◇547 -黒鉄処女の抱擁-
和國の竹林道でエミリオが腐敗仏との戦闘で囁いたように、魔女は子を宿せない身体の構造をしている。
子を体内に宿す場合、人型種族の雌には絶対にある器官。その器官が───子宮が魔女はない。
子宮だったモノは存在するが、それは子宮としての役割を果たせない。
では、何の役割を持ち残っているのか?
生物は生きる過程で自分には必要のない部位は尽く捨てている。
人型種でひときわ合理的な思考を持つ魔女族ともあろう種が、必要のない子宮を持つハズがない。
つまり、魔女にとって子宮は必要なモノという事になる。本来の役割を持たぬモノとなっても、いや、本来の役割とは異なった役割を担うからこそ、必要なのだ。
しかしほとんどの魔女はそれを利用出来ず生涯を終える。
魔女の子宮は色魔力に対して特異な変化を与える器官であり、その変化は個体によって異なる。
エンジェリアの子宮はより色魔力の色を濃く高める器官として機能していた。
エミリオの子宮は色魔力を多彩な色へと変化させる機能を持つ器官。
「......さぁ───飛ばしていくぜ」
エミリオは今、魔女族の頂点へと駆け登れる存在として、魔術の深淵を土足で踏み荒らし、魔境であぐらをかける程の才能の種が、芽吹いた。
◆
気合いの言葉と共にわたしはまず迫る地属性魔術を風属性で粉々に破壊した。
すぐさま別の魔法陣を開花させ、シェイネ本体を狙いつつ別の魔法陣で後ろの異形使魔を叩く。
「......やっぱ帽子が無きゃ調子のノリが悪い」
この期に及んでフォンを操作する余裕が自分にあるとはとても思えないが、あるものはある。
今の魔術でしし屋から貰った髪色を変えるキノコのバフが吹き飛んだ。半年は戻らないと言われていた効果が魔術で吹き飛ぶ......クソ眼鏡が使ってるピエロメイクのアイテムの凄さが少しわかった気がする。
キノコは最初に食べたひとつしか貰ってないので、フォンのアイテムポーチには勿論ないし今更キノコを食べようとも思わない。わたしがフォンを取り出した理由は装備変更。
制服と眼鏡がポーチ内へ収納されると同時に防具と帽子が装備される。マナのやり取りを文字通り眼にも止まらぬ速度で行うショートカット装備はそれ自体が魔術のようにも思える正確さと速度。
魔法使いというより手品師めいた防具、魔女達は好まない形状の───大きな丸帽子を被り、邪魔に靡く髪を束ねて左肩から垂らす。
騎士学生エミルから冒険者で魔女のエミリオへと姿を変えた。
「エミ......ル......その姿、は......」
途切れ途切れの声を出したのはルームメイトとしてわたしに騎士学生のノウハウを教えてくれたウェンブリー。
「話は後だ。すぐ上に行ってグリフィニアや騎士に今の状況を───学園地下に魔女がいると伝えてくれ」
わたしが言い終えると同時に大型魔法陣が上下に展開される。
宝石のような歯が上下同時に生え、魔法陣内の者を噛み潰そうと動く───も、噛み合わせる前に地属性 創成 魔術【タイタンズ ハンド】で宝石歯を砕き折る。
『おい後輩。こういう場合は奥歯じゃなくて最低犬歯だ。生えた時点で穿つくらい出来なきゃ何の約にも立たない』
今の魔術へダメ出ししつつ、わたしの連撃性のある【タイタンズ ハンド】が起き上がろうとする異形も殴り飛ばす。
勿論魔術はこの一発ではなく、シェイネの足下に展開された赤魔法陣がマグマを噴き上げる。
『ッッ! 黝簾......ッ!』
紙一重で回避に成功したシェイネは回避行動中に次の魔法陣を周囲に咲かせた。
地属性にしては色が黒い魔法陣からは異形が次々と湧き出る。つまりこれは召喚魔術。
召喚魔術は同じ個体ならば一気に召喚可能。今湧き出る使魔は蜘蛛───虫だ。
文字通り蜘蛛の子を散らすように散る使魔に気を向けずわたしは魅狐からヒントを得たバフ【サンダーブーツ】で地面を蹴り剣を構える。
『甘いよ黝簾! 剣を使う事はもう知ってるから!』
『あっそ』
カマキリの使魔が召喚されると同時に腕を振る。毒々しい液が付着する左鎌───ではなく左肘を、左蹴りで外側へといなしつつ身体を捻り右鎌を回避。捻った勢いで身体を回転させ再び左蹴りで細いカマキリの首を撥ね飛ばす。
「───今の......」
トゥナがポツリと呟いた理由は、わたしが今使った蹴術はトゥナが使っていた蹴術を真似たモノだからだろう。
この間にわたしは魔術を詠唱、発動していたので蜘蛛達は遠隔展開された魔法陣から噴き散らかる炎に焼かれる。渦巻く炎をまとめ、地面に突き刺す形で潜らせ、トゥナ達騎士学生を石畳ごと持ち上げアゾールが眠っているであろう場所まで豪快に投げ飛ばした。
着地は......双子が何とかするだろう。
蹴りと炎を同時進行で行っていたわたしは着地と同時に大きく踏み込み、今度こそシェイネをターゲットに剣術を使う。
刀身を赤色光が着込む、五連撃 火属性 魔剣術【レッド ホライゾン】。
『───ッ!!』
『───!?』
二撃目までシェイネにヒットするも三撃目の所でシェイネを後ろへ引き例の異形使魔が前に。勿論わたしは容赦なく異形使魔を斬り、五連は終了する───が、終了直前に次の剣術を学園で学んだ【キャンセル プラス】で繋ぐ。
突進系といきたい所だったが蹴術のディレイにより足は重い。ここでもわたしは【ディレイ キャンセル】を使い、足のみにディレイを課せていた。しかし突進系は不可能、繋げた剣術は二連撃で異形使魔を更に斬り捨てる。
『フェロメトラちゃん......』
『自分の心配しろよクソ虫』
シェイネが引かれた後ろ───何もない空間に突如それは現れる。
『え───』
『お前の能力、命喰らいが見れなくて残念だ。消えろ害虫』
女性を模った鉄棺は開口した腹でシェイネを呑み、閉じる。と同時にシェイネは鉄を鉄で切るような尖る絶叫を迸らせる。夥しい血液が鉄棺の足下から溢れ耳に残る奇怪な音が何度も何度も響く。略奪種戦でこの魔術の基盤......基礎となるであろう最上級魔術【魔女の大窯】で理論的に可能な事は実証済み。
地属性と炎属性に闇属性を少し混ぜて創成するシビアな属性調和が求められる “黒鉄属性 創成 魔術” 黒鉄処女の抱擁......【アイゼルネ ウムアルムング】とでも名付ければいいか。
肉を裂く音、骨を軋ませ砕き折る音、不快を極めた音が何度も、何度も地下に響いてはシェイネの絶叫が鼓膜を揺らす。
『......』
抱擁が終わりを迎え腹部が開口されると、既にそれが何だったのかさえ判断出来ないモノが吐き出される。
「ギェ、ギシィ、リ、リリ、リリリ、」
渇く擦り音のような声で主の肉塊へ手を触手を伸ばす異形使魔。まだ死んでなかったのか、とわたしは呆れつつ剣を握ると、
『......見、て、......る』
『!? まだ生きてたのか。虫以上の生命力だな』
ターゲットを異形からシェイネへと変え剣を振り下ろすも、肉塊が何かを振るい剣を弾き返した。
『───アハ、ハ、アハハハハ、人間のオスを20匹近く使って作った使魔は上質みたいだね! とても早くてとても美味しいし、後で学園にいる人間を全員わたしの非常食にしてあげなくっちゃ!』
あの状態でも生きていたとは驚いたなんてモンじゃない。が、思い出してみれば魔女の生命力......執念は相当なモノだ。傷つけてもすぐに治癒再生する種が多い悪魔族と対等に喧嘩してるだけの事はある。
『ハンバーグにすべきだったか?』
『いいね! それとてもいい! 強く叩いて優しく捏ねてハンバーグにしてあげる! 黝簾の魔女!!』
『痛ッ───!!?』
愉快に叫び、わたしの足下に魔法陣が展開と同時に発動された。発動までのラグがほぼなく、詠唱さえ疑う速度でまさか上級魔術を執行するとは......油断した。
クワガタのような二本のノコギリが一瞬で綴じ、わたしの右足は太腿から切断された。
クルクルと宙を回り落下した片足を見て、虫のような姿と化したシェイネが体液を撒き散らしながら愉快に笑う。
『ゲエへへへへへェェ! 可哀想だね黝簾!!』
魔女の中でも可愛らしい顔を持っていたシェイネだが、今はその面影すら感じない。
ウデムシのように折り畳まれる長い鎌腕と、ヒルのようは円形のクチには何列ものキバ。
8つに発光する瞳は蜘蛛ようで、カマキリのように細くしなやかな首と身体。下半身は蠍でいて足の先端には無数の触手。
和國の腐敗仏もびびって逃げ出す異形さ。
琥珀の魔女の名は様々な虫を使役し配合し産まれたハイブリッドを自身の身体を器とした蟲毒で強力に仕上げ体内に複数体抱き───それらを今喰らう事で命を獲ただけではなく、有能な部位を【テイクオーバー】させた。
そういうキモいスタイルから、虫を包み抱える宝石名を与えられたんだろうな......ピッタリだ。
切断された足の凍結は既に済ませてあるが......魔力が一層に膨れ上がったシェイネを相手にどこまでやれるか......。
そんな不安を知る由もないシェイネは得意属性───地属性 創成 魔術【タイタンズ ハンド】を発動させる。
わたしも遅れず元々の性能───シェイネと同じ重撃単発の【タイタンズ ハンド】で迎え討つ。
巨人の巨腕が互いの拳を激しく衝突させ、騎士学校を圧で軋ませた。




