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「皆様、大変長らくお待ちした事でしょう!!戦士枠、決勝戦を開始します!!」
司会の呼びかけに、観客は空気がビリビリと震えていると錯覚するほどの大歓声を持って応じた。
「まずは、ヴンジブルマ私塾代表、レド君!これまでその強力な異能を持ってして相手を棄権に追い込み勝ち続けてきました!異能のみならず、その剣の腕も一線級!!ヴンジブルマ私塾2年連続の優勝を賭けて、リングにその姿を表します!!!」
ひょろりと背が高く鋭い目つきの男が姿を表すと、大きな歓声が上がる。特に下馬評でも最も評価されていたので、賭け金のレートは最高だ。
「対するは〜〜未だ本気が見えない、真性の怪物、ゼリエフ私塾代表、アルム君!徒手空拳という前代未聞の異様なスタイルでの参戦ですが、圧倒的な実力を我々には見せ続けています!レド君の強力な異能すら対処するのか、それとも喰われるか!?大会を盛り上げ続ける期待の少年の登場です!」
アルムが姿を表すと、一瞬耳が聞こえなくなるほどの歓声が上がる。特にギャンブルでアルムに大金を放り込んだものや、若い女性達の歓声がとても大きい。
アルムは素手のまま、レドは木製のロングソードを持って向かい合う。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーはじめ!」
審判が旗を振り下ろすと、今までの対戦者よりも格段に早く安定した体重移動でレドがアルムに距離を詰める。レドの緩く下から切り上げる様な剣の軌道をアルムは易々と見切り蹴って妨害しようとするが、アルムはそれを途中でやめてバックステップで距離を取る。
「あれ、逃げられちゃった?」
ここに来て初めてアルムが引き、レドはニタっと笑う。
レドが掴む直剣は、完全に凍りついて冷気を放っていた。
「流石に知ってるのかい?」
「いや、でも今までに僕を見ていてそんな緩いことする訳ないと思って」
木製の剣がただ凍りついているだけで、本来は距離を置くレベルの物ではない。だがアルムは直感に従った。
《…………この手の奴だと、触れてる物を凍らせるって異能だろうなぁ》
「(でもそれだけで棄権に追い込むのは難しい)」
《とりあえず剣に触れるのもやめた方がいいな。さっきの攻撃はアルムが迎撃できるレベルのスピード。つまりは木剣に触れられる事を織り込み済みのスピードだった可能性がある》
「(つまりは木剣に触らせることが目的だったみたいだね!)」
得体の知れないレドにアルムは考察を重ねるが、レドもただ待つわけがない。猛攻を仕掛けてくる。しかしアルムは嫌な予感がして剣に触れられず、避けるしかない。
「ほらほらほらほら!!躱してるだけじゃどうにもならないよぉ〜!!」
口調は巫山戯ているが、スピードも速くフェイントも混ぜ込んでおり、実力は本物だった。
そしてアルムには、もう一つの懸念が発生していた。
アルムのローブはイヨドが規格外の性能をつけている。だがこの異能の掠った時万が一にも異能をレジストしてしまったら、ローブの性能がバレるかもしれない。アルムは余計に慎重に避けるしか無かった。
やがてアルムに躱されてばかりなのに飽きたのか、レドの猛攻が止まる。
「ん〜〜…………速いね。武霊術使いって感じじゃないから金属性魔法の強化だと思うけれど、凄いもんだね。魔術師ってそんなに速いんだ」
「それはどうも」
アルムを褒めるものの、レドの顔は余裕そうだった。
「だから…………これはどうかな!?」
レドはアルムから離れた位置で剣を勢いよく振り抜く。すると空気を凍らせながら剣の衝撃波がアルムに飛んでくる。それをアルムが避けると今度は真正面から斬撃。避けられた衝撃波は壁にあたり、壁がその線に沿って凍りつく。
「はいはいはいはいはい!いつまでそれが続くかな!?」
武霊術の基礎中の基礎の技に『威破霊術』という技がある。気合いとともに霊力を放って物理的斥力を作る技だ。飛び道具の減衰や集団を吹き飛ばすのにも使われていて国の軍に所属するには習得必須の武霊術だ。
その発展系『器刃放斬霊術』。武器に霊力を溜めて斬撃に乗せて放出する。
高位の武霊術で習得には相応の鍛錬が必要になる。
加えてレドの異能【氷渡】は、触れている物、更にはその触れている物体を介して物を凍らせる事ができる。一瞬で凍傷を引き起こすレベルの冷却度で、これが更に『器刃放斬霊術』の斬撃に乗る事で恐ろしい飛び道具になる。
更に異能由来なので魔術師相手でも貫通させることができる恐ろしい技だ。
アルムは曲芸のような動きを披露しつつ、斬撃を全て避けていく。
レドの技とアルムの回避の攻防に会場は大きく盛り上がる。
だが5分経ってもどちらも進展はなく、2人とも止まる。
「うーん、俺も霊力を際限なく使えはしないんだよね」
「はあ……はあ……僕も体力は無尽蔵に無いので、辛いですよ」
レドは身体に満ちる倦怠感に顔をわずかに顰める。対するアルムは既にだいぶ息が切れていた。やはり一部たりとも掠ってはいけないのは相当の消耗を敷いたのだ。
「だから、僕も本気で行くよ。君は本当に凄かったよ」
今まで以上のスピードで迫るレド。袈裟斬りの一撃に入ったところで、まだアルムは膝に手を付いている。周りも一拍遅れてレドの移動に気づき、終わった…………そう思った。しかしその直後にアルムがブレて、レドが吹っ飛んで壁に叩きつけられる。
「ぐはぁっ!?」
一体なぜ!?相手は完全に消耗していたはず!レドの頭の中は疑問で埋め尽くされ、その顔から笑みが消える。
周りも何が起きたのかわからず顔を見合わせる。
「レドさん、でしたよね?さっきは僕の金属性魔法を褒めてくれましたよね?それは嬉しいのですが…………僕は1試合目の始めの一撃以外ここまで金属性魔法は使っていませんよ?全部素の身体能力です」
「は?」
アルムが何を言っているのか、レドは頭では理解するが心がそれを拒否していた。
「…………正直、加速した上での攻撃は相手を傷付けてしまうので避けていました。でも、レドさん、貴方は強い。鍛え方も他の人とは違う。だから金属性魔法の強化を解禁して攻撃させていただきました」
アルムがそう言うと、レドは引き攣った笑いを浮かべる。
「おいおい、嘘つけって。武霊術が使えないのに魔術師がその身体能力?笑わせてくれる」
「僕の師匠のゼリエフ塾長は、完全に実戦のみを想定した戦闘技巧を僕に叩き込みました。当然その中には、“魔力が切れた状態での戦闘”も考慮されています。貴方よりも更に早い塾長の攻撃を避け続けて僕は勘を養った。
貴方は異能で強引に押し切れるから、動きのパターンが多いから技巧的にも習熟しているように見えます。しかし実際はパターンに沿って動いているだけなので動きが意外と単調です。それさえ分かれば先読みして躱すことは可能ですよ」
アルムがそう告げると、レドは立ち上がりながら顔を歪める。
「ああ、お前は本当に化けもんだ。俺の師匠と同じ事言いやがった」
レドの実力は、辺境周辺の貴族の私兵の中でも上位クラスの質を誇る。しかし彼は仕える貴族が懇意にする商人のスポンサー関係の契約で、籍だけは私塾に名前があった。極めてズルに近いが、規定では私塾の生徒なら誰でも出場できる。
だがこれは前年度優勝したヴンジブルマ私塾が2連勝をする為に行われた事。レドに負けは許されていない。
「俺もこの歳で失職は不味いわけだ……だから、本気で行くぜ」
今回の本気は、全てを賭けての本気。レドは万が一殺してしまうことが無いように配慮していたが、今の相手は本気を出しても問題ない。そう判断した。
スーッと深呼吸すると、体内の力に感覚を集中させる。
『丈堅霊術』で肉体の耐久上昇。
『浮軽霊術』で肉体を身軽にし、素早い移動を可能とする。
『蟲感霊術』で視野の拡大。
『予合霊術』で攻撃に対する直感能力の向上。
『超延霊術』で超集中による感覚の鋭敏化。
『狂熱霊術』で痛みへの鈍化と肉体のリミッター強制解除。
武霊術に於ける『威破霊術』を除く7大基礎の武霊術をレドは全て発動させる。
「正直、肉体にもかなりの負担だからやりたくないんだが、お前はちょっとおかしい。だから、本気でやる。死ぬなよ」
刹那、レドの斬撃がアルムを襲う。
アルムも凄まじいスピードに瞬間的に金属性魔術を発動させて後ろへ飛びのくが、追い討ちをかけるように異能の力を得た『器刃放斬霊術』が襲い来る。
「(これは、ゼリエフさんより速い!!)」
平均速度ではゼリエフはかなりのスコアを持つが、レドは制限時間の問題から最大速度を出してもいいと判断。実際のところアルムはレドから一撃も受けておらず、レドはアルムから重い一撃を食らっている。このまま制限時間がくれば、アルムの判定勝ちは確定だ。
よってレドはなんとしてもアルムに一撃を与えねばならず、短期決戦を仕掛けるしかない。
「(でも、ゼリエフさんよりはやはり怖くない!)」
《経験の差と、強力な異能を持つが故の弊害だな。やはりパターン攻撃なだけで、動きがどうしても単調だ》
レドはフェイントも仕掛けてくるが、フェイントを仕掛ける瞬間やその方法もある程度型に沿っているようにアルムには見えている。
《さて、このまま判定勝ちも味気ないだろう?》
「(そうだね)」
再び防戦一方になっているが、今は金属性魔法を使っている上で防戦一方だ。それほどまでにレドも動きが速く鋭い。単調な動きを速度で補っているのだ。
運営本部も止めるべき段階に入りつつ事があることはわかっている。しかし、“上”からの横槍が入り止めることができない。
「(さっきから、どうにも嫌なんだよね)」
《集中しろって言いたいが、言わんとすることはわかる。だからさっさと終わらせろ》
アルムは先程から気になる方向を一瞬睨むと、直ぐにレドに視線を戻す。
「レドさん、貴方のおかげで、生粋の戦士というものが少し分かりました」
アルムは今迄で長らくしてこなかった、金属性魔法での身体能力を、最大出力、最高レベルの制御力で発揮する。
通常、魔術師は他の魔法も用意することが多い為、単一の魔法に全てを集中させることは少ない。特に、通常の魔術師の十倍以上の魔法の引き出しを持つアルムは複数の魔法を絶対に待機させる。この時、制御能力は分散しているわけだ。アルムはそれを金属性魔法のみに絞った。
今回は相手は魔法を使わない。動きも見切った。
アルムは飛ぶ斬撃の中を駆け抜けると、更に加速して、皮鎧の守りが甘いレドの脇腹に掌底を叩き込む。衝撃は内臓まで突き抜け一般人なら即ダウンレベルだが、痛みを鈍化させているレドはそこからカウンターを入れてくる。
それを回避して今度は左膝を蹴り抜く。
姿勢がブレたところで更に左大腿側面に膝蹴り。
追い討ちの左脇腹に掌底……も入れようとしたところで、アルムに伸びてくる左手を後ろに躱しながら蹴り上げる。
《ダウンが取れねえな。痛みを鈍化させられると、手加減がしづらい》
「(探査が使えればなぁ…………)」
アルムが武霊術を使用する者と戦うのはこれが初めて。
なんとなく攻撃の手応えから体を強化しているのは理解しているが、その強化率までを探る事は出来ない。
“探査の魔法”が使えればもう少し強度に当たりをつけることはできたが、それをすれば失格。しかしこのまま威力を高めていって万が一のことが起きたら。
アルムはそのジレンマに苦しむ。
《じゃ、初心に帰ろうか》
「(…………どういう事?)」
《いやあ、簡単な話、武器を奪えば勝ちって事だよ。ゼリエフさんも教えてくれただろ?》
アルムはそれを聞いてスイキョウが何を提案したのか理解した。
アルムは覚悟を決めると、強化を目と腕に集中させる。
スローモーションになった横薙ぎのレドの一撃を見切ると、しゃがみつつレドの腕と肘関節を掴む。
抑えた肘関節を支点として、レド自身の腕を強引に押し込んで剣を加速させる。
凍りついた木剣は、目を見開くレドの、レド自身の腹部にヒットする。
皮鎧に木剣が触れる瞬間にアルムは手を離したが、アルムはそれに救われる。
レドの皮鎧が凍りつき、更には触れている服も一瞬で凍りつかせ、ギリギリ氷が首に到達しかけたところでレドの異能の制御が間に合う。
「ぐあああああ!!」
氷は衣服とされに触れていた肌までを氷結させる。体が凍傷になりレドは悶絶する。
「やはり直接肌で触れた物、更には凍らせた物に触れてもダメなタイプの異能でしたね…………。僕の師匠は身1つで戦争を生き抜いてきて、そのなかでも貴方のような能力を持つ者はたまに遭遇したそうです。なので、武器に一切触れない鍛錬も積んでいます。貴方は自分の能力自身がカウンターに使われる事を考慮すべきでしたね」
「化け、物め……!!」
レドは苦し紛れに言葉を吐き出すが、アルムはただ拳を構えただけだった。
「いえ、僕の師匠が実戦を想定した戦いを僕に叩き込んでくれたおかげです。貴方のはまだ型通りの動きから離れられていない。どうしますか、棄権しますか?それとも、このまま続行ですか?今動けば皮膚は剥がれて出血は免れませんよ」
既に凍りついた衣類と皮膚は癒着している。無理に動けば皮膚はそのまま引き剥がされる。アルムは棄権を勧告するが、失職の危機がのしかかっているその焦りがレドの判断能力を鈍らせる。
「うおおお!」
ビシっと氷にヒビが入った瞬間、アルムは瞬間的に加速して指をレドの喉に突き刺す。
「グハッ!」
重要な器官を強く突かれた痛みのショックで、レドは気絶した。
容赦ない一撃ではあったが、無理に動けば後遺症の残る傷を負う可能性があった。故に苦渋の決断だった。
「勝負あり!!勝者、アルム君!!!!」
歓声が爆発する中、アルムは少しだけやり切れない表情だった。




