◇ヒガシンの憂鬱
ダプネの強制的な空間魔法の直後、背中からわたしは水面に落下し、そのまま沈む。
別にどこかが痛いとか、そんな事はない。泳ぎに自信は全くないが流れもない水中なので岸まで行けると思うし、顔を出して魔術を使えばどーとでもなる............いや、痛いのかもしれない。
「............」
とても綺麗な水の中をゆっくりと......沈んでいるのか浮かんでいるのか、そこに停滞しているのかもわからない状態のまま、わたしは動かなかった。
自分でも意図しないタイミングで冷静になってしまう事がある。
理由を探してつけるなら、水の中に突然落とされて冷えた、冷静になった。でもなんでもいい。とにかく今わたしは、時間がゆっくり流れる世界にひとりだけ置き去りにされた感覚に陥っている。
散々だったんだ。
いや、散々なんだ。
今も。
ダプネの方は......グリーシアンが相手なら大丈夫だろ。別にグリーシアンを雑魚いと思ってるワケじゃないけど、ダプネが相手をするならきっと大丈夫だ。
女帝の方は......気にはなるけどそっちも大丈夫だ。あのメンバーでどうにもならないならわたしが増えた所で結果は変わらない。
ここがどこなのかも知らないし、あの状況でこれだけの距離まで空間を使ったって事は、ダプネも細かい演算をしていない。
魔女の魔力も女帝の気配も、何も感じない距離だ......今更必死に動いて戻ろうとしても遅い。
「............。」
ここ数ヶ月はとてもバタバタしていたなぉ。
シルキ大陸から戻って少しは休めたが、個人的な気持ちを言うとシルキから戻った時点でゆっくり休んで、頭の中を整理したかった。
でも、わたしは冒険者だ。ダラダラしていると自然と身体や勘が鈍り、上手い具合に稼げなくなる───なんて言えば「一流気取り」と思われるだろう。それでも冒険者という職は......いや、地界全ての職業に言えるだろう。一流でも三流でもやらなきゃ落ちるだけなんだ、と。
クソピエロ【クラウン】が地界に現れて、毒雨や雨の女帝、シルキ大陸での夜楼華、騎士学校での魔女戦、生意気世代への喧嘩、そして今のイフリー大陸で炎塵の女帝......さすがのわたしも疲れたぜ。
もう......もういいんじゃないのか?
頑張らなくても。
どれだけ必死になっても、救えないものは救えない。
ルービッド。
リピナの姉ラピナ。
霧棘竜もそうだ。
シルキではしのぶちゃんも死んだ。
騎士学校では主席、三席、四席、十席が死んだ。
イフリー大陸ではバーバリアンミノスと千明ちゃんを助けたいと思って行動したのに、どうにも出来なくてわたしが殺した。
他にも沢山の人が死んでる。
名前こそ知らないが一緒に戦った冒険者や、わたしは直接大きな関係こそないが、ナナミの妹リーズや半妖精ひぃたろの妹も。
冒険者になってまだ2年経ってない。
2年経ってないのに、わたしの前で死んでいった連中が多すぎるだろ......。
そりゃこういう職だ。死ぬ確率も他より高いのはわかる。弱けりゃ死ぬし、運が悪くても死ぬ。
でも、やっぱりあるんだ。
もしわたしが強かったら、って考えればどうにかなったかも知れない状況が。
......わたしはプンプンみたいに真っ直ぐになれないし、ひぃたろみたいに器用じゃない。ワタポみたいに努力を頑張れない。
それでも、わたしはわたしなりに頑張ってきたつもりだった。
それでも、やっぱりわたしは───魔女なんだ。
自分の利益を最初に考えてしまう。
身体が勝手に人助けに動くような種族じゃないんだ。
「............」
なにがしたいんだ、わたしは......、
きっともう、なにもしたくないんだろ?
堕落の魔女......か。ほんっとピッタリな名前だぜ。
◆
ギャンブルの街【トラオム】に【デザリア】の民は移動した、との報告が入る。
イフリーの騎士───デザリア軍達は指揮官を失った事で分解すとばかり思っていたが驚くほど協力的で街と街を挟んで連絡を取り、状況も残さず教えてくれる。
デザリアに残っていた軍兵───正確にはデザリアにあるラビッシュに押し込まれていた軍兵の生き残りが、トラオムの兵と連絡を取り合い情報を運んできてくれた。
「避難は済んでるって事はわかった。しかし、いいのか? 俺はドメイライト騎士でお前らはデザリア兵、敵国だぞ?」
自慢の鶏冠ヘアを気にしつつデザリア兵になんとも言えない視線を向ける騎士ヒガシン。彼がトウヤと共に、ラビッシュで蠢く人体と機械の混合種【ソードダンサー】を一掃した事で助かった命がここにあった。
「あの場にいれば我々は全員、機械の化け物にされていました......イフリー大陸を愛している事は変わりませんが、デザリア軍人でなければ自国を想ってはいけない、という法律などこの国にはありません。しかし我々は今この国で起ころうとしている事......正直、起こった事さえハッキリと把握出来ていない始末」
「あー、それはまぁ......」
こういうのは苦手だ。とヒガシンは憂鬱になっていた。頼るも頼られるも別に嫌ではないが、このレベルの頼られは重く息苦しいものがある。
今ヒガシンの前にいるデザリア兵達はひとり残らず不安と恐怖に染まった表情をしている。戦場では頭のネジが吹き飛んでいる連中だとばかり思っていたが、それは指揮者がそういう兵を作り上げていただけの話。
長期で洗脳めいた事を行い、恐怖という感覚を捻った者を戦場に送っていただけの話。
幸か不幸か、軍の本拠地で事が起こり【レッドキャップ】や女帝が暴れた事により、そういった兵は全員死んだ。
が、だからと言って自分を頼られても困る。とヒガシンは頭をガシガシ掻き言葉を探していた所へ、
「───それは仕方ないよ。今回の件は上が勝手に判断して強行する形で実行したんだもん。だから軍内部は分裂したんでしょう?」
元上司、と言うべき存在。今は冒険者のワタポが助けに入る。ワタポの横には小型化したフェンリルのクゥがどこか頼もしい雰囲気を醸し。
「お疲れッス、ヒロ......じゃなくてワタポさん」
「お疲れ様、ヒガシン。でもまだ終わってないよ」
「そうッスね......、こっちとしては今イフリーには下手に動いてほしくないって言うより、デザリア軍に時間を使ってられない」
ヒガシンは再びデザリア兵へと視線を向け、可能な限り丸い言い方で、邪魔しないでくれ、状況的にも手加減できる自信がない。を伝えようとするも当たり前だがそんなに上手く伝わるワケがない。元々ヒガシンはそういった事をするタイプでもない。ここはワタポに押し付ける形で自分は一歩下がり〜とまで考えるが、共にイフリー大陸へ来た2人の先輩騎士が死亡した以上は、他国任せにするワケにもいかない。
「......」
ワタポはヒガシンの心境も含め、現状を少し考え、思い付く。
「今イフリー大陸で権力を持っている人......王不在で女帝もいない今、この国の代表として立てるだけの権力や権利、影響力を持っている人に心当たりはない?」
何を閃いたのか、何をしようとしているのか、ヒガシンは全くわからない。いや、考えようともしない。
しかし、丸投げでも投げやりでもなく、ワタポに任せる事をヒガシンは選んでいた。
この人なら、この人達なら、信用出来る。と。
一瞬和らいだヒガシンの表情を見たデザリア兵も伝染するように、ワタポに対しての警戒心が柔らかく解けた。
「そうですね......我々も噂程度なら。しかし本当に信憑性もない噂なのですが......」
「それでもいい! 聞かせて」
不思議な雰囲気を持つ風が夜明けを誘うように優しく、みんなの背中を押した───
気がした。




