◇ここから
水面に浮かぶ月は波に千切られ、夜行性の魚が活性を上げる。ウンディー大陸の港街【ウンディーポート】でわたしは眼を覚まし、見知らぬ船の甲板に設置されていた椅子に容赦なく寝転がった。
起きた部屋にわたしの武具が無く、現在装備しているモノは黒シャツとハーフパンツ、穴の空いたタイツとブーツだけ。上衣も中衣も帽子も武器もベルトポーチさえ見当たらないが、フォンポーチはあった。
「3時17分......ガッツリ夜中にどこにいるんだわたしは」
見知らぬ船はそこらで停まってる船とは素材からして違う。全くの素人であるわたし、エミリオが見ても判るほどこの船は質が違う。
人を運ぶ船、荷物を運ぶ船、漁をする船......用途によって形状も備品も変わるのは馬車、人の衣服や装備も同じだ。この船は耐久度をメインに、デザインも拘り造られたようで、一番高い所にある旗には【羅針盤と海竜】のシルエットマーク。
予感はしていたが、ここはわたしがバリアリバルで喧嘩をした相手【キャプテン ゼリー】の......ギルド【海竜の羅針盤】の海賊船。
「海賊ってドクロのイメージあるけど違うのか?」
海風を泳ぐ旗を甲板のチェアから見上げ、なぜここにいるのかを......考えた所でわかるワケがない。ゼリーと一戦した後わたしは無様に気絶、眠ってる時に何が起こったの知るハズもないので考えても無駄。船はポートに停泊しているので今すぐ降りてバリアリバルへ戻る事も出来るが、装備品を探さなければ降りるに降りられないし、まだ身体がわたしの使う戦術についてこれていないらしく、調子が悪い。
海賊との戦闘で使った魔術......まだジャンル的なものの名前は決めていないが、これがわたしの新しい魔術、戦術、スタイルだ。
「自分のスタイルで......既にわたしには頼れる人が沢山......自分で決めろ、か」
エンジェリアの言葉が耳に残る。母魔女の言葉はひとつひとつがウザいくらい突き刺さる、指摘されたくない部分や誤魔化したい部分を容赦なく突き、その度わたしは言い訳を探すように空っぽの言葉を並べてみたり、突き放すような態度を取っていた。
その瞬間はわからなかったが、今落ち着いて考えて直してみると、和國でもドメイライトでも、わたしはそういった態度や対応で、クソの役にも立たない外側だけ固めたプライドみたいなものを守ろうとし、クソの役にも立たないものを守った所で意味もなく───どうすればいい、と頼る事しか出来なかった。
おかげで今はプライドなんて無い。
わたしは弱い。
それを真正面から受け入れる事が出来た。
ここがスタートラインであり、ここからどう進めるかがきっと何よりも大切で難しい。
でも、それも見えた。
どんな形で、どんな立場で、どんな出会いだろうと、その出会いこそがわたしにとって強大で偉大な魔導書だ。
「ルナールアクセル、ペレイデスピプラ、スキアーレイド、ウンデュラータ......」
プンプン、ワタポ、トウヤ、サルニエンシス姉妹。
この5人に出会ってなければこれらが産まれる事は無かっただろう。無いなら無いで他の手段が浮かぶかもしれないが、あの場───海賊との戦闘中に都合よく浮かぶなんて思えない。妖力の存在もそうだ。
つまりわたしは、わたしが出会った人達と出会っていなければ、ゼリーにはもっと早い段階で完全に負けていた......下手すりゃゼリーに出会う事なく死んでいただろう。
「......〜〜〜〜っ、ここでアクビ出るあたり、わたしらしいな」
大アクビに涙を溜めながら月を見上げていると、床がコンコン、と扉をノックする時のように鳴った。
身体を起こし周囲を見ると、ゼリーではない誰かが。
「調子は悪く無さそうだな。隣いいか?」
「おういいぜ、ってわたしの椅子でも船でもないけどな」
一応そう答え、後は勝手にしろという形で流す。間違いなくこの船の住人───ギルド【海竜の羅針盤】のメンバーだろう。自分らの船なのに気を使うなんてオカシな話だ。
「船長にゲロ引っ掛けたんだってな?」
「───......?」
隣の椅子に腰掛けるや、突然ゲロトークを始めた男。椅子と椅子の間にある小さめの丸テーブルにグラス2つと2本の瓶が置かれる。
「覚えてないのか? 船長のあんな顔久しぶりに見たぞ」
男はメイプルシロップを少し焦がしたような色合いの液体が揺れる瓶を手に取り、ひとつのグラスへ注ぐ。
「お前はそっちだ。どんな理由であれ吐いたヤツにこちらから酒は渡せない。呑みたきゃ下にあるから好きなの自分で持ってこい」
そっち、というのはもう1本の瓶。中身には毒々しい色の液体が......
「ノムー大陸のボルドーワインを生産している貴族が生産しているブドウジュースだ。酒じゃない」
「......ボルドー......」
ラトゥールの家か。
「苦手だったか?」
「......いや、ありがたく貰う」
コルクを抜くと濃いブドウの香りが漂う。隣で強烈な匂いを発する酒が居るというのに、こんな瓶のクチからでも堂々とした香り。
10の席次についた日から堂々としていたラトゥールとの出会いを思い出す。
「挨拶が遅れた、俺はレッフェル。このギルドの副船長をやってる、よろしくな。お前は問題児世代のエミリオだろう? 船長が情報屋からお前の噂を買っては毎回騒いでいる」
軽く伸ばされた手にはグラス。わたしはレッフェルのグラスへ自分をグラスをコツン、とぶつけ、
「どんな噂をいくらで買ってんだよお前の船長......ま、よろしくなレッフェル」
挨拶を済ませる。
黒髪で長身の男が副船長......サブマスター【レッフェル】か。音楽家が言ってたようにこのギルドはトリプルという凄みを持っているのに絡みやすいな。
「これはお前の装備だろ? 船長から俺が預かっていたんだ」
「おぉ、そうそう。探してたんだよ」
戻ってきた装備を帽子以外は一旦フォンポーチへ収納、これでとりあえずは自由に動ける。
「海賊っぽくないストラップをつけてるんだな」
外に出たせいか眠喰が不在。レッフェルのフォンで揺れるストラップを会話のネタにし、わたしは椅子へ寝転がって眠喰が湧くのを待つ事にした。
「コレか? これは......そうだな。貰い物なんだ」
「へぇ。似合わねーな」
「自覚している。お守りみたいなものだ」
イルカのストラップをレッフェルも眺め、フォンを専用ポーチへ収納した。あの手のストラップで貰い物とくれば、
「女か? モテるね副船長さん」
「黙れ問題児」
小魚が跳ねる音や遠くから響く汽笛の音、起き始める船乗り達の足音が響く港でわたしは話題を失った。噛じられたように欠ける月を見上げていると、うとうと と眠気が戻りそのまま身を任せた。
「......? エミリオ、眠るならさっきの部屋を使うといい、そこで寝ると朝身体中が痛いぞ。......朝の甲板掃除で水をかけられても知らんぞ」




