◇37
張り詰めていた気を緩ませる様に1度深呼吸をする。
心に余裕が生まれ次に私がやるべき事を考え、答えを出す。
二階で私は過去の研究を完全に打ち切った。
この生命線は救われない。と割り切り、もう悩み苦しまずゆっくり眠ってもらう為に。
その後私は三階へ足を運びメンバーと合流を試みた。
欲を言えばそこでプンちゃんと他数名...と合流したい。という願いは叶ったのだが...。
「ちょっと何よアレ!?」
「ハロルドさっきのヤツに勝ったの!?つえぇー!!」
「ひぃちゃんは強いよー!だってひぃちゃんだもん!」
「やば、疲れてきた...」
「ビビもそろそろ限界」
まさか蜘蛛の群れを引き連れて走っていたとは...予想外だ。
10匹程なら掃除すれば終わると思ったがこの数は異常。
廊下を埋め尽くす蜘蛛がカサカサと渇いた音を立てて追ってくる。
「もう最悪!!」
私は思わず叫んでしまった。
本当に、本当に、最悪だ。
◆
クールなハロルドが珍しく叫んだ。プーへの対応もそうだが...意外にカワイイ一面もある。
この蜘蛛を連れてきた2人は体力の限界が近い。
かといって戦うのは絶対避けたい。あんな数の蜘蛛と戦闘になれば...斬った時に飛び散るであろう蜘蛛の体液。捌ききれない数の蜘蛛が攻めて来た時感じるであろう蜘蛛の毛の感覚...想像しただけでも全身が震え上がる。
あの蜘蛛はネフィラの命令で動いているのか?そうなればネフィラはワタポと同じテイマー?....いやワタポはテイマーじゃないって言ってたな。
ならどうしてフェンリルを連れて歩いているのか?フェンリルのクゥがワタポを親だと思っていなければテイム無しには不可能。でもフェンリルって超ヤバモンスターだからそんな事あり得ないと思うし...。
「エミちゃんってば!」
「んぁ!?呼んだ?」
今どうでもいい事を本気で考えていたわたしを現実...蜘蛛地獄へと呼び戻すプー。出来れば蜘蛛を処理してから呼び戻してほしかった...。
「動きながら詠唱出来るって本当!?」
どうやらわたしが現実逃避している隙にハロルドから聞いたらしい。別に秘密じゃないし問題はないが なぜ今それを聞く?
「考えがあるんだ。エミちゃんが水魔法で蜘蛛を廊下の奥に押す、その隙に全員ボクの後ろへ行く。そしてボクが雷で蜘蛛を倒す!どうかな?」
「それ...わたしが失敗したらマズくない?」
「「「「 うん 」」」」
並みの人間...魔女ならここで「無理無理!」とか言うだろう。しかしわたしはエミリオ。超が付く天才だ。
こんな目立てる仕事を断るなんて勿体無い。
「しょーがない。ハロルドがエミちゃん頑張ってね。キャー言っちゃった恥ずかしいー!って言ってくれたらいいよ」
クールなハロルドのカワイイ顔をわたしに!!
「蜘蛛の餌になる?私の剣の餌になる?好きな方選ばせてあげる」
そう言ってもう剣を抜いてるハロルド。これは剣の餌にされて蜘蛛の餌になって終わる最悪なルートだ。ふざけた事言わなきゃよかった。
「「エミちゃん頑張って。キャー!言っちゃった恥ずかしいー!」」
この追いかけっこの原因である鍛冶屋ビビと音楽家ユカはノリノリでそう言った。
「そもそも2人があの蜘蛛を連れてこなけりゃこんな事にならなかったじゃん!」
「それは難しい話ですねエミリオさん。だって私達は」
そこで音楽家ユカはクチを閉じ1度下を見る。
顔を上げるとビビ様がクチを開いた。
「武具を可愛がる鍛冶屋と」
「演奏第一音楽家だもん」
「「テヘ」」
この状況をわたし以上に楽しんでいたのはこの2人だったか。
「エミリオはよ」
そしてわたしを追い詰めるハロルド。
「早くしてよね?電池切れたらボク雷出せなくなっちゃうよ?」
絶対電池使ってないだろ!とツッコミたくなるが、ここはもう無視だ。
わたしは早くこの追いかけっこを終わらせたいので、そろそろ真面目に詠唱する。
相手を押し飛ばす水魔術なら...下級水魔術のスプラッシュで充分だろうけど、1匹でもその水を掻い潜って来たら怖いので天才的なディアを使ってスプラッシュをダブルで使う事を選んだ。
詠唱を終えたわたしは次の曲がり角を指差す。すると全員今までにない速度で走り曲がった。ちょっと待てよ!と叫びそうになるがここで声を出すとファンブルしてしまう。
わたしも角まで到着し一気に振り向きスプレットを発動させる。
青色の魔方陣がわたしの前に並んで2つ展開され、そこから噴射する水が蜘蛛を押し飛ばす。隙間なく溢れる水に蜘蛛はただ押し返され廊下の奥で停止。
わたしはすぐにプーと交代し、避難。
プーは先程とは違う雷スキルを使う。
雷が右肘辺りまでを包み激しい音を上げる。その右腕を振り蜘蛛の群れへ雷を飛ばす。
腕を振った時には雷は既に蜘蛛の群れへ直撃。ビリビリと痺れ震え、蜘蛛達は停止。灰の様に消滅するもまだ数匹の蜘蛛が残っている。
恐らく仲間の下に隠れていた蜘蛛だろうか、一気に廊下を走りわたし達へ接近してくる。
その蜘蛛へ向かうビビ&ユカ。
最初にビビは双棍で蜘蛛を1匹斬り倒し他の数匹を叩き上げた。あの速度で蜘蛛の位置を完璧に把握していたとは...多数相手との戦闘の基本を知っていたのか。
ビビ様が叩き上げた蜘蛛を音楽家が2本のショートソードでまとめて斬り倒す。
奥に居る蜘蛛はハロルドが魔術で。緑色の魔方陣から放たれた緑色の矢が蜘蛛を串刺しにした。
鍛冶屋も音楽家も普通に強いじゃんか。
まぁこれで地獄の鬼ごっこから解放されたのだが...、
「ここどこ?」
わたし達は完全迷子になってしまった。
とにかく体力回復ポーションを飲み、館内を探索する事に。ネフィラの居場所に見当も付かない状態での館徘徊。
ワタポはどこに居るのか...それも謎。
高さが三階までのくせに無駄に広すぎるんだよこの館。作ったヤツは誰かを迷子にしようと思ったに違いない。
迷惑なヤツだな。
ぶつくさ文句を言っているとハロルドがわたし以外に質問した。
「一階...はどうだったの?」
どうだった?とは?
全員の顔がそう言っている様に思えたハロルドは続ける。
「この館、二階に入り口があったわよね?その時点でオカシイ。普通一階って入り口があって入ると無駄に広いわよね?でもここは二階に入り口....一階はどんな感じだったの?」
確かに言われてみれば、と言うか少し考えればオカシさ満点の館だ。
3人の話だと一階、落ちた場所は廊下だったらしい。途中で部屋が1つだけあって、そこから階段を登り今に。
その部屋で蜘蛛と出会ったとか。
「...落下した時は二階の中央付近だったわよね?下...一階が廊下なのもオカシな作りね」
確かにハロルドの言う通りだ。一階の中央に廊下があって途中部屋も無い...そんなバカげたデザインの館に住む人間なんて居るハズない。だから蜘蛛が住み着いたんだろ。使わないなら取り壊せよなー。
「...一階のボク達が進んだ方向とは逆に、部屋がある。そういう事かな?」
「地図が無い以上、予想でしかないけど怪しいと思うわ」
「「「 あの2人天才かよ 」」」
声が揃ったわたし達は謎の照れ笑いをして同じ思考を持つ者同士出会えた喜びを分かち合う。
「とにかく一階へ降りましょう」
ハロルドの言う通りだが、階段の場所が解らない。ここが三階なのは解るが道も謎の状態。
するとハロルドはゆっくり剣を抜き、構える。無色光がハロルドの芸術性高い剣を幻想的に輝かせる。そして。
「下に行くなら下に進めばいい」
誰もが思う、当たり前な事をクチにし、剣を廊下の床へ振った。
重攻撃系剣術が床を破壊し、わたし達は驚く暇もなく落とされる。そこで終わらず二度目の無色光を纏う剣。
床が見えた時ハロルドは再び剣術を炸裂させる。
落下の速度をそのまま使った剣術は恐ろしいリーチで二階の床も吹き飛ばす。
わたし達は三階から一階まで一気に落下。奇跡的に蜘蛛の巣だらけの部屋に落下した為、転落死せずに済んだ。
「まぁこんな所ね。さ、進むわよ」
この中の誰かが転落死しても絶対無視して同じセリフを言うだろ。
このイカレ具合...鮮血だの呼ばれる理由がよーく解る。
わたし達はいつの間にかハロルド様を先頭に館を進んでいた。
途中蜘蛛モンスターと遭遇するも余裕すぎる勝利で問題なく進む。そして扉が1つ眼の前に。
頷き、わたしが今度こそ蹴り破った。中にゾンビ共がいてもこの蹴り破りに驚いて、その隙にプーがビリビリ電気ウナギを炸裂させれば即終了。
しかし中は空っぽで妙に狭い部屋。
石のテーブルには不気味な色のワインと短く溶けた蝋燭。
そして大きな蜘蛛の巣。この部屋は何だ...?
室内をキョロキョロ見ていると上、天井から変な音が聞こえる。全員が見上げると金色の糸の塊から少し飛び出る白銀のフリフリ....拘束されたクゥが吊り下げられているではないか!
急ぎ救出したいのだがこの金色の糸...剣じゃ切れない。
強く剣を振ってもあっさり跳ね返される。
魔術で燃やすにもクゥにまでダメージが...とにかく天井から解放する事が第一だ。
何度切っても天井から切り離せない。徐々にイライラが蓄積されたビビは思いきってクゥを引っ張ってみると、天井から延びた糸がブチッと。
何とか吊るされた状態からは解放した。次はこの絡み付く糸をどうにかしたいが...相当頑丈な糸だ。
「クゥ?クチは動く?」
プーがそう言うと絡み付く糸の奥から微かに、でも強い返事が聞こえる。
「よし!それじゃクゥ!火を吹いてみて!」
突然プーがワケ解らない事をいい始める。クゥに火を吹けと?
爪攻撃とかは出来ると思うけど、火を吹くなんてビックリワンダードッグでも出来ないぞ?
と、クチ走りそうになった時、金色の糸の塊から炎が溢れ出た。
狙い通り糸を焼き払う事に成功したプー&クゥは喜び、そして ドヤ顔のブイサインを見せつける。
とにかく救出成功したのでひと安心だ。
「ガゥ!クゥクー!」
と犬語を話すクゥだが全く理解出来ないわたし達は、とにかく頷く。
するとクゥは少し進みわたし達を見る。付いて来るがいい無能な者共よ。と言わんばかりの顔でわたし達を見るクゥ。今はおとなしくクゥの後をつける。
10分程進むと今までよりも大きな扉の前に到着。
この奥にワタポが?
ネフィラが居るのか?
「クゥ!」
力強く声を出したクゥ...鳴き声がクゥだからクゥって名前なんだなお前は。
その時クゥが頷いた様に思えた。
◆
ワタシの熱を纏う剣とネフィラの不気味に輝くクローが激しくぶつかり合う。
お互いに手加減も迷いも無い。
戦闘を始める前にネフィラがゆっくりワタシを招いた部屋は何もなく広い部屋。
部屋の角にある燭台に火を灯らせ、ネフィラはゆっくり不気味に言葉を吐き出した。
「ここは広さも充分でしょ?さぁ武器を手に取りなさい。食事の始まりよ」
そう言いまたもゆっくり手を動かし腰からクローを取り出し装備した。
昔からあのタイプのクローを愛用していたネフィラ。
グローブで手の甲から爪が伸びるタイプではなく、自分の指に装備するタイプのクロー。
あの武器の厄介な点は普通のクローと違って武器部分を自由を操れる点だ。当たり前だがそれが本当に厄介。攻撃を回避する時は普通のクロー相手よりも半歩距離をとって回避しなければ指の動きで追撃を受ける恐れがある。
そしてネフィラは蜘蛛の様に姿勢を屈めて動く独自の戦闘スタイルを持つ。
記憶通り手足を床に付け身体を極端に低く構え、一気に攻めてきた。
ネフィラの第一撃を半歩ではなく一歩余分に距離をとり回避。予想通り続けて繰り出される二撃目を回避する為だ。
ワタシはその回避時、後ろへ回り込み剣撃するも難なく回避される。
これはお互いが、記憶の確認をする為の行動。
そして次は...迷いがあるかの確認。
同時に身体を動かし交わる瞬間に全力の一撃を放つ。
ワタシの剣は灼熱色に染まり空気を焼き斬りネフィラを襲う。
ネフィラのクローは不気味な黄色のオーラを纏い空気を歪ませる様にワタシを襲う。
お互いの迷い無い一撃は激しく衝突した。
先伸ばしにしていた物語の...次のページがゆっくりと確かにめくられる。
白紙のページに刻まれるのは過去に囚われる蜘蛛か、まだ見ぬ未来に飛び立つ蝶か.....今からその続きが 描かれる。




