◇41
水を切って進む船。
潮風の演奏にのる海鳥の唄。
過酷なクエストの中で見つける癒しの一時。優雅な船旅。
「ワタポ...エミちゃん何してるの?」
「えーっと...多分 気取ってる...のかな?ブドウジュースだし」
潮風がわたしの艶やかな肌を撫でる。船の甲板で旅の無事を祈りワインを飲む。
「どこまでも広がる青い海...自由以外に感じない。世界の中心を進んでる気分になるわね」
わたしの隣に現れた女性が水平線を見て言った。
「おろ?ハロルドがそんな事言うなんて意外だなー」
港へ向かう途中で出会った2人をわたしは船に乗せた。
色々と話を聞きたいし、ピーチタルトをみんなで食べたいし。
「エミちゃー!そろそろ部屋戻ろー!」
「おっけー!今いく!....いこか」
わたし達が乗っている船は前回乗った船よりも一回り程大きく部屋も4人部屋になった。
冒険者やギルド、貴族よりも普通に船旅を楽しむ者や商人達が多く乗船するので速度は遅いけど快適な船だ。
わたし達の部屋はベッド4つと小さい冷蔵庫1つ、丸テーブルとイス4つ、フォンプラグが2本と謎の亀が水槽の中に1匹いる。
本当に最低限が揃った部屋。これが貴族船だったらお風呂にトイレ、キッチンや巨大モニター等々がついてるだろう。
貴族船に乗るカネもコネも無いので困っている貴族がいたら貴族船に乗せる。を条件に助けてやろう。
部屋に入りすぐにベッドへダイブしようとするわたしを甘い香りがテーブルへと誘う。
ウンディーポートで買ったピーチタルトを紙袋から出すワタポ。遂に来た。待ち望んでいたピーチタルトを食す時が。
紙袋から箱を取り出し、いざ!...で停止するワタポ。焦らしてくるとは解ってるじゃないか。
「...ひぃちゃ開けてよ」
「え?」
「お願い!」
「べ、別にいいけど」
ワタポに変わってハロルドがピーチタルトの封印を解く事になった。
箱を少し開いただけで室内に広がり残る 濃く甘い香り。無意識に言葉が漏れる。
想像よりも大きく、これは食べ物なのか?と疑ってしまう程 綺麗な...。
カットされたベーテルピーチが花びらの様に並べられている。大きな薔薇の華の様なピーチタルト。
「...切るのが勿体無いね」
そう言ったワタポの気持ちが解る。芸術。この一言がピッタリと合う食べ物。
しかしこれは食べ物だ。鑑賞する為に作られたオブジェクトではなく、食べる為に作られたデザートなんだ。
「切り分けるわね」
ハロルドの言葉に全員がうなずき、切り分けられる桃の薔薇。中もうっすらピンク色で優しく甘い香りが更に漂う。
5つにカットされ慎重に皿へ乗せられるタルト。
これを求めてウンディーポートまで足を運んだ人達の気持ちが理解できる。それ程までに綺麗で.....もう我慢できない!
「食べよう!いただきます!」
フォークを花びらへ入れると少し跳ね返される程しっかりしたピーチ、その下のクリームは抵抗なくスッと通り、タルト生地は程よいサクサク感を残しまとまり合う様に仕上がっている。
「~~~....! んっま!」
「ほえぇ~...」
「おいしー!ひぃちゃんどう?」
「!!」
美味しさのあまり言葉を失ったハロルドだが、瞳がキラキラ輝いている。クゥも夢中に食べている。
いつかベーテルピーチをゲットしてサンデーに巨大なピーチタルトを注文しよう。必ず。
◆
甘い香りを残しあっという間にピーチタルトは綺麗に無くなった。
このクエストを選んで、港を目指していなかったら食べる事どころか存在すら知る事はなかっただろう。わたしの決断に感謝してくれよワタポ。
「エミちゃ、ワタポ、分けてくれてありがとね!...ほら、ひぃちゃんも ありがとしよ?」
「....ありがとう」
笑顔のプーとは違ってピーチの様に頬をほんのり染め ありがとう と言うハロルド。
この2人が港でタルトを子供達に譲っていなかったら一緒に食べようなんてクチが裂けても言わなかったけど...あの優しさには少し心が暖かくなった。
「気にしないで、みんなで食べた方が美味しいに決まってるしね。ね?エミちゃ」
気にしないで?だと?
変な事を言うなワタポ!
「気にして感謝して恩返ししなさいお2人さん」
「ちょエミ...」
わたしを止めようとするワタポを止め、更に続ける。
「プーもハロルドも食べたよね?2人2つ。そのお礼にわたしの質問1つとお願い1つ叶えてもらおうではないか!冒険者ならばタダで報酬にありつこう等ゲスな考えは無いハズだろう?そうだろう?パンプキンヘッド」
「パンプキンヘッド...?」
「プンちゃん、エミリオの話を真面目に聞いちゃだめよ。それで質問とお願いって言うのは?」
空っぽカボチャとは違って話が早いな桃の妖精ちゃん。
....質問はハロルドにした方がいいかな。
「ハロルドに質問するね。お2人さんは人間じゃないって言ってたでしょ?カボチャと桃には見えないし...なに?」
質問を予想していたハロルドはあっさり答えてくれた。
「私は妖精と人間の混血プンちゃんは竜騎士族に育てられた魅狐の生き残り」
ハーフエルフと魅狐。
これはまた不思議な組み合わせだ。
ハーフとはいえエルフ...整った顔立ちは理解できる。しかしエルフが他種と共にいる事はまず無いと思っていたが...ハーフだから?
そして竜騎士族に育てられた魅狐...竜騎士族はもう存在しない種。 魅狐も存在しない種...まぁプーはその生き残りらしいから1人してるけども。
人間の血も持っているから他種や森以外の世界にも興味を持っているのか...エルフは本来自分達以外の種や文化に興味を持たない。しかし人間の好奇心と探究心を持つハロルドは違う様子。
魅狐は同族以外を敵と見なし会話すら求めない種だったハズ...しかしプーにはその感じはない。心広い竜騎士族に育てられた事で今のプーが存在していると言う事か?
「...じゃあハロルドの耳は尖ってるの?プーは耳と尻尾 出んの?」
エルフの特徴と言えば美しい姿とスラリと伸び尖る耳。魅狐の特徴と言えば黄金色の毛と狐の耳と尻尾。
美しい姿と黄金色はあっているが耳が...。
「私はハーフだから大きさは人間と変わらないわね。でも尖ってるわよ」
長い髪を耳にかける。確かに大きさは人間や魔女と変わらないが尖っている。何か可愛い。
「ボクは力を使った時に尻尾と頭の上に耳が...って言っても耳じゃなくて対象や地形を感知する役目のモノなんだけどね」
「へぇー!それは知らなかった」
耳に見えるが耳ではないのか。尻尾も尻尾に見えて実はウナギだったり?
「それで、お願いはボクに....かな?」
おっと忘れていた。
これをプーにお願いして受けてくれれば多分...、
「わたし達今クエスト中...って言ってもそのクエマップに移動中なんだけど、手伝ってよ」
「うん、いいよ!ボクに出来る事があるなら力になるよ!」
いい返事だ。やっぱりプーにお願いして正解だったか?
「ちょっとプンちゃん!いつも二言目には ボクに出来る事が~ って、クエスト内容も確認しないでそんな簡単に」
きたきた、絶対ハロルドはプーの爆走をブレーキすると思っていた。行け!プー!
「大丈夫だよ!だってひぃちゃんも来るでしょ?」
「な、私は質問に答えたじゃない!お願いされてないしお願いを聞く借りもないわよ!」
「えぇーそれじゃひぃちゃんは港についたらボクをそこで待つの?戻るの?1人で帰れる?」
「ま、待たないわよ!それに子供じゃないんだから1人でも帰れるわよ!」
負けるなプー!
ここでプーがクエストに同行する。ハロルド1人になっちゃう、プーがハロルドにお願いする。
この流れになれば来てくれるハズだ!この2人の力があればこのクエストも楽に終わるハズ!疲れるのイヤ!面倒なのイヤ!タダで報酬にありつきたいゲス冒険者なんですよ わたし。
「えぇー...行こうよ一緒にぃ~、ひぃちゃん居ないとボク寂しくて死んじゃうかもよぉ~狐は寂しいと死んじゃうんだよぉ~」
ダラっとテーブルに伸び言うプー...やっぱりウナギじゃん。それに狐って...、
「...ワタポ...狐って寂しいと死ぬの?」
「...ウサギ...じゃなかったかな?」
寂しいと死んでしまうウナギ女とわたし達を交互に見て唇を噛む半妖精。
「...~~~...、...、わかったわよ!私も一緒に行くわよ!」
「「いやったー!!」」
さっすがプンプンさん。わたしの作戦を即感知してくれるとは...まさかバレない様に耳を出して感知していたのか?
何はともあれ これで楽々クエストクリア、報酬うまうま、ランクバカ上がりだ。
いきなりS3とかなったらどうしましょ。
誰も攻略した事のないケットシーの森を完全攻略!誰も見た事のないシケットへ辿り着き、高難度クエストを難なくクリアしたS3のエミリオ。
サイン考えなきゃマズイな。
ファンを大切にして、みんなが目標にする冒険者エミリオ...可愛らしいサインより格好いい感じがいいかな。キューレの様に口癖も欲しいな...。バリアリバルの冒険者代表に選ばれてしまうではないか...困ったなぁ。不定期クロニクルの取材にグラビア、新装備のモデルに新店舗の宣伝ガール...お金ガッポリ.....ウヘヘヘ。
「ねぇ...あの子なにやってるの?」
「さ...さぁ?」
「なんか悪い顔してるけど...エミちゃん大丈夫なの?」
「さ...さぁ?」
◆
半妖精と魅狐、ハロルドとプーが高難度クエスト[太陽の産声]に同行してくれる事に。
クエスト内容は受注者のわたしさえ知らないので説明も何も出来ない。しかし目的地はハッキリしているので伝えると2人は眼を丸くしクチを揃えて、
「「ケットシー?!」」
と言った。ケットシーってそんなにヤバイ種族なのか?猫って聞いていたので適当にお腹とかコチョコチョすれば問題ないでしょ。と思っているのだか。
「ワタポ、ケットシーってどんな猫?」
正直何一つ調べていなかった。
どっかの誰かさんが「情報は武器じゃぞ、クエストや戦闘で成功率 生存率を上げたい場合はウチに声をかける事をオススメするのじゃ」と言っていた事を今思い出す。
確かに情報を持っている事で色々と回避出来る...ケットシーの情報を持っているか聞いとけばよかった。
「クエストする前にキューレさんから買った情報だけしかないけど...えっと」
そう言いキューレから買った情報を開くワタポ。
キューレは情報をメッセージで渡す事もある。今回はそれだ。
それにしても...優秀な相棒だ。
わたしはクエスト受注時キューレの事なんて完全忘れていた。
「あった、キューレさんの情報は転送禁止だからワタシが読むね」
ケットシー。
世界樹を護る猫人族で可愛らしい見た目からは想像出来ない程高い戦闘力を持つので下手に手を出さない方がいい。他種と関わりを持たないのは世界樹に何か秘密があるからなのか...それは不明。
「ケットシーって強いのか...え、キューレってあの、のじゃ!ってゆーキューレ?メッセ普通じゃない?」
「うん、メッセはクチで説明するワケじゃないから誰もが読みやすい様に組み上げてるみたい」
ほぉー。仕事は真面目にやってるんだなヤシの木ちゃん。
ヤシの木キューレから買った情報を聞き終え、ハロルドが付け足す様に言う。
「私が聞いた話ではケットシーの本当に怖い所は連携戦闘。1対1よりも1対多、多対多で本当の実力を出すらしいわ。1対1でも強いケットシーは存在すると思うけど」
多数戦闘のプロと言う事か。確かに外に出ないで来る者を撃退するスタイルのケットシーは多数戦闘や地形を上手く使う戦闘スキルが高そうだ。
それにハロルドがそれを言うとメチャクチャ強そうに思える。
しかし今さらびびって辞めるワケにもいかない。
「太陽の産声...クエ名も気になるね...でもさ、ワクワクするね!ボクこーゆー冒険って感じ好きなんだぁ~」
「わかる!それすっごい わかるよプー!わたしも冒険って感じ好き!」
「「....はあ 」」
わたしとプーの反応を見て溜め息がリンクするワタポとハロルド。
その姿にブーブー文句を言っていると船内アナウンスが響いた。
イフリー大陸とシルキ大陸の中心にある島へあと数分で到着するらしい。
その島にわたし達の目指すシケットが存在する。
甲板に出てみると海鳥の群れが楽しそうに飛んでいた。
「わたし達もあの鳥みたいに楽しくいこー!」
そう言って船から降り島へ上陸した。
一応港の様な場所は存在しているらしく砂浜に上陸するなんて事はなく無人の港へ降り立った。
良い旅を と 船長が言い橋を戻しイフリーポートへ船は向かう。
「降りたのはボク達だけ...だね」
「そうね。こんな何も無い島に上陸するのは冒険者以外に居ないわよ」
確かに...本当に何もない。
店があった跡すら無い見通しの良い港。看板が2つあるが文字はもう見えない程古い。
この港の先にはもう森が広がっている。
「あの森がケットシーの森かな?」
ワタポが指さし言う。多分あれがその森だろうか。
「よーし!楽しく行ってみよぉ~!」
元気いっぱいプーを先頭にわたし達はケットシーの森へ向かった。
「...?」
何もない港、店の跡も人が住んでいた痕跡も無い港。
長年人の手が加わった形跡すらないハズだが...折れた看板らしきモノが縫い繋げられていたのをわたしは確かに見た。
その看板の上には鳥の巣...優しい誰かが鳥達の為に、巣を作りやすい様に折れた看板をくっ付けたのかな?
いいヤツもいるもんだな。
でも...ピンク色のヒモ?はちょっとセンスが無いなぁ。
「エミちゃ 置いてくよー!」
遠くから届くワタポの声。
看板の事なんてすぐ忘れてわたしは みんなの所へ走った。




