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《さて、もうとっくの昔に覚悟はできてるな?》


「(もちろん)」


 オルパナによってもたらされた情報とレイラによってもたらされた情報により、アルムは既に盗賊の本拠地を特定していた。



 アルムは人目が最も付かない場所、川の上を疾走して本拠地を目指す。



《あそこ、煙が上がってるな》


「(間違いないね)」


 アルムは僅か5分で小山のエリアまで到着すると、その1つからいく筋も煙が上がっているのを発見する。

 全力全開の探査の魔法から、かなりの人数が小山でわらわらと行動している事がわかる。中から荷物を運び出して避難しているのだ。

 今のアルムにはその一部が争っているような様子も手に取るように知覚することができていた。


 アルムは空中を疾走し、一気にそこまで向かうと騒ぎの中心地にいきなり着地する。


 突如として空から降ってきた子供の存在に異常事態でありながら全員の意識が集まる。

 周囲の困惑を他所に徐にアルムは周りに問いかけた。



「貴方達は盗賊ですよね?」


 困惑した様に互いを見やる者達。その中で1人だけ声を上げた者がいた。


「お、お前!なぜここにいる!?」


 叫ぶような声を上げた者に、アルムのみならず全員の視線がその男、いや、まだ男の子と呼んだ方がいい年頃の少年に向けられる。

 それは周りと言い争っていた渦中の中心人物。アルムは暫く不思議そうな顔をしていたが、はたと思い出す。


「君は、アルヴィナと私塾対抗の決勝で戦っていた子だよね?」


 目には深いクマ、頬は痩けて、服はボロボロで非常に汚らしい。あの時の自信に満ち溢れていた尊大な少年の影はなく、幽鬼のようなおどろおどろしい雰囲気。だがその魔力にアルムは覚えがあった。


 それは【炎身】の異能を持つ少年。そしてアルムはこの状況から、何故レイラがあれ程の重度の火傷を負うような業火に晒されたのか思い到る。思いいたってしまった。



 アルムの言葉に、その少年の前にいた最も身なりのいい男が反応する。


「おい、新入り。テメエはあの坊やと知り合いか?」


 恐らく頭目であろうその男に、少年は答える。


「知ってる!あいつはただの子供じゃねえ!辺境伯からメダルを貰ってる化け物だ!!そして俺を破滅に追いやった元凶の1つだ!」


 アルムは意味が分からず首を傾げるが、少年はアルムのせいだと喚き散らす。



 何故この少年がこの様な場所にいるのか。その発端は私塾抗争よりも更に前の話に遡る。


 私塾抗争から1年前、彼の両親は私塾に子供も通わせられるぐらいの儲けはあるそれなりの規模の商会を営んでいたが、とある事情で大きく事業に失敗してしまった。莫大な借金を抱え、私塾にももう我が子を通わせることはできない。


 だが彼は私塾抗争の出場メンバーに既に内定されていて、魔法の部門では優勝も確実と誰もが確信していた。なので私塾からその私塾の1番のスポンサーの商会に話がいった。


 その商会は、彼の両親に融資の話を持ちかけた。

 彼が魔法の部門で優勝すれば、1番のスポンサーの商会にも大きなメリットがある。そして彼が優勝した暁には、商会で彼を雇いあげる。

 その契約で借金の半分の返済と、残り1年の私塾への通学費を負担しようと言ったのだ。


 その話に両親は一、二もなく飛びついた。

 いや、飛びつくしかなかった。

 少年自身も教師連中でさえ降せる自分の優勝は絶対だと信じて疑っていなかった。



 だが蓋を開けてみれば、アルヴィナが優勝を飾った。それだけではない。全ての部門に於いてゼリエフ私塾が優勝を飾り、理解不能なレベルの超絶高度なエキシビジョンマッチまで披露して、更には辺境伯のメダルを下賜された。


 1番のスポンサーだった商会は途轍もない大金を少年に賭けていたし、その後の皮算用までしてあれこれプランを立てていた。それが全ておじゃんになるどころか面目まで全て潰された。


 商会の怒りの矛先は、メダルを受け取ったアルムとアルヴィナには向けられない。よって私塾と少年とその両親が集中攻撃を受けた。

 私塾には責任問題を突き付け、一方では契約はご破算、今までの投資分を利子もつけて全て返せと少年の一家に迫ったのだ。


 私塾も理不尽な物言いをされてしまうもスポンサーに楯突くことはできない。なので私塾も少年一家を責め立てる。


 そこで激しい言い争いになり、少年は非殺傷じゃなきゃ勝てた、と主張し続けた。だが私塾側もそんな言い訳で溜飲が下がるわけがない。

 そんな言い争いの最中で、どちらともなく魔法で攻撃をしてしまった。


 そして少年は、私塾の教師達を焼き殺してしまったのだ。



 両親はその場に同席しており、激しく動揺はしたが自らの子を守らねばならないという気持ちだけは強くあった。


 彼らは最低限の物を回収して着の身着のまま一家で街から直ぐに脱走した。

 逃げて逃げて逃げて死に物狂いで逃げて、一家が頼ったのはククルーツイにある教会だった。公的権力から唯一我が子を守れるかもしれない場所に一心腐乱で馬を走らせた。


 だがろくに獣除けもせずに出てきたものだから、その途中で獣に襲われてしまう。もはや食料の関係から我が子に自分達がついていってもどうしようもない。その判断した両親は少年が止めるのも間に合わず囮として進路を変えてしまった。



 少年は深い絶望と後悔の中で独り孤独に馬を走らせるが、やがて他の獣達が少年を再び追いかける。



 逃げきれないと思った少年は、馬から降りて異能を発動させて必死にで逃げた。獣達も火達磨の少年には攻撃ができない。そんなところを偶然、盗賊団が保護してしまった。

 強力な異能が使えるガキを、親切な旅人を装って救い出した。飯を与えてリラックスさせたところで、身の上話を聞いてやる。

 そしてこう語りかけた。


『随分辛い経験を重ねてきたようだ。煉獄のような苦しみだろう。そんな君の心を癒すいい薬があるよ。これを飲んでまずは眠るといい』と。



 帰る場所もなく、殺人経験アリの強力な異能を持ったガキ。

 これは使えると思い、親切を装い彼に“薬”を与えた。一度与えたら、それからは薬漬けにしてしまえばガキンチョなど簡単に操れる。


 そこから少年は倫理観なども全て破壊され、薬の奴隷になって盗賊まで身を落としていた。




 そんな彼が自分をどうにか正当化する為には、アルムとアルヴィナを恨む事しか方法がなかった。だからこそ、アルムを見た少年は狂ったように喚き立てる。


「そうかそうか。だが、お前は非殺傷な魔法だから負けたと言った。つまり今なら勝てるんだな?」


 その少年を頭目が煽り立てる。

 それを聞いた少年は血走った目をアルムに向けた。



「てめえの………………全部てめえらのせいだーーー!!!」



 アルムの背後には他の盗賊がいるのに、それも全く気にした様子もない全力の攻撃。異能で強化された業火はまるで炎の津波のようだった。

 それをアルムは冷めた目で見ていた。


「(実験その1、かな)」 


 一切の魔法も、魔力障壁さえ展開せずに業火に飲まれるアルム。その業火はアルムの背後まで焼き尽くして地獄絵図を作り出す。



「あーあ、仲間まで殺しやがった」


 頭目はそれでも冷静に状況を見ていた。辺境伯にメダルを下賜される化け物と聞いて警戒はしていたが、頭目も魔術師なのでアルムが業火に抵抗したかは魔力で判断できる。


 そして今、アルムの魔力の反応は一切ない。残骸すら残っていない。


 なんだ、こけおどしか。そう思った頭目は、次に制御できないクソガキの処分を考えるが、業火が消えると黒い繭のような物からアルムが無傷で出てきた。


「あ?なんだありゃ?おい、新入り、あれは何の能力だ?」


「し、知らない!あんな能力は使ってなかった!」


 アルムが行ったのは、ワープホールの虚空の実験。魔法のライン切断は他人の魔法でも可能なのかチェックしたのだ。


「(一応、できてる?)」


《いや、やはり魔法の吸収はかなり歪みが出てた。そう簡単にチートは手に入らんみてえだ。失敗すりゃアルムが即死だぜ》


 今のはアルムが最高潮のコンディション故に成功した事。通常時では不可能な芸当だとスイキョウは感じた。


「(実験その2…………………の前に)」


 動揺する盗賊達。アルムはそれを気にした様子もなく1つの直径5mに及ぶ水弾を作り出し、少年に狙いをつける。

 それを見て少年は【炎身】で火を纏う。



「俺に水は効かねえ!馬鹿にしてんのかテメエ!」


 激しく激昂する少年に、アルムは静かに答える。


「馬鹿にはしてない………………してなくもないかな?愚弄するって言った方が正しいかも。炎に絶対の自信を持つ君に水で相手するんだから」


 接近すれば即座に蒸発するほどの熱気。それは私塾抗争でアルムも目撃している。


「わかってんなら尚更っ!」


 少年が叫んだ次の瞬間、水弾が消えると同時に、少年は途轍も無い力で顔面を殴られたように頭から後ろへ吹っ飛んだ。


「あ、仕留め損ねちゃった」


 アルムのポツリと小さな呟き。それはとても軽い声だった。手に止まった蚊を仕留めた損ねた程度の軽さだった。

 激しい痛みに悶絶する少年。アルムは2度目はないと言わんばかりに今度は数十の水弾を直撃させた。


 すると炎は収まり、そこには顔面がデコボコに凹んだ怪死体が転がっていた。


「(正直、狩りの時と同じくらいの罪悪感しかないかな)」


 普段のアルムならその死体にもう少し何かを感じる事もあったかもしれない。だが劇薬で精神まで強制的にコンディションは絶好調を維持する。加えて相手はレイラの瀕死の重症のその一端を招いた業火を放った許されざる者だ。最優先駆除対象を駆除しただけである。


 アルムが行ったのは難しい事ではない。水に不揮発性の強い薬を混ぜ込んだ水弾を高速で少年の顔面にぶつけただけ。


 普通ならそれでもレンガを焼き上げるほどの高熱なので接触する前に蒸発してしまうが、今のアルムに魔力切れという概念はない。大量の魔力を供給し強引にラインを接続し続け、顔面まで強引に到達させたのだ。

 もちろんそれでも凄まじい熱により水は蒸発するので5m大の水の玉は着弾する時には豆粒程度まで小さくなってしまう。しかし実際はそれだけの大きさがあれば後は威力が有ればいい。


 アルヴィナの水弾が蒸発し無効化された事のリベンジ。異能への魔法での対抗。そしてレイラを傷つけた事への憤怒。それによるアルムの攻撃は苛烈でありながらまるで実験的に少年をあっさり撲殺した。


 周りはその光景に呆然とするだけだが、頭目や幹部連中はアルムの異常さに気づき、本能に従って即座に撤退を開始する。


 だが忽然と目前に現れた黒い壁に止まれずにそのまま突っ込んでしまうと、予想した衝撃は襲いかかって来ずに、一瞬とも永遠とも言えない時間感覚の乖離の後に浮遊感があり、そしてまた一気に外に出て激しい目眩と吐き気に襲われる。


 逃げた筈の上位者達は体にのしかかる重みと吐き気を襲えきれずに跪いてゲーゲーと吐いて、そして自分達が何故かアルムの目の前にいる事に気づく。しかし彼等が見たのはアルムが無機質な目で自分達を見つめている光景まで。即座になす術なく全員が脳天から光の矢で貫かれて絶命する。


「(実験その2…………………人間のワープホールによる転移は可能だね)」


《体の構造的なダメージは無いが、ただし激しく“酔う”みたいだな。重力や気圧の変化が僅かでもダメらしい》


 盗賊団の上位者となれば、ほぼ全員異能持ちのケースが多い。貴族のお抱え私兵でも伯爵クラスの貴族の私兵の上位者と対等に渡り合える。

 しかしアルムが行った異能には何も対応できず、その能力を使うことすら許されずに“駆除”された。

 アルムはワープホールを彼らの退路に展開しただけ。その出口を自分の目の前に設定した。あとは勝手に彼等がそこに飛び込んでまんまとアルムの目の前まで連れてこられてしまったのだ。


 こいつはヤバい。周りの盗賊達もここでようやく状況を理解するが、自重も魔力制限のないアルムがどれほど“ヤバい”のかはまだわかっていなかった。


「逃さないよ」



 アルムの手から生み出された何十匹という炎の大蛇。それが四方八方に滑るように移動して小山の木々に次々と火をつける。そして盗賊のフィールド全てを火の円で包囲した。


「あなた方には実験に協力していただきます。情報を明かしてしまったので、生きて返せないんです。ごめんなさい」


 次の瞬間、彼らの脚元に虚空が開いて落下。気づけば上空に彼等は居て何もできないまま落下していく。その恐怖の叫びが彼等の最期の言葉になった。




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