◇34
「二度とやらないわよ!こんな事!!!」
マネキネコ亭の一室で雷鳴の様に轟く声。
「まぁまぁ、上手くいったんだし」
「ビビさんは黙ってて!」
「はい」
ビビ様は雷鳴に撃たれ言葉を焼き焦がされた。
マスタースミスでどこかただ者ではないオーラを持つビビ様を一閃で黙らせるハロルド。
続いてわたしがクチを開こうとすると鋭く研ぎ澄まされた名刀の様な視線を向けられ言葉は喉を通る事なく斬り捨てられる。
昼間のハロルドは凄かった。まるで子供達が日曜日の朝に見る悪と戦う女の子達のアレを思い出す程、凄かった。
「...ぷっ」
しまった。
「おい猫眼」
猫眼。確かにわたしの眼球には大きく縦線が入っているがコレは魔女の瞳証。本物の猫族の瞳とは似ても似つかない代物だぞ。
「おい」
完全にターゲットにされた。これはマズイ。
こんな時はプーだ。プーよ、わたしを助け...、
「なむ...」
両手を合わせるなプー!少しは助けようとしろよ!
「なんで治癒術使えないの?魔術得意なんでしょ?バカなの?無能なの?解剖されたいの?」
「解剖...カエル?クロークリビットゲロケーロ」
「なむ...」
この後わたしの頭に落雷が直撃したのは言うまでもない。
それにしても、昼間あれだけ騒いで偽モルフォまで情報が届いてなかったらと思うと...ハロルドが可哀想になる。
偽物が直接会いに来てくれるのを待つならもう1度あの格好をしてもらう必要がある。それだけはわたしも避けたい。次はゲンコツじゃ済まない気がする。
恐れ震えているとノックが鳴り声が聞こえた。
「あの、セッカです!キューレがここに来ればエミリオに会えると教えてくれて」
外にいるのはセッカだった。
昼間ハロルドで荒稼ぎしたマルチェ所属の姫様。
わたしも会いたいと思っていたし丁度いい。一応全員の顔を見るとOKサインを出してくれたので中へ招く。
「エミリオ!会いたかった!」
そう言って抱き付いてくるセッカ。なんか、いい匂いする。
再開の挨拶とみんなへ紹介をし、今のお互いの状況報告、フレンド登録を済ませるとセッカが1枚の写真を取り出した。
黒いバンダナをした いかにも盗賊です!と言っている様な悪人面の男。
「この人は昼間、広場で商品を購入していった人です。怪しいと思い写真を写しておいたのですが、ここ見てください」
セッカが指さす場所は男の肩。筋肉質な腕に刻まれた蝶のシルエット。
「これ...」
「すぐにギルメンへ連絡して尾行してもらいました。この人は街の外にある森へ入って行ったそうです」
すぐにマップを開こうとした時、ワタポがポツリと呟いた。
「ガーベラの森」
「はい。この人はガーベラの森の奥深くへ消えて行きました。私の予想ですが...そこに皆様の探している人物が居るのではないかと」
今度こそフォンでマップを開きガーベラの森を調べようとするが、残念ながらマッピング出来ていない。
ハロルドが変わってマップを開くとバリアリバルからそう離れていない場所にその森は存在していた。
[ガーベラの森]
真っ赤なガーベラを咲かせる森。植物型モンスターも多いが真っ赤に咲くガーベラを一眼見たいと足を踏み入れる者も多い。足を運ぶ際は解毒ポーション類を多めに持参しよう。
植物モンスター...マウスフラワーみたいなキモいヤツか?
モンスターが多い場所なら奥深くまで進む人間も少ない。隠れるには最高の場所か...これだけ人数いるなら、わたし行かなくてもいいかな。
「どうするワタポ?」
「....、行ってみる」
その言葉にわたし以外の全員が 了解 と言う。ワタポは 驚いた顔で全員を見るが、今さら1人で行くなんて言い始めたらそれこそ落雷が炸裂するぞ。
「全員の武具はビビがメンテする」
「私はマルチェとして皆様にポーション類を提供します!」
「ボク達も力になるよ!ね?ひぃちゃん」
「ここまでやらされて最後を見れないのは納得できないわね」
「私も暇だし、ちょっとガーベラ見たいし」
「それじゃ皆様、お気をつけて行ってらっしゃいませ。わたしは...」
「ありがとうみんな!エミちゃも付き合わせてごめんね、ありがとう!」
「あ。はい」
たまにワタポは強引にわたしを引っ張る。蜘蛛に噛まれて毒で気持ち悪くなったらワタポのクツの中に吐いてやるからな!と心の中で宣言し、わたしも同行する事に。
今は19時。出発は早朝4時となった。
全員武具をビビ様へ渡し、メンテ中は音楽家が集中力を高めるサウンドマジックを演奏。
ハロプーはセッカとポーション類の厳選。
わたしは...やる事ないし散歩でもしようかな。
夜のバリアリバルは温もりあるオレンジ色の街灯で照され冒険者の街 と呼ばれる雰囲気を更に掻き立てる。横切る者は皆 武器や防具を装備していて、これからクエストに出発する者達や酒場を今からオープンする者、店を閉める者等など沢山の人が昼夜問わず街に存在する。
中心街から少し離れた場所にある公園でわたしは少し休憩をしていると遠くから1匹の子犬が走り寄ってくる。
「ここに居たんだねエミちゃ」
ワタポとクゥだ。
わたしを探していた様子だが、何の用だろうか?
隣へ座り、クゥはワタポの膝の上で休憩する。
「何か不思議だよね」
そう言いオレンジジュースを渡してくれたワタポ。ビンをクチへ運びつつ 何が?と返事をする。
甘いオレンジジュースをクチへ流すとワタポは缶コーヒーを開け続きを話す。
「この数ヵ月、たった数ヵ月なのに色んな事があって色んな人と出会って...ワタシの見てきた世界が小さかったんだなぁーって思ってさ。今隣に居るのが人間じゃなくて魔女だったり、姫様がギルドに入ってたり、不思議な感じするなぁ」
「ワタポ、そーゆー話をした後に戦場へ行く人は死ぬんだよ?」
わたしの冗談混じりの返事へワタポは即言葉を返す。
「死なないよ」
強くしっかりとした声でそう言い放ち、強い瞳で続きをクチにした。
「ワタシはもっと色々見たいし知りたい。もっとみんなと一緒に居たい。ペレイデスモルフォのマカオンじゃなく、ヒロじゃなく、ワタポとして生きる為に明日全てを終わらせる。全部終わったら...ワタシは迷わないでワタポって名乗れる気がするんだ」
....。
カッコイイ事言ってるのは理解したけど、ワタポって名前...ダサくないか?
そう言いたいが今コレを言うと全てぶち壊しになってしまう。
「ギルドマスターじゃなくて、騎士隊長じゃなくて、冒険者として生きる為に、ワタシは勝つよ。それに」
1度言葉を止めコーヒーを少し飲み喉を湿らせて、ワタポがたまに出す独特な雰囲気と威圧感を持つ声で言う。
「ネフィラのやり方はやっぱり間違ってる。人を自分の道具の様に使って、ギルドメンバーをアイテムの様に見て、縛り付けるやり方は間違ってる」
「んだね。それに、リョウちんの為にもペレイデスモルフォを終わらせなきゃ。あの時リョウちんがどんな覚悟で騎士団に逮捕されたのか...わたしには解らないけど、相当な覚悟と何かを決断した顔だったよ」
もしかしたら、リョウちんはまだ騎士団を潰したいと思ってるかも知れない。でもあの時一瞬見せた表情は別に生き方があるならそれも見たい。と思っていた表情だろう。
戻った時にペレイデスモルフォがまだ活動していたらまた復讐心に囚われてしまう。
わたしも、人間を生き物を殺す事に何1つ感じなかったわたしも少しだけ変わってきてると実感している。
リョウちんは、人間はわたし以上のスピードで変われる生き物だ。
次会ったらあの少年と笑って話せる気がする。
「うん。明日全部終わらせる。ワタシがきっちり終わらせるよ」
「うん!何か出来る事あったら言ってね」
わたしの言葉をワタポは何かを考え始めた。そこは、ありがとう。でいいんじゃないか?と思っていると別の言葉をクチにした。
「エミちゃ、この話を聞いた時から思ってた事があるんだけど...霧って魔術で出せる?」
「霧?細かい水の煙みたいな感じかな?」
突然どうしたんだろう?ワタポが魔術の話をしてくるのは珍しいと言うより初めてではないか?
それも霧を出せないか。と..出せない事もないがハッキリ言って人間がソロで出すのは不可能。
火、水、風を合わせた魔術を詠唱し、発動の瞬間爆発させる感じなので最低でも3人、広範囲となれば9人は必要になるだろう。残念だがその事をワタポに伝えると今度は風魔術を1つ教えて欲しいと言った。コレなら人間でも不可能ではない。
「霧は簡単に言うと、火と水をぶつけて水蒸気を起こして風で水蒸気を周囲に飛ばす感じなんだよね!それで、今教えるのはその時使う風魔法でいいの?それとも攻撃的な風魔法?」
わたしの説明を聞きワタポは前者、水蒸気を飛ばす時や周りの目眩ましを吹き飛ばす防御系の風魔法を選んだ。
攻撃系よりも覚えやすく魔力消費も少ないので1、2時間もすれば完璧にマスターできるランクの魔術だ。
わたし達はここで魔術の修行を数時間し、マネキネコ亭へ戻り休んだ。
明日は敵の城へ攻める。
寝坊だけは絶対にしない様にしようと心に誓い眠りについたわたしは朝再び落雷の餌食になったのは言うまでもない。
◆
早朝、わたし達害虫駆除隊は予定通りガーベラの森へ足を踏み入れた。
街を出る前にキューレからは「無理するでないぞ」と。セッカからは「無事に帰って来てくださいね」とメッセージが届けられていた。
キューレが調べた情報とワタポの持つ情報から予想してネフィラのランクはA+クラスで間違いないだろう。わたしが戦った斧男よりも遥かに強く危険。そして戦う場所が相手の城、ホームという点でも更に危険度が上げる。
話し合いで終わる様な相手ではなく、何よりネフィラ自身がワタポと戦いたくて仕方ないのだろう。
戦闘は避けられない。
昨日ビビ様が全員の武具を最高の状態に仕上げてくれたので準備に抜かりはない。
ワタポは熱を纏う剣。
ビビ様はハコイヌが使っていたタイプの武器、双棍。
音楽家は長めのダガー、ショートソード2本
プーは身の丈程あるカタナ。
ハロルドは綺麗な鞘に入った剣。
わたしは細剣と、後ろ腰にリョウちんから貰って、昨日セッカから返して貰ったダガーだ。
何かあった時の為に装備しておいたが、何も無いのが一番いい。
辺りを見渡すと真っ赤に染まったガーベラの絨毯がわたし達を目的地まで誘う。
半分程進んだ時、ワタポが足を止め鋭く呟く。
「戦闘用意!」
その言葉に各々武器を持ち構え辺りを見渡す。
すると地面から突然、蔓が何本も湧き生え始め驚きつつも難なく回避し敵の姿を捉えた。
真っ赤に咲く花、真ん中に大きなクチと足の様な根。
ワタポが迷わずモンスター図鑑を起動させ情報を読み上げる。
「ガーベランダー!毒はないけど麻痺を持つモンスターで、集団行動する!みんな周囲に気を配りつつ戦闘、隙を見て走るよ!」
無駄のない動きと指示。これは騎士隊長時代に培ったものだろうか。安心して命を預けられる。
ワタポの指示に従いわたし達は戦闘へ突入した。
迫る蔓を回避、または迎撃し隙を見て撃破。
麻痺粉に気を付けつつ何匹も何匹も倒す。
初めてのメンバー、初めてのフルパーティでの集団戦闘は素晴らしい程うまく進み、窮屈感などは誰1人感じなかった。
クゥも縦横無尽に戦場を駆け回り全員が自然と自信つく。
そして、古い館の前へ到着した。
ここからが本番だ。マップもなく実態もしらない相手との戦闘。
館の入り口、扉は二階にあるスタイルで眼の前の階段を警戒しつつ素早く登った。
全員とアイコンタクトをし扉を開き中へ。
中は薄暗く埃っぽい。
人の気配はなく恐らくこの奥に偽モルフォズが生息しているのだろう。
息を飲み、気合いを入れ直し進んだ瞬間、わたしは何かを踏んだ。
「ん?....どわぁぁぁっ!?」
突然わたしの足元が浮き上がり空中で停止。
よく見るとネットの罠にかかり捕獲された動物状態。
他のメンバーは床が数ヵ所抜け、深い闇へと飲まれて消える。館が古いからではなく、これは罠だ。人間が設置した対人用の。
「くっそー!ふざけんな!」
「それはこっちのセリフよ!」
独り言のつもりで言った言葉へ返事する声が近くで響く。
背中の方を見るとネットにはわたし以外にハロルドもバッチリ捕獲されていた。
「....プーじゃなくてごめんなさい」
「は、はぁ!?何言ってるのよ!別にプンちゃんとなら なんて微塵も思ってないわよ!それより早くこのネットどうにかしなさい、エミリオの責任でしょ?」
可愛いヤツめ。そんなにプーの事が好きなのか. ..だが!残念ながら一緒に捕まったのはこのわたしだ!
と、これ以上変な事言うと落雷が降ってきそうなので腰のダガーを抜きネットを切り裂き脱出成功した。
他のみんなは無事だろうか...とにかくわたし達は2人で奥を、ネフィラが居そうな場所を目指す事にした。




