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「(3人も増えたと考えるべきなのか、それとも公塾に通うまでに既に周りをガッチリ固められた事を肯定的に見るか………………今回はその彼女達の手紙まである訳だけれど、3人とも凄い丁寧なのよね)」
アルムが金冥の森で活動を再開してから2か月近く経った頃、とある1人の少女の元に久しぶりに本と見紛うレベルの手紙が送られてきた。
その少女は、最愛の恋人の謝罪文付きの大量の手紙と、他3名からの手紙を机に並べて少し悩んでいた。
どう対応するのが1番いいのだろうか、と。
「(4000万セオン以上を本当に自力で稼ぎきってしまったのは、流石はアルムと言えばいいのかしら?そんなことしなくても今アルムの実家がどんな状態になってるかを知ればお金に関しては決着がついたのだけれど。それも翻ればアルムのお陰みたいだから、なんて形容すればいいのか分からないのが困り物だけれど)」
その手紙を受け取った少女、アルヴィナは、アルムの日記か報告書かよくわからない手紙を読み進めつつ苦笑する。
アルムがバナウルルに到着してからはドンボを介してアルヴィナに手紙をやり取りをするようになったのだが、やはり時間がかなりかかるので情報の鮮度が下がるのだ。
今のアルヴィナは、実はアルム以上にミンゼル商会の状態について詳しく把握している。
辺境伯から定期的に与えられる難題をこなす一方で、アルムとの手紙のやり取りが楽になる様にアートの元でアルヴィナはミンゼル商会の臨時従業員として働いているからだ。
元より商才があったアルヴィナは立派にアートの補佐を務めており、今現在急激に色々な事が大きく変わっているミンゼル商会で、アルヴィナはほぼ幹部級の扱いでアートと指揮を取る形で本店側のとある一大プロジェクトを指揮していた。
なのでアルヴィナは割と正確に現在のミンゼル商会が如何に稼いでいるのかをかなり具体的に把握をしているのだ。私塾にアルムを通わせたばかりで公塾の為の現金の援助ができずに送り出していたアルムの祖父も喜び勇んでお金を貯めていることも知っていただけに、とてもショックを受けるのでしょうね、とアルヴィナは苦笑せざるを得ないのだ。
「(意外と言えば辺境伯の直接的な動きの無さだけれど、アルムの新しい師匠であるサークリエさんと言う人の力って相当みたいね)」
実のところ、アルムがアルヴィナと手紙をやり取りできるようになったのは、バナウルルに本拠地を移した事が理由ではない。バックにサークリエが付いてくれたからである。
サークリエがアルムとドンボの間を仲介してくれていて、そのおかげでアルムも安心してアルヴィナへ手紙が出せるのだ。身元保証人になってからは尚更と言える。
北方を治めるヴェル辺境伯はサークリエに直接的な借りは無い。しかし異種族に対する姿勢から先先代よりヴェル辺境伯はサークリエと面識がある。その影響力はその気になれば侯爵クラスでも動かせる事を知っている。
ヴェル辺境伯は派閥につかず作らずなので、この様な状況になると帝都や帝都衛星都市に縁のある貴族が一切いないのでなにも出来ない。アルムの居場所など下手に探ろう物ならサークリエが何をするのかも予測不能である。
逆にサークリエが仲介しアルヴィナとも定期的に手紙をやり取りしているからこそ、ヴェル辺境伯もアルムに対して直接的に自分が動く必要性は一切無いと考えていた。加えてアルムの実家が更に発展をし始め、アルヴィナが働き出した事もその関係性の強さを保証してくれる事に他ならず、ヴェル辺境伯はとても丁寧にアルヴィナとミンゼル商会を保護していた。
その上、サークリエが手紙に関して不正な手段でその内容を盗み見ることが出来ないように加工まで施してくれるので、アルムも今までぼやかしていた事をある程度ハッキリと伝えることができるようになっていた。
手紙も読了後は泣く泣くだが燃やしてしまえばそれでお終いなので、ヴェル辺境伯側に余計な情報が流れずに済むのだ。
そしてその流れでアルムはレイラとも手紙をやり取りできる手段を見つけたので、アルムはレイラにも手紙を出せるようになり、更にはアルム経由でレイラとアルヴィナも手紙で交友可能になったのだが、それはまた別の話である。
閑話休題。
そんな訳でアルヴィナの元には新たにアルムの恋人になったフェシュア、レシャリア、ジナイーダからの手紙も届いているのである。
「(レイラさんが手紙で懸念していた事が見事に的中したわね。全員異能持ちかつ経済的にも他にも色々とおまけが付いてくる美少女達…………………魔法で似顔絵までつけてくれたけど良くできてるわね)」
アルムの手紙を読み進めながら色々と判明する事実にアルヴィナは冷静に頭を回転させる。
「(これでレイラさんも交えて5人。ネットワークを共有できればアルムの状態に付いてより分かるようになるわよね。お手紙を読むあたり私の顔を立てようと、それはレイラさんもだったけど、その意思を強く表明してくれてるし、とてもやり易いわね)」
それともそこを無視してくる女性ならアルムは弾くのかしら?とアルヴィナは考えるが、それは現状ではまだ分からないのであった。
「(とにかく何にせよ、アルムが公塾に通う間のガードを買って出てくれるのはありがたい、と言うよりも共通した認識がある事が良いのよね。或いは、アルムがそれほど心配されてしまう状態なのが問題なのかしら?)」
自分を含めた恋人5人全員に心配されるアルムに、アルヴィナは何とも言えない表情になる。
「(レイラさんの反応は何となくわかるけれど、多分レイラさんも私の反応を見越してアルムに返事はしてるでしょうね、色々と書きたい事はあるけど………)」
やはり帝都にいるレイラと遠くにいるアルヴィナでは手紙が到着するまでに時差がある。実際は影の護衛をしているレイラが内密に遣り取りをするのには慎重に慎重を期すどころでは無い複雑な経路を経て手紙がやり取りされるのでアルヴィナへ到着するまでの手紙よりは少し早い程度なのだが、それほどレイラの身柄は今現在厳重に監視されているのである。
しかし、逆を返せばそんなレイラにも手紙を届ける方法を見つけそれを実行できる能力があるアルムに驚愕すべきであるとも言える。
早く対面して会ってみたいわね、と思いつつアルヴィナは早速アルムをはじめ他4人の同志に返事の手紙を書き始めるのだった。
◆
「(3人、かぁ。しかも1人は天下の薬師サークリエ様の直弟子、1人は国の軍部とも提携する様な超有名デザイナーの実の妹、1人は武器商でも帝国で上から3番以内に入ってくるモスクード商会の正妻のたった1人の娘かつ切り札でもある愛娘。アルムってば狙ってるの?尽く凄い縁を結んでるんだけど)」
アルヴィナが手紙の返事を送る際に考えていた様に、レイラにもアルムとフェシュア達からの手紙が届いていた。
因みに、レイラとの手紙のやり取りが計画されたのはサークリエが正式な身元保証人になると契約を結んだ後である。
サークリエにもアルムは自らの事情を少し明かしており、サークリエはアルム(実際はスイキョウ)とどうにか手紙をやり取りできないか頭を捻ったのである。
サークリエも宮廷伯、しかも幾つも迷宮を支配する様な宮廷伯となればおいそれと動けるわけではない。また、下手に強権を使えば余計な騒動を招く。アルムの希望するように完全に情報を密閉してやり取りするのはなかなか難しいものだった。
手紙は超厳重にサークリエが封印をかければいいのだが(アルム達がピアスを分けていたことが功を奏してそれを鍵代わりにしている)、問題は届けるまで。
レイラはほぼずっと宮廷伯の令嬢の側に控えており、明確な休息時間が定まらずそもそも手紙を受け取るのが困難である。レイラは影の護衛なので外部からの接触もほぼ完全に断ち切られているし、【幻存】があろうとふらふらで歩けない。
何より難しいのが、ブレスレッドでその旨を伝えても正確に必要な情報が伝えきれず、肝心な1回目をどう成功させるかが大きな課題となった。
そこで活躍したのが3つの存在である。
1つはサークリエの伝手の貴族。サークリエに子々孫々と御恩を返したいと思うほどの恩義も受けた、テュール辺境伯派閥でも重用されているとある貴族の存在だ。その人物に事情を全て伏せてちょっとした頼み事をサークリエがした。頼み事と言っても2ヶ月に一度リタンヴァヌアと国の方を顔つなぎしてテュール宮廷伯とリタンヴァヌアの間に取引する場を設けるだけである。
別にそれ自体に怪しい点はない。重要なのは取引による情報共有。定期的なやりとりをするだけで一部の警備の動きが変動し、仲介するその貴族にも情報が少し渡る。サークリエはそれを利用して警備の穴を割り出した。
実行部隊となったのが転移の魔法が使えるルリハルルである。
アルムは1度ルリハルルの転移を使用して帝都までわざわざ向かった。
そして帝都に入りこみ、リタンヴァヌアが宮廷伯とやり取りをする日に宮廷伯の屋敷までルリハルルの転移で(実際にはサークリエにも言ってないがイヨドを拝み倒して)屋敷近郊まで接近。イヨドにレイラが自室で休んでいる事を確認してもらい、レイラのいる座標をアルムの頭に叩き込んで貰う。
その座標を正確に知る事でワープホールをそこに繋ぎ、手紙と共にもう一つ重要な物を送り込んで、アルム達はリタンヴァヌアにイヨドの力で即座に帰還した。
急に現れた物体にレイラは当然の如くビビッたが、アルムからブレスレットで『手紙』とメッセージが送られてきて何となく状況を理解して【幻存】を発動しつつそれを読みその全容を理解した。
だが、手紙のやり取りに毎回こんな大掛かりな、と言うよりイヨドが動いてくれる筈もない。しかしスイキョウは手紙に付随してある物を届ければそれで成功だと思っていた。
アルムが手紙と共に送り込んだ重要な物、それはラレーズの種である。
実はラレーズは1回目に種を生み出してから数回だけまた種をアルムに渡していた。ラレーズはこの種をチェックポイントにして自由に移動ができるのである。無論転移距離の限界もあるが、そんな芸当ができてしまうのである。
ラレーズのチェックポイントはリタンヴァヌアの13階フロアの幾つかの部屋、それと種を持つアルム、フェシュアの2人。ラレーズがアルムの元にいない時は13階フロアで遊んでいるのである。
とにかく、種があり、ラレーズと種の距離が途轍も無く離れていなければ、結界なんだろうと無視してラレーズは移動できちゃうのである。
その種の1つをレイラにも渡したのだ。
なので実際に手紙を渡すときは、1回目以降は2ヶ月に一度リタンヴァヌアと宮廷伯がやり取りする日に、ルリハルルがラレーズを連れて帝都まで転移で行き、あとは有効移動距離に入ったラレーズが直接レイラの元まで移動すれば良い。
スイキョウがこれを思いついたのは、ラレーズがフェシュアにより覚醒させられて新規に獲得した能力のうち、面白い能力があったからである。
ラレーズの種を介した移動はアルムが13階を探索した時に一度見せたように、発芽する時には身体の状態をリセットするのである。なので手紙を持たせて移動させても、移動先へ手紙を持ったまま移動できない。
しかし新生後、明確に意思が芽生えたラレーズは腕のゼッケンに愛着があった。なのでラレーズは移動後もこれを引き継ぐ方法を自分なりに考え、新しく模倣技術を生み出した。これも13階を探索した時に、泳ぐ為に身体の植物の構成を変形させた技の超応用である。
探査の魔法まで使えるようになったラレーズは1度対象の材質を理解してそれに近い植物を生成する能力を身につけていたのだ。なので今のラレーズの服は本当に服にしか見えないレベルなのだが、スイキョウはその性質を利用する事を考えた。
ラレーズにアルムの手紙を見せて、その文字列を全てツタなどで服に模様として描くのである。ラレーズは新しく作り出した服にその文字列を全て転写し、その状態をスタンダード化する。すると移動後もゼッケン擬きが腕に継続して巻かれているように、その服のまま移動ができる。
実はレイラとのやり取りに凄く時間がかかるのはリタンヴァヌアと宮廷伯の商談が2ヶ月に1回程度だからだけではなく、この転写の作業にかなりの時間がかかるからだ。
それでもラレーズは不満など一切なく頑張って膨大な手紙を全て転写してくれるのだ。
じゃあ内容を減らせばいい、と思うかもしれないが、アルムなりに絞っても、アルヴィナへの手紙の1/10までなんとか圧縮しようとも、ツタを繊細に動かしてそれをスタンダード化させるのはラレーズにとってもなかなか簡単な作業ではない。
そしてこれを全部転写完了をしても今度はそれをレイラは解読しなければならない。【幻存】を使用してラレーズを隠しながらラレーズに刻まれたその小さな文字列の解読に時間を費やすのだ。
それが終われば今度はレイラが返事をする必要があり、ラレーズはまだ文字が覚えられているわけではなくただ記号として模倣しているので一度紙に書いてそれをラレーズにまた転写して貰うのである。
レイラもあまり時間はかけてられ無いので、子爵家に伝わる速記の記号で返答する。この時ラレーズはただこの記号を転写するだけでいいのが逆にプラスになる。だが、レイラも時間のない中でタイムアタックの如くスラーーーーーッと書いていき、ラレーズの模倣も細かい部分で少しの歪みはあるのでアルム側もアルム側でその解読にかなりの時間をかけなくてはならない。
それでも非常に機密性の高い状態でメッセージのやり取りが可能になったのである。
なのでレイラが読んでいる手紙と言うのは、びっしりと文字を刻まれた服のようなものを着てレイラの膝の上で寝転んでるラレーズなのである。
「(今回はアルムとアルヴィナちゃんだけじゃなく、その3人からのメッセージもあるから何時もより遅かったんだね。となるとアルヴィナちゃんと今回は手紙の到着するタイミングもそう変わらないかな?)」
レイラは返事の催促もせずぐでんと寝転がっているラレーズの頭を撫でつつ色々と思案する。
「(アルヴィナちゃん、私よりも頭がキレるし采配もなかなか上手だから3人については絶対認めるよね。3人のメッセージも限られた文字数の中でアルヴィナちゃんや私の顔を立てている内容だし、頭ごなしに否定する事は絶対無いはず)」
初めてレイラとアルヴィナがやり取りした時も、アルヴィナはレイラに対してまず感謝の意を伝えアルムとの関係を全面的に認める旨のメッセージを送ってきた。
ただし、ほんのわずかに釘を刺すようなメッセージが込められている事もレイラは読み解いており、アルヴィナの才覚について、むしろその妾だの宝石の如く紅い瞳だのという情報からアルヴィナの実の父親の正体も察しており、自分が貴族で身分が上でもアルヴィナにしっかり配慮していた。
そんなアルヴィナ相手だからこそ、アルヴィナがどう動くのだろうかもある程度レイラにも予想が付くのである。
「(多分このまま私達5人のネットワークの形成の立案をしてくるよね?私もアルムの情報が多角的に得られてこれ以上余計な事が増えないのは歓迎だから反対の意思はないけど。書くとすれば3人娘への一括の返信と、アルヴィナちゃんへのネットワークの逆提案と、アルムの謝罪の返答と………………悩むなぁ)」
レイラは頭が痛くなりそうと思いつつも、生き生きとした表情で手紙を書き始めるのだった。




