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44:

 

 周りが緊張した顔付きの中、ヴィーナは自分なりの験担ぎを済ませて、鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で待機していた。

 アルムから更にアート経由で、ミンゼル商会が勝手に誂えらえてヴィーナに授与した白ベースの金と青と赤のポイントが入ったワンピースの上から、ネスクイグイ神を信奉する証の蛇の紋章をあしらった漆黒のローブに身を包むヴィーナは、まるで異国の姫君と言われても納得してしまいそうなほどの独特のオーラを放っていた。

 他の出場者も皆が皆が、ヴィーナに視線を奪われている。だがヴィーナはとある1人の奇想天外で自分を振りまわし続ける男の子の視線以外は視界に入らない。

 戻った後はまたハグでもしようかしら、とクスクス笑いながらヴィーナは暇な時間を過ごす。

 

 ヴィーナがリラックスする一方で、他の出場者はヴィーナの一挙一動に惑わされる。1番最初に呼ばれた物は悲惨で、ほぼスピーチの内容が頭から飛んでいる状態で挑むことになってしまった。

 

 次々と名前が呼ばれ、いよいよラストのヴィーナ。

 

 ヴィーナが姿を表し、用意された階段を登り優雅に一礼すると、一瞬会場が静まり、騒めきが破裂したように広がる。

 

 しかしヴィーナの視線は最初から変わらない。大会参加者用特別席でゼリエルとロベルタを祖父母のように従えてさりげなく手を振っているアルムしか見ていない。

 

 運営役員が静粛にするように勧告すると、ヴィーナは再び一礼してスピーチを開始する。ヴィーナのスピーチは会場中によく響き、その堂々とした様と一種の神々しさすら感じる神秘的な美しさは、会場を完全に支配した。

 


◆ 

 

《なあアルム。強引にプレゼントとして押し付けてたが、あの衣装って下世話な話、お幾らしちゃう?》

 

「(元々凄い価値だけれど、頼み込んでイヨドさんに加工してもらった時点で天文学的なお値段だと思うけれど)」

 

 アルムからアートへ伝わった衣装の問題は、雪食い草の一件以降完全にヴィーナの抱え込みに走った祖父の元で作られた。要するにアルムに贈られたローブとそう変わらない価値がある。そんな一生物の装備なので、実はアルムがイヨドを拝み倒して少し加工(一般から見れば異常な程の)をしてもらっている。因みにそれはローブだけの話で、ワンピースはヴィーナの父親が贈った一張羅を引っ張り出してきたのだ。

 

 

 5分に渡る自己研鑽をテーマにしたスピーチを終えると、ヴィーナは華麗に一礼。爆発するような拍手が起こった。

 

 

《これ以上やる意味あるか?》

 

「(なんかもうヴィーナちゃんが圧倒的だからね)」

 

 アルムの予言通り、その後もヴィーナのワンサイドゲームで進行して文句無しの優勝をヴィーナは掴み取った。

 

 

 

 

 

 

「次はアルムの番ね」

 

「うん、落ち着いてやってくるよ」

 

 控え室に戻ったアルム達は先にいたヴィーナを祝福して、すぐに次に頭を切り替える。

 

「アルム君、手加減は一切無しで頼むよ」

 

「ゼリエフ私塾の看板を貴方が背負っていますよ」

 

 アルムは2人がかけるプレッシャーにも気にした様子はなく、いつも通りに返事する。こう言う時のアルムはかなりいいメンタルをしているので、ゼリエフ達も発破をかけないと逆にアルムにエンジンがかからないのだ。

 

「アルム、2位とはどれくらい差をつけてくる?」

 

「まだ一位とも決まってないよ?」

 

「決まってるの。2倍くらいは余裕よね?」

 

「無茶振りだね」

 

 アルムの優勝をかけらも疑わないヴィーナに苦笑するアルム。

 

「信じてるから言えるんでしょ。頑張ってね」

 

 ヴィーナはギュッとハグすると、アルムの背を押し出した。

 

 

 

《勝利の女神様か?》

 

「(そうかもね)」

 

 スイキョウとしては少し揶揄ったつもりだが、アルムに揺らぎはなかった。

 

《油断はしないな》

 

「(おーるおっけー、だよ)」

 

 アルムはスイキョウがたまに使う言葉を真似すると、軽い足取りで待機用の部屋で待つ。ヴィーナ同様に見目麗しく、悠然とした様のアルムは視線を集まるが、アルムは特に気にしない。ヴィーナちゃんの言う通りダブルスコアを目指そうかなぁ、と緩く目標を立てていた。

 

《アルムに算盤を教えたらこうも化けるとはね》

 

 スイキョウが算盤の考え方をアルムに教えてみると、アルムの元々高い演算能力は化け物レベルの演算能力に変身していた。単純な計算に於いてはアルムはすでにスイキョウが逆立ちしても太刀打ち不能なレベルだ。なので、もしかしたら真面目にダブルスコアくらい行けるのでは?とスイキョウは予想していた。

 

 名前を呼ばれて会場に入ると、8セットの机と椅子があり、そこには大量の紙の束と小さな黒板が積まれている。

 

「(15分かぁ)」

 

《算術でかなり時間は稼げるよな》

 

「(まあ、頑張ってみるよ)」

 

《おう、本気見せてみろ》

 

 こうして勉学という分野で誰かと競い合うのはアルムにとっては初めて。だが観衆の中からヴィーナの声援を聞き取ると、緊張した様子もなくフッと微笑む。

 

「それでは制限時間は15分です。よーい、はじめ!!」

 

 アルムは問題の束を引っ張りだすと、物凄い勢いで黒板に回答を書き込んでいく。だがスピードに反して次の黒板に移るスピードは平均的だった。だがしかし、2分経過の時点でスイキョウだけは既に勝利を確信していた。

 

「やめ!採点を開始します!」

 

 審査員の合図で手を止めるアルム。

 アルムが横に積み上げた解凍済みの黒板を審査員が回収してその場で採点を始めるが、訝しげな顔をする。

 

「それ、暗算なので途中式ありません。答えだけです」

 

 審査員は言葉を失うものの時間もない。だが手を止めている余裕もないのでどんどん答えあわせを行なっていく。

 

 スイキョウが何故アルムの勝利を途中で確信したのか。それは周りが途中式などを書き込んだ上で黒板を消費していくのに、暗算だけで答えのみをパパパパパパっと書いていくアルムと黒板の消費スピードがそう変わらなかったからだ。

 

 

 周りの答えあわせが終わる中、アルムの担当者だけが必死こいて答え合わせをしていく。そしてかなり遅れて本部に結果を報告する。その報告を聞き本部は顔を見合わせるが、実際に回答に使われたアルムの黒板を審査員が見せると、目を見開く。

 

「そ、それでは結果発表です。時間短縮のため上位3名のみの読み上げとなります。3位、ルンミョム私塾代表ゼタン君、49点!2位、ジェヘレン私塾代表オーペンオット君、61点!」

 

 ここで件のオーペンオットはギョッとする。何故なら彼は去年の優勝者の点数より10点高く、優勝を確信していたからだ。

 

「そして栄えある第1位は、ゼリエフ私塾代表アルム君、128点!大会新記録です!!」

 

 アルムの得点が読み上げられると、会場は大いに湧いた。他の参加者は呆然としてアルムを見ており、当のアルムは笑顔でヴィーナ達に手を振っていた。

 


「さて、これまで我々は圧倒的な実力で勝ってきた。ここで更に追い討ちをかけて会場をあっと驚かせてやろう!」

 

「アルム君、貴方は引き続き出場ですが、貴方は私の推薦認可状を受け取っています。それに恥じない成績を見せつけてきてください」

 

「任せてください」

 

 アルムはゼリエフとロベルタの激励を受けて頷き、気合いを入れる。アルムにとっては師匠であるロベルタにその成果を披露する場。先ほどより気合いが入っている。

 

「また大会新記録かしら?」

 

「ロベルタ先生の手前、本気でやってくるだけだよ」

 

「恐ろしくも頼もしいわね」

 

 ヴィーナは再びハグをすると、アルムを送り出した。

 

 

 

 

 

 アルムは待機用の部屋に向かいながら呼吸を整える。

 

「(ロベルタ先生はスパルタな教育だったけれど、でも凄く真摯に僕に向き合ってくれた。だから僕も、その成果を見せなきゃ)」

 

《そうだな。さあ、アルムの全てを魅せてやろうぜ!》

 

 

 アルムはピタリと立ち止まり、身体を少しほぐす。そして身体に叩き込まれた身のこなしを想起して身体にトレースしていく。

 

「(よし、いこう)」

 

 それは今までの歩き方とは違い、何処か高貴ささえ滲ませる優雅で上品な歩き方。この時の為にアルムは体に染み付いた動きをあえて封印していた。

 

 アルムの纏う空気も先ほどまでの温和な感じではなく、子供ながらに老成した空気を纏っていた。

 

 それは待機室で待っていた参加者も同じ。アルムが室内に入ってきたのを見て、貴族が来たのかと思って慌てて姿勢を正したほどだ。

 

 名前が呼ばれると、アルムは圧倒的な存在感を放ちながら会場に入り、周りも先程まで身のこなしが全く変わった2連続のアルムに大きくどよめく。

 そこからは会場全体がアルムの一挙一動に注目しており、他の参加者は空気になりかけていた。アルムは早押しクイズ形式に持ち込めないほどの素早さと正確さで答えを出していき、完封勝利を収めてしまった。

 

 

 観客が熱狂する中でアルムが手を振ると、ロベルタは今までアルムに一度も見せなかった微笑みを見せて頷いていた。

 

 




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