260 勤勉な者達
光の壁が凶弾を浴びて割れ砕ける。壁の正体は強度の力場装甲の影響で硬化した空気で、僅かに発光して宙に浮かぶ光の盾のように見える。クロエの部下達が装備している非接触型展開式力場装甲発生装置が生み出したもので、力場障壁とも呼ばれている。
力場障壁は戦闘服の力場装甲に比べてエネルギーの消費効率がかなり悪いが、着用者以外の防御も可能なことや展開後に力場をその場に僅かな時間だけ置いておくことも可能で、敵の射線を斜めに切るように設置すれば強力な対力場装甲弾でもかなり効率良く防ぐことが出来る。
そして積み重ねた訓練により適切に多数配置された光の盾は、最大連射速度で撃ち出されたC弾の嵐から護衛対象を守り切った。
アキラが撃った銃弾は、一発たりともクロエに届かなかった。
並の者達ならば瞬きをする間に決着していた戦闘が、卓越した戦闘技術と高度な装備類、そして尽きぬ殺意と任務への意志によって継続される。既にそこが弾幕で埋め尽くされていたとしても、追加の銃弾を限りなく注ぎ込み、場の全員を弾幕の濃度で圧殺するように、銃口がその火力を以て吼え続ける。アキラはその死地を駆けていた。
砕かれた光の盾、力場障壁の破片は通常1秒持たずに淡い光となって霧散する。その破片がいつまでも消えないと錯覚する程に限界まで圧縮された体感時間の中で、右手のLEO複合銃でクロエを狙い続ける。それによりクロエの部下達に敵の殺傷よりクロエの保護を優先させ続けることで、自身に向けられる射線を出来る限り減らす。同時に様々な位置から向けられている射線から可能な限り逃れる為に、全速力で横に駆け出した。
強化服の超人的な身体能力だけで高速移動をしようとしても、本来なら走ろうとしても一歩目で余りの脚力の所為で地面を吹き飛ばしてしまい、その両脚が足場を失った宙を空回りするだけに終わる。それを足の裏の力場装甲機能により接地箇所を補強することで強固な足場を確保し、強力な姿勢制御装置で全身の反動を押さえ込み、体勢を崩さずに無風の大気を暴風と感じるほどの高速の推進力を維持する。
アキラはその高速移動の一歩一歩に遅さを覚えながら、高度な情報収集機器のセンサーが捉えた周辺の情報を受け取り、情報収集機器側のデータ編集処理を省略して認識し、拡張感覚としてそのまま知覚する。それにより、自分に向けられている無数の射線を直感的に捉えていた。射線が赤く塗られていれば、アキラの周囲は赤で塗り潰されていた。
それでも比較的射線の密度が薄い方向へ走り出し、射線の隙間に自分の体を滑り込ませるように体勢を変える。射線の見切りを誤れば即死すると分かった上で、射線を捉えた拡張感覚に、研ぎ澄まされた自身の勘に自分の命を預けて駆け抜ける。
それでも全ての銃弾を躱すのは射線が多すぎて不可能だと分かっている。避け切れない銃弾に対しては射線の見切りから着弾位置を推測して、その部分に強化服の力場装甲の出力を集中させて対処する。当然ながら他の部分の防御力がかなり低下する。射線の見切りを誤って予測地点以外に銃弾を食らえば途端に体勢を大きく崩して次の回避が不可能となり、全身に銃弾を浴びて木っ端微塵になる。
そして事前に避けられる射線を全て躱し、避け切れない銃弾を着弾の見切りによる強化服の力場装甲の出力集中で乗り切っても、敵の砲火はアキラを殺し切るには十分だった。既にアキラを取り囲んでいたメイド達と執事達が、味方への多少の着弾を受け入れてアキラに向かってほぼ同時に撃ち出した銃弾は、それだけの量と威力を備えていた。
その弾幕を、生還への道を閉ざす障害物を、自身に向けられた銃口から撃ち出された銃弾で形作られた分厚い扉を、アキラは左手のLEO複合銃で抉じ開けた。右手のLEO複合銃と同様に最速の連射設定で目標を撃ち続ける。それは標的の殺害ではなく被弾による体勢の崩れと銃器類の破損で射線を狂わせることを最優先にした銃撃であり、別世界と誤認するほどに意識上の現実の解像度を極限まで上げた世界での精密射撃だった。
発砲の直前に被弾したメイドが射線を乱す。その実力故にアキラの行動を認識できた執事が反射的に回避行動を取ってしまい照準を狂わせる。掠りもしなかった弾丸が銃の側を通り抜け、その風圧で銃口を僅かにぶれさせる。その積み重ねが、アキラの未来を塞いでいたはずの障害物に僅かな亀裂を作った。アキラはそこを更に銃撃し、粉砕し、道を閉ざす扉を抉じ開け、破壊した。銃弾の嵐を銃撃で受け流して突破した。
アキラとクロエ達が撃ち出した銃弾が周辺の建物に着弾する。強力なモンスターを容易く殺す高ランクハンターが撃ち出した銃弾も、そのハンターを殺す為に撃ち出された銃弾も、威力は下手な戦車砲を超えている。暴威を振るった弾幕は建物の壁に穴を開け、吹き飛ばし、更には倒壊させた。
戦闘開始から10秒。余りにも膨大な銃弾が飛び交った世界で、アキラもクロエも生き残っていた。
クロエは戦闘開始直後からラティスに強引に抱えられて、場から全速力で離脱を開始していた。肉体的には常人と変わらないクロエにはそれだけでも身体に強烈な負荷が掛かるが、それは一見ただの高級なだけの通常の服だが実際には強力な戦闘服並みの防御力を持つ服の性能と、クロエに負担を掛けない抱え方をしたラティスの技量で乗り切った。
更に周囲の部下達がアキラとクロエを結ぶ直線上に素早く的確に力場障壁を発生させてアキラの銃撃を防ごうとする。クロエはその光景を見て一瞬安堵を覚えたが、それも次の瞬間には吹き飛んでいた。アキラの銃撃により光の盾の大半が粉砕され、銃弾がかなり際疾い位置まで到達していたからだ。それでも一応は無傷で遺跡を脱出し、荒野に停めていた大型装甲車両まで無事に辿り着いた。
車両の後部扉を遠隔操作で開きクロエを車内に入れた時点で、ラティスとパメラが視線を合わせてどちらが護衛として残るかを決めようとする。そこにクロエが口を挟む。
「2人とも行きなさい」
ラティスとパメラの両方が表情で難色を示し、ラティスが代表して答えようとする。
「お嬢様。流石にそれは……」
「もう彼は殺すと決めたの。私を中途半端に守ろうとして彼を殺し切れないのでは意味が無いの。行きなさい」
ラティス達は真剣な表情で指示を出す主の姿を見ると、互いに向けて軽く頷いた。そしてパメラだけが車外に出るとラティスはそのまま後部扉を閉めた。
クロエが静かだが狂気が見え隠れする表情で告げる。
「ラティス?」
ラティスがクロエの威圧に気圧されないように、非常に真剣な表情で答える。
「残した者達で彼を殺し切れない場合、或いは逃げられてしまった場合、恐らく彼は追ってくるでしょう。よって私が残り挟み撃ちにするという手も御座います。そしてお嬢様には増援の手配と追加装備の使用許可の手続きをして頂けると、より確実に彼を殺せるかと」
「……。分かったわ」
一応の納得を示したクロエに向けてラティスが短く礼をする。そして運転席に向けて叫ぶ。
「行け!」
車両が荒野に向けて急発進する。その躊躇いの無い動きは、それが最善だとラティス達に告げているようでもあった。
何も見えない空中から突如鮮血が噴出し肉片が四散する。そこに一瞬遅れて身体を半分ほど原形ごと失ったメイドだった者の姿が現れ、骨や皮膚、戦闘服などで辛うじて繋がっていた部分を着弾の衝撃で千切れさせながら飛び散っていく。迷彩状態でアキラとの距離を詰めようとしたメイドが、アキラに迷彩を見抜かれて銃撃されたのだ。
更に頭部や上半身、胴の一部を失った執事が突如出現し、そのまま崩れ落ちる、失われた部分の血肉が周囲に飛び散り紅く染めていく。拡張部品の追加により都市間輸送車両での戦闘時より更に威力を増している2挺のLEO複合銃は、その時の襲撃者のそれぞれよりは劣る者達に向けて次々に弾丸を撃ち放ち、目標を殺し続けている。
戦闘開始より5秒後、アキラは継続して追い詰められていた。
クロエの部下達の実力は、輸送車両で戦ったエルデの部下達よりは低い。しかし数は圧倒的に上回っており、しかも戦闘開始時に既にアキラを囲んでいた。総合的な戦力差は輸送車両での戦闘時より劣悪だ。
初めにアキラを囲んで銃撃した時点で、それで殺し切れなかった場合の作戦が始まっていた。大量の銃弾をアキラに放ちながら、擲弾も周囲に一緒に撃ち出していた。そして擲弾はアキラを直接殺す為のものではなかった。
擲弾が爆発して周囲に情報収集妨害煙幕を撒き散らす。煙はほぼ透明だが濃密な色無しの霧と同様の効果を発揮し、アキラの情報収集機器の精度を著しく低下させた。加えて煙には高速フィルター効果付きの拡張粒子が含まれていた。
流石に屋外での使用であり高速フィルター効果の影響は低く、アキラが撃った銃弾が空中で止まるようなことにはならない。そしてすぐに四散する所為で効果時間は1秒も持たない。
しかし銃弾の威力と射程はそれなりに低下する。しかもアキラの周辺に散布しているのでアキラが最も影響を受ける。高速フィルター効果により銃の威力と射程を殺され、加えて強化服の全出力による高速移動まで鈍らせられる死地から脱する為に、アキラは相手の意図が分かった上で、情報収集妨害煙幕が最も薄い方向へ、クロエとは逆方向へ逃げざるを得なかった。
クロエ側に走ればアキラは詰む。濃い煙の中、高速フィルター効果で動きが鈍った状態で全方位からの銃撃を受けて、下手をすれば銃弾に圧殺される。クロエへの殺意で自らを殺してしまわないように、アキラはギリギリの冷静さを保って、最も殺したい相手とは逆側に全力で駆けた。
瞬きをする暇すら無い僅かな時間で煙の高速フィルター効果は半減した。だが単純な情報収集阻害の効果は十分に継続中だ。そしてアキラの動きを誘導した以上、相手もその移動方向を把握している。装備の迷彩機能を使用して姿を消しながら先回りしていた。
アキラを左右から狙っていた敵は、情報収集妨害煙幕の影響と装備の迷彩機能の相乗効果により極度の隠形状態で、普通なら絶対に見付からない。だがアキラは見破った。更に高性能になった情報収集機器の感知精度と、箍が外れている精神状態が生み出した極度の集中により限界まで解像度を上げた意識上の現実操作の相乗効果により、そこに何かがいるという僅かな違和感を捉えた。
それでも敵の位置を正確に掴んだ訳ではない。あくまでも大凡だ。だが目標の位置を曖昧にしか掴んでいない部分は、弾丸を大量に散蒔くことで補った。ミニガン並みの連射速度で、敢えて射線を揺らし、無数の弾道で目標周辺を埋め尽くし、対象が存在するであろう一帯を銃撃する。
その結果、迷彩状態だったメイドや執事が姿を現す前に即死し、続いて被弾による装備破損で迷彩を解除される。同時に粉砕された装備と一緒に身体が千切れ飛び、周囲に血肉を撒き散らした。
敵を数名殺してもアキラは死地を全く脱していない。それどころか状況は更に過酷になっていく。クロエの部下達にとってクロエの生存はアキラの殺害より優先される。その為、戦闘開始時にクロエの護衛に回った者達は場に残ってアキラの殺害に動いた者達より装備も能力も高かった。その者達が護衛対象の避難を終えたと判断して続々とアキラの殺害に加わっていく。
大型の銃器を持つメイドが誘導徹甲榴弾を敢えて上に撃ち出し、弧を描く軌道でアキラの頭上から襲わせる。誘導弾がアキラの周辺にいる者達の情報収集機器と連携して精密な誘導でアキラを襲う。
アキラは全力で駆けながら、周辺の建物を遮蔽物にして敵の弾幕を防いでいる。戦闘開始直後の攻撃で既に周囲の建物は倒壊を始めているが、漸く落下を始めた瓦礫が地面に到達するまでの時間は経っていない。限界まで圧縮した体感時間の中では、それらの瓦礫が宙に浮かんでいるように見える。
それらの瓦礫が更なる弾幕を浴びて崩れながら乱反射し、更に榴弾の爆発の衝撃で激しく動いている。アキラはその隙間を通り抜けながら敵を銃撃する。そして敵はその隙間を縫ってアキラを銃撃している。
飛び交う銃弾が瓦礫を粉微塵に粉砕し、榴弾の爆発がそれを吹き飛ばす。それで空いた空間を、アキラもメイドも執事も、敵を殺し切る為に高速で駆けていく。
静止状態からの自由落下を致命的に遅いと感じる高速戦闘の中、アキラは同じ時間感覚に対応できる部隊を相手に死力を尽くしていた。
戦闘開始から11秒後。周囲の建物の大半が倒壊し、吹き飛ばされ、瓦礫の積もった一帯と成り果てた戦場で、アキラは両手のLEO複合銃からその性能が許す限りの弾幕を放ち続けながら、いまだ戦い続けていた。
ハンターオフィスの出張所でヴィオラと会ったキャロルは、まずヴィオラの背後に立っているババロドを見て事情を察すると苦笑を浮かべた。
「全く、もしかして初めからそのつもりだったの?」
ヴィオラがいつものように楽しげに笑う。
「とんでもない。あの後にそう決めただけよ。その後に利用したと言われたら否定はしないけど、あの後の交渉を私に任せたのは貴方なんだから、その程度の予想はしてたんじゃない?」
「予想はしてなかったけど、らしいわね、とは思ったわ」
キャロルとヴィオラはそう言って悪女の笑顔を向け合っていた。その笑顔を見てババロドは深い溜め息を吐いた。
ババロドは借金返済の為にヴィオラの護衛をやらされていた。サイボーグである体の管理者権限まで借金の形に取られてしまっており、扱いとしては悪いと言える。しかしその分だけ返済は早まる予定だった。
キャロルはヴィオラがババロドほどの高ランクハンターを態々護衛にする理由を少し気にしたが、自分の代わりにちょうど良かったのだろうと判断して深くは考えなかった。
その後、ヴィオラから約束のデータが入った記録媒体を受け取ると、ネットワーク機能が物理的に付いていない専用の機器で中身を閲覧する。態々手渡しが必要なほどの秘匿情報が万が一にも漏れないようにする為の配慮だ。
そしてそのデータの詳細を見たキャロルが表情を驚きに染めた。
「……ヴィオラ。これ、本当?」
「私が嘘の情報を渡したことがあった?」
「……そうよね。確かに、これをネット経由で渡すのは無理だわ」
キャロルが軽く頭を抱える。ヴィオラはそのキャロルの様子をいつもの笑顔で楽しげに見ていた。
「内容に満足してもらえたのなら、情報料の交渉に移りたいのだけど」
「待って。先にアキラに伝えさせて」
キャロルが情報端末でアキラに連絡しようとする。しかし失敗した。
「……圏外? どういうこと? ヴィオラ。悪いけど……」
代わりにアキラに連絡を、と頼もうとして、キャロルはヴィオラの様子に言葉を止めた。キャロルの頼みを先読みしていたヴィオラが、情報端末を持って同じように怪訝な顔をしていた。
「私の情報端末も完全に圏外? そんなはずは……」
ヴィオラの情報端末は旧領域経由の回線にも対応した特注品だ。その回線が完全に圏外になるなど、普通は有り得ないことだった。
その時、建物が大きく揺れた。次に警報が鳴り響き、続けて施設内向けの放送が流れる。
「外で大規模な戦闘の反応を捉えました。加えて著しい通信障害が発生しております。それにより当施設は自衛モードに移行致しました。施設防衛依頼を引き受けて頂けるハンターは、施設内通信経由で緊急依頼の受諾を……」
周辺のハンター達が慌ただしい様子を見せる中、キャロルは視線を自身の閲覧用端末に思わず向けた。
「まさか……!?」
ヴィオラが提供した情報は、リオンズテイル東部三区支店がアキラというハンターに対して武力行使を含めた交渉の準備をしている恐れがあるというものだった。データをネット経由で渡せなかったのは、それを裏付ける大量の社外秘情報が含まれていたからだ。
ヴィオラから情報を買わなかった者は、その内容を知らなかったことで破滅的な不利益を得る。アキラもまた、その一例となった。
しかし、驚くヴィオラの表情が、これは予想外の事態だと示していた。
人間の精神はある程度造れる。表現を変えれば、その思考、拠り所、生き様などを含む人格を、特定の方向に著しく偏るように促せる。新リオンズテイル社を現代に再構築したアリスは、自動人形の代用品として人間を使用する為にその手腕を大いに発揮した。
酷い貧困生活から救い上げられた恩、或いは利益。その後の教育機関での以前とは衣食住の水準が根本的に異なる生活と、そこでの日々で無自覚に受け取った情報。称賛と叱咤を決める評価基準の掌握による、所属意識や忠誠心の植え付けと思考の調整。階級式の環境。同調圧力。そして度重なる訓練。
それらの過程を経て造られた精神性は、新リオンズテイル社への忠義を何よりも重要視するものとなる。人として生まれ、企業の部品として育ち、消耗品として生涯を終える。それを哀れではなく誇りとする程に。
その者達が今アキラに襲いかかっている。そして散っていく。ある意味で、その忠義を以て彼らが望むが儘に。
アキラが敵の射線から逃れる為に宙に高く跳躍した。単に宙に飛ぶだけならば着地するまで慣性に従って動くしかなく、現状の戦闘では自身をただの的に変えるだけの致命的な悪手だ。だが今のアキラならば問題ない。強化服の機能で足裏の空中に力場装甲の足場を作り、地上と変わらない動きで俊敏に上下左右に移動可能だからだ。
そしてその動きにクロエの部下達も付いていく。アキラと同じく空中に足場を作り、四方から同時に襲いかかる。メイドが前後から、執事が左右から、4人全員が力場障壁を自身の前に配置し押し出しながらアキラを囲もうとする。
アキラが両手のLEO複合銃を振り回して迎撃を試みる。銃口から拡張弾倉の強みを活かした大量の弾丸が撃ち出され近距離の目標に直撃した。力場障壁から飛び散る衝撃変換光が周囲の影を完全に取り払った。
しかしそれほどの衝撃も光の盾の破壊には至らなかった。盾には各自の戦闘服の力場装甲用のエネルギーまで使用されており、その強度は限界まで引き上げられていた。
代わりに各自の戦闘服の防御力はただの布地程度まで落ちており、その状態で被弾すれば衝撃で体は一瞬で四散する。銃弾はアキラの方からだけではなく、背後の味方からも飛んできている。更に頭上からは大量の誘導徹甲榴弾が降り注いでいる。それらが高速移動中のアキラを狙っているので、誤射の恐れも十分にある。
それでも4人全員が躊躇わずに出力を力場障壁に注ぎ込み、アキラの動きを止める為に相手との距離を詰める。積み重ねた訓練で体に染みついた動きで、部隊全体の効率を最優先にして自身の命を省みず、敵を殺す為の捨て駒となって突き進む。
逃げるのであれば、アキラの逃げ場は上だけだ。アキラは不規則かつ高速に動き続けることで敵の射線から逃れ続けている。足場を足の裏に作成する都合で下方向には動きにくく、無理に下に逃げたとしても速度は落ちる。それでは的になる。しかし高速で上に逃げたとしても、相手もそれを読んでいる。アキラにそうさせる為に囲もうとしているからだ。被弾の恐れは飛躍的に高くなる。
周囲の4人を素早く倒せるならば、倒して再び不規則に移動するのが最適解だ。しかし被弾どころか命すら捨てて距離を詰めてくる相手を、2挺のLEO複合銃で倒し切るのは無理だった。
このままでは詰む。そう判断したアキラは、両手のLEO複合銃から手を離した。無風の空気を酷く重く感じられる高速戦闘、それに遅さすら感じる程の感覚の中、銃を手放したアキラの姿を見た者達がその自殺とも捉えられる行為を怪訝に思う。
だが次の瞬間、アキラは素早くブレードを両手で握ると、渾身の力で振り回した。
空中の力場装甲の足場を一瞬だけ強化して確かな足場を生み出す。そこを軸にして高速回転する。同時に強化服の出力を限界まで上げた力で握ったブレードを横に振り払った。
ブレードは対力場装甲機能を最大出力で動かしていた。だがそれだけでは相手の光の壁を両断するのは無理だ。それが可能なほどに脆いのであれば、LEO複合銃での銃撃で十分破壊できた。
だが単に斬っただけでは足りない分は、強化服の身体能力で無理矢理補った。切断ではなく粉砕するように、切れ味など全く無い丸い棒を勢い良く振って、柔らかな物を押し潰して切断するように、4枚の光の盾とその背後の者達を薙ぎ払った。
光の壁が砕けて光の粒子となって飛び散っていく。その背後の者達も血肉となって四散する。それでもアキラは死地にいる。囮となった者達が自身の死を覚悟していたように、他の者も彼らの死を覚悟している。ブレードを勢い良く振るった反動で動きを鈍らせているアキラに、初めから味方ごと撃ち殺すつもりだった射線が合わされ、一斉に撃ち出された。
その自分の動作では回避不可能な銃撃を、アキラは別の物の動作で回避した。先程手放した2挺のLEO複合銃が敵の銃撃に合わせて発砲する。それは反動軽減機能を意図的に無効化した上で最高速度での連射であり、銃はその反動で勢い良く後方に飛ばされた。そしてそのままアキラに直撃した。
アキラはそれを敢えて避けず、直撃の衝撃で自分の体を敵の射線から強引にずらした。一瞬前までアキラがいた場所を膨大な数の銃弾が駆け抜けていく。
ぶつかった衝撃で自分がどの方向に飛んでいくかはアキラにも分からなかった。それにより相手もアキラの動きを予測するのは難しかった。
その僅かな隙を衝いてアキラは空中で体勢を立て直し予備の銃に持ち替えた。そして一対多の高速戦闘を続行する。敵の人数は着実に減っているが、敵の殺意は全く減っていない。自らを磨り潰してでも勝利を掴もうとする者達の、どこまでも殺意に満ちた攻防が続いていった。
現場に戻ってきたパメラが驚きの顔を浮かべる。その視線の先ではアキラが片膝を突いていた。そして他の者は全て倒れていた。
アキラがブレードを支えにして立ち上がろうとする。だがその圧力で刀身が砕け散り、僅かに体勢を崩した。柄だけになったブレードを仕舞って立ち上がる。その間もアキラの目はずっとパメラを捉えていた。
強化服のエネルギーはもうあと僅かになっていた。強化服の方に詰めていた回復薬は既に使い切っている。高速戦闘で身体に掛かった負荷は酷く、普通なら度重なる衝撃で挽き肉になるどころか液状になりかねないほどに酷い負傷を負った体を、空になるまで投与した高価な回復薬で何とか維持していた。
体感時間と意識上の現実解像度操作により酷使した脳が激しい頭痛でアキラに限界を伝えている。今にも気絶しそうな意識を、湧き出る黒い感情で無理矢理保たせる。そしてその感情のままに、それを反映した声を出す。
「……あいつはどこだ?」
パメラは内心のアキラへの警戒を隠しながら、軽く呆れたような表情でその問いを無視した。
「生きていたとは予想外でした。しかも皆を倒していたとは。お嬢様の避難をまずは優先。その判断が正しかったことを、こういう結果で確認するとは思いませんでしたよ。しかし流石に限界のご様子。どうです? 今からでも判断を変えては。渡すと言って頂ければ、私は帰りますよ?」
アキラもその問いを無視した。
「嫌だ、ということですか。強情ですね」
その後、暫く沈黙が流れる。アキラは疲労を可能な限り回復させる為に黙って立っている。相手がどんな意図で攻撃をしてこないのかは考えない。時間稼ぎなら今はそれに乗る。
パメラも黙って立っている。クロエを遠くまで逃がす為に時間を稼ぐ。ここに残した部下達が倒されている時点で、アキラの実力が当初の予想を超えているのは間違い無い。まだ然程時間は経っていないのだ。万が一、自分までもすぐに倒されてアキラがこの後にクロエを即座に追うような事態になっても、クロエが十分に逃げられる時間を稼ぐ為に、今は相手の回復を見逃していた。
そしてパメラが先に時間切れの判断を下した。
「待っていても気が変わることはないご様子。では、そろそろ死んで頂きましょう。貴方の死はお嬢様のご指示ですので絶対です。完了の報告をこれ以上お待たせするのもよくありません」
もう少し時間を稼ぎたいアキラが口を出す。
「渡すと言えば、帰るんじゃなかったのか? それとも態々そんな嘘を吐いておけってのも、お嬢様の指示なのか?」
「いえ、私の独断です。それに嘘は吐いていませんよ? 貴方が渡すと答えていれば、私は帰っていました。自分達だけで任務を完遂できなかった皆も残念だったでしょうから、その無念を晴らす機会を上司として譲っていた、というだけですけどね」
「どういう意味だ」
「こういうことです」
パメラが笑って告げる。
「起きなさい」
その指示に従って、クロエの部下達が起き上がる。生者も死者も区別無く、物理的に立ち上がれる者は全員立ち上がった。腕が千切れていようとも、頭が有ろうと無かろうと、足で立てる者はしっかりと立っていた。その様子を見て、アキラも流石に驚きを隠せなかった。
「皆、勤勉でしょう? 自慢の部下達よ」
クロエの部隊の者達は、最後まで戦えるようになっている。それは外部の指示でも行動可能な強化服の着用であったり、気絶しても自身以外の意志で身体を動かせるようにする簡単な機械化処置であったりする。そして当人が普通に動ける場合は当人の意志が最優先だが、昏倒などで動けない場合、或いは死亡した場合には、その体を動かす権限が上司に移行されるようになっていた。
パメラはメイド達の上司であり本来はメイド達しか動かせない。しかし今はラティスから権限を借りているので執事達も動かすことが出来た。それにより、かなりの数の者が立ち上がっていた。
アキラはクロエの部下達を殺す気で攻撃したが皆殺しにした訳ではない。そもそもアキラの攻撃は全て相手の戦闘能力を奪うのが目的であり、相手の生死は二の次だった。十分に負傷させて動けなくなった者達に止めを刺して回る余裕など、ましてや絶対に動けないように四肢を破壊する暇などなかった。
「正直に言うと、多分私だけでは貴方には勝てないわ。そこまで強いとは思っていなかった。でも大丈夫。皆がいるから」
他者の体を動かす権限を持つとはいっても、その体を自在に動かすのは普通は無理だ。人は自分の体を十全に動かすのにも十分な訓練を必要とするからだ。
だがパメラにはそれが部隊単位でも可能だった。クロエの側近に成れたのもその技量を買われてのことだった。
「じゃあ、死んで」
首無しの死体が銃を構えようとする。だがその動きが止まった。それはその体を動かしていたパメラが、アキラの様子を訝しんだからだった。
アキラは自嘲気味に笑っていた。
アキラには死体が動き出した理由など分からない。だがどうでも良かった。
「……あの生き返ったやつだって頭を潰せば取り敢えず動かなくなったってのにな。そうか、お前らはそんなになっても俺を殺したいのか。殺されても動くぐらい、どうしても俺を殺したいのか。そうか。分かったよ。分かった。分かったって。お前らが死ね、じゃ、駄目なんだな?」
アキラの顔から嗤いが消えた。そこに残ったのは黒く暗い内心が滲んだ感情の跡だけだった。
「バラバラにしてやる」
その宣言と共にアキラが動き出した。パメラも即座に応戦する。
アキラは既に限界を超えている体を湧きあがる感情で支えて更に酷使し、かつてのように戦い続ける。戦闘を開始する前からアルファの姿が消えていることにすら気付かずに。


















