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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第13章「ザ・ウォーカー」
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第13章 04話 黒鋼のメイス

 翌日、アッシュはひとりでテクスメックの鍛冶屋へと向かった。


「おおう、来たコムかメイスの旦那」


「変な呼び方するなよ、大将」アッシュは苦笑し、「それで、どうなった」


「今朝がた出来上がったところコム」


「早いな」


「当然コム。コムはこの王都で一番の凄腕鍛冶師コム」


 珪素生命体は直角の胸を自慢気に反らした。人間ならついでに鼻息のひとつでも鳴らすところだが、あいにく彼らに呼吸は必要ない。


「じゃあ早速見せてくれ」


「ん。これコム」


 ゴトリ、と不吉な音を立ててメイスがテーブルの上に置かれた。


「これは……!」


 アッシュは息を呑んだ。


 黒い金属の塊がギラリと陽光を跳ね返す。打撃部分は8枚板から6枚に変更され、ある種の禍々しささえ封じ込められているように見えた。シャフトは細くも太過ぎもせずまっすぐに伸び、見るからに頑丈な柄へと繋がる。


「……このつばみたいな横棒は?」


 指摘する通り、刀剣の鍔に当たる部分に一本の鋼の横棒が生えている。拳ひとつ半ほどの長さで、こちらも頑丈そうな造りだ。


「むふふふふ、それがそのメイス最大のポイントコム」


 そう言うとテクスメックの鍛冶屋は鍛冶場の奥からショートソードを持ち出してきた。柄に汚いボロ切れを巻いただけ、刀身はやや歪んでいる。失敗作らしい。


「旦那、そいつ(・・・)のアタマでこの剣を受けてみるコム」


「剣を?」


「そうコム。メイスのアタマで」


 言うやいなや、テクスメックの親父はショートソードをつきだした。意外と鋭い突きだ。身長こそアッシュの半分ほどだが、下から上に突き出す動きは気を抜くと大怪我を負いかねない。


 アッシュは慌ててメイスで受けた。打撃部分の板にガギッと耳障りな音を立ててショートソードが絡み取られる。


「いまコム。そこの横棒を握ってひねるコム」


 言われるまま、アッシュは柄を右手で、横棒を左手で持ち力いっぱい回した。


 ショートソードはものの見事にへし折れた。


「どうコム? 旦那の持ってきたメイスでも同じようなことはできたと思うコムが、コムのつくったそいつ(・・・)ならもっと素早く効率的にへし折れるって寸法コム」


 テクスメックの鍛冶屋は再び小さなゴーレム然とした身体でふんぞり返った。


 一方のアッシュはむう、と一言唸り、柄と横棒のバランスを確かめた。


「重さとかバランスも上々のはずコム。ま、ちょっとシャフトが伸びて使い勝手が変わると思うが……旦那なら問題ないはずコム」


 悔しいが鍛冶屋の言うとおりだった。リーチや重さ、バランスにこっちが頼んでいない新機能。どれも今まで使い込んできたメイスとは違うのに、柄を握れば絶妙にしっくりくる。アッシュは胸の高鳴りを感じた。この武器なら、いままで使ってきた業物と同じか、それ以上の働きをしてくれるはずだ。


「いい仕事だ、大将」


「そうコム? コムのいった通りコム」


「で、俺が使ってたメイスは?」アッシュは鍛冶場の方をなんとなく覗いたが、それらしいものがない。「ボロくなったけど大事なものなんだ」


そこ(・・)コム」小さな鍛冶屋は、アッシュの手にしている黒いメイスを指差した。「旦那のメイスを溶かして、材料に使ったコム」


「な……そんな話聞いてないぞ!?」


「文句は筋違いコム。旦那の武器は一度溶かされ、新しい武器に混ざり合って魂を受け継いだコム。だから握ったときしっくりいったコム?」


 それが一流の仕事コム、とテクスメックは短い腕を組んだ。


 アッシュはどう抗議すればいいか考えたが、うまい言葉は出てこなかった。いままで使ってきたメイスはどのみち壊れる寸前だったし、新しい黒いメイスは軽く振ってみただけで上物だと分かる。それに『魂を受け継いだ』とまで言われては何に文句をつければいいのか。


 様々な思いが頭の中をぐるぐる回った。元々は、シグマ聖騎士団に入ってから団長であり親代わりだったコークスに貰ったメイスだ。聖騎士団時代のよすがになるものは、もうそれしかなかった。だからずっと使い続けるつもりだった。


 それでも武器は壊れるのだ。


 直せないなら、どこかの棚にでも飾っておくくらいしか使い道はない。


 だったらその血や思いを受け継いで新しい武器に生まれ変わるなら、それはむしろメイスにとって幸せなのではないか。


 ――いや、そうじゃない。これが一番いい。たぶん、俺にとってはこれが一番いいんだ。


「わかったよ、大将。ありがたくコイツを使わせてもらう」


 アッシュは”俺の負けだ”とジェスチャーし、腰の後ろの分厚い革ケースの中に新品のメイスを差した。


「そうコムそうコム。それが一番武器のためになるコム」


「そう思うことにする」


 アッシュは左眉の古傷をなで、懐かしさと高揚感の中間のような気分に浸った。悪くない。


「それでお代コムが」


「ああ、そうだな。いくらだ?」


「300アウルムコム(註:日本円にして300万円)」


「さんびゃ……!」


 アッシュは絶句した。このテクスメックの腕がいいのは十分認めるが普通の武器屋で買うならば25アウルムが相場というところだ。横のグリップというオプションが付いているにせよ、法外も法外。品質を考慮しても50アウルムくらいと踏んでいた。


 アッシュは青ざめた顔で、現在の所持金とホテルにおいてあるカネの残りを計算した。ほぼ全財産である。決まった家を持たない流れ者であるアッシュにとって、体ひとつで運んでいるものだけが財産だ。つまり、本当に掛け値なく全財産なのである。


 いろいろな理由を考え、何とか安く抑えられないか必死になったものの、動揺したアッシュは何もうまいことが思い浮かばなかった。


 こんなときにカルボが口先で丸め込んでくれれば――と、思ったその矢先。


 なにか巨大な、大時化おおしけのような大きな波の音が聞こえた。ガープ王都は海に接しているとはいえ、鍛冶屋から海岸までは距離がある。普段なら波の音などめったに聞こえない。


 何ごとかとアッシュとテクスメックの鍛冶師は顔を見合わせた。


 そして次の瞬間。


 下腹から背骨を突き抜けるような重低音の振動が王都を揺るがした。


 鍛冶屋の店先に吊るしてある武器同士が打ち合わされ、いくつかはフックから落下する。


 地震だ。それもかなり大きい。


「くっあー! 売り物が! 炉の火が! 大変コム!」


 鍛冶屋は直角の頭を抱え、揺れる地面を右往左往した。


 実際には10秒程度のことだった。大地震はすっと弱まり、何ごともなく収まった。


 アッシュはわずかに首をすくめ、通りに飛び出して周囲の様子をうかがった。道路の敷石や脆そうな建物にヒビが入っているようだが見た限りでは怪我人はいないようだ。


 ――あいつらは大丈夫なのか……?


 仲間たちの姿が脳裏をよぎった。アッシュは背筋に冷たいものを感じ、ひとまずホテルに戻ろうとした。


「あーっ! 旦那お代は!? お代はどうなるコム!?」


 腰の革ケースに入っているのは300アウルムの金塊に等しい。テクスメックの鍛冶屋にしてみれば持ち逃げは絶対に見逃せないだろう。


 アッシュは苛立ちまぎれに短く刈り込んだ髪の中に手を突っ込んでから、テーブルの上に財布をバン、と叩きつけた。「これが有り金全部だ、あとはもう一度戻ってきた時に渡す! いいか、俺は逃げも隠れもしない、必ず持ってくるから!」


 それだけ言い残し、アッシュは走り去った。背後でテクスメックが騒いでいるが聞いていられない。


 鉄の匂いの予感がする。 


    *  


「よかった、いま迎えに行くかどうか相談してたところ」


 ホテルのロビーにはカルボを始めとしたメンバー全員が揃っており、アッシュはひとまず胸をなでおろした。


「どうしよう、王都ここから離れたほうがいいのかな?」


 カルボは不安げに眉をひそめた。ロビーには他の宿泊客も集まっていて、皆一様に落ち着きなく、かばんを持ってチェックアウトしていく客も少なくないようだった。


 そうした空気が伝染したのか、黒薔薇と白百合はお互いにピッタリくっついて怯えている。


「そうだな、王都から移動しよう。あと、カネ貸してくれ」


     *


「エーテル機関車を使うの?」


 カルボが荷物を背負ったり抱えたりしながら言った。明らかに王都に来る前より荷物が増えている。


「いや、半生体馬ウマで行こう。機関車だとレールが壊れたら止まっちまう」


 一同はアッシュの言葉にうなずき、ホテルの裏口にある厩舎へと急いだ。元々はカルボの父、ヒューレンジから馬車馬として借り受けたものだが、結局返すタイミングを失してしまったようだ。


 セラはフォレストエルフが品種改良した”浮き馬”(註:体内に空気より軽いエーテル気体を貯めこみ、馬体重を軽くしている馬)にまたがり、残り2頭の半生体馬と合わせて合計6人が分乗することになる。


 短い話し合いの結果、アッシュ、ドニエプル、セラがそれぞれの馬を操り、セラの後ろにはカルボが、ドニエプルの後ろに黒薔薇と白百合が分乗することになった。


     *


 王都を離れる前にアッシュはテクスメックの鍛冶屋に寄った。


「おお、きっちり持ってきたコムな」


 約束通り代金の残りを受け取った鍛冶屋は直角の顔でニッと笑った。


「おかげでこっちは文無しだ」とアッシュは肩をすくめた。


「それだけの価値があるコム」


「言うねぇ」アッシュはなぜか嬉しくなって笑みを返し、「俺のメイスを勝手に炉にくべただけの意味があるって言うなら、300アウルムは……まあ納得しとく」


「それは保証するコム。使えば分かるコム」


 アッシュは腰の後ろの革ケースからトンファー式の持ち手になった黒いメイスを引き抜き、くるくると器用に振ってみせた。打撃部分が空を切る音がする。


「それで、どこにいくコムか」


「ああ、ちょっと……」


 アッシュが言いかけたそのとき、またもや強い揺れと、そして轟音が鳴り響いた。


「ぺっ、何だこりゃ?」


 轟音にのって吹き荒れる突風に、塩辛い砂が混じっていた。


 ――塩辛い? 内海の方からか?


 アッシュは混乱した。地震で海からの飛沫が遠方まで飛んで来るというのは、すくなくとも知識の中には存在しなかった。


「悪いな大将。俺は避難させてもらう」


「おう、達者でやるコム」


「あんたは逃げないのか?」


「コムはこの王都をついの棲家と決めているコム。100年は続けるつもりコム」


 テクスメックの寿命は長い。珪素生命体である彼らは、平気で300年は現役で働ける。


「そうか。じゃあまたいずれ会うかもな」


「そうかもしれんコム。じゃあな」


「ああ」


 テクスメックの鍛冶屋はゴツゴツした手を上に伸ばし、アッシュは固く握った。


 男の仕事をしている手だった。


 そこに種属は関係ない。


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