◇35
ペレイデスモルフォの名を語り、トラブルの種を撒くトワルダレニェ。
昔ワタポ達ペレイデスモルフォとトラブル...と言うか一方的に喧嘩を売ってきた蜘蛛ギルドらしい。今回もただ絡んでくるだけならば無視出来るのだが昔バラ撒いたバブーンキャンディーと呼ばれる最悪の飴玉を再び名前を変えてバラ撒かれでもすれば大変な事になる。
昔の因縁をまだ引き摺っている様子のマスターネフィラはペレイデスモルフォを使いワタポを狙っているとも考えられるが、それなら好都合だ。
別の目的があるなら逃げられるだろう。しかしワタポが目的なら逃げる事はしない。
わたし達はその蜘蛛ギルド、トワルダレニェのアジトへ今足を踏み入れ、蝶と蜘蛛の因縁を、前に進もうとするワタポの足に絡み付く邪魔な蜘蛛の糸を綺麗にしに来た。
のだが...。
早速敵の罠にかかってしまった。
◆
暗くてよく見えない館の中を探り探り進む。
入り口が二階にある時点で少し考えれば見抜ける罠だったのに頭の中はネフィラを探す事で一杯に。
罠でわたし達はバラバラに分散させられる。
今はわたしとハロルド...ギルド フェアリーパンプキンのマスターひぃたろ..が一緒、他のみんなは一緒だろうか?それともバラバラなのか?フォンを取り出すもフレンドリストにはロストの文字が浮かぶ。
この文字が出ている時はメッセージ機能や通話機能が使えない環境という事だ。
こんな事になるならパーティ組んどけばよかった...ロスト状態ではカムも使えないがパーティを組んでいる状態ならマップにパーティメンバーの位置が表示されるのに...
「はぁ~...」
溜めていた息を吐き出すとハロルドが足を止め不機嫌そうな顔でわたしを見るも何も言わない。
わたしも気持ちを切り替えてとにかく進む。ネフィラは何処に居るのかもわからないが進めば発見できるだろう。そしてそこが全員の目的地なんだ。
床の木材が軋みホラー雰囲気が充満する中をゆっくり進むとカサカサ、と妙な音が聞こえた。
「...何かいない?」
「いる..わね」
音のする方向を睨む。
暗闇に少し慣れてきた眼が闇に浮かぶ6つの赤い光を捉える。あの光は何だろうか?縦に3つ並ぶ丸い光の列が2つ...カサカサ、ギシギシと聞き慣れない音。
息を殺し、足音に気をつけ近付く。どうやら1つ奥の部屋にその光はある。
揺れ動く光、広い部屋を見てハロルドがわたしを止める聞き取れるギリギリの声で言う。
「あの赤色光は眼..大きな蜘蛛...多分モンスターね」
蜘蛛の眼!?
結構大きな光...それが眼だと言うなら本体は恐らくビネガロより大きいぞ?
この時わたしはポルアー村周辺で戦った巨大蜘蛛モンスタービネガロを思い出す。
ビネガロは確か...お尻以外は堅い皮膚に覆われていた。
蜘蛛モンスターは基本的お尻の裏側が柔らかく弱点。
まだ相手はわたし達に気付いていないので1度戻り準備をする事に。
ハロルドは戻る際モンスター図鑑機能を確り使って巨大蜘蛛の情報を入手していたのだが、名前も詳細も姿も不明。新種の蜘蛛なのか...モンスター図鑑が反応したのでモンスターなのは間違いない。
新たな情報がないなら今ある情報、ビネガロ戦でわたしが体感した事等をハロルドに全て話した。驚いた顔を浮かべつつ頷く。わたし達は次にポーチの中身を対巨大蜘蛛用へと変更する。
体力回復ポーションは疲労回復効果しかない正直戦闘中に飲む物ではないのでフォンの中へ。解毒、解痺、痛撃ポーションを腰のポーチへ。
次にハロルドが詠唱しデバフ耐性を上げるバフ...毒や麻痺状態へ対抗力を上げる魔術をかけてくれた。わたしも詠唱し地竜戦前に使ったバフを発動させる。視界が明るくなりこれで敵の姿も捉えられる。
お互い頷き剣へ手を伸ばす。
薄青色のフルーレを何度か振り、身体を脳を戦闘モードへと変える。
ハロルドもゆっくり抜刀し、剣を構える。
ほんのり薄いピンク色のクリスタルで作られた刃、刃には独特な模様が彫られていて芸術の街に住む連中が見ると声を裏返して喜びそうな程、美しい剣だ。
「私は右、エミリオは左から攻める。準備は?」
「おっけー行ける」
眼を合わせ同時に頷き、一気に奥の部屋へ走る。
ドアが無く開かれたままの入り口へ踏み込むと蜘蛛は即座に反応し身体を回転させわたし達の方向を見る。
ギィギィと声をあげ暗闇で光る4本の牙を擦り合わせる。
色まではハッキリ解らないが艶の無いザラついた皮膚。予想通り堅そうだ。足は8本あり先は鋭利。
攻撃モーションや動きの速さを確認してから攻めたいが逃げ場のない室内でそんな事している余裕はない。
お互いの剣が無色光を纏う。
わたしもハロルドも初撃は剣術を選んだ。
暗い室内に輝く無色の光。
その光が2つ増えた。
予想もしていなかった。蜘蛛の前足が剣術特有の光を纏うなど。
空気を鋭く切り裂く音と闇を斬る光がわたしの剣の光を消滅させる。
剣術にもキャンセルがあり、光を纏った状態の武器を発動する予定だった剣術の型 以外の動きをした時だ。
光は消滅し剣術はキャンセル、不発する。
無理に剣術を発動するより危険と判断した時は剣術をキャンセルし防御に入る方が安全。
しかし剣術キャンセル後は発動後以上の反動が剣に与えられる。
重くなるフルーレを両手で支え、蜘蛛の攻撃をガード。
剣術の反動...武器が重くなった時だけは武器の強度等も上がる。それにより蜘蛛の強力な攻撃もガードする事が出来た。
キャンセルガード と呼ばれる剣術キャンセル後の硬化効果を利用した防御方法だ。
勿論剣術発動後よりも本人の体力や集中力がごっそり削られるので乱用は出来ない。
腕に残る重さを振り切り、わたしはハロルドの無事を確認する。どうやら同じ様にキャンセルガードで蜘蛛の剣術...なのか謎だがスキルをやり過ごし距離をとっているが表情に焦りの色が。
そこまで強い攻撃だったとは思えない。勿論これ以上の攻撃を隠している確率は極めて高いが恐ろしい化け物を見たかのような表情になる程の事なのか?
「エミリオ、魔術で蜘蛛の気を引いて。私が一気に決める」
「おぉ...わかった」
何を見たのか、何を思ったのか、何を感じたのか。
わたしには全然解らないが、ただ事ではない様子。ハロルドが決めると言ったんだ。わたしは信じて魔術を乱射していればいい。
わたしは蜘蛛へ近付き何度かフルーレで攻撃する。予想通り堅い皮膚が剣撃を容易く弾く。
「エミリオ!魔術を」
ハロルドの声にわたしはニヤリと笑顔で返事をし、蜘蛛の攻撃を回避し超近距離で下級魔術のファイアボールとウインドカッターを2つ同時に発動した。
わたしのディアは多重魔術。
今は下級魔術を2つ同時に詠唱、発動できるレベルだがこの時点で脅威になる。
ウインドカッターが蜘蛛を追い詰めファイアボールが蜘蛛を仕留める。
堅い皮膚に風の刃がヒットした瞬間、刃は形保てず小さな風を巻いて消える。
風の刃は直進させ火球は緩いアーチを描かせ飛ばした。同時発動でも軌道が違えば到着時間も違う。
巻く風が消滅する前にその風へ火球が飛び込む。すると火は渦巻き火力を上げる。
少ない魔力消費と速い詠唱で強い魔術を産み出す事も可能。停止詠唱を必要としない魔女だからこそ隙を作らず近接戦闘中でも魔術を詠唱発動できる。
魔女の力と魔術の属性理論、剣術。そしてわたしのディア。
この4つが集まって初めて成功する。これがわたしの戦闘だ。
「ハロルド!」
蜘蛛が渦巻く炎に焼かれ耐えている時、わたしは強く叫ぶ。
しかし声が消える前に...風 を感じる肌。
風に揺れる髪が停止する前に巨大蜘蛛は叫び消滅した。
リソースマナの粒が室内を少し照らす。小さく息を吐きハロルドは剣を鞘に納め呟く。
「やるわねエミリオ」
その言葉も耳に入らない程わたしは驚いていた。
細かい事は解らないけど...とにかく速い。
蜘蛛の長い足の間合いから外れた位置に居たハズのハロルドは一瞬で逆サイドまで移動、その時 蜘蛛の弱点であるお尻に攻撃を入れた...それも重い一撃を。
わたしも少しは強くなったと思っていた。いや、確実に強くなってる。
でもそれはわたしの中だけでだ。外にはもっと強い者が数えきれない程存在する。
この世界はまだまだ広い。
悔しい気持ちよりも楽しい気分になったわたしへハロルドは言った。
「この先に誰かいる。その誰かと出会ったら私が残りエミリオは進む。いいわね?」
そう言いハロルドはわたしの言葉も聞かず次の部屋へ進む。
この先に誰かいて、そいつと遭遇した場合はハロルドがその場に残ってわたしが先へ進む。そういう事だろうけど...それに何の意味が?
今の蜘蛛みたいに2人でサクッと終わらせた方がいいと思うが。
そんな事を考えているうちに、噂の誰か がわたし達の前に現れた....正確にはわたし達がその誰かの前まで到着した。
蜘蛛部屋と同じ広い部屋。
違う点はこの部屋に居たのは蜘蛛ではなく人間。そして奥には別の部屋ではなく階段。
「エミリオ、私が足止めしている隙に上の階段へ登って。階段だけを見て一気に登るのよ」
なんで?2人でサクッと倒そう!
とは言えない。
わたしは無言で頷き、腰のフルーレへ手を伸ばし戦う気満々の雰囲気を出す。
部屋でわたし達を待っていた人間は男。表情1つ変えずただ わたしとハロルドの間を見つめる。
男が身体を揺らした瞬間、わたしは一気に走る。ハロルドも同時に走り抜刀斬り。
キィィン...と澄んだ音が響く横をわたしは一気に駆け抜けた。今の音は剣と剣がぶつかった音。ハロルドの抜刀斬りを男が止めたという事になる。
振り向きたい気持ちを置き去りにわたしは一気に階段を駆け上がった。
クチの中に苦い思いを残して。
◆
大きく踏み込んで剣を素早く抜く。その速度、軌道のまま相手を斬る。
これが抜刀斬りであり、抜刀斬りの基本中の基本。
簡単そうに思えるが鞘を走る剣の速度を殺さず、抜かれた後も軌道をずらさず斬るのは難しい。基本でこの難易度。しかし剣術なしだと 威力、速度共に最速と最高ランクのワザ。
これをベースに色々とワザや剣術を混ぜ合わせたモノを抜刀術と言う。
私が確実に使える抜刀系スキルはコレだけ。
その抜刀斬りをいとも容易く受け止めたこの男...予想通り相当手強い。
あの妙な猫眼女を先に行かせた理由は簡単だ。
私達の目的はネフィラの元へワタポを送る事。
ネフィラを討ち偽モルフォを終わらせるのはワタポの役目。
その為には確実にネフィラを討ち取れる様に計らうのが私達に与えられたクリア条件。
恐らくネフィラが待つ部屋の前には雑魚が何人もいるだろう。その相手をワタポにさせるワケにはいかない。
この男の足止めは私が。
ネフィラの元までワタポを無事届けるのはエミリオと他の者が。
「初めまして...ネフィラに雇われたユノです。雇い主は全員殺せ。と言ったのですが...先に1人行っちゃいましたね。すぐ追いたいので始めましょう」
雇い主...この男はギルドメンバーではなく.....
「くっ!!」
迷い無く私の首を狙った剣撃、顔色1つ変えず殺しにくる精神。気付くのが少し遅れていたら私はもう...っ。
本物だ。今私の前に立つ人物は本物の殺し屋...殺しが日常化している者だ。
グズグズと考えている余裕はない。
「!?...いいですね。強い人が持つ威圧感を感じますよ」
ユノと名乗った男は剣を構え直す。
その時私が感じた威圧感は言葉に出来ない程 凄まじい。
今の自分がどのレベルなのか知りたい。
この男はどのレベルまでその余裕を維持出来るのか知りたい。
物事を知りたいと強く思う心、人間が持つ好奇心。
命を奪い合う様な戦場でもそれが顔を出すとは自分に呆れる。
薄暗い室内を照らす2つの無色光が各々の軌道線を描き衝突。激しい音と火花が散り相殺。
剣術どうしがぶつかった時 強い方が勝ち弱い方は消される。
剣術の威力も勿論だがそれを扱う者のスキルやセンスで決まる。
下級剣術を達人が使い、上級剣術を子供が使った場合は達人の剣術が勝り子供の剣術は消滅、キャンセルさせる。
しかし今の一手はお互いの剣術がキャンセルされた。互角の力を持つ相手という事になる。
一瞬の隙も許されない対人戦闘...男は私を見て小さく笑い言った。
「久しぶりですよ、自分の剣術が相殺されたのは...楽しみましょう。どちらかが動かなくなるまで」
男の剣が無色光を纏う。
私も遅れず剣術のモーションに入り再びお互いの剣を激しくぶつけ合った。
もう言葉は必要ない。
どちらかが動かなくなるまで、剣を振り続ける。
火花の先にある男の瞳はそう訴えていた。




