◇63
「...はぐれちゃった」
青い空を泳ぐ雲を見てワタシはポツリと呟いた。
左腕はロンググローブがなくなり空よりも平原よりも深い青緑色の義手。
「川に落ちなくてよかった」
独り言をいい 起き上がって街を、バリアリバルを見上げる。橋を上げたこの街は湖に立つ孤塔の様な存在感。とりあえずこれでデザリアの人達はこの街を襲う事は出来ない。
今街の外には何人出ていて、何処にいるのか...全てを把握して避難させたりするのは不可能。ならばやる事は1つ。
デザリア軍の現在地と人数、指揮官の確認を...?
フォンを取り出そうとしたワタシを刺す様な...敵意のある視線を感じた。
シケットで隠蔽 と 看破を学んだからこそ感知出来たこの違和感。
草影にモンスターではなく、人間がいる。
人数まではわからない。
他の場所に隠れているのかもわからない。でも、あの草影には確実に数人潜んでいる。隠蔽も看破も上手くできなかったエミちゃが「怪しいと思ったら魔術ぶっぱなせばいいじゃん」と言っていたのを今思い出し、ワタシはバレないギリギリの音量で詠唱し、ファイアボールをわざと外れる様に放った。少しでも驚き動けばワタシの熟練度でもリビールは可能。
ループを燃やし狙い通り少し離れた位置へ火球が落ちる。
爆発に驚き動いた瞬間 隠蔽術が解け姿が見える。
赤色が目立つ鎧...デザリアの人間。
「あの、この国に何か用事が?ワタシが伝えましょうか?」
ハイディングしていた時点で正規ルートで入国した訳じゃない...と なると狙いはマテリアか戦争のきっかけ。
ワタシの言葉に返事はなくどこか怯えた表情。
他のメンバーはなぜ出て来ないのか...この程度の魔術では驚きもしないのかな?なら。
「ま、まて!」
「...じゃあ武器をしまって全員出てきて」
「違う!助けてくれ頼む!」
「...?」
この兵は何を言ってるの?
助けてって...隠れてるのは仲間でしょ?
こちらの気を引いて死角からつつく作戦...だったなら演技が上手すぎる。
「ここまで...他国の首都まで接近していて何を言ってるの?」
太陽光が何か細いモノを輝かせた瞬間、兵の頭が揺れ 平原に落ちる。そのまま身体は倒れ地面に接触する前にバラバラに。
人の死は嫌と言う程見てきたワタシでも...この死に方は知らない。細切れにされた様な...。
眼の前で細切れになった死体から眼をそらす事が出来ず、意識もハイディングしている人達に集中していたせいか、気付くのが大きく遅れた。
すぐ後ろまで別のデザリア軍が迫っている鎧が擦れ合う音と気配に。
「やられた...これじゃどう見ても」
「ん?...あれは」
アウトだ。今ワタシを見ているデザリア軍は間違いなくワタシが彼を細切れにしたと思うだろう。
「我が軍人を...貴様 冒険者だな!?」
ほらね。これで戦争の理由は出来た。
本当に...裏から表をゴチャゴチャにしてくれるね。
ワタシは眼線を草影の奥へ向けた。
じっとりと湿るフードローブからピンク色の髪の毛を垂らし笑う少女。
ハイディングしていたがデザリア軍の到着と同時に姿を現した少女。顔の左を長い髪で隠している...あの子がエミちゃの言ってた モモカ で間違いないだろうか。
ワタシの視線に気付き笑顔でブイサインをして揺れる様に消えた。
「貴様は何をしたのか理解出来ているな?我々デザリアは只今より貴様等、バリアリバルを敵と見なし...戦う事を宣言しよう!」
よりにもよって面倒そうな性格の人が指揮官だったかぁ。
これは誤魔化せそうにないや。
でも、今ここで手を出してしまえば本当にワタシが戦争の火種になっちゃうし...かと言って無視する訳にも...ここは時間を稼いで中の誰かが気付いてくれるのを待つしかない。かな。
「ワタシは何もしてない!この人が突然...と言っても信じられないよね。あなた達はなぜこの大陸に来たの?」
「同盟を結ぶ為に足を運んでみたら...この対応とはさすがはあの姫の国!もはや貴様と話す事はない!」
おかしい。
仲間が、部下が無惨な姿で殺されているのにそれについての怒りを感じない。むしろ望んでいた?わかっていた?
イキイキとした姿勢で武器を取りワタシを狩る事だけを考えている瞳。
何かが...いや 何もかもがおかしい。
◆
「だから!早く橋を戻してワタポ!」
「わからんやっちゃの!すぐそこまでデザリア軍が来ておるんじゃ!街中に入られでもすればもっと面倒な事になるじゃろ!」
「何ですぐそこまでってわかんの!?すぐそこってドコ!?」
「ウチがリビールした時点でもう街の先におったんじゃ!今橋を降ろせば十中八九この街の中にヤツ等が」
「ワタポを見捨てろって事かよ!お前らみんな頭ん中プリンだ!」
ユニオン本部へ急ぎワタポが外にいる事を話したが、セッカは橋を降ろす事を許可してくれなかった。
キューレのハイディングもリビールも凄いのは解る。でもだからってワタポを放置、見捨てるのは違うだろう。
すぐ眼の前までデザリアが来てるなら尚更だ。わたしの風魔術でもこの街を包む高い壁は越えられないしハロルドのエアリアルで越えてもその後ワタポを連れて壁を翔び越えるのは不可能。
外を監視している冒険者やユニオン幹部の話では先程ワタポはデザリア兵と話していたとか...急がなきゃ他の場所にいた兵も合流してしまう。
「とにかく2人とも落ち着きなさい!」
セッカの言葉に「はい わかりました」と言える性格ではないわたしは思い切り噛み付こうとするもハロルドとプーが言葉の爆弾を没収する様にわたしを引っ張り首を小さく揺らした。
「デザリアが今このタイミングで現れたという事は間違いなく、戦争の理由を作りに来たとしか思えません」
「なら早くワタポを助けないと!」
「そうすれば街の人々に危険が降りかかる!それくらいエミリオも解るでしょ!?彼女は冒険者であり...。簡単にやられるとは思いませんし手を出すとも思えません」
「でもさぁー。相手が色々仕組んでたらワタポが手を出さなくても出した事に出来ない?理由なんて結局後からでもいいワケだしさ。私しらなーい」
なぁんだこのクルクル巻き毛の女。そこまで予想してるのになぁーにが「私しらなーい」だ。リピナだったか?白金の橋だか白木屋だか知らないけど適当な事言うなら黙ってろよ。
「今のデザリアはどんな感じなんだ?前までは戦争とか争い事を嫌っていたが最近は妙に好戦的じゃないか?」
「それがおかしい所なのです。アクロスが今言った様にデザリア王はドメイライトに対しても争い事を避けるやり方で、と言っていました。しかし最近は争いを望む様な...何かがおかしい...」
「デザリア王はし...」
「外でデザリアの大鎌使いと冒険者が戦ってる!!」
王が死体で赤帽子が操っている事を言おうとしたがその声は外を監視していた冒険者の登場で消える。デザリアと戦っている冒険者は間違いなくワタポだ。
「行きましょう。戦っているとなればもう私が出るしかありません」
セッカを先頭に冒険者達がワタポの元へ。もうこうなってしまった以上戦争は確定か...。
全員の表情から一気に余裕の色がなくなる中、プーの瞳はまだ戦争回避を諦めていない様に思えた。
◆
戦争。
殺し合い。
どちらが勝ってもその勝利の下には数えきれない程の犠牲、死がある。
何年経ってもその死は消えない。そこからまた新たな悪意の芽が出る。
それが人の命を奪うと言う事。
モンスターの命を奪う事とは話が違う。
モンスターはリポップ、再生しまた生まれるが人は1度死んでしまえば2度と産まれない。
食べ物も命を貰って生きている。その命に感謝して頂いて命を繋いでいる。
しかし 戦争には感謝なんて無い。
絶対にダメ。
戦争は悲しみや悪意しか産み出さない。
もう嫌なんだ。
誰かが死ぬって事が。
「プンちゃん」
無意識に力が入っていた手を触りボクの名前を呼んだ。
「ひぃちゃん...」
「大丈夫。まだ私も諦めてない。エミリオも、みんな諦めてない」
「...うん」
他国とか他人とか種族とか、そんな事関係ない。
ボクみたいな思いをする生き物はボクだけで充分なんだ。
もうボクみたいな人を産み出しちゃイケナイ。全部、守りたいんだ。
ゆっくり降ろされる橋。
光が隙間から差し込み街が外の世界と繋がろうとしている中で、別の光がボクの眼に飛び込んでくる。
太陽光じゃない。
綺麗な円を描く様に回る光。
その先にはボクの知るボクの友達。
「ッ!!」
「プンちゃん!?」
「プー!?」
橋がかかる前にボクは見た。
黙って橋が降ろされるのを待っていたら間に合わかっただろう。
死神がボクの友達の魂を狩ろうとする瞬間を ボクは見た。
大勢の前では避けるべきだろう。きっとみんなに怖がられて嫌われるだろう。
でも、でも そんな事気にしていたら大事なモノをまた失っちゃう。また奪われちゃう。また見てるだけで何も出来ないのは...もう 嫌なんだ。
橋がかかる前に本能的に足が動いた。
全身をピリピリ突き指す痛みも、熱くなる眼球の熱も、光も、迷いも、記憶も、全て置き去りにして進んだ。
大切なモノをボクは守る為なら、悪魔にでも化け物にでも喜んでなってやる。




