◇197
わたしは解毒剤入りの木箱をリピナへ押し付け、向かった先の相手は、
「よぉ、ちゃんとフォンを届けてくれたみたいだな。助かったぜ」
プリュイ山で出会った狼───の背で眠る小さなドラゴン。
この子竜がフォンをセッカへ届けてくれたからこそ、セッカ達は雲や雨よりも、毒に対して考え動く事が出来た。解毒剤の完成と量産にはコイツの活躍が少なからず関わっている。
「.....ピ?」
わたしの声に瞼を震えさせ眼を覚ました霧棘竜 ピョンジャ ピョツジャ。解毒剤の栓を抜くわたしを見て、必要ない、と言うように首を横に振り、狼の背を叩く。
「解毒剤いらないの? 狼飲むか?」
侵食に犯され狼の姿となっている人間へ───名前は忘れたが───わたしは解毒剤を差し出すも、狼も首を振る。
「お前ら毒大丈夫なのか?」
そう質問すると同時に頷く狼と竜。もう飲んだのか毒にならないのか....どっちにしろ解毒剤は必要ないので栓をしてベルトポーチへ押し込み、空に浮かぶ悪趣味な色合いの雲を見上げた。
「毒はいいとして、あれ消し飛ばさなきゃだな」
何か方法はないか? と考えるわたしの視界を半妖精が通過する。
「.....ハロルド!」
「───?」
ゆきち───吸血鬼の血翼はダメだったらしいが、半妖精のエアリアルはどうだろうか?
「エアリアルであの雲の真ん中、赤く光ってる部分を攻撃できない!? 魔術じゃダメなんだ.....って、ハロルドの翅も魔術か。くっそ」
エアリアルは創成魔術のひとつ。魔術の時点で吸収されて終わる。しかしハロルドこと半妖精のひぃたろは雲を見上げ、雲の心臓部分であろう赤く発光する中心を睨む。
「.....やってみる」
ギルド【フェアリーパンプキン】のマスターひぃたろが半妖精である事はもう既に広まっている。今まで人前でエアリアルを使う事を躊躇していたが、もうその必要もない。
と、言っても闘技大会などでは使っていたが.....まぁあれは【フェアリーピース】という謎のアイテムで造り出した翅だと言い張り隠し通していたが。
もう遠慮も迷いも必要ない。
心地よい音を奏で、鞘を走るハロルドの剣。芸術センス皆無のわたしでさえ、綺麗だと思ってしまう刃を露にした妖精の剣を軽く握り、左右三枚の薄桃色に黄緑が流動する翅を広げた。
「───.....魔力を使わない? それに翅の数も色も....形も大きさも、今までと違くないか!?」
魔力を必要としない翅。確実に進化しているハロルドのエアリアルに驚くわたしだったが、子竜───ピョンジャピョツジャは声を荒立て何かを訴えている。
しかしその声を置き去りにするようにハロルドは地面を蹴り、空気を叩き翔ぶ。
「うっわ.....はっや」
爆発的な速度で翔ぶ半妖精へわたしは期待していると、後ろから防具の引っ張られる。
「あ?───うお!? お前噛むなよ危ねぇ!」
狼がわたしの防具を噛み引っ張っていた。ゼロ距離で狼の野生的な姿を見たわたしはビビったが、子竜同様に何かを訴えている瞳に必死さを感じた───直後、鉄を鉄で擦るような音が上空で震えた。
雲の手前───数メートル前でハロルドは剣術を発動させていた。剣は見えない壁を擦るように火花を散らし、半妖精はその場でホバリングする。
「今なんか....別の魔力が」
翅───エアリアルは崩れていない。しかし何かが邪魔している.....そして今わたしが微かに感知した魔力はなんだ? 【ギフト レーゲン】ではない別の魔術.....。
「───ダメだ、分厚いガラスみたいな壁が邪魔をする」
地上へ戻った半妖精はガラスの壁があると言う。ガラスの壁.....エアリアルは消えていない.....。
「.....ハロルド。その壁を攻撃した時、魔法陣は?」
「小さな白色の魔法陣が浮かび上がった」
その言葉を聞き、わたしは氷魔術を発動させた。氷の矢は毒雨を餌に巨大化し、氷の槍へと姿を変え───ハロルドが斬った地点へ到着する前に、氷は溶け水へと変わる。氷が溶けた瞬間に魔術の制御を失い、先程と同じ魔力を感じた。
「───術式か」
雲を守るように二枚の術式が施されている。地上から近い部分には恐らく “下から迫る魔力を吸収する” といった所か。次は “下から接近するものを阻む” などの簡単かつ万能なルールの術式。
下から、というのがポイントとなるルールの術式だろう。全方向が対象ならば雨は術式を貫通出来ない。
一枚目....魔法吸収の方は無視だ。問題は二枚目の物理的な術式。そこを突破できれば雲を破壊できるかもしれない。
「魔法陣の位置は今のでわかった。問題は硬さだな....」
術式は魔法陣の位置がわかれば破壊できる確率が高まる。プリュイ山でわたしが使った術式は内側からルールを無視し破壊する事が出来た。あの雲にかかっている術式の魔法陣は外側にある。つまり、外側にいるわたし達で破壊可能という事だ。
小範囲でいい、魔術ではなく物理的、または特種特質で高火力の攻撃が必要.....いや、それだけではダメだ。術式に再生系の能力が組み込まれている可能性は充分にある。
物理で破壊し、素早く物理で雲の中心を叩かなければならない。
術式破壊後に雲へ攻撃するのはハロルドに任せる事も可能だが、術式が厄介すぎる。
わたしは左手首に装備されたブレスレット───マテリアを指でなぞるように触った。
これを外して魔女力を使えば魔法吸収 さえも貫通、破壊出来る自信がある。しかしその後高い確率でシェイネよりも.....琥珀の魔女よりも外枠が崩壊した暴走を披露してしまうのではないか? という不安がブレスレットに付きまとう。
「......ガウ」
「え?.....狼....?」
焦り迷うわたしの横を狼が通過し、雲を睨んでいた。
◆
夜空のような瞳が一直線に雲を見る。
その姿にだっぷーは解毒剤を配る手を止めた。
「.....ゴメン、これお願い」
「はぁ!? また!?」
だっぷーは残りの解毒剤をリピナへ渡し、雲を睨む狼───カイトの元へ急いだ。
毒雨は降り続ける。毒消しし、毒に対抗する効果を持っても雨が降り続けている以上は必ず限界がくる。何としても毒雨を、雲を消す方法を考えなければ解毒剤が底をつき振り出しに戻ってしまう。
素材も無限にあるワケでもなく、残りの素材で作れてせいぜい200個。圧倒的に足りない。
「───.....カイト」
だっぷーは狼の名を、大切な人の名をクチにした。
すると狼は耳をピクリと動かし、だっぷーへ夜空色の瞳を向ける。
───俺が雲を消す。薬を貰えるかな?
カイトの瞳はだっぷーへ優しく語りかけるようで、周りの声も雨の音も、全てが遠くなり、音を置き去りにする。
「この魔女の薬.....未完成で、飲んだらどうなるかわからないんだよぉ.....それでも....」
弱くなる声。未完成な薬は何が起こるからわからない。錬金術師として様々なモノを合成してきただっぷーは、失敗より未完成の方が危険だと知っている。何が起こるからわからない、つまり、何が起きてもおかしくない。飲んだ瞬間に気分が悪くなる程度ならばまだ優しい。下手をすれば死んでしまうかも知れない。それが未完成の怖さ。
───みんな困ってる。俺に出来る事があるならしたいんだ。
「でも、未完成で......」
だっぷーは言葉を飲み込んだ。自分では止められない。そう思い言葉を飲み込んだと言えばそうなる。しかし、だっぷーも今この状況を打破するにはカイトの剣術が有効ではないか? と考えていた。
そして、カイトならば困っている人を助けたいと思うだろう、とも思っていた。
───困ってる人がいて、自分に何か出来るなら喜んで手を貸す。助ける理由なんて後でどうとでも言えるし、迷っていたら助けられなくなるかもしれない。それだけは嫌だ。
「でも........、そう、だよね。カイトはみんなを助けてあげて。私はカイトに何かあったら助けてあげる」
───うん、ありがとう。
だっぷーはベルトポーチから小瓶を取り出した。何を素材で作られたかもわからない薬だが、ラピナが成分を分解し、組み上げて見えた効果は、侵食に対して大きく働く効果。
その効果が侵食を速めるものなのか、侵食を遅めるものなのか.....最悪、侵食した者の命を消す薬かもしれない。
「カイト.....あの雲、斬り消して」
───任せろ。
小瓶の栓を抜き、だっぷーはカイトへ薬を渡した。




