◇呼び名
浅く抉られた左腕を見て、紅玉の魔女ラヴァイアは無言のまま視線をわたし達へ戻す。わたしは隣にいるワタポへ小声で「油断するなよ」と注意を伝えた。
今眼の前にいる魔女は【四大魔女】であり、長年その座から変わらない実力者。いつ魔術を放ってきてもおかしくはなく、高レベル魔術をポンポン撃ってきても納得出来る存在。こんなヤツを前に油断するのは自殺行為でしかない。
『......エミリオちゃん、隣の子は誰? ただの人間にしか思えないけど』
魔女語でワタポを探るラヴァイアは、ワタポをじっくりと観察していた。ここでシカトすれば確実にワタポがターゲット固定されかねない。
「魔女語で話すんじゃねーよ」
答えではないものの、無視でもない言葉を返すとラヴァイアは眼を細め『うーん』とうなりながらワタポの全身へ視線を上下させる。
「なんでワタシ見られてるの?」
「さぁな。んでも下手に動くなよ、アイツは強い」
再度ワタポへ眼の前の魔女を警戒するよう伝え、ラヴァイアの動きを待つ。すると、
『───あ! わかった!』
とラヴァイアは両手をパンッ、と合わせ何かを思い出したように言い放つ。
『その子が白黒の剣士だね? 金髪に青い瞳、真っ黒なロンググローブと白黒の装備、間違いないでしょう?』
「なんだそれ?」
と、答えつつ、わたしは内心驚いていた。
ラヴァイアは魔女、つまり外界種族であり、拠点も外界にある。ここへ来る前に地界の情報を集めた......はラヴァイアに限ってそれはあり得ない。まず、地界の情報を集める必要性がない、もし情報収集が必要なら絶対にラヴァイアには任せない。この魔女は興味のない話題は耳に入っても記憶に残らない性格だからだ。
他の魔女───わたしも含めて、魔女というのは興味のない話題は正直どうでもいい。が、だからといって記憶に残らないワケではない。しかしラヴァイアは本当に、興味が無ければどれだけ重要な話題でも綿を燃やすように瞬間的に忘れる。
そんなラヴァイアのクチからワタポの特徴が出た上に白黒の剣士という異名まで出されるといよいよだ。
ワタポがそう呼ばれているのかは、わたしは知らない。だが特徴も名称もワタポに合う。
つまり、最低でもワタポの存在は既に外界で噂される程度に知られている、という事。
同期で外界に行ったヤツはいない。
上の連中も外界から戻ってきたばかりだし、そもそも上の連中がわたし達を話題にしたうえ広める必要性もない。
......聞いてみるか。
「なぁ。そのなんちゃらナイト、みたいな感じのやつ、わたしのは無いのか?」
四大魔女の中では話せる、会話が成立する相手だからこそ、上手く会話を続け可能な限り情報を抜き取る作戦に。
元々それが狙いでワタポには魔箒破壊を任せていたし、流れ的にも今が丁度いい。
『あるよあるよ! てゆーかエミリオちゃん、自分にそういう呼び名結構あるの知らないの!?』
「あ? 全然知らねー......どんなのがある?」
わたしは魔女語を使っていない。でも会話は成立している......人語を完全に理解しているのに魔女語を使ってるのはなんでだ?
『まずは堕落の魔女! これはエミリオちゃんがまだ小さい頃につけられた名前だね! 母魔女は天魔女様でその母も元天魔女なのに子がダラダラしてはイタズラばかりしていたからね!』
かなり昔、本当に大昔のわたしじゃねーか!
魔術を覚える前の段階の話だぜそれ......どうしても勉強ってのが無理で逃げてはダラダラ遊んで、バレたら逃げつつ色々な仕掛けをしてクソデケー家を散らかしてたわたしだ......。
この話題ばかりは魔女語でよかったと思うくらい恥ずかしい、何も出来ない雑魚中の雑魚時代だ。
『あとは黝簾の魔女や深淵の黝簾が魔女達の中でのエミリオちゃんの呼び名かな。前者は宝石名、後者はエミリオちゃんが大暴れした時についた名前ね』
「宝石名!? わたしの!?」
『そうだよ? 黒曜や雲母、真珠よりもずっと前にエミリオちゃんは宝石魔女として認められていたんだよ! ただ、宝石魔女として迎え入れられる前に地界に追放されたけどね』
「まぢかよ......」
この部分、わたしが地界に行った経緯みたいな部分は正直曖昧な記憶しかない。記憶凍結の影響ではなく、その前のわたしの行動が原因だ......。魔術を覚えればまた別の魔術が欲しくなって、次々に自分で覚えていって......そこから記憶がぼんやりして、次の記憶がオババに地界へ投げ飛ばされる記憶。
ぼんやりしている部分は、本当になんとなくしか覚えていないが意思と本心......本体が別視点だったような。
「もしかして、アレがステージとフレームの突破か?」
無意識に呟いていた言葉にワタポは驚き、ラヴァイアは『まさにそうだと思うよ』と答えた。
その後にこのブレスレットをつけられたから能力的部分も窮屈に抑えられ、自分のSFもわからず今まで探り探り能力を使っていた......まともに能力人格とのやり取りをしていなかったから、突破出来ていなかったのか?
どっちにしろ、能力人格とはもう既にやり取りは終わっているし、あの時サクサク進んだ意味が何となくわかった気がする。
『ちなみに魔女以外はエミリオちゃんの事を黝簾の魔女って呼んでたけど、最近は、青髪の魔女や帽子の魔女、なんて呼ばれてるよ』
「───! ......そうか」
青髪の魔女、や、帽子の魔女、という呼び名には心当たりがある。誰が呼び出したのかは知らないが地界でもそうやって呼ばれた事がある。
つーことはあれか、地界に外界と繋がってるヤツがいる、って事だ。
フロー......は確実に外界に行き来してるだろうけどわざわざ地界の情報を流す必要がない。【レッドキャップ】も外界に行き来してたとしても、同じように地界の情報を拡散する必要がない。
じゃあ誰だ? 地界の情報を外界に流してるヤツは。
そもそも外界で地界の情報なんて需要あんのか?
『と、言う事で! あたしも用事があるし、そろそろ地脈へ行こうと思うんだけど、通してくれる? あ、リベンジマッチはまた今度で、通してくれれば魔箒の事はチャラにしてあげるよ』
会話を楽しんだ事でラヴァイアのリベンジ熱は下がったらしい───が、
「ワタポ、アイツが地脈に用事あるから通せって言うんだよ。通してくれれば魔箒ぶった斬った事は許すってよ。目的は知らん、どうする?」
「通さないよ」
「だそうだ。残念だなラヴァイア」
『そっかぁ......それじゃあリベンジマッチを今やって、魔箒の件も今お返しするしかないね!』
どこか楽しげにそう言ったラヴァイアは瞳を魔煌に燃やし、紅玉の魔女としての戦闘を始める準備を終えた。




