◇322 -療狸寺の妖怪-1
今のわたしでは無理。そんな事を言った狸女ことポコちゃんは、寺の前の広いスペースをスタスタ進む。わたしもその後ろをついていくが、止まる気配が全くない。
「どこ行くんだ?」
「ええからええから」
と、広いスペースを横断し、寺の前で停止した。
「近くで見るとでっけーな.....」
「療狸寺じゃぞ。ここには数名の娘っ子が修行に来とるんじゃ」
「へぇ」
やくぜんじ、という寺らしい。
なんの修行に来ているのか知らないし興味もないが、寺で修行なんてしてる時点でわたしには勝てないぜ。なんせわたしは冒険者として危険と隣合わせ背中合わせで1年間、先頭をブッチギリで突っ走り、今も速度をあげて走り続ける冒険者だぜ? 言わばプロよプロ。その道のプロ。
「おーい、ひっつー、ひっつーは居らんかのぉー? ひっっつーー」
ポコちゃんは抜けた声で誰かを呼ぶも、誰も現れない。
「.............で? わたしの相手は?」
ひっつー と呼ばれる何者かが全く現れないので、わたしは煽りフェイスで「ん? ん?」と何度も言いポコちゃんを挑発する。大神族だか何だか知らないけど、煽りつっつけるタイミングがあるなら、わたしは王様だろうと神様だろうと煽りつつくぞ。
「ひっっつーーー!」
「シカトされてるぜポコちゃん」
ヒヒヒと笑いながらそう言った瞬間、ヒタヒタと冷たい足音が響く。今わたしがいる場所は寺の大きな扉の先───中庭みたいなエリアで、寺の廊下が見える。その廊下を歩きこちらへ向かってくる気配と足音に警戒しつつ待っていると、
「......療狸様、どうなさいましたか?」
声の後、廊下の奥を曲がってきた ひっつー と呼ばれていた女性を見て、わたしは眼を見開いた。
「お、おいポコちゃん.....」
「ひっつー、呼び出して悪かったのぉ」
「おい! おいポコちゃん!! やべぇって、アイツはやべぇって!!」
ヒタヒタと歩く女性、ひっつーの前髪は短く切り揃えられ顔がハッキリ見える。唇は赤く、小さな鼻、ここまではいい。ここまでは羨ましいほど可愛らしいフェイスパーツ。しかし、眼が、もう眼がもう!
「可愛らしい子じゃろ? 大きな瞳と長い睫毛、ワラワの好みじゃよぉ」
「いや、やべぇって.....アイツ.....」
大きな瞳と長い睫毛、それはよくわかる。アホでもわかる。だが、アイツのは......
「.....大きいなんてレベルじゃねって! アイツ、ひとつ眼のお化けじゃねーか........こえーよ!」
顔には大きな瞳がひとつしかなく、綺麗な黒の眼球をわたしへ向ける。
昔、魔女界で見た妖怪図鑑に描かれていた【ひとつ眼 妖怪】で間違いない。確かひとつ眼は───出会った人間の眼を奪うハズだ! わたしは魔女だか、この場合の人間は 人型種 という事になるのか? そうなるだろ、だってアイツ今凄い眼光でわたしを睨んでるし!
「......あの、そちらの方は?」
「魔女じゃよ。竹林に落ちとったから拾ったんじゃよ。でのぉ、ひっつー」
ポコちゃんはユルく笑い、持っていたカタナをひとつ眼へ投げ渡してしまった。
「おいおいおいおい! あんなのにカタナ渡したらやべーって!! 殺されるだろ!」
大きな瞳でわたしを見つつ、宙を回るカタナを片手でキャッチして見せたひとつ眼女。
「ダメじゃぞひっつー、受けとる時はすぐ抜ける位置を掴むんじゃ」
「あっ......すみません」
「いやいやいやいや、お化けじゃん! わたしお化けには勝てねって!!」
そう、彼女───ひっつーとやらは、どう見てもひとつ眼のお化け。お化けに会った事ないので本当なのかはわからないが、噂ではお化けに物理も魔法も効かないらしい。そしてそんな気がする。人の姿に化けて人が居る所へ行き、人を餌にするのがお化け......アイツは今、顔さえ見せなければ完全に人だ。つまりアイツは、人喰いひとつ眼お化けだ! こんな無敵マンを相手に勝てるワケないだろ。
「.....療狸様、どうして私なのでしょうか?」
「そりゃひっつーが療狸寺で一番弱いからじゃぞ。さてさて、魔女っ娘! 始めるぞい!」
「いや、無理だろ.....だってお化けじゃん.....こえーしつえーし何なのずりーよ。こえーし」
お化け系は無理なんだよ。内臓引き摺って歩いてるゾンビとかなら全然余裕だけども、お化けはダメだ......まず、怖い。見た目の火力が凄すぎる。
「ひっつーは お化け じゃなくて妖怪じゃ。ワラワもお化けっちゅーもんに会った事ないぞ?」
「いやいやいやいや、無理あるってその感じ! どう見てもお化け代表じゃねーか! 妖怪とアヤカシとお化けって全部一緒だろ!」
「妖怪は妖怪として産まれた存在、アヤカシは人間が一度死んで転生した存在、お化けは知らん。ひっつーは妖怪 ひとつ眼.....妖怪族のひとつ眼 種みたいもんじゃ。腹も減れば眠りもするし怪我もするし泣き笑う。お主らの言うお化けや魔物とこの子らを、次一緒にしたら───ワラワは許さんぞ」
狸女は先程よりも鋭い雰囲気で言い放ち、わたしへ尖った視線を突き刺す。
わたしや他の種族と同じ.....そう言ったのは理解出来たし、怒ってる理由も何となくわかる。わたしも友達をどーの言われるとぶん殴りたくなる。だが、
「言いたい事はわかったし、今のはわたしが悪かったのもわかる。でも、やっぱこえーよ」
「うむ、わかってくれたならいいのじゃ。怖いのは仕方ない。徐々に慣れてくれとしか言えんのぉ」
慣れろったってよぉ.....怖いもんは怖いし、そんなにここに居たくないんだよな.....早いとこ鴉素材をパクってウンディーへ帰りたいんだよなぁ.....
「─── 療狸様、私がそちらの方と戦えばいいのですね?」
気弱そうな雰囲気だったひとつ眼が、どこか強気な.....若干怒っているような声と視線をわたしへ向け、カタナをゆっくり抜く。
「んじゃんじゃ。じゃけど殺しちゃイカンぞ? 魔女っ娘もひっつーを殺しちゃイカン。頃合いを見てワラワが止めるがのぉ.....ワラワが止めんでもええ感じが理想じゃわ」
「わかりました。他になにか決まりは?」
おいなんだ? やる気満々じゃねーか目玉女。
「殺しちゃイカン、物を壊してもイカン、誰かを巻き込んでもイカン、勝てないと思ったら降参、そんな所じゃの」
「わかりました。では.....えっと魔女様、始めましょう」
「いやまてまて、何でお前とわたしが戦わなきゃならねーんだ? それが一番わかんねーよ」
流れ的に戦う感じになってるが、何でこうなった? わたしは情報が欲しいだけなんだが.....そもそも目玉お化けを相手にして何になる?
「理由ですか?......そうですね.....私は貴女の事が今、とてもとても嫌いです。だから斬ってやりたくて」
「は? 嫌いだから斬るって.....眼球詰まってて脳みそ入れるスペースないのかお前?」
「そうかも知れませんね。さ、始めましょう。安心してください.....殺してはイケナイと言われていますし、殺しはしませんので」
「おうおう、クソ目玉焼きが調子に乗んなよ。わたしはこの寺と関係ねーから、殺しでいくぞ?」
「そちらはそれで構いませんよ。では───療狸様、合図をお願いします」
広い石畳の上を進み、わたしは装備を整え、剣を抜いた。狸女は大寺の屋根にフワリと飛び、にっこり笑い、
「準備はええのー? んじゃ、よーい、始め~」
気の抜けた声の合図が響く。




