方向での交渉になる。この時点で、キャロルが今まで抱えていた不安の殆どは杞憂に変わった。
勿論キャロルもシロウの話を鵜呑みにはせず、ヒガラカ住宅街遺跡で旧領域への接続装置が見付かった時の騒ぎや、恐らくシロウを確保する為に発生したであろうミハゾノ街遺跡での騒ぎを例に挙げて反論した。
しかしそれもシロウにあっさり説明される。
接続装置での騒ぎは、現在のリオンズテイル社が旧世界側のリオンズテイル社への接続手段として高額で購入したからであり、単なる旧領域への接続装置であれば同様の事態は発生しなかった。
そしてミハゾノ街遺跡での騒ぎは、坂下重工所属の旧領域接続者かつ極めて腕の良い工作員の回収という意味に加え、クガマヤマ都市の権力者であるヤナギサワという者が形振り構わず動いた結果であり、単なる旧領域接続者の確保とは一線を画している。
よってどちらの事項も反証にはならない。自信を持ってそう答えたシロウの説明にキャロルは納得した。
これらの話が壁の外に出回っていないのは、その方が大企業にとって好都合だからだ。中小企業が乱暴な方法で旧領域接続者を確保すれば、大企業は彼らが見付けた者達をその保護の名目で倫理的に正しく確保できる。加えて酷い状況から助け出せば感謝もされる。だから敢えて情報を制限している。キャロルの勘違いもその所為だ。
いずれは中小企業にも旧領域への接続技術が出回り旧領域接続者の貴重性は著しく低下するだろう。普通の人は旧領域対応機器を使えば良いだけで、旧領域接続者であっても他の者よりちょっと便利。その程度の話になる。今はその過渡期だ。シロウはそう説明を締め括った。
キャロルはその昨日の話を思い出して微妙に憂鬱になっていた。勿論所詮はシロウがそう言っているだけであり、嘘や語弊、誇張などが含まれている恐れはあると思っている。
しかしそうだとしても全くのデタラメとも思えず、憂鬱そうな声を零していた。
そこに今度はアキラが口を出す。
「キャロル。護衛はもう止めにするか? 昨日の話を踏まえれば、キャロルが俺と一緒にいる危険を冒してまで俺を護衛に雇う意味は薄れたような気もするし、そういう判断もあると思うぞ?」
キャロルは難しい顔を浮かべた。理解は出来るし、恐らく気遣ってくれることを嬉しくも思うが、不満もあるという顔だった。
「いえ、前にアキラが言った区切りまではこのまま護衛を頼むわ」
「良いのか? 俺としては助かるけどさ」
不思議そうな顔のアキラに向けて、キャロルがどこか吹っ切れたように笑う。
「良いのよ。いろいろ黙ってアキラに依頼したお詫びと、それでも引き受けてくれた感謝ってことで、これぐらい手伝わせなさい」
「……そうか。ありがとう」
アキラも笑って返した。その様子を見て、シロウはやっぱり組んでるのかと疑い、アルファは懸念を高めていた。
シロウに雇われる形となったアキラ達だったが、当面仕事は無く待機を告げられていた。厳密には、シロウから口頭でそう告げられており、キャロルはそう思っていた。
だが実際には、シロウがアキラから提示された残りの条件を満たしていないので、仕事は始まってすらいなかった。アキラが依頼の前金として、シロウに貸しを要求したのだ。
シロウはアキラから依頼の条件として自身の目的や攻略するという遺跡に関する説明を求められたが、頑として拒んだ。本来ならば遺跡絡みの仕事と教えるだけでも危険であり、それ以上の詳細は話せないと拒絶した。
しかしアキラも、そのような曖昧すぎる依頼は受けられない、そもそも遺跡の情報が本当に自分の功績になるかどうか疑わしい、と断った。そして、そんな依頼を俺に受けさせたいのなら、俺が話も聞かずに依頼を受けるほどの大きな貸しを作って見せろ、と言ったのだ。
それはアキラとしては互いに譲歩する為の取っ掛かりとしての言葉だった。だがシロウは、それを分かった上で受けた。これ以上僅かでもアキラに情報を与えた所為で、自身の目的を見抜かれるのを恐れたのだ。
そのような経緯があり、シロウはアキラに貸しを作る為に、隠れ家に帰らずに車両に残っていた。近くにいた方が貸しを作りやすいと思ったのだ。
シロウがキャロルに聞かれないように念話でぼやく。
『なあアキラ。やっぱり前金じゃ駄目か? 100億、いや150億オーラムまでなら出すぞ?』
『駄目だ』
『じゃあ月定のエージェントとして何か調査とかしろよ。手伝うからさ。功績が要るんだろ? 働かないと手に入らないぞ? 俺が協力する今がチャンスだろ?』
『クガマヤマ都市からモンスター認定を受けて都市に戻れない上に、500億オーラムの賞金首になって狙われてる状況で、調査なんか出来る訳無いだろう。何ならお前が坂下に掛け合って、俺のモンスター認定と賞金を消してくれ。それだけで凄い貸しになるぞ?』
『坂下から脱走してる状態でそんなこと出来る訳無いだろう』
シロウが内心で溜め息を吐く。
(こんな場所にいる旧領域接続者の工作員なら、功績をチラつかせれば飛び付くと思ったんだけどな)
五大企業ともなると確保した旧領域接続者が余るという状況にもなる。そして旧領域接続者にも才能や能力に個人差はある。シロウのような天才は専用の施設で高度な教育を受けてその技術を磨き、ハーマーズのような者が護衛に付くほどに優遇される。だが凡庸な者はそれなりの扱いとなり、大抵は最低限旧領域に接続できないと仕事に支障が出る職務に就くことになる。
そして凡庸未満、能力不足で旧領域に関わる仕事は無理だと判断された者は、時に壁の外の職務を割り振られる。他地域や他企業へ諜報等の目的でエージェントとして派遣されるのだ。
旧領域に関わる仕事としては無能でも旧領域経由での通信が可能であれば、遠隔地で通信装置無しに通信障害等をほぼ無視し、傍受も極めて困難な通信が可能だ。それは連絡途絶が時に致命的になる工作員という職種では非常に強力な武器となる。
シロウはアキラもその手の者だと考えていた。アキラは上からの指示で表向きハンターをしており、偶然その才能もあった。だが以前は防壁内の上位区画等で暮らしており、今もそこに戻りたいと思っている。そう推察していた。
坂下重工のエージェントにも似たような者はいる。防壁内の生活を知っているからこそ、そこに戻りたいという欲は強い。そのような者に、功績を挙げれば壁の内側に戻してやると言えば、意地でも功績を挙げようとする。シロウは自身の立場からその手の境遇の者をよく知っていた。アキラには自分を殺せないと踏んだのも、それを知っていたからだった。
だがそれにしてはアキラの食い付きが弱いと感じて怪訝にも思っていた。そして無意識にその辻褄を合わせようとする。
(いや、俺の話を信じられないだけで飛び付いてはいるのか? 俺を坂下に引き渡すだけでも月定は坂下に貸しを作ることになる。それをもっと凄い功績を得る為に我慢してるだけか? だとしたら、俺も危ない橋を渡ってるな。もうあと1ヶ月しか無いってのに……)
他に手段は無いとはいえ、アキラの条件の所為で無駄に時間を使ってしまっているような気がして、シロウは顔を僅かに険しくした。
アキラのハンターコード宛てに再び通知が届く。中身は以前と同じく秘匿回線への接続コードだったのだが、差出人を確認したアキラは顔を僅かに強張らせた。そして一度深呼吸して落ち着きを取り戻すと、キャロル達にちょっと出てくると言い残して車外に出た。その様子をキャロル達が不思議そうな顔で見ていた。
車外でアキラが情報端末をじっと見る。そして少し覚悟を決めて先程の秘匿回線に繋いだ。
「……、アキラです」
「……、エレナよ」
アキラとエレナは互いにそれだけ言って言葉を止めてしまった。
エレナは既に自分が賞金首になっていることを知っている。秘匿回線への接続コードが送られてきたことからアキラはそれを察した。そしてそれが想像以上に堪えたことから、アキラは自分が意外に体裁を気にする方であり、単にそれを気にする相手が少ないだけだったのだと気付いて内心で自嘲していた。
何の用なのだろうか、何を話すべきなのだろうか、アキラがそう悩んで沈黙を続けていると、先にエレナが口を開く。
「久しぶり、とか、元気だった? とか、最近どう? とか、そういう話をしたいところだけど、そっちはそんな状況ではないでしょうから止めておくわ。それでね? 話があるから連絡したのだけれど、その話の前に言っておくことがあるの」
「何でしょうか?」
「私達はアキラの味方、少なくともそうありたいと思っているわ。そう言ったら信じてくれる?」
アキラは黙った。答えられない理由を、信じると答えたらエレナ達を巻き込むのではないかと躊躇しているから、とごまかしていた。
アキラの沈黙を否定と捉えたエレナが、口調を僅かに悲しげなものに変えて続ける。
「……少なくとも私達はアキラの敵ではないし、アキラを敵に回したいとも思っていない。これならどう? これでも駄目なら、この後で何を話しても意味は無いわ。そのまま切って」
エレナの僅かに緊張の滲んだ声を聞き、アキラが口を開く。
「いえ、大丈夫です」
味方。敵ではない。そのどちらに対する言葉なのか、アキラは明言を避けた。隠したのではなく、自分でも自信が無かった。
エレナもそれを察したが、それでも安堵の息を吐いた。そして口調を意図的に明るくする。
「ありがとう。助かるわ。で、話なんだけど、私達の雇い主がアキラと話をしたいんだって。近況を交えてちょっと世間話でもしたいところだけど、替わるわね」
「ヒカルよ。久しぶりね」
ヒカルとしては無駄な敵愾心を与えないように親しげに話したつもりだった。しかしアキラからは敵意とは呼べないまでもかなり不機嫌な声が返ってくる。
「エレナさん達を巻き込んだ理由を聞こうか」
ヒカルは内心で緊張を高めながらも、予想通りの問いに熟考済みの答えを返す。
「私がアキラの味方側であると信じてもらう為よ。エレナさん達には私達側の事情を話した上で、私の護衛を引き受けてもらったわ。アキラの味方が私の話を聞いた上で私の護衛になっている。そういう状況でも作らないと、都市の内情を知らないアキラなら、都市の職員なんて敵だって言って、話も聞かずに切りそうな気がしたの。ごめんなさい。気に障ったのなら謝るわ」
確かに。アキラはそう思ってヒカルの言い分には理解は示したが、機嫌を完全に回復させるには至らなかった。
「それならキバヤシにでも仲介を頼めば良かったんじゃないか? 俺もキバヤシを通せば話ぐらいは聞くぞ?」
「その、キバヤシさんは今ハンターオフィスの職員として動いているってこともあって、クガマヤマ都市の職員として連絡を取るのは、ちょっとね。その辺はアキラも心当たりはあるでしょう? 無いなら説明するけど」
「あ、いや、大丈夫だ」
クガマヤマ都市の防壁を最前線の武装で吹っ飛ばせ。ヒカルも都市の職員として、この状況でそんなことを言うような者と接触するのは難しいのだろう。アキラはそう考えて納得した。そしてキバヤシのことが頭に浮かんだことで、キバヤシとの交渉よりは常識的な話なのだろうと思い、落ち着きを取り戻した。
「分かった。で、話って何だ?」
「今回の件を穏便に片付ける話がしたいの。一度会って話さない?」
「穏便に、か。そういうことは俺のモンスター認定ぐらい解除してから言ってくれ」
「その為でもあるの。そういう状態でも都市との交渉を続ける意思がある割り切った人物だと認識させれば、イナベさんも今回の件はアキラとリオンズテイル社の問題であり、私達はそれに巻き込まれているだけだと、都市の経営陣を説得しやすくなるからね。言ったでしょう? 私達はアキラの味方だって。これでも何とかしようと頑張ってるのよ?」
モンスター認定の解除の為と言われたらアキラも無下には出来ない。一応は味方を名乗る者の提案でもある。しかし直に会うとなれば恐らくエレナ達とも顔を合わせることになる。アキラは少し迷った。
「……分かった。一度会おう」
「ありがとう。助かるわ。じゃあ落ち合う方法だけど……、あ、ちょっと替わるわね」
「サラよ。アキラ。久しぶりね」
「あ、はい。お久しぶりです」
いつも通りに振る舞おうとしたサラの様子に、アキラも出来るだけ応えようとした。しかしアキラの口調はどことなく堅いものになっていた。サラもそれを察したが、態度を変えずに話を続ける。
「変なこと言ってるかもしれないけど、元気だった?」
「あ、はい。元気でやってます」
「寝床とかどうしてるの? どこかの廃墟とか?」
「いえ、キャンピングカーで寝泊まりしてます」
「あれ? アキラそんなの持ってたの? それともどこかに廃棄されてたやつ?」
「まあ、そこはちょっといろいろありまして……」
サラはアキラの近況を敢えて軽い調子で雑談のように聞いていた。そしてアキラの様子から、心配していたような精神状態ではないと判断した。経緯は不明だが、その余裕を支える環境も手に入れていると分かって安心する。
賞金首となり、モンスター認定まで受けて、荒野でモンスターやハンターの襲撃を警戒しながら長期間過ごすなど、普通の者では精神が保たない。だがアキラの様子はしっかりとしたもので、焦りも怯えも焦燥も感じられなかった。自分達と話している時に少々緊張したどこか後ろめたい様子を感じられたが、寧ろその程度であることがアキラの余裕の証拠となっていた。
「それにしても、アキラも大変ね。まあ、ヒカルもアキラが都市に戻れるように協力してくれるみたいだから、アキラも頑張って。私達に何か協力してほしいことがあったら言ってちょうだい。私達もハンター。報酬次第で、考えるぐらいはしてあげるわ」
「それはどうも。助かります。まあ、ちょうど装備を更新した後なんで、その金が無いんですけど」
「それは残念」
サラは冗談のように話し、アキラも冗談のように答えた。だが、私達で何か助けになるのならば助けを求めてほしい、というサラの願いには、アキラは応えなかった。
その後、再びヒカルと替わる。そして交渉の日時と場所を決めて通信を終えた。
大きく溜め息を吐いたアキラを、アルファが窘めるように優しく微笑む。
『賞金首になったのはアキラの所為ではないわ。でもその過程にはアキラの選択も確かに含まれているわ。そこは受け入れなさい。次は別の選択をするとしても、次も同じ選択をするとしてもね』
『ああ、分かってる』
『大丈夫よ。私がエレナ達の口調から判断する限り嘘は吐いていなかった。エレナ達はアキラの味方であろうとしているわ』
『……そうか。ありがとう』
意識を切り替えるのは難しい。だがアキラはそれでも笑った。
『どう致しまして』
アルファも笑って返した。
アキラとの通信が切れた後、サラは寂しそうな顔を浮かべていた。
「……これで、もう頼れる先輩じゃなくなっちゃったか。残念」
私達にもまだまだ力になれるところはあると思うから、出来れば頼ってちょうだい。以前サラはアキラにそう言った。本心だった。
しかし今日、それは無くなった。頼ってはもらえず、巻き込んでは迷惑になると気遣われるだけの者となった。その理解がサラを落ち込ませていた。
ヒカルは前交渉が上手くいった安堵でサラの様子に気付かずに、これからだと意気を込めて力強く笑う。
「エレナさん。サラさん。大変だとは思いますが、前にも言った通り、上手くいけばアキラの助けになることなんです。次も宜しく御願いします」
ヒカルに丁寧に頭を下げられたサラが意外そうな顔を浮かべる。すると長年の付き合いでサラの胸中に気付いたエレナが、サラを励ますように元気良く笑った。
「分かってるわ。今後も私達なりにアキラの力になるつもりよ。ね、サラ」
サラが少し驚いたような顔を見せた後、明るく笑う。
「……、そうね。次も頑張りましょう!」
アキラに頼られる為に助けようとしている訳ではないのだ。サラはそのことに改めて気付き、意気を取り戻して親友に笑顔を向けた。


















