第17章 05話 熱波の剣
クロウと呼ばれた武装集団のリーダーと思しき男。
彼の持つ恐ろしく長い長剣は、先端から三分の一ほどが赤熱化し、かわしても輻射熱で火傷を負わせるという魔力付与品である。
クロウと対峙しているドニエプルはすでにその輻射熱を浴び、右の足首にダメージを負っていた。
「……龍骸苑の僧がなぜここに?」
じりっと間合いを計りつつ、クロウが言った。
「円十字の本拠地に不似合いなのはそちらも同じでありましょう?」
ドニエプルは右足をかばう構えをとりつつではあったが余裕の笑みを浮かべてみせた。『時間を稼げばこいつらの行き場がなくなる』。アッシュがはっきりそう言った以上、時間を稼ぎさえすれば活路は見いだせるはずだ。アッシュに対するこの龍骸苑の行者からの信頼は厚い。
「君たちのお仲間……あの女ふたりは我々が確保している。道を開けてくれるなら無傷で解放する」
「それは話が逆ですなあ」
「何?」
「カルボ殿とセラ殿に傷つけるなら、拙僧はあなたを絶対に見逃せなくなりますゆえ」
「噛み合わないな」
「では殴り合いますか」
クロウは答える代わりに熱波の剣を鋭く振り回した。ただでさえ長い剣の先から広範囲に輻射熱が放たれる。目も開けられない熱量だ。
しかしドニエプルはこれを受けの構えで耐えきった。眉間から片眉がチリチリと焦げるのもそのままに、クロウの懐へと飛び込む。
「噴ッ!」
裂帛の気合。強烈な中段突きが放たれた。
クロウはこれを長剣の根本で受ける。
素手での突きだが、そこに込められたエーテルの力が炸裂しクロウは勢いを殺しきれない。体が軽く浮かび上がる衝撃を受け、数歩分後ろに飛ばされる。
「焦るのはそちら」ドニエプルはチリチリになった片眉をピシャリと叩き、「お帰りはあちらですぞ、剣士殿」
硬い床を靴底でこすり、耳障りな音ともにブレーキをかけるクロウ。その眼差しにすっと黒いものが差し込んだ。
「どうもめぐり合わせが悪いようだ」
クロウは長剣を腰だめに構えた。切っ先がさらに白熱化。距離を取っているにも関わらず、その熱量にドニエプルは目を細めた。斬られれば傷口が消し炭になってしまいかねない。
「ここは早々に退散させてもらう」
そんなことはさせませんぞ、と言い返そうと思ったドニエプルだったが、口は開けられなかった。
思い切り振り抜かれたクロウの長剣から、大量の熱とエーテル波をミックスさせた強烈な熱風が吹き荒れたからだ。まだ見物に残っていた観光客たちからも悲鳴が上がった。それは”大火球”の呪文にも匹敵する威力をもたらし、それを正面から浴びたドニエプルは立っていられず、床にうずくまらざるを得なかった。エーテル光を体表に張り巡らせることを忘れるほど迂闊ではなかったがそれでも熱のダメージを完全には防げなかった。
「……やりますな」
ドニエプルの口中からギシッと歯噛みする音が漏れた。
顔を上げて見ればそこにクロウの姿はない。すでに聖墳墓殿堂の出口へと全力で走り去っていく背中が見えた。黒薔薇と白百合たちの元へ行くつもりだろう。
ドニエプルは敢えてすぐには追わず、深く調息して全身のエーテル流を整えた。
「アッシュ殿、拙僧は地上に上がりますぞ!」
そう叫ぶと、アッシュの返答を待たず全身に蓄えたエーテルを全て身体能力の強化に変換し、爆発的速度でクロウの後を追った。
*
ドニエプルの疾走を横目に、アッシュはジャビアの剣先を大きく跳んでかわした。
電撃による自動反撃を行う魔力付与品の金属鎧を身に着けた男・ジャビアを相手に、アッシュは有効な一打を与えられずにいた。護身用のバトンだけでは鎧に包まれた肉体に損傷を与えきれない。ただの金属鎧であれば片足をタックルで刈って転倒させれば攻略可能だが、それは反対に致命傷を受けかねない。
「……厄介な鎧ッスね」
「ああン?」
「今の装備じゃ倒せないみたいだ」
「ふふん」アッシュの弱気とも取れるつぶやきに、ジャビアは兜の中で得意げに鼻を鳴らした。「ならどきゃあがれ、命までは取らないでおいてやらあ」
アッシュは消えた。
「……ん?」
ジャビアは、つい先程まで会話を交わしていたはずのアッシュがいないことを認識できず、一瞬ぽかんとした。消えている。いったいどこへ……?
「ジャビア、後ろだ!」
フードにマスク姿の男・ファラディが叫んだ。
だが振り返るよりも早く、ジャビアの後頭部に木の椅子が叩き込まれた。投げつけたのはもちろんアッシュ、聖墳墓殿堂の壁際においてあった休憩用の椅子をいつの間にか手にしていた。
ジャビアはたまらずよろめいた。電撃による自動反撃で椅子だったものは焦げた木くずに変わったが、直接の打撃でないためアッシュまでダメージは伝わらない。
「やっ、野郎……!?」
衝撃に視界がブレる中、ジャビアは足を踏ん張ってアッシュに向かって攻撃を加えようとした。
そこに待っていたのは、聖墳墓内の順路を示すために置かれていた鎖付きの鉄製ポールだった。
太い鉄パイプとおまけに鎖である。今度は真正面から投げ叩きつけられたそれに反応して、鎧が電撃を放つ。しかし鎖に巻きつかれて転倒してしまった。鎖がショートして火花が散って、やはりアッシュには反撃の電光は届かない。
「チクショウ、ふざけやがって!」
ジャビアは硬い石床に仰向けになり、必死に呪詛の言葉を吐き出すが誰にも届かず兜の中で循環するばかりだった。
「くそ、チクショウがァ……!」
*
フードの男・ファラディははっきりとした殺気を感じていた。
「アズール、気をつけろ。あの男普通じゃない」
アズールと呼ばれたのは美しい身体に無数の護符を巻きつけて身にまとっている女である。
すでにフォレストエルフのセラを完封して足元に転がせているアズールは、自分たちに歯向かうアッシュたちの戦力を大雑把に計算していた。だがそれは改ざるを得なかった。あの喪服姿の男。動きが速すぎる。
「悪いッスけど、ウチの者は返してもらいますよ」
「……人質を取っているのはこちらだ」
ファラディはマスクの下でくぐもった声を発した。セラは呪印の力で床に倒れたまま動けず、カルボは気を失ってファラディの肩に担がれている。
「あんたらは」アッシュはファラディの脅しを完全に無視した。「さっきの女の子を追っているんでしょう? ここに長居はできないはずだ」
「……何がいいたいのかしら」とアズール。
「こっちの仲間を解放するなら、見逃してやってもいい……と言ったら?」
「……」
ファラディは沈黙を守った。表情こそ見えないがアッシュの出方をうかがっているのは間違いない。
「ファラディ、ここは話を飲んで……」と、アズールが言いかけたところをファラディはつかつかとアッシュとの距離を詰め、担いだカルボの身体を投げ下ろした。
どさりと仰向けになったカルボは気を失っているらしく、小さくうめいたまま目を開かない。
アッシュは素早くカルボの様子を見極めた――外傷も内出血も見当たらないところを見ると、どうやら魔術か霊薬を使われたらしい。
「条件がある」ファラディは顔こそ見えないが堂々とした態度で言った。「この女もあっちのエルフも、時間が立てば動けるようになる」
「それで?」
「我々が人質を返しても、お前が我々を追ってこない確証が欲しい」
「確証」
「そうだ」
「どんな?」
「簡単だ」ファラディは外套の内側からエリクサーのポットをひとつ取り出し、「お前にも一緒に眠ってもらう。それが嫌ならこっちの護符を身体に貼らせてもらおうか。そちらが全員動けない間に我々はここから離れる」
「命に関わる毒じゃないという保証は?」
「それは信用していいわ」アズールが妖艶に腰をくねらせた。「私たちは別に人殺しがしたいわけじゃないの。その証拠に、ふたりとも死んだりしてないでしょ?」
3秒沈黙。
「飲もう」アッシュはうなずいた。「じゃあ、そっちの姉さんにたのんます」
「あら、ご指名ありがとう。それじゃ……ちょっと失礼して」
アズールはぎりぎりまで開いた襟ぐりをさらにくつろがせ、豊かな胸の半球の間から呪印入りの布をするりと取り出した。
「これでしばらく動けなくさせてもらうわね」
女はアッシュの手を取り、護符を貼り付けようとし――ファラディはそのさまを感情の読めないマスク越しに凝視し――アッシュは……。
その瞬間を待っていた。
左の裏拳がアズールのあごの先端を打ち抜き、一瞬の異変に飛びかかろうとしたファラディの顔面と喉元とみぞおちに息もつかせぬバトンの突きを叩き込んだ。
どさり、どさりと異様な風体の男女がくずおれた。
「ふうーッ!」
アッシュは肺にたまった空気を緊張とともに一息で吐き出した。ほとんど賭けの行動だったが、己の肉体は要請どおりに動いてくれたようだ。
改めてカルボとセラの無事を確かめ、アズールとファラディを近くにいた衛兵に任せると、アッシュは樫の木のバトンを懐に忍ばせ、黒薔薇と白百合、そしてクレリア姫を名乗った少女を追いかけて風のように聖墳墓殿堂を後にした。
17章おわり
18章に続く




