◇47
黒と紫のローブ。
手には金の天秤を持つ男。
それがわたしの相手 十二星座の天秤座。
一眼見ただけで解る。あの男、天秤座は魔術主体の戦闘をするだろう。
わたし個人も魔術戦は大歓迎なのだが...相手は見た事も聞いた事もない星霊、それも星座界最強と言われている十二星座。
どんな魔術を使ってくるか予想も出来ない相手だ。
虹色のラインを越え、闘技場へ、天秤座が待つフィールドへ足を踏み入れた途端、歓声は遠くなる。
なるほど...。仲間の声さえも遠く、本当に1対1の戦いってワケね。
場外で響く司会者の声は聞き取れるも仲間や客の歓声は遠く感じる。
「天秤座...天ちゃん でいい?」
「リーブラだ。人間、名前は?」
「エミリオ、ノーブラくん よろしく」
お互いの名前を確認するだけの会話が終わると天秤座の雰囲気が一変する。
ジリジリと肌を叩く威圧感と驚く程多い魔力。
これが魔術を主体にする星霊の魔力量か。
司会の星霊が一回戦の開始を告げる。
男は天秤を翳し詠唱すると小さな天秤がまるで杖の様な姿に。その杖を大きく振り下ろすと青の魔方陣が男の前に展開される。
青...水 または 氷系の魔術。
水ならばこちらは土で?氷ならば火...面倒だ。
「迷ったな人間」
笑いを含めた言葉を呟き魔方陣から放たれる無数の氷柱。
中級氷属性のアイスニードレス。15~20の氷柱が一斉にターゲットを襲う。
中級魔術でしかも氷属性をあの速度で詠唱...魔術師のコスプレをしている訳ではなさそうだ。
本来氷は水と風を混ぜて詠唱する魔術。火 水 風 土 この四属性ならばあの速度での詠唱も納得できるしそれは人間にも可能。
しかし氷や雷といった2つ以上の属性を組み合わせて生まれる1つの魔術は 魔力消費量と詠唱時間がネックになる。
勿論多い魔力と長い詠唱時間を払ってでもその魔術を選ぶ理由はある。
まず単純に威力。
四属性の同ランク魔術にはない程の威力を持っているのが氷や雷...2つの属性から派生する魔術。一回の魔力消費と詠唱時間は多いが、二回と一回では違う。水の中級魔法を二回詠唱発動するよりも氷の中級魔法を一回詠唱発動させた方が消費魔力も詠唱時間も氷属性の方が少なく済む。威力も申し分ない。
そして次に追加効果、デバフ。
四属性にもデバフは存在する。例えば火なら火傷効果でスリップダメージを与える事が可能。風は裂傷、水や土は身体を重くする等々デバフはいくつも存在する。しかしそれを上回るデバフが派生魔術にはある。氷ならば氷結状態に。一部でも氷結状態になれば動けない動かせないのは勿論、その小さな氷結部分が徐々に範囲を広げ、最終的には全身氷に閉じ込められる。土属性の上級ランクならば石化状態にできるが上級ランクの魔術を使ってまで石化を狙う時点で効率が悪い。
最後は自慢心だ。
2つの属性を組み合わせて別の属性を生む派生魔術は誰にでも使えるが、誰でも簡単に使えるモノではない。水魔術の知り、風魔術を知り、その2つを詠唱中の限られた時間内でうまく組み合わせ発動する。これは昨日今日練習して出来る魔術ではないので使えない者や諦める者も存在する。
そんな魔術を難なく発動できれば自分の実力を他人に見せ付ける事が可能、下級ランクの派生魔術を一種類使えるだけで天才とまで言われるらしい。
これらの理由から人間や他族達が選び好んで使う。
天秤座の男も自分が持つ膨大な魔力と経験、努力から派生魔術を取得できたのだろう。
「おぉぉっとぉ!?初撃で決まったかぁぁ!?無数の氷柱が挑戦者へ1つ残らず直撃だぁぁぁっ!!これは勝負あったかぁぁっ!?」
「開始5秒でフロー死んだニャ」
「南無...」
「5秒もったし上出来ね」
これらの理由は人間や他族に言える事であって、わたしは魔女だ。
土の上級ランクで石化?
デバフと威力?
自慢心?
そんなの どっかで勝手にやってろ。
「エミちゃはここからだよ」
星霊は痛みや疲労等はわたし達と変わらず感じる。しかし死ぬ事はない。
そう ゆりぽよ が言っていた。
首を撥ね飛ばそうが心臓を貫き抉ろうが死なない。
確かにそれでは死ななそうだ。でも...、
「天秤座、お前は何回殺せば死ぬの?」
何度死んでもその形で再生、または蘇生する星霊にも限界は存在する。それがマナだ。
他の者とは違う星霊だけが持つマナの力で1、2回殺された程度では死なない。
しかしマナが尽きれば死は訪れるだろう。わたしが生きていた事への驚き、そして吐き捨てられた言葉への驚きで天秤座の眼元に深いシワが刻まれる。
今の表情は わたしの予想は間違っていなかった と思うには充分すぎる。
死なないならこんないつ相手が現れるか解らない暇潰しより悪魔や魔女に喧嘩売った方がよっぽど暇潰しになる。
それをしていない時点で蘇生制限や何かしらのリスクが存在すると言っている様なモノだ。
アイスニードレスを中級炎魔法ファイアウォールで危なげなく防御し、わたしは天秤座を見て悪者がよくやるニヤリ顔を披露する。
「魔力が多いのはお互い様だな」
確かにリーブラの魔力は他の5人に比べれば圧倒的。
魔術の質も詠唱速度も悪くないが。
「そんな魔力量でついてこれんの?」
わたしは挑発する様に言い詠唱へ。
この3ヶ月、ただ遊んでいた訳ではない。
抑え殺している魔力を少しでも自分のモノに、魔女として産まれた時に植え付けられた破壊衝動を消す為に、わたしがわたしで居る為に、派手な魔術を使わず剣での戦闘を選んできた。
抑えている魔力を自分が自由に使える魔力と混ぜ合わせ吸収する感覚。それを毎日毎日自分の中で続けてきた。
戦闘等で使う魔術は下級、基本の基本ばかりを選んでいた。
他種族に比べれば現時点でもわたしの魔力量は圧倒的に多い。いや、魔女と比べても多い方だ。
左手首についているブレスレット。これを外せば魔女の力が一気に解放される、と同時に破壊衝動がわたしを呑み込む。
何でもいいから壊したい。
形あるモノが壊れる瞬間が一番綺麗。
子供の頃は本気でそう思っていた。同族も...魔女も数人壊した。
それが原因なのかただ目障りだったのか、こんな枷をつけられて人間や他の種が生きるこの世界に投げ捨てられた。
自分の魔力を完全に自分のモノにして自分の意思で操れる様になったら魔女界へ戻り全魔女を倒してわたしが大魔女になって、人間やエルフ、他の種と仲良くなれないか色々頑張るつもりだ。それがわたしの、ワタポにも言ってない小さな願いで夢。
難しい事だと思う。
不可能だって笑う人もいるだろう。
でも...少なくてもわたし達は出来てる。種族も違うのに手を取り合って他族を救おうとしている。
不可能ではない。そう思った時、わたしは初めて夢を抱いた。
この夢を叶える為に、わたしは今ここで星座を倒してケットシー達の太陽を、朝を取り戻す。
詠唱していた風属性中級魔法を発動、大きく太い風の刃がリーブラへ。
ローブの端を切り裂かれながらも回避に成功し眼元を緩めた。が、この魔術は追尾型だ。
再度眼を細めシワを刻むリーブラだが、もう終わりだ。
追尾中に追加で魔術を発動、先程使った炎属性中級魔法のファイアウォールでリーブラの回避するルートを制限する。更に、ワタポとの戦いで使った風属性の魔術を発動し、リーブラの気を拡散させる。
この風魔術は地面やファイアウォールに当たれば軌道を変え打ち上がる。リーブラに当たらなくても気を引く事は可能。
追尾型の風の刃、逃げるルートにある炎の壁、予想不能な動きをする三日月の風。
ここでわたしはゆっくりフルーレを抜刀し、磨き仕上げられた石の床を走りリーブラへ接近する。
「いくら魔力が多くても停止詠唱しか出来ない時点で わたしには勝てないよ」
そう呟きリーブラの胸をフルーレが通る。この程度では死なないが痛みは感じる。停止させるには充分すぎるダメージを与え、力任せにフルーレを引き抜きその場を離れる。痛み歪む眼元へ風の刃、斬り飛ばされた先にある炎の壁、そして三日月の風が天秤座を星屑の様に荒く粉々にした。
命を落とす事はないが気絶状態に陥ったリーブラはその場から動かない。
まだまだ上級ランクの魔術や試したい事が沢山あったがこの初戦はわたしの勝ちで終わりだ。
魔術だけを極めるのは素晴らしい事だと思う。しかし魔女以外は停止詠唱しかできない。魔術だけを使って戦う場合ソロでは限界がくる。
多対多か剣術、体術を持っていればカナリ手強い相手になっていただろう。
「魔術だけの戦闘じゃわたしには勝てないよ」
これなら大斧男の方が強かったな。と心で呟き虹のラインを跨いだ。
魔術だけを極めたせいか、回避や防御の動きがまるで出来ていない。初撃で終わらせる事が出来なかった時点で負けは決まっていた。
そんな事では下級冒険者にも負けると思うぞ天秤座さん。
◆
高らかとエミリオ様の名前を叫ぶ司会。初戦は数分で幕を閉じた。
「お疲れ!」
ワタポが手を出しわたしを迎える。その手をわたしが叩き「ありがと」と答え初戦の勝利を喜んだ。
「エミちゃん本当は強いの?弱いの?」
プーの質問へ、最強。と答えたい気持ちはあったがここは真面目に答えておこう。今度助けてもらえなくなるのは怖いし。
「魔術だけの戦いなら負ける気はしない。でもそこに少しでも剣術体術が絡むと話は別。マジックブラストされたり立ち回りとか色々と絡んでくるからさ。例え凄い魔術を使ったとしても回避されれば意味無いし」
そう言いワタポを見る。
ワタポとあの日戦って、魔術ゴリ押しだけでは通じない相手が存在する事を知った。
魔女は基本的にソロ戦闘をしない。使い魔や召喚獣などを使い必ずソロにならない様にする。
いくら魔術を連発しても魔術を武器等で斬り消すマジックブラストや、回避、ガードされれば無駄撃ちになる。
いくら魔力が多いとはいえ、連発すれば疲労も溜まり集中力も低下するのでたとえ魔女でも魔術の無駄撃ちは避けたい。
そこで使い魔や召喚獣を使い相手の気を拡散させ魔術で決める。それが魔女の戦闘の1つ。
最高なのは複数の魔女で戦う事だ。この時ばかりは魔術を雨の様に連発し降り注がせ全てを一瞬で破壊する。
中には使い魔も召喚獣も無しで、ソロでバカ強い魔女も存在するが。
「それにゃ、フローが剣体術を覚えると最強にゃん!でも今は弱いニャ」
「その最強になれないのがエミリオなのよね。残念な子」
「うっせーー!!」
1人で戦えるだけ強くなりたい。
昔はそう思っていた。でも今は仲間がいる。みんながいる。
1人強くなる事よりみんなで生きる事の方が重要で大きな事なんだとわたしは思う。
が、強さは欲しい。
今みたいなソロ戦闘になった時や調子に乗りたい時、格好つけたい時はわたしにもある。
だから最低でも自分の魔力を完全に扱える様にはなってみせる。守られる、助けられるばかりではなく、守り助ける側にもなれる様に。
今の環境と関係、仲間を、失いたくない。
「なんかエミちゃん主人公みたいな格好いい顔してるー!」
「でもエミちゃ...後ろ髪寝癖で跳ねてるね」
「人をバカにする暇はないぞ!さぁわたしに続け!この勝負全勝するぞ!」
うるさい連中に言い放ち指さす。その先にはもう次の相手が立っていた。
「リーブラは十二星座じゃ一番弱い。次の相手は誰だ?」
ヘルムに籠る声が届く。あのラインを越えフィールドに2人が揃った時、場外の声が遠くなるシステムか。
鎧姿に弓を持つ射手座がわたし達を待っていた。
十二星座で一番弱い天秤座に勝ったくらいで調子に乗るな。ヘルムの奥でギラつく瞳がそう強く言っている。
確かに残る十二星座は雰囲気...オーラ、威圧感が天秤座とは比べモノにならない。
そんな事気にもせず細い尻尾を美しく、楽しげに波打たせわたし達の前へ。口角を可愛らしく上げ射手座だけではなく十二星座、司会者にも聞こえる声で悪戯に言う。
「ラッキー勝利も1勝ニャ。言い訳にゃんて聞きたくないニャ」
そう言い 独特な弓を使うケットシーのゆりぽよ がレインボーラインをご機嫌に飛び越え奥へ進んだ。
空はすっかり黒く染まり星達が見守る中、第二戦目が始まる。




