◇199
ケタケタと笑う三日月が浮かぶ夜空───外界の魔女界。
ひとりの魔女はレーズンたっぷりのパイへ手を伸ばした瞬間、髪の毛を一本引っ張られるような感覚を感知した。
「───消えた....か」
自身が発動させた魔術【ギフト レーゲン】の消滅を感知した 雲母の魔女 【グリーシアン】は、三日月を見上げ、手に取ったお気に入りのレーズンパイをクチへ運ぼうとするも、またもパイはクチの前で停止する。
もちろん食べようと思えばすぐに食べられるが、そんな事をしている暇はない。とグリーシアンは手を止め、瞳を横へ向けた。
「お前.....何しに来た」
流した視線が捉えたものは虹色に揺れる靄───空間魔法。グリーシアンは空間魔法から漂う魔力に眉を深く寄せ、苛立った声を投げ掛けると、
「─── 何しにって、お届けモノ?」
虹色の靄からよく知る声で返事が届くと、同時にボロボロの少女───の風貌をした琥珀の魔女が投げ捨てられる。
地界のウンディー平原から琥珀の魔女 シェイネを拾ってきたのは、魔女界の中でも凄腕の空間魔法の使い手であり【ヴァルプルギス宮殿】を自由に歩き回る強魔女、黒曜の魔女 【ダプネ】だった。
「解毒配りの最中に拾ってな、瞳でもとられてた大変だろ」
地面に倒れている琥珀の魔女は無惨すぎる姿。クチは裂け、唇は焼け飛ばされている。
その姿を見た雲母はピクリと目尻を揺らし固まった。
「届けた礼くらい言ってもらいたいもんだ」
黒曜は雲母を見下すように言い、鼻を小さく鳴らした。
その態度に雲母はさらに苛立ちを露にするも、すぐに唇を歪め上げる。
「お前よく戻って来れたな? 黝簾側についてた事を宝石魔女達に伝えたらどうなると思う?」
「どうもならないさ。だって黝簾と行動しろって命令してきたのは天魔女だからな」
「.........は?」
「アイツには何も悟られずに、上手く魔女力の解放をしてあげる事と、魔結晶を持っていなくてもいいから黝簾を魔女界へ連れてくる事がわたしの仕事。それよりお前の仕事はなんだ? 毒雨降らせる事か? シェイネの顔を吹き飛ばさせる事か?」
「黒曜には関係ないだろ、今すぐ消えろ」
「あっそ。大事な大事な後輩の顔が吹き飛んで、仕事も失敗。こりゃ速攻殺されるな。わたしとしてはゴキブリがウロウロしてるのは目障りだから助かるけど」
「───ッ!」
ゴキブリというワードが自分の瞳を指している事に怒り、黒曜をターゲットに雲母は水魔術を発動させた。
流動する水の槌は黒曜の眼の前で消え、雲母の背後に現れる。
「ッ───!?」
背中を叩く水圧に耐えきれず倒れた雲母の背へ、容赦なく足を乗せる黒曜。そのまま雲母の髪を掴み上げ首へ剣をあて、ダプネは冷たく囁く。
「やるか?」
「───........ッ、クソ」
一瞬で命を掴まれたグリーシアンは両手をひらりとあげ、降参する。それに対し黒曜はわざとらしく笑い、グリーシアンから離れ、空間魔法を使い地界へ戻った。
ダプネは本当に琥珀の魔女を届けに来ただけ。【魔女の瞳】はその魔女の魔力を宿す宝石───魔結晶となる。ひとつでも恐ろしく濃い魔力と微弱な能力───と言っても瞳主が持つ本来の能力に比べての話たが───を秘める瞳。
2つ揃えれその魔女の能力が魔結晶の効果として覚醒する。
魔女の瞳をひとつ持てば瞳主のディアの下位互換能力ならば特種効果として使用可能となる。
2つ持つ事で瞳主のディアを特種効果として使う事が可能。
武具素材にすれば桁外れの武具が生産可能、売れば相当な金額となる。
他種族の手に渡ればそれだけで脅威的な力となりうる魔女の瞳。それを奪われぬよう、または自身が奪うために、魔女は同族の死体を持ち帰る。
「.........その気になれば “四大” の席を取れるくせに、堕落の使魔みたいな真似しやがって.....何したいんだ黒曜 」
6名の強魔女の中でズバ抜けた実力を持つ魔女───黒曜の魔女ダプネとの実力差を改めて実感した雲母だったが、表情に悔しさや苛立ちは無かった。
◆
魔女の魔術【ギフト レーゲン】は侵食に犯されていた人間【カイト】の恐ろしいパワーの一撃で消滅した。
毒の雨を作り降らせていた雲はキレイに消滅し、今は真っ赤な夕焼け空がバリアリバルを包む。物理耐性を極端に上げた魔法陣の壁をも貫通する剣術をわたしは初めて見た。と言っても物理耐性を持つ魔法陣に遭遇する機会は滅多にないので、それを貫通するシーンも同様に見る事はほぼ出来ないのだが。
───約1時間ほど前。
毒の雲が消え、毒の雨が止み、いつもの空に戻ったバリアリバル。今は冒険者や街の人々の声で普段よりも数倍賑やかになっている。冒険者の街と言われている時点でいつどんなトラブルが起こってもおかしくない。今回の毒雨もここにいる人々からすれば、そのトラブルのひとつに過ぎない事なのだろう.....。
「魔女の事考えてるのか?」
「あ? ───ダプネ、お前今までどこに」
「美術館みたいな街に解毒剤を届けたりしてた。なんでわたしが地界の女王の命令を聞かなきゃいけないんだよ.....勘弁してくれ」
オレンジ色に焼ける空を眺めていたわたしの隣に現れたのは、わたしと同じ種族───魔女のダプネ。ウンディーの女王セッカの命令....と言えば威圧的に聞こえるが、依頼やお願いのような形でダプネの空間魔法を頼り、解毒剤を届けてもらったのか何なのか.... .セッカに直接聞けばいいが、今は忙しそうだ。まぁダプネもクチでは勘弁してくれと言っているが、嫌々協力したワケでもなさそうだ。
「美術館.....アルミナルか? ひとりでいったの?」
「いや、ルービッドと一緒だった」
その名を聞き、わたしは顔を沈めずにいられなかった。ルービッドのギルド【アクロディア】のメンバーはシェイネ.....琥珀の魔女に殺されてしまった。奪われた命はリピナの再生術でもどうする事もできない。蘇生術ならば或いは....とわたしは思ったが、蘇生術を扱える存在はS3よりも皇位よりも王族よりも希少な存在。知り合いに居るハズもなく、わたしはアクロディアメンバー26人の死を知らされた時、何も言えなくなった。
「ルービッドが今後どう生きていくのかは本人が決める事だ。魔女を怨み、ウィッチスレイヤーになるならそれもいいさ」
ウィッチスレイヤー.....魔女狩りや魔女殺し。スタイルはどうあれ魔女を最重要の敵と見なし、魔女の命を狙う事を目的とする者。
他にも○○スレイヤーやキラーは存在するが.....この流れでルービッドがそうなってしまうのは仕方ない事なのかもしれない。でも、そうなってほしくない。
「ルービッドとせっかく仲良くなれたんだ。魔女狩りになってわたしの前に現れたら.....わたしは.....」
───どうするのだろうか?
.....考えるまでもない、か。
ルービッドが自分で考えて、自分で決めて、魔女狩りになってわたしの前に敵として現れたならば───。
◆
仲間なんて言葉では足りない。
家族.....そんな存在。
その家族を、ギルドのメンバーを、私は全員失った。
それも私の知らない所で。
街を、人を、理不尽な魔女の魔術から守ろうとしただけなのに。
許せない。
許せるワケがない。
「.....ルービッド」
私の名を呼ぶ、私の幼馴染みのヒーラー。
ヒーラー.....治癒術師。
「ねぇ、ヒーラーなのになんで戦場にいなかったの?」
「え?」
「何のための治癒術? なんのためのヒーラー? どうして私の、私のギルドメンバーを助けてくれないの?」
「ルービッド.....」
私は自分がわからなくなっていた。
「ごめん、もういい。みんな死んだんだ。だからもういいんだ。ごめんリピナ」
自分がわからなくなっている? どうでもいいじゃない───全部どうでも。
私はゆっくり歩いた。
幼馴染みを横切り、ただ歩いた。リピナは何も言ってこなかった。普段なら色々とクチうるさい友人が、今はクチを閉じ下を見ている。
───リピナ.....私、魔女を一生許せそうにない。
だから───。
◆
ギルド【白金の橋】のギルドハウスに街を毒から救ったカイトやだっぷーは白金の橋マスター【リピナ】の姉【ラピナ】に呼ばれ、宴会染みた集会場へは寄らずギルドハウスへ直行していた。
ギルドメンバーでもないラピナだが、マスターの姉であり薬剤師でもある事でギルドハウスを一旦使わせてもらえる事になり、メンバー数名も借りカイトの状態を確認する。
ラピナは医者の免許を持っていない。しかしリピナと同等レベルの医学知識医療技術を持ち、薬品調合に特化した腕も持つ。自分は医者の免許を持っていない、という事を2人へ伝えた上での簡単な診察を行う事に。
血液を採取し、視力と聴力の確認、筋肉の確認などを簡単に済ませ簡単な結果を出し、気になる点が現れた場合に後日リピナと共に診察する形に。
カイトの血液には何の問題もなかった。視力と聴力に至っては人間よりも若干鋭く───人間よりも有能に───なっていた。筋力は若干低下しているものの、なんの問題もなく診察は終わった。
魔女の薬の効果で人間の姿に一時的に戻れたとカイト自身も思っていたが、どうやら魔女の薬は侵食───イロジオンを打ち消す効果の薬だったらしく、もう侵食される事はなくなった。
しかし、耳のようなモノや身体の模様を消す事は現時点では不可能。耳と模様にどんな効果───症状が現れるかも未知なので下手に手を出せない状態。
それでも今の姿───人間に限り無く近い姿から狼に戻る事はほぼないらしい。
数滴採取した魔女の薬とカイトの血液を薬剤師的なスキルを使い、ラピナはその答えを叩き出した。
「オッケー、集会場へ行ってもいいよ。何か少しでも異変や違和感を感じたら遠慮せず私かリピに言って」
「ありがとうございます」
「よかった、よかったねえ、カイト」
だっぷーは安心しエミリオ達と狩りに行った【フレアヴォル】のレア素材のように、少し喉を熱くした。




