◇280
私も妹のリピナも、治癒術が使える治癒術師。今でこそ私は雨具屋へと転職したが、元々は治癒術師としてバリアリバルで生活、活動していた。
治癒術とひとくちに言っても種類は多く、魔術や剣術と変わらないだけ存在すると言われている。
私は───最初は治癒術師になる気なんて全く無かった。
人を助けるのは嫌いじゃない。でも治癒術師なんて目立たないし、誰かがいなきゃ何の意味もないじゃん。そう思っていた。
子供の頃、バリアリバルで買い物した時、何となく集会場を覗いた時、色々なパーティが治癒術師を求めていた事から、治癒術師になろうと決めた。凄腕の治癒術師になれば目立てる、みんなが私を知り私を求める。単純な子供だった私はそう考え、それから毎日毎日治癒術を学び冒険者になった。
それからは色々なパーティに参加し治癒術師として仲間を治癒し、自分で治癒術師だけのギルド【白金の橋】を立ち上げた。その頃には冒険者ランクもSSまで上がり、多くの入団希望者が現れた。その中に私の妹、リピナもいた。
それから私はギルドメンバーへ様々な治癒術を教えつつ、冒険者達から依頼を受けてクエストに同行するスタイルで治癒術師として活動していた。名前も広まり、単体パーティだけではなくギルドが私達を求め、レイドが私達を求め、街の人達さえも私達を求めた。リピナは医学も持っていて治癒術師としてのセンスは私よりも上だった。私はそんな妹が自慢で、自分の知る治癒術、再生術を全力で教えた───あるひとつを除いて。
私がギルドを立ち上げて何年か経った頃、あるレイドに私だけ誘われ、同行した。
その時、レイドは全壊した。
生き残った者達で痛む傷に耐え、バリアリバルへ逃げ帰った。怪我も治り、生き残った者達も冒険者として復帰していたが、私は心を大きく抉られた気分だった。
高めてきた治癒術が。
極めてきた治癒術が。
未だ高め極めている治癒術が、全然足りなかった。
私の治癒術はレイドメンバーを助ける事が出来なかった。
いくら頑張っても、いくら必死になっても、どうにもならない現実があって、それを私は体感した。もうこの気持ちは消えない。深く残り続ける。
そう思った私はギルドを解体し冒険者を辞める事を選んだ。
逃げるようにアイレインへ戻った私は小さな雨具屋としてひっそりと生きた。
それから数年後、雨具を借りにきた客のひとりが「バリアリバルで怪我をした時に治癒術師さんが診てくれた」と嬉しそうに語っていた。その治癒術師は治癒術師とは思えない派手な髪型で、性格も癒しとは言えなかったが実力は本物だった、と。
最近はそんなふざけた治癒術師がいるのか、と流していたがある日、買い出しへ行った際に冒険者達に人気の【不定期クロニクル】というふざけた雑誌の新刊が出ていた。梅雨時期も過ぎ去り暇だった私は一冊買い、時間潰しとして店で読んで、驚いた。
ギルド【白金の橋】との文字。そしてギルドマスター【リピナ】の名と写真。
盛りに盛った髪と睫毛、派手なネイルは妹リピナに間違いなかった。
ふざけた凄腕治癒術師は妹だった。
私が逃げた治癒術師を、冒険者を、ギルドを、妹は続けていた。自分がマスターとなり、あの頃と変わらないスタイルで。
あの日ほど妹を誇りに思った日は無かった。
あの日ほど惨めな自分を恥じた日は無かった。
その日、私は───もし治癒術として活動する日が来たならば、私は全力で全員助けると誓った。
そして今───私は治癒術師としてレイドに参加している。
相手は妹の親友であり、クラウンというふざけた連中に女帝化させられてしまったSS指定の強敵。
立ち止まっていた私の背中をもう一度だけって押してくれたのは妹リピナだ。今リピナは親友の変わり果てた姿に戸惑い、暴れ狂う親友を討伐しようとしているレイドに戸惑い、親友を傷つけ苦しませたくないという想いと、治癒術師としての自分の在り方とで迷い、立ち止まっている。
リピナ───アンタは賢くて優しい子だ。そしてアンタの周りに集まっている人達も凄く優しい人達じゃん。変なのも多いけど、楽しそうに笑ってるアンタを見て私は嬉しかった。立ち止まっているアンタの背中を押すのは私の仕事って思ってたけど、それだけいい仲間がいるなら任せよう。
私は───治癒術師としての仕事する。
アンタに教えなかった治癒術を使ってでもこの攻撃を防ぎ、全員を回復させる。
◆
雨の女帝アイレインは高密度のブレスを咆哮と共に放った。ブレスを掠めた瓦礫や建物が一瞬で塵になる程の密度を持つブレス攻撃。問答無用で女帝種がSSレートに指定される意味がこのブレスにあった。SSレート内でも上位に君臨しているモンスター達が持つブレスに比べると、範囲が細く、発動は遅く、女帝種はブレス後に大きな硬直が課せられる。それでも脅威でしかないブレス攻撃。女帝アイレインは水属性種であり、ブレスも必然的に水属性となるが、半端な知識ではこのタイプの攻撃には対応できない。もちろん、魔女エミリオも対応策を知らない。
ただ迫り来るブレスを呆然と迎えるエミリオを含めた後衛───ブレスの範囲にいる存在全てへ、ラピナは変換という特殊な性質を持つ治癒術を使った。
変換治癒術は治癒術の中でも最上級であり、その性質は蘇生術に近いものとなる。しかしジャンルは治癒術。希少な再生術を持たない者でも、更に希少な蘇生術を持たない者でも使える、限りなく蘇生術に近い蘇生ではない術。それが特種な性質の治癒術【変換】であり、ラピナがリピナに唯一教えなかった治癒術。
エミリオを含めた後衛───女帝がブレスの対象に選んだ者達を治癒光が包んだ。完全ではないものの眠り凍りついていた魔女力を得たエミリオはラピナの術、変換系治癒術の魔力ともうひとつ───マナを感知。今までに感じた事のない質に魔女は迫るブレスを一瞬で忘れ振り向くも、視界はブレス攻撃の光に包まれ何も見えなかった。
◆
女帝の放つブレス攻撃が届く前に、わたしは今まで感知した事のない質の魔力と濃いマナをハッキリと感知した。一体何が、誰が何をしたのか。考えるよりも身体が動き振り向くもブレス光に視界は潰されヒーラー達のシルエットさえ見る事が出来なかった。
細めのブレスは徐々に細くなり3秒後、線となり消える。
「───........」
高密度の強攻撃は100パーセントわたしを通過したハズ。わたしだけではない。ヒーラー達をも貫通していたハズだ。その証拠にわたしが立っていた場所の地面は綺麗に抉れ、その奥にいるヒーラー達の地面も同じく。さらにその奥にある街の建物はブレスの幅と同じ穴が。
確実に女帝のブレスはわたし達を通過し建物も綺麗に貫通しているが、わたし達は今のブレスで傷ひとつ負っていない。何が起こったのかわからない状況で、何が起こったのか知りたい気持ちも沸き上がるが、無事ならそれでいい。何が起こったのか気になるなら後で調べるなり聞くなりすればいいだけだ。今は───詠唱済みの魔術をブレス後の特種硬直中の女帝へ放つのが最優先。
特種な強攻撃後は必ずステータスの一時的な低下や、長時間の硬直、そしてバフなどの消失という反動が課せられる。女帝種といえど普段よりも重く長いディレイとクールタイムを背負う事になる。
純妖精の都で遭遇した森の女帝も、バインドボイスを炸裂させた後、すぐに行動しなかった。雨の女帝はバインドボイスではなくブレス───つまり森の女帝よりも攻撃後のリスク、隙は大きい。
予想通り女帝は疲労や硬直、そして魔力も薄まり水防御は機能していない状態。
わたしはこの瞬間を容赦なく狙い、詠唱済みかつ詠唱後も魔力を注ぎ続けた最上級ランクの魔術を三種同時に放った。
まずは雷属性上級魔術。
女帝の足下と頭上に青紫色の魔法陣が展開され、剛雷の大剣が頭上から突き落ちる。
発動速度、攻撃速度、威力、範囲、全てが自分の想像を越えていた。身体に返ってくる魔術反動も想像以上に重いが、この魔術は使える。
雷の大剣が落下する直後、女帝を四方から紅色の魔法陣が囲う。次は上級炎魔術。
雷よりも出は遅いがそれでも速い。剛雷の大剣が落下した直後に紅色の魔法陣は温度を高め、正面の魔方陣を狙い業炎を吐き出す。中心に対象が立つように炎の十字を燃やす。
この魔術も予想以上の性能を持っていて、反動は予想以上に弱い。
上級魔術のほとんどが使用者へ魔術反動として何らかの反動が返ってくるが、こればかりは慣れるしかない。クソ魔女───エンジェリアは上級魔術を乱用する頭のイカレたババーだ。この程度でいちいち反応していたら上級以上の魔術など使えない。
最後は灰色にも見える無色に近い色を持つ大型魔法陣が女帝を中心に展開され、魔法陣内を圧し潰す重力魔術。
発動は二種に比べ遅く、要求魔力は二種よりも多く、詠唱文も複雑だが、重力という属性はどの耐性にも強く一瞬でも重力を感じた対象は極端に動きが遅くなる。簡単にいうと、一瞬でも掠りさえすれば終わるまで重力魔術の餌食になるという事だ。
コンマ遅れで発動された三種の上級魔術は雨の女帝アイレインを逃がす事なく捉えた。
剛雷の大剣が全身を貫き、業炎が全身を焼き、重力が他の魔術ごと女帝を圧し潰す。
地面が数段に陥没し、雷と炎が弾けるように消え魔術は終了した。
「やべーなコレ.....」
重力魔術の反動が想像の数倍重く、認めたくないが重力魔術を得意とするクソ天魔女───エンジェリアの凄さが理解出来てしまった。
最上級ランクからは魔力を支払った分の威力が面白い程上がり、発動後は反動が返ってくる。いくら魔術に特化した種族───魔女といえどこの反動からは逃れられない。そして恐らく重力という属性はわたしの体質には合わないのだろう。体質的に合わない属性の反動は大きい。自分が魔女だからこそ反動もこの程度で済んだのだと思うと、種族に感謝すべきなのだろう。勿論わたしは感謝などしないが。
自分の種族なんかに感謝する暇があるなら、ブレスをどうにか防いでくれた誰かに感謝すべきだ。
重力のウザったい反動で軋む身体を動かし、わたしはヒーラー達の元へ。
「エミたん! 女帝は?」
キノコ帽子のご胞子ヒーラー、しし屋も無事らしく相変わらずの明るさ。
「女帝は今動けないと思う、それよりブレス大丈夫だったか?」
わたしは答え、しし屋だけではなく他のヒーラーも確認するがやはり全員無事。女帝が一時的に動けない状態だと知ったヒーラー達はすぐに治癒術を再開し、前衛と中衛を治癒。しし屋はだっぷーの元へ走りポーションを飲ませ、しし屋とだっぷーは自前のポーションを配るように戦場を走り回る。ヒーラーの治癒とポーションでの回復は想像以上の回復速度を見せる。ポーションの自然回復増加も凄いもんだな、と思っていたわたしへ、
「エミちゃ!」
裂けるような声でわたしの名を呼んだのはワタポ。たしかワタポはリピナへルービッドの事を聞きに───
「───おい......それ、おい!」
一瞬何が起こっているのかわからなかった。
わたしを呼んだワタポの近くにはリピナが、そしてワタポとリピナが覗き込むように見ている人物───倒れている人物はラピナ。そこまではすぐ理解できたが、倒れているラピナの全身からは、離れた位置にいるわたしの眼でもハッキリ見えるレベルのマナ粒子が溢れ出していた。
重力反動さえ忘れわたしは焦りラピナへ駆け寄るが、眼で見えるだけの濃いマナが溢れる状態は───もう───。




