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ハガネイヌ(旧)  作者: ミノ
第03章「サン・アンドラス」
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第03章 04話 買い食いに行こう

「ちょ、ちょっと待って下さい!」カルボが慌てて間に入った。


「む?」


「この人、その……戦場以外で体を見せるのが嫌いで。とにかくそういう習性なんですっ!」


 カルボの剣幕に、クライヴはしばし口を開けたまま動けなくなった。


「……習性、と言われてしまったら強くは言えないな」


「じゃあ、えっと、そういうことで。コ……コレで失礼します」


「教会への用事はいいのかね?」


「お気遣いありがとうございます。でも、先にこの人を着替えさせてからにしますので。それじゃ!」


 カルボは早口にそう言って、アッシュとふたりの少女をとっ捕まえるようにしてその場を立ち去った。


「隊長、振られましたね」団員のひとりがクライヴをからかうように言った。


「そういうな。私はあの男のほうが気になるよ。美女と美少女を連れた、鎧を見せたがらない戦士、か」


 クライヴは右手の拳をあごの先に当て、何やら楽しそうに笑った。その目からは穏やかさが抜け、鋭い光が宿っていた。


     *


「……すまん」


 人気のない場所まで移動したあと、アッシュは早々にカルボに頭を下げた。


「まさか聖騎士団がいるなんて思ってなかった」


「元パラディン、か。気になるけど、今は聞かないほうがいい?」


「……すまん」


「わかった。後回しにしたげる。今日はもう部屋をとって休も?」


 カルボはこざっぱりとした態度でそう言うと、予算に見合った宿に向かって先導した。


     *


 アッシュの一人部屋と、女達の三人部屋。手持ちが少ないと言ってもさすがに男女相部屋というわけには行かない。


 観光地だというのに何の色気もない安宿だが、背に腹は代えられない。財布の中にはメラゾナまで戻る運賃すら残っていないのだ。


 アッシュはあてがわれた部屋で鎧を脱ぎ、メイスを立てかけて薄手の服に着替えた。鏡を見るとひどい顔色だった。旅の疲れだけではない。


 タウ聖騎士団と、クライヴという男が脳裏をよぎる。


 あの光り輝く聖騎士の鎧。


 己が脱いだ鎧は傷だらけで、紋章は削り取られている。もしこれをクライヴに見せていれば、追放された聖騎士か、聖騎士を殺して鎧を奪いとった賊か、どちらかとみなされて当然だ。


 前者であれば教会の敷居はくぐれないし、おそらくは厳重に身元を調べられる。恥の上塗りをされた挙句、改めて教会への出入り禁止が通告されるだろう。


 後者であればもっと悲惨だ――聖騎士団は同胞の死を非常に重く受け止める。真偽はどうあれ、聖騎士団独自の”事情調査”が行われることになるはずだ。


 タウ聖騎士団内でかなり高い位階に属すると思われるクライヴに知られてしまった以上、サン・アンドラスの円十字教会にはうかつに近づけなくなった。このままではカルボまで怪しまれる可能性がある。教会の孤児院に黒薔薇と白百合を預けるという話は不可能になるだろう。


 自然とため息が漏れた。


 何度同じことを思っただろう。


 もう自分は、聖騎士の輝きとは無縁になってしまったのだ。


     *


 翌朝。


 安ホテルを出た一行は風のよく通る海岸線の公園でテーブルの上に地図を出し、それを覗き込んでいた。


「……市内にある円十字系の教会は全部ダメ。宿の人に聞いたら”聖塔の会”は孤児院経営はしていないんだって」


 カルボがてきぱきと地図の上に赤いバツの字をつけていく。


「”龍骸苑”だっけ、そこは?」


「龍の門徒……入信者以外には詳しいことは話せない、って。ようするに……」カルボは地図の上に20個以上バツを付けて「全滅ね」


「これ、カルボひとりが調べたのか?」


「うん、まあね」


「手が早いな」


「だって泥棒だもん」


 カルボは盗賊シーフと呼ばれる者達の中でも、特に人口が密集した市街地での仕事を得意としている。それは単にすりや忍び足の技術だけでなく、情報収集や変装、文書偽造などもふくんでいるのだ。この手の調査はお手のものだった。


「……で、結局俺たちはどうすればいいんだ?」


「正直お手上げだけど……あとは錬金術関連の施設に話を持ちかけるくらいしかないんじゃないかなぁ」


「ジャコメ・デルーシア、か。その線であたってみるか、ここでじっとしていても……ん?」


「なに?」


「クロとシロ。あいつら、どこに行った?」


「え?」


 アッシュとカルボは慌てて周囲を見渡した。いない。先程までいっしょに地図を見ていたというのに、その姿はどこにもない。元々地面からふわふわ浮かんでどこに行くのかわからない子たちだったが、それでも目につかない場所に行ってしまうということは今までなかった。


「……ホテルまで戻ったのかな?」


「その可能性もあるけど……くそ、まずいな。手分けして探そう。これ以上ややこしくなったら……」


「わかった。一時間後、ここで合流しよ!」


「ああ!」


 ふたりは席を立ち、別々の方向へ駆け出した。


     *


「まあ」「ここは」「どこ」「かしら?」


 人形のように美しいふたりの少女は自分たちがいつの間にか知らない場所にいて、アッシュとカルボとはぐれてしまった事に気づいた。


「いい匂いがしますね、白百合」「そうですわね、黒薔薇」


 どこからどう迷いこんだのか、黒薔薇と白百合は裏路地にふわふわと漂っていて、どこかから漂う食べ物の匂いに反応した。


「まあ」「すごい人」


 表通りに顔を出すと、そこには道沿いに屋台が並んでいる観光ポイントだった。買い食いをする観光客の流れがずっと続いていて、ふたりにとってそのような風景は当然初めて見るものだった。


 彼女らも普通におなかがすく。調味料の効いたサン・アンドラス特産のイカを焼いたものなどは特に刺激的で、匂いの流れを追って屋台まで近づいていった。


「まー綺麗なお嬢さんだねぇ」


 店主の中年女性が黒薔薇と白百合をみて感心した。


「おいしそう」「おいしそう」


「なんだ、このイカ食べたいのかい?」


「まあ、よろしいのですか?」「よろしいんですの?」


「はいどうぞ。一個2アルグ50アエスね」


 黒薔薇と白百合は、値段を聞くより早くイカの頭にかじりついていた。


 ふたりは露天で何かを買うのは初めてのことである。それ以前に、買ったモノの対価として金銭を渡すという仕組みを理解していない。彼女らは財布も通貨も何も持っていなかった。


「カネを持ってないぃ?」


 人の良さそうな中年女性の店主も、商売となれば別だ。呆れ顔で黒薔薇たちにお父さんかお母さんかいないのかい、と尋ねた。


 またも少女たちは首を同じ角度で傾がせた。


「白百合、あの方たちかしら?」「黒薔薇、あの方たちですわ」


「何か心あたりがあるのかい?」


「はい」「私達の」「マスター」「です」


「……ご主人様(マスター)? また妙な話になって来たねえ……まあいいわ。アンタたちのひとりがここに残って、もうひとりがそのご主人様を連れてきな。お代さえ払ってもらえればこっちとしちゃあ文句はないよ」


「ひとりが」「残って」「ひとりが」「さがす?」


 黒薔薇と白百合はきょとんとして、同じ表情のままくるりと回った。


 全く考えもよらないことだった。黒薔薇と白百合は常に一緒にいて、片時も離れないことが当たり前だと思っていたのだ。別々に行動を取るということを考えただけで落ち着かない。


「あーもう、世話が焼けるね。そっちの黒い服の子、アンタが残りなさい。そんで白い服の子がそのご主人様を探してきな。早くしないと、食い逃げでしょっぴいてもらうよ?」


 黒薔薇と白百合は事情の半分も理解していなかったが、やるべきことはわかった。


「気をつけて、白百合」「ありがとう、黒薔薇」


 白百合は表通りの群衆を飛び越えるほど高く浮遊して、アッシュとカルボの姿を探して滑るように飛んだ。


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