246 キャロルの依頼
キャロルが自宅で非常に険しい表情を浮かべている。
キャロルは自身の情報網に加えてヴィオラとの付き合いもあり、そこらの情報屋よりクガマヤマ都市の裏事情に詳しい。かなり深い部分の情報も手に入れられる。それでも坂下重工所属の旧領域接続者が脱走したなどという非常に秘匿性の高い情報は得られない。
しかし実際に捜索が行われている以上、隠蔽にも限界はある。荒野に出る捜索人員の手配、その物資の調達取引、そこから生まれる金の流れ。無関係な人捜し依頼、巡回依頼の増加、巡回ルートの変更。それらに関わる一見何の関係もない些細な出来事。そこから僅かに薫るほどの普通なら気付けない情報を掻き集めて、かなり大きな組織が手間を掛けて旧領域接続者を探しているという推測を得た。
集めたデータを見ながら、キャロルがその表情に怯えを滲ませて頭を抱える。
「……不味いわ」
悲観的に考えすぎているという望みは、最悪の状況の想像で塗り潰されていた。その最悪を迎えない為に、キャロルは未来の自分に杞憂だったと大笑いされるとしても、出来る限りの備えを始めることにした。
アキラの新装備一式の手配はすぐに終わった。少し前までならばアキラの新装備はクガマヤマ都市の需要基準を逸脱した高性能なものばかりなこともあり、他都市からの輸送が必要な所為でかなりの日数を待つ必要があった。だが今は都市が他の地域から高ランクのハンターを呼び寄せているお陰で、彼ら向けの高性能な製品も事前に都市まで輸送済みであり、シズカの店にも一式すぐに届けられる状態だった。
アキラがシズカの店の倉庫で新装備を身に纏う。銃も強化服も基本的には以前と同じ製品だ。だが高性能な拡張部品を取り付けていた。
これにより強化服は基本性能である身体能力を格段に向上させた。連動している情報収集機器の範囲や精度もかなり向上した。
更に薬剤の投与機能も加わった。回復薬や加速剤を事前に強化服に装填しておき戦闘中に投与することで、より高度で柔軟な戦闘が出来るようになった。尚その都合で今後は回復薬もシズカの店で購入することになった。
強化服のオプション品である防護コートも手に入れた。強力な力場装甲に加えて、ハンターランクによる購入制限の掛かった高度な迷彩機能も備わっている。
アキラはコートの迷彩機能を有効にしてから自分の姿を鏡に映し、自分の顔だけが宙に浮かんでいる光景を見て驚きながらも笑っていた。
シズカが微笑みながら軽く注意する。
「当たり前だけど、それはモンスターから隠れる為のものなの。悪用しちゃ駄目よ?」
「分かってます」
そう素直に答えたアキラに、シズカが少し悪戯っぽく微笑む。
「みんなそう言うわ。でも魔が差す人が多いのよ。覗きにはもってこいの機能だからね」
アキラがシズカに向ける態度としては珍しく、僅かに不服そうに答える。
「しません」
シズカは少し楽しげに苦笑を返した。そこにアルファが笑って続ける。
『覗くだけなら、アキラは私を見れば良いだけだものね』
『そうだな』
アルファが少し意外そうな顔を浮かべる。
『あら、あっさり認めるのね』
『否定はしない。誰かのお陰で、その辺の慣れは万全だからな』
アキラはそう言って軽く流そうとした。だがアルファが楽しげに笑って話を続ける。
『やっぱり触れないと駄目なのね。でも大丈夫よ。その強化服の感覚フィードバック機能なら、強化服越しでも素手と変わらない感触を得られるわ。だからちゃんと触れるわよ?』
高性能な強化服には、扱いの難しい武器を分厚いグローブ越しでも精密に扱えるように、着用者に生身と同じ感触を伝える非常に高度な触覚フィードバックが備わっている製品が多い。
アキラの強化服にもかなり高性能な機能が備わっている。加えてアルファによる機能改善のお陰で、その体感の精度は生身と何ら変わらない域に達している。つまり、飽く迄も擬似的なものではあるが、今のアキラはアルファに触れるのだ。
アルファが誘うように微笑みながら自身の胸をアキラに近付ける。アキラはそれに反応しないように表情を僅かに固くした。そのアキラの反応にアルファは満足そうに笑った。
シズカもアキラの僅かな反応に気付いた。だがアルファの存在など知らないので、別の解釈をして少し申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「あー、ごめんなさい。からかいすぎた?」
アキラが慌てて首を横に振る。
「いえ、違います。そういう訳じゃ……」
シズカがアキラの側に行き、言い訳を続けようとするアキラを抱き締める。左手をアキラの後頭部に回し、軽く押して自身の胸に押し当てながら、右手でアキラの頭を軽く撫でる。
「私も店主として常連客の機嫌を損ねたくないの。悪かったわ。機嫌を直してちょうだい」
「だから、その、違うんですけど……」
アキラはそのまま流されて大人しくなった。確かに違うとはいえ、アルファのことは話せない。そしてこの状態で別の言い訳を考えるのは無理だった。
アルファがそのアキラの様子を見て笑う。
『やっぱり触れられないと駄目なのね。でもアキラの顔に触れさせるのは、今の私には無理なのよね。厳しいわ』
『黙ってろ』
アキラは照れながらも何とかそれだけ答えた。
シズカにはアキラとアルファの遣り取りなど分からない。だが持ち前の勘でアキラは機嫌を損ねていないと察すると、安心したように機嫌良く微笑んでいた。
店の倉庫で新装備の確認を済ませたアキラは、シズカと一緒に一度カウンターまで戻った。そこでシズカにハンター証を渡し、装備の引き渡し手続きを終える。
シズカが店の端末にアキラのハンター証を読み取らせる。そして会計手続きを含めた一連の後処理を終えると、アキラにハンター証を返した。そして少し苦笑気味に、だが楽しげに笑う。
「店の売上記録を大幅に更新した取引だったわ。こんなことを言うのも何だけど、店の売り上げを一部のお得意様に依存しすぎるのは健全な経営とは言えないわね」
アキラも軽く笑って返す。
「その辺はお手数をお掛けしますが、今後も宜しくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ。これからも当店カートリッジフリークをどうか御贔屓に」
シズカは少し大袈裟にそう答えて、友人であり重要顧客でもある人物に愛想良く笑った。
その後の雑談の中でシズカが軽く尋ねる。
「そういえば、アキラの次の予定はどうなっているの? 大流通関係の仕事は終わったんでしょう? 随分急いで装備を調えたけど、もう何か次の仕事を入れたの?」
「いえ、全く決まっていません。暫くはゆっくりするつもりです」
どれだけ待てば良いのかは不明だが、待ってさえいれば最前線地域の武装が届く予定になっている。アキラはそれまではアルファとの訓練を主軸にして過ごすつもりだった。
「そう。それも良いと思うわ。でもアキラのことだから、またすぐにハンター稼業に戻るんでしょうね。ちゃんと休まないと駄目よ? 入院していた期間を休んでいた期間に入れないように」
アキラが信用されていないと思いながら苦笑する。
「大丈夫です。ちゃんとゆっくりするつもりです。ハンター稼業に出るとしても、長期の休みで勘が鈍らないようにちょっと軽めの遺物収集をするとか、そんなのですよ」
「まあ確かに、今のアキラの装備ならこの辺りの遺跡で苦戦はしないわね。態々もっと東に出かけたり、クズスハラ街遺跡の奥部に入ったりしなければ大丈夫か」
アキラが自信を持って答える。
「そうですよ。勿論そんな場所には行きません。そういう依頼が来ても断ります。大丈夫です」
「その自信が油断に変わって命取りってこともあるわ。ハンター稼業に出るにしても、油断だけはしないようにね」
「はい」
アキラのはっきりとした返事を聞いて、シズカも満足そうに笑った。
アキラはシズカの店から自宅に戻った。車庫内にバイクを停めると、バイクで引っ張ってきた荷台から荷物を下ろす。
荷台は以前にも使用していた折りたたみ式の製品で、本来は車両で牽引するものだ。加えて新装備と一緒に買った弾薬等を山ほど積み込んだので重量はかなりの重さになっていた。だがバイクは並の車両を軽く超える出力でその荷台の重量を物ともしなかった。
アキラは新しいバイクの性能に改めて満足していた。
「車も欲しいけど、当分はこのバイクがあれば良いか。出来れば次の車はバイクと同じようにツェゲルト都市辺りで売ってるやつにしたいしな」
アキラの今までの車両は何だかんだと大破し続けていた。原形すら留めていないものも多かった。だが新しいバイクはあれ程の激戦を潜り抜けても健在だ。修理に出す必要すらなく、エネルギータンクの交換だけで済んだ。
アキラはバイクを見ながら、今後も長い付き合いになることを期待して軽く笑った。
アルファがいつものように笑いながら告げる。
『そこまで高性能な車両は、もうアキラには不要だと思うわ。あの到着待ちの装備が届いたら、アキラには私の依頼を終えてもらう予定だからね。その時には大型車両よりバイクでの移動が適しているから、どちらかといえば更に高性能なバイクが欲しいところね』
大事なことをさらっと告げられたアキラが、僅かに間を置いてから驚きを露わにする。
「アルファの依頼の遺跡を攻略するんだな?」
『そういうこと』
「……そうか。漸くか」
アキラが真面目な顔でアルファを見る。
「大分待たせたか?」
アルファが笑って答える。
『いいえ、私の予想より大分早いわ』
「そうか」
アルファの返事を聞いて、アキラも少し嬉しそうに笑って返した。
アルファから引き受けた依頼。極めて高難度な遺跡の攻略。アキラはその下準備をアルファと初めて会った日からずっと続けてきた。その依頼達成の為に必要な途方もなく長く険しい道程の終端を、地平の先、地の果てまで続いていそうな困難な道の終わりを、アキラは今日漸く視界に収めた。
アキラが感慨深い面持ちでアルファを見ている。アルファも笑ってしっかりと見詰め返していた。そこに雄弁な沈黙を暫く挟んだ後で、アルファが軽く苦笑する。
『まあ問題は、その装備がいつ届くのか全く分からないってことだけれどね』
アキラも軽く苦笑する。
「そうだった。いつになるんだろうな」
『余りにも時間が掛かるようなら、運ばれてくるのを待つよりも自力で取りに行く手段を模索した方が良いかもしれないわ』
「そうだな。……いや、確かにそうなんだけどな」
島のように巨大な巣級の巨虫類の群れ。空を覆うほどに巨大な上空領域のモンスター。輸送が遅れている装備を取りに最前線付近まで行くには、それらと交戦した地域を通る必要がある。自力で行く以上、今度は都市間輸送車両の援護は無い。アキラは道中の交戦を思い出して顔を歪めていた。
『まあ、その辺りは今後の状況次第ね。暫くは待つしか無いわ』
「そ、そうだよな。うん」
アルファが笑って念を押す。
『待っている間も弛んでいる訳にはいかないわ。しっかり訓練して、ちゃんと鍛えるからね』
アキラもしっかりと気合いを入れて答える。
「分かってる」
訓練は覚悟と気合いで何とかなる。だがモンスターはそれだけではどうにもならない。アキラは自分の担当で何とか出来るものに気合いを入れ直した。
その時アキラに通話要求が届いた。キャロルからだった。
アキラが荒野をバイクで進んでいる。目的地はミハゾノ街遺跡だ。だが目的は遺跡ではなく、その近くにいるというキャロルに会う為だった。
自宅の車庫で聞いたキャロルの用件は、キャロルからアキラへの依頼の話だった。アキラはその話を初めは何らかの依頼を一緒に受けようという誘いだと思い、暫くはのんびりする予定だと言って断った。だがキャロルはそれならば寧ろ好都合な依頼だと答えた上で、詳細は一度直に会って話したいと言ってきた。
出来ればアキラに会いに来てほしいが、無理ならこっちから会いに行く。キャロルにそう言われたアキラは、少し迷ってから自分から会いに行くことにした。キャロルの依頼の内容が気になったこともあるが、暫くはのんびりする予定とはいえ、折角新装備を揃えたのにそのまま自宅に閉じこもるのもどうかと思ったのだ。
走行に適しているとは言えない荒野をバイクの機能で強引に高速で駆けていく。空中すら走行可能なバイクで足場を選ばずに、時には宙を足場に選んで疾走する。その様子は偶然近くを通っていたハンター達を驚かせていた。
以前にミハゾノ街遺跡に向かった時は、通行が困難な場所などを迂回して進んでいたのでかなり時間が掛かっていた。しかし今は遺跡に向けてほぼ一直線に進んでいる。そのお陰で大幅な時間短縮となっていた。
視界の両端を高速で流れていく景色を見ながらアキラが楽しげに笑っている。
『これならすぐに着く! このバイク、やっぱり買って良かったな!』
少し燥いでいるようにも見えるアキラに、アルファが苦笑しながら釘を刺す。
『速度を出すほど運転も難しくなるし、事故を起こした時の被害も大きくなるわ。十分気を付けなさい』
『分かってるって』
バイクはアルファの管理下にあるが、運転はアキラが自分で行っている。だが高性能な制御装置のお陰で、アキラのまだまだ未熟な運転技術でも思いっきり速度を上げられた。
クガマヤマ都市周辺の基準では場違いに高性能な装備で身を包み、進行方向にいたモンスターを過剰な威力の弾丸で粉砕しながら突き進む。途中で偶然見掛けた暴食ワニもあっさりと粉砕する。
その暴食ワニはかなりの大型で体に幾つもの銃火器を生やしていた。加えて全身を金属製の強靭な鱗で守っていた。そのまま成長して輸送ルートを徘徊していれば賞金首に指定されても不思議のない個体だ。だがアキラにLEO複合銃を連射されると、無数の銃弾で全身をしっかり覆っていた鱗を穴だらけにされて、その内部を機械の部分も生体の部分も問わず等しく粉砕され瞬く間に息絶えた。
新調した銃の威力に驚きながら、アキラが少し考える。そして一応聞いてみる。
『アルファ。あれ、結構強いやつだよな?』
『強いやつ、の基準に依るわ。でも以前のアキラなら倒すのに死ぬほど苦労したでしょうね。そういう意味では、結構強いやつよ』
『だよな』
アキラがまた少し考えてから続ける。
『今の俺の装備でも、もうかなり高性能だと思うんだ。それでもアルファの依頼の遺跡を攻略するのは無理なのか?』
『難しい質問ね。少なくとも最前線向けの装備が届くのを待った方がより安全に攻略できることは確かよ』
『……そこまで高難度なのか』
アキラが少し難しい顔を浮かべていると、アルファが笑って補足を入れる。
『前にも言ったと思うけれど、その遺跡には私のサポート無しで進まなければならない場所もあるわ。だから装備は出来る限り良いものを手に入れておきたいの。待つだけで装備の質をもっと上げられるのに、待ちきれないからって遺跡攻略を始めるのはお勧めできないわ。危なくなったら引き返せば良い、なんて甘い考えでは死ぬだけよ』
そこでアルファが少し不敵に微笑む。
『まあ、初めから生還を度外視すれば、攻略の難易度は劇的に下がるわ。それなら今のアキラでも遺跡の攻略は可能かもしれないわね。決死の覚悟でやってもらえる?』
アキラが何かを言う前に、アルファが笑って話を流す。
『安心して。私もアキラに、私の為に死んで、なんて言うつもりはないわ。だから次の装備の到着まで大人しく待ちましょう』
『そうか。分かった』
アルファがそう言うのであれば、それで良い。アキラはそう判断して、それ以上思考を進めるのを止めた。
キャロルとの待ち合わせの場所には荒野仕様の大型キャンピングカーが停まっていた。人型兵器の輸送車両並みに大きく、外側は装甲で覆われている。屋根には複数の機銃も搭載されていた。
アキラがその車の大きさに少し驚いていると、キャロルが出てきてアキラを中に招き入れる。そのまま車内のリビングルームに通された。天井は車内とは思えないほどに高く、内装もそこらの宿より遥かにしっかりしている。
アキラが大型のソファーに座って待っていると、キャロルが飲み物を持って戻ってきた。アキラの前に座って愛想良く笑う。
「態々来てくれたってことは、私の依頼を前向きに考えているってことで良いのよね?」
「話の詳細を聞きたくなるぐらいにはな。受けるかどうかはその詳細を聞いてから考える。それで、のんびりしてるだけでも金が入る依頼ってのはどんな内容なんだ? キャロルからの話じゃなければ、迷わずに詐欺だと判断するところだぞ」
アキラがそう言って少し意図的に訝しんでみせると、キャロルは逆に嬉しそうに笑ってみせた。
「その上で話を聞きに来てくれるなんて、私を信じてくれて嬉しいわ」
「……まあ、話を聞くぐらいはな。その話にヴィオラが関わってるなら帰るけど」
キャロルが楽しげに軽く苦笑する。
「あれでも嘘は吐かないやつなのよ? 尤も、嘘を吐かないだけでもあるけどね。取引内容をきっちり精査できるのなら、それなりに安全で結構有益な人物なのよ?」
「じゃあ俺には危険なやつだ」
アキラがあっさりそう答えると、キャロルが苦笑を強くする。
「今回の依頼とヴィオラは無関係だから安心して。そもそも他の誰かの意図は全く含まれてないわ。純然に私からの依頼よ」
「そりゃ良かった。それで、依頼の内容は?」
アキラが話を戻すと、キャロルが真面目な顔で話を続ける。
「アキラに、私の護衛を頼みたいの」
アキラが少し意外そうな顔を浮かべた。キャロルは真面目な態度で依頼の詳細を話し始めた。
護衛の期間は未定。基本的にキャロルの側に四六時中いること。しかしその間に周囲を常に警戒し続ける必要はなく、何かあった場合にすぐに援護できる状態ならばそれで良い。護衛だからと言ってアキラに負担を押し付けるつもりは全く無く、戦闘時にはキャロルも出来る限り戦う。寧ろキャロルだけで何とかなる場合は、アキラは休んでいても構わない。
依頼の報酬は要相談。特に要望が無いのなら、日割りの基本給に加えて、護衛としての戦闘発生時にその規模に応じた額を別途支払う。
依頼の期間中も好きにハンター稼業をしてもらって構わない。キャロルもそれを手伝う。そして期間中ずっと自宅で休んでいても構わない。いずれにしても、キャロルと一緒にいること。それが提示された条件だった。
アキラはそれらの説明を聞いて軽く困惑していた。話を聞く限り、確かにのんびりしているだけで金の入る内容だった。だが、だからこそ、詐欺の類いに思えて仕方がなかった。その払拭を求めて探るように尋ねる。
「日割りの基本給って、どれぐらい貰えるんだ?」
「そうね。期間中は私を毎日抱けるってのはどう? と、言いたいところだけど、それじゃあアキラは受けないのよね。大抵の男なら、これで喜び勇んで引き受けるんだけど……。一応聞くけど、それじゃ駄目?」
「駄目だ。金にしてくれ」
「でしょうね。うーん」
キャロルが真面目に悩む。自身の予算を思い浮かべ、依頼の期間を想定し、相手が受け入れるであろう最低額を試算する。そして提示額を慎重に口に出す。
「1日100万オーラム。これでどう?」
「100万オーラムか……」
今度はアキラが悩み始める。提示額はアキラにとっては十分に高額だ。だが依頼として妥当な額かどうかは分からない。それが相場と言われれば信じるが、依頼そのものに対して懸念を覚えている以上、不当に高い額を提示してカモを釣ろうとしているのではないかという疑念が拭えない。
だがキャロルはそのアキラの態度を逆に捉えた。そこから少し頼み込むように補足を加える。
「確かに、今のアキラの行動拘束代とすれば大分安めの額かもしれないわ。でも私にも予算ってものがあるの。それに常に私の側にいると言っても、それ以外の拘束内容は非常に緩いはずよ。その辺を考慮して、妥協できない?」
アキラが驚きを顔に出さないように注意して、密かに尋ねる。
『アルファ。どう思う?』
『少なくとも、キャロルはアキラにその安い額で我慢してほしいと、本気で言ってるわ』
『そうか。……1日100万オーラムって、安いのか』
『私に報酬額の妥当性の判断を聞かれても、ちょっと答えられないわ。まあ、アキラが高すぎると思っているのなら、ここはキャロルがアキラの実力をそれだけ高く買っていると考えましょう』
取り敢えず、高額を提示して引っ掛ける詐欺の類いではない。アキラはそう判断して、報酬が高すぎるという点から浮かんでいた懸念を消した。そして別の疑問を尋ねる。
「そもそも何で護衛が必要なんだ?」
そのありふれた問いに、キャロルが僅かに表情を硬くする。
「ちょっとした用心の為よ。詳しい事情は話せないけど、周りが暫く騒がしいから、変な誤解から変な騒動に巻き込まれるのを防ぐ為っていうか、そういう理由よ。特定の誰かに狙われているとか、そういうのじゃないわ。加えて言えば、ただの考えすぎで、護衛を雇う必要なんか初めから無いかもしれない。でもまあちょっと不安だし、後で自意識過剰だったと笑われても良いから、今は安心しておきたいってところよ」
アキラはまた一応アルファに確認を取り、嘘は吐いていないという返事を聞いた。その上で少し考える。
「騒動、か」
変な誤解から変な騒動に巻き込まれるのを防ぐ為ならば、自分を護衛に雇うのは逆効果ではないか。何となくそんな疑問が頭に浮かぶ。だがキャロルはヴィオラとも付き合いのある人物だ。その程度のことも分からない者ではないだろう。そう考え直した。しかし一応尋ねる。
「一応聞くけど、俺に護衛を頼む理由は?」
「勿論、アキラの実力と信用を見込んだからよ」
「自分で言うのも何だけど、俺は何だかんだと騒ぎを起こしたり、騒ぎに巻き込まれたり、そういう機会が多いやつだ」
キバヤシからも似たようなことを笑って告げられて、自分も余り否定できなかった出来事を思い出しながら続ける。
「変な騒動に巻き込まれるのが嫌だって言うのに、そんなやつを護衛に雇うのか?」
アキラは長年の生活で染みついた捻くれた思考や態度を敢えて表に出して尋ねた。それでもキャロルは気にした様子も無く笑って答える。
「別にアキラの所為って訳じゃないでしょう? 私は気にしないわ。こっちとしては、その辺もちゃんと考えた上で頼んでるの。だからアキラも気にしないで。でもまあそういう自覚があるのなら、依頼の期間中はいろいろ自制してくれると嬉しいわ。強制はしないけどね」
『アルファ』
『言葉を選んでいるけれど、嘘は吐いていないってところね』
『いろいろ隠してるってことか?』
『詳しい事情は話せないって言っているから、その辺りも含めて嘘は吐いていないのよ』
『そういうことか』
再び悩み始めたアキラに、アルファが少し不思議そうに尋ねる。
『疑念が拭えないのなら断れば良いだけだと思うけれど、受けたいの?』
アキラはそう指摘されて、自身の思考を自覚した。自分でも僅かに意外そうな様子を見せた後、その自覚した思考で、この依頼について聞くべきことを改めて考える。そしてそれを真面目な顔でキャロルに問う。
「聞くと気を悪くするだろうから先に謝っておくけど、答えてくれ。この依頼に、俺を嵌めようとか、騙そうとか、そういう意図は無いんだな?」
アキラは真面目な態度でキャロルに視線をしっかりと合わせた。その視線に、キャロルもしっかりと目を合わせる。そして真面目に真剣に答える。
「言葉の意味に依るわ。嵌めるという意味が、私がアキラの不利益を期待しているという意味なら、そんな意図は欠片も無いわ。騙すという意味が、こんなやつらと戦う羽目になるなんて聞いてない、騙された、という意味なら、そう解釈されても仕方無い状況も場合によっては有り得るわ。私自身も、どこの誰にどの程度の規模で襲われる恐れがどの程度あるかなんて、正しく分かっている訳じゃないの。そこを断言できないと依頼を受けられないのなら、私も諦めるわ」
真意を問うアキラに対し、キャロルも出来る限り誠実に答えた。そのまま相手の目を見ながらの沈黙が流れる。そして、アキラが先に気を緩めた。
「分かった。引き受ける」
キャロルも顔を緩めて軽く安堵の息を吐いた。
「ありがとう。助かるわ」
「悪かった。俺は交渉に長けてる訳じゃないし、そこに付け込まれないように注意しろって言われたこともあったから、念入りに疑ってみたんだ」
「良いのよ。美味い話には裏がある。世の中そんなものだからね。闇雲に疑ってばっかりでも生きにくいけど、美味い話に疑問すら覚えないようならやっていけないわ。ヴィオラと結構連んでる私が言うのも何だけど、その辺の信頼と疑念のバランス感覚ってのは本当に難しいからね」
実感の伴った苦笑を浮かべるキャロルを見て、アキラもどことなく楽しげに苦笑した。
その後、アキラはキャロルと依頼の話を詰めていた。そこで少し意外そうな様子のアルファに尋ねられる。
『アキラ。どうして最後は私にキャロルの話が嘘かどうか確認しなかったの?』
『ん? まあ、最後の判断ぐらいは、自分でやった方が良いと思ったんだよ。毎回アルファに聞くのも何だしな。あれで騙されたのなら、俺が間抜けだったってだけだ』
『そう。それなら良いわ』
アルファは自身の判断をアキラに教えるべきかどうか思案し、ここでは教えないことを選んだ。それはアキラの選択が誤りだった場合に、アルファに確認しておけば良かったと思わせる為だった。
キャロルはアキラに出来る限り誠実に答えた。そして、出来ない部分は、可能な限り言葉を選んでいた。


















