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魔術は基本的に、初級、下級、中級、上級、最上級の5つに分けられている。
その中で色々な、そりゃもう色々な種類が存在する。
例えば、初級魔術の属性が火だとしよう。その場合は基本となる火属性魔術、派生系の火属性爆破魔術、さらに派生させると火属性熱素魔術.....等々、言い出したら魔女でも寿命が訪れてしまうほど魔術の種類は多い。
今さっき虫魔女が使った魔術は、最上級 “創成” 魔術。
最上級魔術の中でもビックリする範囲や破壊力を持つ規格外魔術のひとつで、創成、つまり何かの形を持つ魔術だ。全ての魔術には物質や形が存在しているが、創成魔術とは違う。
虫魔女が使った創成魔術は地属性、名前は【タイタンズ ハンド】と言っていた。
タイタン....たしか外界のおとぎ話に登場する十二の神的なヤツだった気がする。 “シンシア” という名の存在してたかも知らない魔女が連れていた、地属性のなんか凄いヤツが【巨岩 タイタン】と呼ばれている。名前の通り巨岩の腕が上下の巨大魔法陣からニョキっと生えて、対象を潰す、タイタンの腕を創成し操る魔術。
発動前に地面を大きく揺らし、魔法陣内の者を転倒させる有能具合。範囲、速度、破壊力は最上級の名に相応しい馬鹿げたものとなっている。
このわたし、Sランク冒険者で天才魔女のエミリオさんは天才的かつ華麗な対応を披露する暇もなく、小虫の如く巨腕にバッチンされ、心臓が飛び出るほど驚いた.....と同時に、普段こんな恐怖と戦っている蚊などの小虫達をそっと応援してしまった。
「あ....、魔結晶も潰しちゃったかも」
暗闇の中、遠くで聞こえた声にわたしは息を潜めた。ダプネに教わった魔力隠蔽術【マナ サプレーション】に水魔術を混ぜ、周囲にある別の魔力に自身の魔力を溶け込ませる複雑な隠蔽術を、ダプネの空間内で産み出していたわたしは、巨腕に包まれた瞬間に発動させていた。
【タイタンズ ハンド】の魔力へ霧状にした自身の魔力を絡ませ、ディアでもうひとつの魔術詠唱を済ませ、息を殺しチャンスを待った。
虫魔女の声が聞こえた数秒後、イカレた魔術【タイタンズ ハンド】が消滅する───この瞬間を狙い、わたしは詠唱済みの魔術を炸裂させる。
青紫色の中型魔法陣が5つ宙に展開され、流動するように色を強めた瞬間、様々な形、大きさ、速度の雷が破裂音を轟かせ暴れる。
詠唱時に使う魔力量で魔法陣の数が増える魔術、つまり魔力を多く使い詠唱すれば撃数が増えるタイプの魔術。
5つの中型魔法陣から青紫の雷が空気を縫い焦がすように走り、虫魔女とムカデを射つ。
「おぉ.....すっげー威力と速度だな。誰かいたら巻き込んでたかも」
わたしは消滅した【タイタンズ ハンド】から解放され、地面へ着地。
抉れた焦げた地面を見渡し「こりゃやべー」と思わずにはいられなかった。雷撃すべてを制御するつもりだったが見事に二発しか制御できなかった。速度と威力が魔術考案者であるわたしの想像をも、遥かに越えていた。
詠唱、発動、速度、威力、このすべてに申し分はないが、発動した瞬間から雷は形を変え続けるので、制御が恐ろしく難しい。魅狐プンプンころ雷狐のプーはどんな集中力をしているのだ.....と感心していると、
「........何で、生きて.....それに、なに....今の魔術。見た事も、聞いた事も、ない」
焼け焦げた丸太のように平原に転がっていた虫魔女は、文字通り虫の息で声を出した。真っ黒に焦げていても死んでいない事から、魔術の耐性が半端なく高い装備品を装備していたのだろう。全く面倒なヤツだ。
「基本わたしが使う魔術は、自分で考えた魔術だからな。面倒な時は定番なものを使うけど、今のは魔導書にも書いてないし、天魔女も知らない、わたしの魔術だ」
虫魔女は、辛うじて生きている丸焦げムカデへ必死に手を伸ばす。雷魔術は基本的に麻痺効果を持つ。今の魔術も例外ではなく、それでも虫魔女は麻痺に抗い手を伸ばし続けた。
「......じゃあ、わたし行くわ。生きてたら次は毒雲なんかで釣らず直接こいよ。その時はまた相手してやるから」
年齢はさておき、見た目が幼い子供のような虫魔女がテイミングしたムカデへ必死に手を伸ばす姿に、わたしはトドメを刺す事を躊躇い、その場を離れる事にした。
しかし、数歩進んだわたしの耳に届いた音が、足を止めさせ振り向かせる。
「........───お前、なにしてんだ?」
丸焦げになった身体で、同じく丸焦げになっているムカデを抱き、虫魔女はムカデへ噛み付いた。鎧のような甲殻を持つムカデだったが虫魔女は、焼けたパンでも食べるかのようにムカデへ大きく噛み付き、頬張る。
理解不能な行動にただ呆然としていると、虫魔女の傷───火傷などがみるみる回復していく。
「.....あぁ.....、お腹いっぱい食べた」
皮膚の焦げや火傷は綺麗になくなり、ムカデの姿も確認出来ない。ヒクヒクと目尻を震えさせる虫魔女を見て、わたしはトドメを刺さなかった自分の甘さに後悔する。
コイツは─── グリーシアンと一緒にいた魔女だ。つまり雑魚魔女ではない。どんな能力を隠し持っているかわからない危険な魔女のひとり。事が起こり、終わってからそう考え直しても無意味。
「チッ、やっちまったぜ.....お前の名前は?」
「わたし? 琥珀の魔女 シェイネ。次はこっちの質問ね、タイタンズ ハンドからどうやって逃げたの?」
何かを耐えるように指先や目尻をピクピクと震えさせる魔女は、宝石名を持つヴァルプルギスの魔女、つまり強魔女。
宝石名は琥珀───アンバー。
虫を支配し地属性魔術を使用する事から、琥珀か。
コイツが宝石名を持っているなら、グリーシアンも持っているも考えて間違いなさそうだ。
わたしは宝石魔女が現在何名存在しているのか気になり始めていたが、その件は一旦捨て、琥珀の質問に答える事を選んだ。
「さっきの魔術は挟まれる瞬間に雷魔術で手のひらを抉って空洞を作った。お前わたしに会ってから地属性しか使ってなかったし、プンプンと戦ってた時も地属性だけだろ? 地面の抉れ方が地属性特有の抉れだったし、シアンは地属性が苦手だ」
「.......それが何だって言うの?」
「ひとつの属性ばっかり使ってるヤツほど、楽な相手はいない。お前の地属性魔術がいくら凄くても、地オンリーじゃ、宝石持ちでも下手すりゃ特魔に負けるぜ?」
得意な属性の魔術を伸ばすのはいい事だ。しかし、それしか伸ばさないのは勿体無い。
シェイネの得意属性が地属性ならば、火属性か風属性も割りと扱えて伸びやすく、伸ばすべきだ。
そうやって各属性の魔術を伸ばしつつ、得意属性を更に洗練する事で、先程の魔術【タイタンズ ハンド】で相手を仕留められる確率が大幅に上がる。
地一択だったからこそ、地に最も効果的な雷属性をわたしは迷わず選択する事が出来た。火や風も地と同じくらい使っていたならば、多分わたしは雷という答えに辿り着く前に、潰されていただろう。
「魔女なら各属性の上級をひとつ、ふたつは使えなきゃ話にならないぜ? シェイネちゃん」
「.....。話にならないかどうか、今教えてあげる───黝簾の魔女 エミリオ」
言い終えた瞬間、琥珀の魔女シェイネは瞳を強く発光させ、恐ろしい速度で魔術を乱発する。
地面が揺れたと思えば岩が突き抜け、土の壁が現れたと思えば頭上から岩が降り、地形を変える程の地震と、不規則な動きで暴れる岩の大棘、地面を狂ったように何度も叩く巨岩の腕。シェイネはたった数十秒の間で、上級、最上級、創成、などの地属性魔術を大いに暴れさせる暴走っぷりを披露した。
「雷は? どうしたの? ねぇ!? 誰が話にならないって? .....何か言えよババアテメー! テイムした命を食べて命を奪うのがわたしのディア、 ムーちゃんの命でテメーの命を潰してやるよ! オラ! 」
頭のネジが飛んだように、性格そのものがブッ飛んだシェイネは叫び暴れ【タイタンズ ハンド】を継続発動させ地面を無差別に叩き回る。創成魔術は範囲も威力も規格外なものが多く、習ったからといって扱えるものでもない、最上級魔術の名に相応しい難易度となっている。その形を保ちつつ暴れさせるのは相当な魔力と集中力が要求されるが───今のシェイネに集中力など感じられない。対象の位置さえ見えていないシェイネは巨岩の腕でモグラ叩きでもするように、ウンディー大陸を叩き続け、叫び続けている。
「あっぶねーな......痛ッ、横っ腹に穴あいちゃったぜ.....」
魔女力解放とディアのダブルコンボでトリップ状態のシェイネはわたしが見えていない。
避難するように離れたはいいが、地面を揺らし暴れ狂う地属性魔術を全て回避するのは不可能だった。
一種の暴走状態に陥った琥珀の魔女.....宝石名を与えられた強みは、この無差別級な暴れっぷりだろうか。天魔女のババアが好きそうなタイプだ。
「っ.....いてて、」
わたしは傷をお馴染みの氷魔術で塞ぎ、痛撃ポーションを飲み痛みが薄れるのを待った。しかし受けたのは魔女の魔術。身体へのダメージはモンスターの一撃より重く嫌な感じに残る。
「完全にナメてた。同族相手はダラダラや半端じゃダメだな」
幼い容貌のシェイネがペットのムカデへ手を伸ばす姿に、情けでもないが.....わたしはシェイネの命を奪う事を躊躇った。それがわたしの甘さだ。
今回の事で再確認させてもらったよ───魔女相手に情けや躊躇いは必要ない。
そんな気持ちを持っていたら天魔女に即殺されるだけだ。
天魔女───.....親に認められたい、ほめられたい一心で魔術を貪ったわたしは、同族からも危険視される存在となり、地界へ弾かれた。
当時は魔女思考全開の答えで、天魔女を殺してやろうと思っていたが.....今、最近となっては正直どうでもいい。
今はこの世界が大切で、みんなと居るのが楽しくて、地界が大好きだ。
それを傷付け、奪い、壊そうとするなら、宝石魔女だろうと、天魔女だろうと───殺す。
「.....、シェイネ!」
「───いた、いたいた!テメー、逃げてんじゃねぇぞ黝簾!」
「うるせーな聞けよ。今すぐ魔女界へ帰って、お前ら二度と地界にくるな。魔結晶も諦めろ。二度と絡んでくんな。もしまたウゼー事してきたら魔女子だろうと───容赦なく殺す」
「なに喋ってんだ? テメーなんざゴミ虫以下のカス虫だろ! 消してやる潰してやる殺してやる!」
何を言っても帰らないだろう。
魔結晶も諦めないだろう。
天魔女が魔結晶を手にしたら地界も天界も、全てを自分のモノにしたがるだろう。
そうわかっていた。だが、最後の警告として今わたしは言葉にして、それを伝えた。
しかしシェイネは全く聞いていない.....それ所か笑いそうになるくらい、性格が崩壊している。
「そか。言ったからな?」
性格的にシェイネを面倒臭く思い始めたわたしは、魔力隠蔽───抑制魔術【マナサプレーション】を解除する。
引っ掛かっていた何かが外れるように、止めていた魔力が全身に流れる。ただの魔力ではなく、魔女が持つ魔女の魔力。扱えるのは60パーセントほどだが、頭がだいぶスッキリする。
「......、さぁ ───飛ばしていくぜ」




