◇148
「まだひとつしか返してもらってないよ?どこへ行った?」
遠くで風が鳴く洞窟で反響する声。凍った地面を溶かす様に赤の滴は溢れ落ちる、道標か誘いか。
「くっそ....殺すワケにはいかない。でも殺されるワケにも....いや、殺されるべき、なのかもしれないな」
息を荒立て囁くように溢れた声は記憶の箱を開き、足を止めさせた。
利き腕───左腕は二の腕から先が無く、とどまる事を知らず溢れ出る血液。青髪の魔女は顔を苦痛に歪めるも、足を止め待つ。
「見つけた。次は右腕を返してもらうね、エミちゃ」
魔女の左腕を持つ白黒の騎士は何重もの円が浮かぶ瞳を細めて呟いた。まるで悪魔に呑まれたかの様に。
◆
魔女は騎士から仲間を奪い、両腕までもを奪った。
新たな両腕を得た騎士は前へ進む事を選んだ。
背後の黒を押し付けて。
黒は力となり、白へ馴染むのを深い部分でただ待った。
そして今───白から黒へ。
◆
空間魔法が展開され、魔女ダプネはマイナスの世界へ着地する。肌を突き刺す寒さは洞窟内でも耐え難い。
「さっむ!こんな所に飛ばしちゃったのかよ....文句言われるなーこりゃ。とりあえずバフかけなきゃ凍る」
ダプネは省略詠唱、1秒程でバフを唱え自分の体温を上げるバフではなく、寒さに対応できるバフをかけた。自分の温度を上げた場合モンスターがその温度に気付き無駄に絡まれる可能性が高まる。どちらも同じ、寒さを無効化できるバフなのでどちらを選んでも寒さ対策は問題ないがスムーズに進むため、ダプネは体温上昇ではなく、寒さ無効化を選んだ。
「よし。この近くにエミリオがいるハズなんだけどな....」
ダプネは黒に見える緑髪をガジガシと掻き、洞窟を観察しつつエミリオの魔力を探る。エミリオもダプネも【マナサプレーション】で魔女力を隠蔽し、魔力の質も変化させているがダプネは隠し質を変化させたエミリオの魔力を知っているため、サーチも可能となる。
「....お、発見」
ダプネはエミリオの魔力を印として空間魔法を繋いだため、近くにエミリオが居る事は間違いない。近くにいる者の魔力は簡単にサーチ可能で、ダプネは感知したエミリオの魔力の元へ足を進めた。天井には氷柱、足下は暑い氷。氷から覗く地面は遠くに見え、何とも不思議な感覚を覚えたダプネ。
「これ氷がなかったら空中を歩いてるって事じゃん。わたしスゲーかも」
高レベルの空間魔法を扱うダプネだからこそ、極寒の地でも心に余裕が生まれ、地面ひとつに対しても感想を言える。突然飛ばされ、帰る術も解らない者ならば地面や天井など見る余裕もない。
太く大きな氷柱を見つけ、天井を注意して進んでいると足下が滑る。転倒する事は無かったものの渇いた氷から濡れた氷へと変化した地面。ダプネは不機嫌な表情で地面へ眼を向け、それを知る。
「コレ....水じゃない。血?」
間隔的に血が地面に落ちる道。それを辿れば辿る程、エミリオの魔力へと近づく。
怪我でもしたのか?と思うも、血液量は怪我のレベルを遥かに越えていると踏み、ダプネは足を急がせる。
細く足場の悪い道を進む事数分、眼の前に広い空洞が現れる。洞窟内で発光する小さな光は氷柱に宿り自然のランプとなった氷柱は天井に。凍った苔も光を放ち、星霊界にも匹敵する幻想的で美しい空間。声も出ない程の美しさにダプネが見惚れていると、爆発音が空気を揺らす。
広い空間を少し進むとやけに天井が低く直線的な空間に。
「んぁ.....ッ」
「.....ん?」
「おい....おいおい、何やってんだよエミリオ」
氷の床に倒れる長髪の青髪は小さく震え、声を漏らす。
見下ろす様に立つ白黒の剣士は赤く熱を宿した剣を右手で握り、左手には───。
「....なにやってんだよ!コイツはもう呑まれるしかないだろ!殺せよエミリオ!」
ダプネの声は強く響くも、エミリオは反応しない。
「お前がこんな所で死んだら誰がエンジェリアを殺すんだよ!?魔術を使えば殺せるだろ!?それともコイツは....呑まれかけていても友達って言うのか!?」
「うっさいな....まだ...呑まれてないだろ、だからまだ....殺さない。それと....ちと、起こしてくれ」
「~~~ッ、バカかお前!お前のそういう所が嫌いなんだよ!」
ダプネは叫び、魔女詠唱を済ませ炎属性魔術を発動させる。氷を溶かし水蒸気が視界を包む中でダプネはワタポへ奇襲をかけ持ってた腕を奪い、空間魔法を使いエミリオを引っ張りこの場から離れる。計算して発動した空間魔法ではなく、微距離移動をする空間魔法なのでダプネもエミリオまだ洞窟内に。
「お前な!アイツは確実にお前を殺す気だぞ!?それでも反撃しないって言うのか!?」
「悪いダプネ....氷頼む」
エミリオは身体を起こし傷を見せる。左腕は二の腕から先は無く、右腕には深い傷。胸や首にも傷が目立つ。
ダプネは奥歯をグッと噛み堪え、氷属性氷結魔術を発動させ傷口を凍結させた。腕はあるものの再生術を使わなければ斬り離された細胞は繋がらない。エミリオは勿論、ダプネも治癒術系は使えない魔女だった。
◆
「逃げられた....一緒にいる魔女が邪魔だなぁ」
自分ではない自分が水蒸気の中で呟いた。ワタポは深く暗い部分で必死に声を出すも、自分には届かない。
一部では個性的な才能と言われ、一部では種族の壁を越える力と言われ、一部では悪魔の様な力と言われる。
それがディア。魔女語で悪魔をdiabloと言い、そこから名付けられた力。
魔女はディアについてどの種族よりも知っている。ワタポの異変にエミリオやダプネが気付けたのも魔女だからだろう。
そしてエミリオがワタポを殺さない理由は───まだ完全に呑まれていない状態だからだ。呑まれていない状態ならば打つ手は残されている。
それにはワタポ本人の力と折れない心が重要になる事を、ワタポは知らない。
「そんなに遠くに行ってないと思うし、あの魔女をエミちゃから剥がさなきゃ」
◆
「ダプネ、もうひとつ頼みがある」
わたしは傷の痛みを噛み殺し、ダプネへお願いをする。
しゃべる度に内側から押し出される痛みは意識を切断しようとするも、ここで眠っていたらワタポは呑まれる。
「空間魔法でフェリアへ飛んで、ハロルド....半妖精と魅狐とヒーラーを呼んできて」
「はぁ?そんな事するよりアイツを」
「頼むね」
「~~~ッ、貸しだからな!」
ダプネは納得いかない様子だったが空間魔法でフェリアまで飛んでくれた。相手を殺すのは簡単だ....いくらワタポが強いといっても、魔女2人を相手に、それも本気で殺しにきてる魔女が相手ならまず殺される。でも、わたしは殺す気はないし、殺さない覚悟をワタポから教わった。
敵だった蜘蛛女のネフィラも、敵になった少年りょうちんも、昔剣を向けたわたしの事も、仲間を殺した魔女の事も、殺さず....助けてくれた事もあった。殺せばそこで終わる。けど殺せばそこで終わりなんだ。終わるなら、もう戻れない状態になってからでも遅くない。
「さて、そろそろかな?」
「何がそろそろなの?」
「んー?そろそろお前をブッ飛ばそうかなって」
「ワタシを?エミちゃに出来るの?」
ハロルドとプンプンを呼んでくる様にダプネへ頼んだが、それはダプネをこの場から移動させる為に頼んだだけ。アイツがいると殺せ殺せと、うっさいからな。
「ワタポ....タイミングは作るから、頼むぜ」
◆
フェアリに虹色の空間が開き、ダプネは飛び出す様に現れ辺りを見渡した。
「半妖精と魅狐は!?」
そう声を出し、半妖精はマズかった。と表情を濁すも、純妖精のひとりが指差し答える。
「ひぃたろならあの建物にいる。魅狐ってのはわからないけど多分あそこへ行けば何かわかるだろう」
「お、サンキュー」
以外にも半妖精というワードに対して嫌な顔を見せなかった純妖精。純妖精達の表情、雰囲気も少しだが柔らかくなっている様に思えたが、そんな事は後だ、と自分に言い聞かせダプネは建物へ急いだ。
扉が開かれたままの建物へ入るや、すぐにダプネは声を出す。
「半妖精と魅狐は!?」
「およ?お前さんはエミリオと一緒におった魔女じゃな?半妖精と魅狐ならそこに居るぞ」
キューレが指差す方向にはベッドで寝ている半妖精と魅狐がいた。ダプネは近付き、2人へ声をかける。
「すぐに来てくれ!お前達の仲間もエミリオも危ない!」
「え!?何があったの!?」
魅狐プンプンはすぐに反応するも、説明している時間さえ惜しいダプネは空間を開く。
「とにかく来てくれ!」
焦る表情からただ事ではないと魅狐プンプンは察するも、
「ごめん、ボクの身体、今動かないんだ。ほら、薬の副作用が強くてさ」
ここまで言われ、ダプネは思い出す。プンプンはドライアドから受け取った秘薬を飲んだ副作用で身体が動かなくなっていた事を。歯噛みし半妖精を見ると、両眼を隠す包帯が。
「ひぃちゃんは今麻酔で眠ってる....」
「....ッ!くっそ!!」
「おいおい、落ち着くのじゃ!急いでるのはわかるが何があったかくらい話してくれんと、ウチらは何も言えんのじゃ」
「....、そうだな。悪かった」
ダプネは急ぐ気持ちを落ち着かせ、焦る気持ちを話した。
◆
利き腕───左腕は繋がった様に見えるも、切断された細胞は繋がっていない。剣を使えるのは右腕だけ。
「ここまで強く両利きになりたいと思ったのは産まれて初めてだ」
「へぇー、でも右腕ももらうから利き腕なんて関係ないよ?」
ほのかに熱を宿した剣をわたしは右腕の剣で強く弾き返した。細かい動きや反応が出来ない不馴れな右腕。細かい事を考えず全力のパリィで捌く事だけを考えればいい。
そしてわたしの武器はこれだ。
「当たったら痛いかも!」
剣撃中に詠唱を済ませていたわたしはワタポへ叫び、魔術を使った。
詠唱を省略でき、行動しながらの詠唱。詠唱完了後の魔術をとどめておく事も出来てその時魔力は消費しない。発動させた瞬間にはもう次の行動ができ、喋る事も可能。慣れれば詠唱終了後に喋ってもファンブルしなくなる。
これが魔女の力でわたしの武器。氷属性魔術を二重発動させ、ワタポの対応を見る。
今は常時ディア状態、つまり常に先が見える状態。たった1秒ちょっとの先読みだが戦闘中の1秒は長く、得られる情報は膨大だ。
青白の魔方陣が左右の壁に数個展開され、そこから氷柱が一気に貫く魔術をワタポは見切り、器用に回避して見せた。しかし今の魔術は誘導の為の魔術。もう一発は地面に、氷の上ではなく氷の中で魔方陣を展開させた。しかも大型の魔方陣だ。色で見切る事は不可能となり微妙な変化に気付いても回避は不可能。
殺す気はない。でも───殺すつもりで挑まなければ通用しない。
地面の大型魔方陣から太い氷柱が荒れる様に突き出る瞬間にワタポは剣を振った。赤々と染まった刀身は爆発を起こし地面もろとも深く抉る。
「メチャクチャかよ!」
地震の様に揺れる洞窟内にガラスが砕け散る様な音が響く。砕け散る氷をリソースに使う派生魔術を素早く詠唱した。地形や環境に適応した魔術はその威力を増加させ、詠唱時の要求魔力が減少、詠唱時間が短縮される。
要求魔力はどうでもいい、しかし詠唱時間短縮は魔女でもウマイ。省略、短縮詠唱のうえに地形環境の詠唱補正が乗り、さらに同属性の連続詠唱はリソースが溢れている。この条件なら使う魔術ランクにもよるが、魔女はほぼ詠唱なしで次の魔術を使える。
しかしわたしは魔術を発動しなかった。
地面を抉った爆破の斬撃は恐ろしい破壊力を見せるも、大型の魔方陣全てを消し飛ばす事は出来ず、氷柱は止まる事なく突き出る。剣や義手で氷を砕き割っている時点で人間離れしているが、一気に何本もの氷柱が襲い来る状況で剣術も魔術もなしに全てを破壊する事は不可能。
一本がワタポの足を掠め、気を取られた瞬間、別の氷柱が違う角度から襲う。氷属性広範囲中級魔術は3秒という長く短い時間を終え、通路を塞ぐ様に太い氷柱が何本も残った。
「串刺しになったか?」
それはない。と理解しているが、わたしは呟きワタポの行動を氷柱の外で待った。
すると氷柱の奥で微かに光が揺れ、轟音を響かせ氷は粉々に砕け散り、漂う冷気の中で立つワタポがわたしを睨む。
「またワタシを殺すつもり?」
「よく言うぜ。今のじゃ死ぬ気しないくせに」
掠り傷は多いものの、大きなダメージはない。予想していたとはいえ、ここまで予想通りに氷柱を捌かれると若干の悔しさが生まれる。
「魔女の力を使いなよ。あの時みたいに」
「眼が回ってるのに対応できんの?」
「回ってる?これは模様みたいなモノだよ、エミちゃ」
「知ってるよ」
ここで詠唱済みの魔術を発動させ、ワタポへ仕掛ける。
わたしの前に魔方陣が展開され、細かい氷が風に乗り吹く中級魔術。ダメージは期待出来ないものの目眩ましには使える。発動後すぐに距離を取る様に移動しつつ詠唱、追撃の火属性魔術を放つ。
あの剣は爆破....ダイヤモンドダストの中から弱ホーミング姓を持つ火球が10個飛んでくればワタポは反射的に剣で対応するハズだ───
「....やり方が前と一緒だよ」
「そうかい?」
ワタポは火球を器用に回避し接近してくる中で呟き、わたしは笑って返事をした。
前と同じ───ノムー大陸でワタポの片腕を奪った時と同じ戦法だと言いたいのだろう。あの時は蝶の爆破鱗粉に火魔術をぶつけて爆破させた。でもあの頃からお互い成長しているのは言うまでもない。火球を回避したつもりかも知れないが───
「さっきのファイアボールが戻ってきたらどうする?」
「ッ!?」
わたしの言葉にワタポは咄嗟に振り向く。飛んできたファイアボールを回避しつつ接近し、わたしを斬る作戦は誰でも思い付く。でも回避したハズのファイアボールに強ホーミング性があり、背後から迫ってきた場合でも斬る余裕はあるのか?
もちろん───
「─── 戻ってこないけどな!」
ファイアボールは超初級魔術。ホーミング性はあるものの、若干軌道を変えられる程度で火球が多いファイアボールならば操らずに放って放置の方が効率がいい。
背後を見たワタポへわたしは容赦のない中級風属性魔術をぶつけた。魔方陣から風の槌が吹き荒れ、風圧で対象を圧し潰す、または圧し飛ばす物理的効果を持つ魔術。
本来の必要魔力よりも多く魔力を使い詠唱したこの魔術は範囲こそ変化しないものの、風圧発生時間は大幅に増加し、ワタポを奥の壁まで圧し飛ばし、潰す。
「飛ばしていくぜ!」
風の槌がワタポを圧している最中、わたしはディアを使い2つの魔術を同時に詠唱。
まずは同じ風魔術を追加で発動、威力を増加させ素早く詠唱済みの地属性拘束魔術を発動させる。ワタポの背後にある岩壁を鎖に変化させ身体を拘束する。
拘束している最中に新たな魔術を2つ詠唱し、風の槌が消え岩の鎖に拘束される頃に2つ同時に発動させた。
ひとつは水属性魔術。巨大な水玉がワタポの頭上に現れ、弾ける下級魔術。
もうひとつは対象の温度耐性を大幅に増加させる補助系魔術。これによりワタポの身体は寒さを無効化出来る。
風の槌で全身を圧し叩かれていたワタポは岩の鎖に対応する余裕もなく拘束され、風の余韻が冷たい洞窟内の空気を凍てつかせる。水は恐ろしい速度で凍結され氷に変化し、ワタポは完全な拘束状態へ。
「ーーッ....ふぅー。これでしばらくは動けないな」
「こんな拘束簡単に」
「まてまて、ただの魔術じゃなくて魔女の魔術だ。その義手でも砕けないし暴れれば拘束が強まる。とにかく落ち着けよ」
冷たい瞳でわたしを睨むワタポはあの頃の....出会って間もない何処か生き急いでいるワタポの瞳。
ディアの覚醒は同時に自分の中で悪魔を飼う様なものだ。
ワタポの中に居た悪魔はきっと───
「お前はドメイライトをブッ壊すって考えてんだろ?」
あの頃のワタポだろう。
「へぇ、わかってるならこの魔術を解いて。ワタシは色々と準備しなきゃいけない」
「準備って?もう蝶ギルドもないし、騎士でもない。ドメイライトは騎士団長フィリグリーが消えて騎士全体も変わり始めてる。中から見てたお前なら知ってるだろ」
「そんな事....ワタシには関係ない!変わろうとしているから忘れろって?全部無かった事にしろって?フィリグリーも騎士も、ドメイライトも、みんな殺してやる!ワタシから平凡を、家族や友人を奪ったアイツ等を全員殺してやる!お前もだ魔女!」
「....わたしがワタポに殺されるのはしょーがない事だろな。でも、お前には殺されねーよ」
わたしは集中してゆっくりと詠唱する。
攻撃系とデバフ系の魔術はどの属性でも得意だか、治癒やバフ、特種系は正直苦手だ。
今詠唱している魔術は闇属性特種。対象の心の中に入り込み情報を引き出したり、話しかけたり、ハイレベルなら多少操ったり出来る、使用者の性格の悪さが滲み出る魔術。
黒紫の魔方陣がわたしとワタポを包む様に展開され、わたしの意識はワタポの中へ。




