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武具と魔法とモンスターと  作者: Pucci
【炎塵の女帝】
642/759

◇屈辱的な味



 深夜になり適温となったイフリー大陸で熱を上昇させる刀身が赤銅に燃える。

 視線が交差するように砂埃を巻く攻防、大盾の裏から冷たく刺さる視線を斬るように熱剣が空気を焼く。


 元ドメイライト騎士同士、今は冒険者と犯罪者という立場でイフリー大陸に降り立ち邂逅した2人───ワタポとフィリグリー。

 フィリグリーにとってワタポは騎士......駒でしかなかったが、ワタポにとってフィリグリーは今も昔もこの世で一番許せない存在。

 ワタポの故郷を視野に入れず踏み倒し薙ぎ払った男。その事さえ覚えているのかも怪しいほど、フィリグリーにとってワタポの故郷は小さく気を向ける場所でもなかった。

 が、どんな結果を出そうと、どんな理由を添えようと、ワタポは故郷を見捨て切り捨てられた。それだけではなく、始めから無かったものとされたのだ。イフリーとの戦争に勝利したという結果にも、そうしなければ勝利出来なかったという理由にも、ワタポの故郷の名は無かった。


 多くの犠牲の上に今の平和が成り立っている。

 その事を誰ひとりとして理解せず、今の平和は当然の結果であり勝利者の権利と思い込む。

 許せなかった。何もかもが。

 飲み込めなかった。現実が。

 ヘラヘラと笑い、誇らしげに歩き、当選のように奪う側にいるドメイライトが、ノムーが、ワタポはどうしようもなく許せなかった。


 一国を相手にする覚悟は既にある。

 内部からも外部からも破壊する覚悟も。

 その後で自分がどうなろうと、今を否定し破壊出来るならどうなろうと構わない。


 そうして、ドメイライト騎士ヒロとペレイデスモルファのマカオンがうまれ、騎士の動きと戦力を内部から堂々と調べ、騎士団長を叩けるだけの武力(同士)を用意し、虎視眈々とその時を待った。


 しかし、時間というものは平等に流れ不平等に働くものだ。

 統率は時間で錆付き、熱は不平等に上下する。


 理不尽は自分だけに降りかかるものではない。

 理不尽は他人だけが振り回すものでもない。


 心と身体がはなれ離れになるような───不快でありながらもどこか求めていた救いのようで、ヒロは現実に揺れ始めるも、騎士団長への怒りや憎しみは日々濃く積み上げられていく。

 帰るべき故郷を無きものにされ、自分を騎士として受け入れてくれた隊を捨て駒にし、生き残った自分には簡単な階級を与え、その裏では捨て駒をリサイクルする感覚で正義という言葉を被せた手を差し伸べるだけではなく、レッドキャップとして暗躍していた。


 フィリグリー・クロスハーツという男を、存在を、ワタポは絶対に許せない───自分が討伐すべき対象の1人として認識し、今まさに首を狙う。







「ッッ!」


「───荒っぽいな。何をそんなに生き急ぐ?」


 特種効果エクストラ爆破を持つ長剣を大盾で防ぎ押すフィリグリー。未だ熱の入らない声音で話しかけてくる男へワタポは殺意を波立てる。


「イフリーで何をするつもりだ、フィリグリー」


 大盾を押し返しつつ、未だ抜かれていない長剣を警戒するも、フィリグリーは剣を手にする雰囲気さえない。


「混乱するイフリー大陸に救いの手を差し伸べようとしているだけだよ。私は今も昔も変わらず平和を願っているものでな」


「......白々しい言葉を───吐くな!」


 長剣を両手に持ち、ワタポは自身の肘を刀身へ押し付け言葉と共に一気に振り抜いた。

 撫でるように義手と刀身が擦れ、爆破を起こす。ワタポだからこそ可能な戦法であり、半強制的に特種効果を発動させる豪手にフィリグリーは強く防御体勢に入るも、大きく押し退けられる。

 ゼロ距離、密着状態での爆破はまさに爆弾。熱風と衝撃による二段攻撃は大盾とはいえ身体を駆使しなければ受けきれない。

 正面からぶつかる力に逆らわず、しかし弾かれぬよう流れに乗る事で防御自体は成功する───が、後が続かないというデメリットがそこには存在する。


 少し浮いた大盾の隙間から強い殺意と無色光が滑り込むようにフィリグリーへ刺さり、ワタポは渾身の剣術を撃ち込む。

 疑いようのない手応え、無意識に奥歯を噛んでしまう不快な感触と裂け目から吹き出る血液。四連撃剣術【フォルク ペイン】は余す事なくフィリグリーを斬り、呆気なく思えるほど簡単にフィリグリーが倒れた。


「......はぁ......はぁ......っ............」


 走る鼓動が耳元でうるさく、浴びた返り血も気にする様子はなく、ワタポは硬直していた。

 剣術ディレイでの硬直は勿論だが、それよりも、長年燃やしてきたフィリグリーへの怒りや憎しみが、こうもあっさりと、余韻さえ残さず呆気なく、簡単に終わる。

 思考が一瞬で途切れ、視線は地面の一点に刺さり、肩から力も抜け、言葉に出来ない何かが情緒さえ虚空へといなす。


 僅か2、3秒の硬直が途方もなく長い時間ものに感じる。現実味のない今から切り離されたような浮遊感の中でドクドクと心拍数だけが上昇し───切断されていた思考が、凍るような線と不快な感触で強制的に接続されると同時に、神経が焼き切れる痛みが無防備なワタポへと激流の如く流れ込む。


「───君が相手にしているのは私なのだよ? 強者を相手にする場合、その場では決して油断しないものだ、例え相手の死を確信してもだ。覚えておくといい」


 振られた長剣はワタポの利腕───生身の肩部分から切断した。背後から心臓を貫けばそれで終わりだったというのにフィリグリーは突きではなく斬りを選んだ理由は、単純に回復直後(、、、、)は照準にズレが生じるからだ。本来ならば回復直後(、、、、)は防御をしている体勢が多いが、今回は中々にないケースだったため無理な攻撃ではなく、確実に相手の戦力を削るべく斬り、切断を選んだ。首から斜めに刃を入れるつもりで振った長剣が右肩にヒットしたのは、ワタポにとっては不幸中の幸いというものか。


 悲鳴さえ遠く感じるほど、止めどなく溢れ出る血液。乾ききった荒野に降り注ぐ赤は一瞬で辺りを湿らせる。


「痛みと悲鳴など、今更だろう。そんなに辛いなら終わらせてあげ───よう......?」


 能力反動から回復したフィリグリーは今度こそ完全に首を狙い剣を振り下ろしたが、まるで読まれていたかのように剣戟は回避され、ワタポは血液を撒き散らしながらも距離を取った。


「......今のは何だ? まるで知っていたかのように......確実に回避してみせた。反応がいい、運がいい、などという言葉では到底足りない」


 ワタポの能力【アンティシペイト】は両眼を同時に使う事で発動する絶対的傍観視点。まばたきをすれば終わり、その視野の中では自分も動けないが、今何が起こりこれから何が起こるのか、今と数秒先の未来を切り取って見る事が出来る能力。

 現実を捉える瞳と未来を読み取る瞳を同時に使う事で可能となるイレギュラーな視界。


 本来ならば眼球の奥が潰れるように痛み、激しい頭痛にも苛まれる禁じ手クラスの能力だが、この能力反応よりも深く濃い痛みの最中では鈍痛も頭痛もまるで感じない。

 視界が一時的にぼやけるが、そのデメリットを考えても、今の攻撃を回避出来るのはメリットしか感じない。



 対するフィリグリーも能力を使い───正確に言えば今この瞬間も能力を使っている───ワタポの攻撃から回復したのだ。

 領域系能力であり、その領域内では自身が受けたダメージは瞬時に回復し、痛みさえ感じないという絶対防御の領域。

 しかし “受けきれないダメージ” には領域能力は発動しない。これは即死や絶対的致命傷を指す。

 そして、能力発動中に領域外で受けるダメージは恐ろしい程痛みが増加し降りかかる、というのがフィリグリーの能力。


 騎士学校オルエススコラエラでエミリオはフィリグリーの能力情報を得ていたが、ワタポにその情報を伝えておらず、“情報” というものの脅威が悪い方で発揮されたと言えるだろう。



「君の能力、かな? 時間に関係しているモノではない様子だが......ふむ。奇妙な感覚だ」


 剣を地面へ突き刺し、フォンで時間を確認するフィリグリー。真っ先に時間を確認した理由は、ワタポの能力が時に関係するモノではないか? という疑いからだ。時を止める、という驚愕の能力ならば時───時間そのものが停止する。

 ここへ現れる前に時間を見ていたのだろう、記憶と体感を擦り合わせてみたものの、やはり時に関係する能力ではないと判断し、剣へ手を伸ばした。


 その間、ワタポは茸印の痛撃ポーションを傷口へ直接ぶっかけるという、エミリオがやる粗相のような使用方法でポーションを使いつつ、狼印のポーションを飲み干していた。

 本来の痛撃ポーションよりも高価な、素材も効果も高水準な痛撃ポーションだが、今それを使う事に躊躇など微塵もない。

 値段が張るだけあり、効果は劇的に現れ痛みは遠く小さくなる。ランクが高いポーション系は追加効果が必ずあり、その追加効果がネックでもあり、冒険者ランクが低いものは購入出来ない。

 ワタポが今使った茸印と狼印の上級痛撃ポーションにも追加効果は存在する。


「......フゥー......痛覚が鈍くなる、追加効果は、こういう場面だと、凄い助かる」


 呟きながら次の小瓶───傷口から滲む血液を凝固させる医療薬を切断面へ使い、出血を阻止する事に成功する。これも冒険者ランクで購入出来るが、乱用するのは違反なのでフォンポーチにひとつしか入らないよう設定されている───勿論ベルトポーチや別で保管すれば個数制限など無いが、こういった薬品類などの違反には重いペナルティが課せられるので好んで行う者もいない。


「ほう......血液凝固の薬品と、ポーションは上級品かね? そういったモノを見ると、時代の変化......若き者達の成長を感じるな」


 感慨深い声で語るフィリグリーにワタポはヘイトを募らせるも、現状でワタポがフィリグリーに勝つ確率はほぼ無いだろう。

 利腕を失い、剣も手元にない。痛覚が鈍くなっているという事は自然と力加減も曖昧になる。左手で剣を持っていたとしても、加減が難しく剣術発動は相当シビアだろう。


 それでも、逃げるワケにはいかなかった。


「時代の変化......ね、それはワタシも感じてるよ」


「君も? 君は変化の中にいる世代ではないかね?」


「そうだよ......だから誰よりも変化を感じて、成長もわかる。以前のワタシならとっくに死んでるって事もね」


 時間稼ぎのつもりで放った言葉は、フィリグリーの足を思いの外止めさせた。


「たしかにそうだな。以前の君ならば私も能力(、、)など展開(、、)しない......変化と成長、か......悪くないものだ」


 何気無い発言の中にワタポはヒントを拾った。まずフィリグリーは能力ディアを使ったという事。そして展開という言葉から、フィリグリーの能力は十中八九、領域系である、と。領域系ならば今現在も発動されているという大きなヒントを拾い、自分が圧倒的不利な状態である事を察する。


「こうして命を狙われているのに、悪くないって本当に思うの?」


 会話を続けつつ、まずは痛覚の鈍感性を少しでも和らげる。そしてどう戦うかを考える。


「私は君に命を狙われているという感覚はない。君では私の命を奪う事など到底不可能だからだ。ふむ......昔の部下が強くなった、という喜びが湧いているのだろうか? 不思議と悪い気はしないのだよ」


 挑発でもなく、本心だろう。

 絶対防御の領域内にいるという事実を引いても、フィリグリーはワタポより強い。


 認めたくはない現実が痛みと共にワタポへ突き突き刺さるも、フィリグリーにとっては相手の内心など気を向ける必要さえ無いもの。

 利き腕を失い、激痛と絶望の渦へ落ちたワタポを逃すワケもなく、フィリグリーは長剣を構える。しかし、その剣は振られる事がなかった。


「ほう......。変わらない......いや、拍車がかかったリリス君は」


 人ではない気配が文字通り大量に湧いた。

 無視するには多すぎる気配へ、フィリグリーだけではなくワタポも、ひぃたろ達さえ手を止め視線を送った。


「......君は既に負けだ。私はあまり認識していなかったが、君は一時的とはいえ騎士団で私の部下だった。一度だけ情けをかけようではないか。私個人としてもここで君のような弱者へ時間を使うより、リリス君を観察していた方が大きな得がある」


「な......ふざけるな! ワタシはまだ、まだ............ッ」


 負けてない、戦える。

 喉まで必死に押し上げた言葉は鉛のように腹へと落ち、消化出来ない感情が、敗北と慈悲、という屈辱的な味でワタポの中に残った。




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